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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第十二章】 開戦の狼煙

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 この世界に来て、どころか人生で初めて船の上で一夜を過ごして迎えた次の日。
 僕は朝から港に到着してからサントゥアリオ本城へ移るまでのルートを地図を確認したり、兵士の点呼を取ったりしながら少し急が過ごしたのち遅めの朝食を取っていた。
 ただ全員がちゃんと揃っているかだけならそう一日で変わることでもないのだろうけど健康状態などを申告させる意味もあるらしく、それらを管理するのもトップである僕の仕事なのだと教えられた。
 勿論明日からはレザンさんにお願いしたわけだが、ただ肩書きが変わっただけでやることは変わらないなんて思ってた僕が迂闊だったといえよう。
 そんなわけで諸々が終わる頃には昼前になり、到着までそう時間は掛からないという段階まできてようやく部屋に運んで貰った朝食をいただいていたのだけど、半分も終わらないうちに部屋の扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
 若干慌ただしさを孕んだノックに、この船では僕のくつろぎの時間は寝る時だけらしいや。なんて思いつつ迎え入れると、現れたのはグランフェルトの兵士だ。
「失礼します元帥閣下っ。緊急の報告であります」
 何やら慌てた様子で敬礼をする兵士の方。
 なんですか閣下って、僕デーモン?
 思いつつ、食事の手を止めて立ち上がる。
「どうしました?」
「サントゥアリオの港が見えてきたそうなのですが、何やら様子がおかしいとのことでして。すぐに甲板に来てくれとクロンヴァール王より仰せ付かっております」
「分かりました、すぐに行きます。呼びに来てくださってありがとうございます」
「恐縮であります。では失礼します」
 兵士は去っていく。
 すぐに僕も廊下に出てデッキへと向かった。
「緊急の報告、か」
 思わず漏れるそんな声。
 魔物が出たなんて話しなら僕を呼ぶ意味は特に無い。
 何やらよからぬ事態なのだろうことは想像に難くなかった。
 さて、鬼が出るか蛇が出るか。
 そんな不安を胸にデッキに上がると、そこには十数人の兵士を初めクロンヴァールさん、ハイクさんとユメールさんに加えてセミリアさんまでもが既に揃っていた。
 四人の姿を見て初めてサミュエルさんを呼んでくるべきだったことに気付いた僕だったが、呼びに戻れる雰囲気であるわけもなく。それどころか、
「遅いぞ小僧。有事の際には手早く迅速に、部隊に属する者の基本だ」
 なんてクロンヴァールさんに先制で叱責を受けてしまった。
「何があったんですか?」
 取り敢えず事態の把握に努めるべく聞いてみる。
 クロンヴァールさんの目を見ていた僕の視線は『少しは自分で考えろ』と言い返される可能性に気付いて最終的にはセミリアさんに落ち着いていた。
「コウヘイ、あちらを見てくれ」
 セミリアさんは直前まで自身が使っていた望遠鏡を差し出す。
 あちら、とセミリアさんが指した先には既にサントゥアリオ共和国であろう土地が見えてきている。
 レンズ越しに港らしき位置を見てみると、うっすらと煙が上がっていることが分かった。
「煙? まさか……」
「この位置では確かなことは言えんが、戦闘があった可能性は否定出来ないな」
 目から下ろした双眼鏡を横からひったくり、クロンヴァールさんも同じ位置へと向ける。
「敵さんもそう甘かねえってか。果たして、待ち伏せカマしてんのはどんな野郎だろうな」
「しかしハイク殿、我々が今日到着することが知られているはずは……」
「ふっ、まだまだ甘いですね聖剣。敵とて密偵やら偵察を仕込んでいるに決まっているです。大方港に向かう兵士の後を付けてきたってことろだろう、です」
「ユメール殿の言う通りだとすると、既に港は襲撃に遭っている可能性が高いということになる。ならば我々は迎え撃つ用意をするべきだと?」
「クリスはお姉様の指示に従うだけです。そんなことはクリスに聞かれても知らんです。あとは頭の良い奴が考えやがれ、です」
 ユメールさんの投げっぱなしな感想を受け、セミリアさんは迷わずに僕を見た。
 セミリアさんにとってはどこまでも頭が良い奴=僕であるらしい。
 そして、そんな三人の会話と今の僕を横で見ているクロンヴァールさんまでもが見当違いなことを言おうものならすぐさま批評してやろうと言わんばかりの顔で僕の答えを待っている。
 いちいち僕の一挙手一投足に精神的な圧力を掛けてくる人だな……。
