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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第二十一章】 EP② セミリア・クルイード Part1

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   ~ flashback scene ~


 サントゥアリオ共和国、サントゥアリオ本城から南の方向に大きく外れた森の中には小さな村があった。
 木々に囲まれ、辺境であることから外部の人間が立ち入ることはほとんどなく、三十にも満たない住人達は人知れず平和に暮らしている。
 この村に名前は存在しない。
 その理由はただ一つ。
 国に認知されておらず、その存在を知る者がいないからだ。
 それゆえに村人達はこの場所に暮らすことが出来ている。
 もしもこの国の民達に存在が知られたならば村人達は済む場所を追われることになることを村人の誰もが理解していた。
 この村に住む者の全てがサントゥアリオ王国に生まれた民の末裔ではなく、この村に住む者のほぼ全てが本来は別の国に生まれた民族の血を引いている。
 その国の名はバルカザール帝国。
 世界にただ二つしかない亡国の一つであり、他の国からは消滅した国として知られているバルカザール帝国はかつて冥王龍と呼ばれる伝説のドラゴンによって国土もろとも消し去られたという悲惨な過去があった。
 その後サントゥアリオ王国に移り住んだ帝国の生き残りの者達にまともな人権が与えられたことは歴史上ただの一度もない。
 奴隷として、或いは娼婦としてのみサントゥアリオの地で暮らすことを許され、その非道はやがて争いを生んだ。
 二度の戦争を経てサントゥアリオ共和国と名を変えた王国にあってもバルカザール帝国の末裔であるピオネロ民族は差別と迫害の対象であることが変わることはなく、ある一つの地域でのみ生活を許されている状態が今なお続いている。
 この村に暮らしているのはその末裔ばかりであり、今も恨みを忘れていない大多数の同族が暮らす土地から離れただ静かに生きることを望んだ者達だった。
 町に出て生きる糧を手に入れることも出来ず、農作物や川で取れる魚で自給自足の生活を続けている。
 そんな村人の中に、唯一ピオネロ民族以外の血を持った兄妹がいた。
 薄い青色の瞳を持つその兄妹はピオネロ民族の母とサントゥアリオ王国の民の末裔であるガナドル民族の父を持っている。
 その瞳は本来ピオネロ民族にもガナドル民族にも受け入れられるはずのない存在であることの証明。
 しかし、この村ではそれでも受け入れられる。
 住民の誰もが歴史を顧みず、復讐心を持たず、ただ人として生を全うすることを望んでいるのだ。
 これはその兄妹の妹にあたる一人の少女の幼き記憶であり全てを失った日の記憶。
 名はアイミス・ヴェルミリオ。
 のちにセミリア・クルイードと名を変え、勇者として名を馳せる少女である。