「事前に聞いていた情報が確かであれば敵の総数は数百、こちらは四隻全て合わせると千三百。向こうにこちらの兵力まで割れているとは思えませんが、この規模の船四隻を見れば少なくとも同等以上の軍勢であることはすぐに分かるでしょう。とすればここで正面からぶつかり合うのは向こうにとっては得策ではないはず。例え互角の戦いに持ち込める状況であったとしても時間が経てばサントゥアリオの兵士が援軍に来ることが分かっているわけですからね。相手の狙いが情報収集であれば攻撃を仕掛けてくることもなく姿を隠してこの船の中身を確認するだけに留めるでしょうけど、目的が奇襲であったなら僕達がするべきことは到着後に船を降りて抗戦する準備ではなく到着する前に船を沈められないための対策。向こうが何をしてくるか分からない上に港にサントゥアリオの兵士が居ることでこちらからの攻撃に制限がある今、守りに徹して船を守るべきではないかと」
 今はそうするほかあるまい。
 相手の数も攻撃手段も分からないのだ。いくらクロンヴァールさんでも味方であるサントゥアリオの兵士ごと攻撃することはないはず。
 ならば迎え撃つ準備など無事に港に船を着けることが出来て初めて行動に移すことになるのだ。
 どんな場面であれ僕は出来る限り誰かが犠牲になって解決という結末を迎えさせたくない。
 自陣に有利な状況であればある程双方に出る犠牲は少なくて済むはず。この理屈ならば怪しまれることなくこちらの犠牲を無くし、敵を爆撃しかねない状況も阻止出来る。
 そんな僕の意見にセミリアさんやハイクさんはそれなりに納得したようなリアクションを見せたが、唯一クロンヴァールさんだけは違った。
 この人を説き伏せることは簡単ではない。
 そう思っているからこそ僕達は戦争に反対である意志をまだ明かさずにいる。
 その判断が間違いではないということだけはよく分かったが……。
「八十点、だな。小僧、行くところが無くなった時は我が国に来るといい。私の下で使ってやるぞ」
 クロンヴァールさんは特に不満げな風でもなく、かといって満足した感じでもなくそんなことを言うだけだ。
 それでも、何度も見たまるで私には怖いものなど無いと言っているかの様な不敵な笑みを浮かべていた。
「そう言っていただけるのは光栄ですけど、ならば百点の答えとは?」
「お前が言ったこと全てを踏まえた上で、こちらから仕掛ける」
「それは……賛成しかねます。効果とリスクが釣り合わなさ過ぎる」
「勘違いするなよ小僧。何も港ごと吹き飛ばそうというのではない」
 ではどうやって?
 そう問うよりも先に、クロンヴァールさんは近くにいる兵士に向かってある命令を下した。
「ファルコンと共に馬を三頭連れてこい。すぐにだ!」
 すぐに数名の兵士が船内に走っていく。
 ファルコンというのが何かは分からないが、馬を三匹と言ったか?
 この状況で馬が何の役に立つというのか。
 その問いの答えは、僕の持つ情報では何かこの世界には馬が海を渡る方法でもあるのだろうかと推察することぐらいしか出来ない。
 やがて戻ってきた兵士は四頭の馬を連れていて、ファルコンと呼んだ何かも馬であったことが理解出来たと同時に、その四頭のどれがファルコンであるかもすぐに分かった。
 一頭だけやけに大きく他の馬の一・五倍もある綺麗な白い毛をした馬が混ざっているのだ。
 そしてクロンヴァールさんはその白馬に手を添えたかと思うと、
「私の愛馬ファルコンだ。こいつなら海面に足場を作ることが出来る。ダン、アルバートとグランフェルトの副将と連携を取り全軍に警戒態勢を。何があっても無事に港に船を着けろ。敵が逃亡した場合私達はそれを追う、港に負傷者が居た場合はすぐに手当をさせサントゥアリオ本城へ鳥を飛ばして状況を知らせるように」
「了解。まだ国に入ろうって段階だ、無茶はすんなよ姉御」
 ハイクさんはいつの間にか咥えていた煙草を海に投げ捨て、煙を吐きながらこれだけの指示に対して大したことではないと思っているような冷静な様子で答えた。
 正直、馬に足場が作れるという意味からして全く分からない僕は黙って聞いていることしか出来ない。
「お前如きがお姉様の心配をするなんて二百五十年早いですダン。お前は一人でその口から汚い煙幕でも張りながら帰りを待っていればいいです」
「そうだな。その煙幕が俺の視界からお前の存在だけを消してくれりゃあストレスも減って煙草の量も減るだろうよ」
 そんな緊張感の無い悪態の吐き合いを挟んでいるうちに、クロンヴァールさんは白馬に跨っている。
 そして、
「クリス、聖剣、小僧は付いてこい。四人で先行するぞ」
 なぜか僕も数に含まれていた。
「いや、僕は付いていこうにも……」
「誰もお前に戦闘能力など求めておらんわ。情報収集や状況考察の役にぐらいは立てるだろうと言っている」
 そんなやりとりをしている間にセミリアさんとユメールさんまでもが馬に跨っていた。
 しかし、僕が言いたいのはそんなことではない。
「そうではなくてですね、付いていこうにも僕は馬に乗ったことなんて……」
「ええい、まどろっこしい!」
 次の瞬間、僕の身体は宙に浮く。
 二の腕を掴まれ、引っ張り上げられるようにほとんど真上に飛んだ僕は、それに気付いた時にはそのままクロンヴァールさんの背後に無理矢理乗せられていた。

「途中で落ちても拾いに戻ることはないと思え。聖剣、クリス、私の馬の後に続け」

 そしてさらに次の瞬間、今度は馬ごと宙に浮いていた。
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