               ○

 少女が薄く目を開くと、いつもの低い天井が目に入った。
 継ぎ目の粗い壁の隙間からは太陽の光が差し込んでいる。
 隣にも、隣のベッドにも人の姿はなく家には自分一人しか居ないのだということにすぐに気付いた。
 その少女アイミスは体を起こすと、少しの寂しさと不満を胸に銀色の髪を軽く解くと慌ただしく家を飛び出していく。
 外は良い天気だ。
 十一の家屋と約三十の住人がいるだけの小さく、名もない村は今日も長閑な時の流れの中にいることが分かる。
 家の外に出ると、何人かの女性が畑仕事をしているのが目に入った。
 その中に母の姿を見つけると、アイミスは真っ直ぐに駆け寄っていく。
「母上っ」
「あらアイミス、おはよう。朝ご飯は食べた?」
 母は屈んでいた姿勢を正すと、アイミスに微笑みかける。
 銀色の髪が日光にきらりと輝く、綺麗な母だった。
 母から受け継いだ銀色の髪をアイミスは誇らしく思っている。兄は父の血が濃かったのか黒い髪だ。
 母に抱き付こうとしたアイミスはギリギリそれを自重し、唇を尖らせる。
 いつも母と兄は先に起きて仕事をしていて、一人だけ起こしてもらえず家に残されていることが子供扱いをされているみたいで不満だった。
 何度言っても子供は寝ないと育たない、なんてことを言われるばかりだ。
 村には自分より年下の人間が居ないこともありアイミスにはその理屈はいまいち分からない。
「母上、おはようではないぞ。今日も起こしてくれなかったではないか」
「そう拗ねないの。母さんはね、アイミスに仕事を手伝って貰うよりもぐっすり寝て元気に育ってくれた方が嬉しいんだから」
「一人だけ寝坊をしなくても元気に育っているつもりだ。ただでさえ母上は足が悪いのだ、力仕事は私や兄上に任せておけばよい」
「あらあら、頼もしいわね。それじゃあ一緒にやりましょうか」
 そう言って母は手袋を外しアイミスの頭を撫でた。
 それだけで寝起きに抱いた不満も忘れて心が弾んでしまう。
 食べずにいた朝食のことまで頭から抜けたまま頑張って母の役に立とうと決めた時、辺りに兄の姿が見えないことに気が付いた。
「そういえば、兄上はどこに?」
「ご飯を食べてすぐに森に行ったわ。なんでも昨日イノシシを見掛けたから捕まえに行くんだって。ほんと、いくつになっても怖い物知らずなんだから」
「兄上なら大丈夫さ。なんといっても兄上はこの村で一番強いのだ」
 心配そうな、それでいて呆れた様な顔で四方を囲む森の一点を眺めて言った母にアイミスは力強く答える。
 アイミスには四つ歳の離れた兄がいた。
 強く、勇敢な兄。
 それがアイミスが兄を語る上で一番に出てくる人間像だった。
 村の大人でも取れないような獣を一人で捕ってくることが度々ある。
 ごく稀に現れる魔物を退治したこともある。
 母が言うにはこの村の人達は血統柄戦うのが得意であるらしく、兄もそれを強く受け継いでいるのかもしれないとのことだ。
 戦闘民族? とかと聞いた覚えがあるが、幼いアイミスには意味がよく分からない。
「今日は久々に肉が食べられるかもしれないな」
「アイミスはお肉の方が好き?」
「肉も魚もどっちも好きだ。でも、肉を食べないと強くなれないって兄上が言っていたからな」
「アイミスは女の子なんだから強くならなくてもいいのに。お兄ちゃんの真似ばっかりしてたら熊さんみたいな子になっちゃうわよ?」
「兄上に負けてばかりでいるのは私のプライドが許さん」
「もう、変なところで意地っ張りなんだから」
 そんな親子の時間はやがて野菜を掘り返して、籠に詰めてという朝の日課へと変わっていった。
 この村の住人は生きる為に必要なもの全てを自給自足で補っている。
 村人同士が分け合い、協力し合うことで生活が成り立っているのだ。
 町に出たところで何かを売ってもらえることはなく、それどころか捕まえられて売り飛ばされることすらある。忌み嫌われた血が流れる者の宿命が自然とそうさせた。
 女は家事や畑仕事を、男は川に行って魚を捕ったり森で木を集めたりというのが主な仕事である。
 女、子供、老人を除くと村に居る大人の男はたったの七人。
 力仕事や魔物に遭遇する可能性のある森での仕事を入れ替わりでこなしている。
 それがこの村に生きる者達の毎日だった。
「今日はこれぐらいでいいわね」
 籠二つが一杯になった頃、必死になって土を掘り起こしているアイミスの隣で母が汗を拭った。
 一日にどれだけの量があればいいのかが分かっておらず、ただ母より多く野菜を取り出すことしか考えていなかったアイミスもそこでようやく手を止めた。
「では家まで運べばいいのだな?」
「ええ、お昼ご飯の前に他のおうちに配ればいいから家まで運んだら先にお洗濯をしにいくわ」
「分かった。では私が運ぶ」
「無理して二ついっぺんに持ったら重たいわよ?」
「このぐらいなら大丈夫さ。母上は洗濯の用意をしておいてくれ」
 アイミスは両の腕を使って野菜の詰まった籠を抱え上げる。
 確かに結構な重量ではあったが、家まで運ぶぐらいなら問題ない重さだ。
「用意をするにも一緒にうちに戻らないといけないでしょ。それに、両手が塞がったままじゃ扉も開けられないでしょう?」
「大丈夫だ、扉ぐらい蹴れば開く。手が使えない時は取り敢えず蹴れって兄上も言っていた」
「はぁ……それは家に入る時のための訓示じゃないし、そうじゃなくても女の子が取り敢えず蹴っちゃ駄目。もう少しわんぱく以外のことも見習って欲しものだわ」
「よく分からんが、元気を出せ母上。川に行く前からそれでは体が持たないぞ」
「はいはい……じゃあ行きましょうか」
 呆れる母を先導するようにアイミスは先に歩き出した。
 この日も村には平和に時間が流れている。そんな朝の一時だった。
 その後少しして、アイミスは母と二人で森の中を歩いていた。
 近くの川で洗濯物をするためだ。
 洗濯する衣服などをアイミスが運び、母は木製の洗濯桶を持っている。
 母は足が悪く、どうしても歩行速度が遅い。
 忙しくしている母の負担を少しでも減らそうと重い物は代わりに持つというのが兄妹の中でのルールであった。
 アイミスは父親の顔を覚えていない。
 生まれてすぐに事故で死んだと聞いたことがあったが、それ以来父の話をしたことはなかった。
 なんとなく母や兄がその話をするのを嫌がっているのだろうなということを察し、ならば自分が口にすることで嫌な思いをさせるのは良いことではないと子供心に感じていたからだ。
 今この時を幸せに暮らしているならそれ以上のことは望まない。
 出来る限り母や他の村人達が悲しい思いをせず、今のまま平和に過ごしていけるのならばそれでいい。
 それが心優しいアイミス・ヴェルミリオという少女が抱くただ一つの願い事だった。
 しばらくして並んで川に向かっている時間も終わり、二人は再び村へと戻る。
 朝食を抜いていることや途中からは魚を追い掛けていたこともあってアイミスは空腹だ。
 そんな状態で森を抜けると真っ先に目に飛び込んできたのは朝から一度も見ていなかった兄と、その傍らに横たわる巨大なイノシシの姿だった。
 周囲には村の女性や子供達が集まっている。
 アイミスも洗濯物を抱えたままその輪に駆け込んだ。
「兄上っ」
「よおアイミス。どうだこれ、みんなで腹一杯肉を食べてもまだ余るぐらいの大物だぞ」
 兄はパシパシとイノシシを叩いて自慢げに言った。
 周りに居る人達も挙って兄を称賛する声を上げている。
「これを一人で捕ってきたのか?」
「当然だろ」
「やぱり兄上は凄いのだなー。熊より大きいぞ? 危なくはなかったのか?」
「こいつら突進するしか脳がないからな。大したことないさ」
 その何でもないような口振りがアイミスには心底格好良く思えた。
 自分よりも何倍も大きなイノシシを倒してしまうこともそうだが、それをロープ一本で引っ張って帰ってくるだけのことでも到底真似出来る気がしない。
 尊敬の眼差しで兄とイノシシを交互に見ていると、遅れて母が現れた。
 自分と同様にこの獣を見て目を丸くしている。
「よくこんなの捕って帰ってきたわねぇ」
「どうだ母さん、凄いだろ」
「凄いとは思うけど……大丈夫なの? 怪我とかしてない?」
「大丈夫だってば、母さんもアイミスも心配性なんだから」
「そりゃ心配もするわよ。二人とも無茶はしないでねって言っても全然聞いてくれないんだもの」
「こんなの無茶のうちに入らないって。アイミス、おじさん呼んで来いよ。捌いてもらってお裾分けしに行こうぜ」
「わかった!」
 アイミスは元気良く返事をして、再び森の方へと駆けていく。
 隣の家に住むおじさんは森で薪を調達している。
 なぜそうなのかは知らないが、捕ってきた獣を捌くのはいつもおじさんがやってくれていた。
 肉屋でもやっていたことがあるのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
 ではなぜ肉を捌く担当なのだろうか? 大人だから? 不思議なものだ。
 人知れずそんなことを考えながら遠ざかっていく小さな背中を、なぜ洗濯物が入った桶を持ったまま行くのだろうかという微笑ましい疑問を抱きながら村人達は見送った。

               
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