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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】
【第四章】 我が儘なお姫様
しおりを挟む「もう結構ですわ。下げてちょうだい」
テーブルに並んだ料理が半分程無くなった頃、咀嚼を終えた姫様が目の前の皿を押しのける様に前に出した。
それは果たして『もうお腹がいっぱいです』という意味なのか『この場に我慢して座っている時間はもう沢山です』という意味なのかは僕の知るところではないがとにかく、朝食の時間の終わりである。
時間にして二十分程度だろうか。
ほとんど王様が一方的に話し掛け、姫様があからさまに適当な受け答えをするだけの時間でしかなかったことはズラリと背後に並ぶ僕やミランダさんを含めた十八人の使用人達にとっては同意を求めるまでもないことだろう。
すぐに三人の侍女が姫様にハンカチを差し出し、手を付けた食器を下げていく。
姫様は使用人の列を見渡したかと思うと、視線が僕の所で止まった。さっそくご指名のようだ。
「コウヘイ」
「はい」
「ドレスを新調しますわ。手配しておきなさい」
「既に手配してありますので明日の朝には届くかと」
姫様の部屋には基本的に十着ほどのドレスが用意されてある。
白だったり水色だったり紫だったりと全部色が違っているのだけど、定期的に全部纏めて新調することは前もって教えて貰っていた。
勿論僕には姫様がそれを言い出すタイミングなんて分かるはずもないのだが、偶然昨夜行われた姫様と知人の貴族の娘という人達を集めたパーティーが始まる前に『そろそろ新調しないといけませんわね』と呟いているのを聞いてしまったがための先読みである。
今朝町に出て行った店の一つはそれを請け負っている職人さんの店だったのだ。デザインについては任せておけばいいらしく、注文すればいいだけなので僕にもこなせたというわけだ。
うっすらと驚いた様な顔を見せた姫様だったが、この程度で終わるはずもなく。
「ならそれは結構。それから、廊下を歩いている時に目に入ったのですが、あれも早い内にどうにかしてちょうだい」
あれ。と敢えて姫様は表現する。
ここ数日見てきた限りでは『あれってなんですか?』と聞き返した人が怒られるという流れであることは重々承知している僕はそのために朝早くから城内を歩いたわけだ。
「本日の昼前には庭師の方がお見えになり、すぐに手入れしてもらえるように手配しています」
姫様は見た目の美しさに拘る節がある。
ほつれのあるカーテンや絨毯はすぐに捨てさせるし、磨いても綺麗にならないガラスもすぐに取り替えさせる。
何より、姫様がそうだから使用人達は朝早くから姫様が目覚める前に内外ともに掃除して回っているのだ。
そんな中で、起きるなり姫様の機嫌を損ねそうなものが無いかと城内を歩いている時に僕の目に入ったのが二日前の雨風で若干乱れている庭園である。
朝町に出掛けた目的地のもう一つは庭師の職人さんのお店だったのだ。
「……それからもう一つ、昨夜のパーティーの出席者達へのお礼に関してですが」
「そちらも昨日のうちに。それぞれのお付きの方に確認を取り皆様がご在宅の明日の夕方に、唯一その時間にお出掛けになられているイルナ様のみ明後日のお昼に、それぞれ姫様の指定されたワインが届く手筈になっています」
これはそもそも姫様に言われていたことだ。
今日のうちに、というところを昨日のうちにやったぐらいのことでしかないし、僕がやったのは相手方への確認や連絡ぐらいで配達の手配などは他の人がやってくれたのでそう難しい話でもない。
「そ、そう。でしたら問題はありませんわ。今から買い物に出ます、すぐに用意をしてちょうだい。貴方も付いてくるように」
「既に城門に馬車を待機させていますので姫様の準備が完了次第いつでも出発出来るかと」
これは傾向と対策の賜物である。
姫様のストレス発散方法は知人を集めてパーティーをして自己顕示欲を満たすか買い物に出て散財をするパターンがほとんどだ。
何かを強制されることが嫌いな姫様は王様と食事を取らないといけない日というだけでストレスが溜まることは予想出来たし、パーティーは昨日開いたばかり。
となると必然買い物に出ると言う可能性が高くなるというわけだ。
そうでなかったとしても待機させている馬車を戻せば済む話なので念のために前もってその準備をしておくことは難しくない。
「…………」
のだが、姫様はなぜか目をパチクリさせて若干固まっていた。
「えっと……何か問題がありましたでしょうか」
聞くと、ハッと何かに気付いたようにいつものツンツン顔に戻る。
「はぁ、別に問題などありませんわ。まったく……この数日の間に嫌味なぐらい優秀になって、これではストレス解消に文句を言うことが出来ないではありませんの」
「……言わないに越したことはないのでは」
「貴方は王女というのがどれだけつまらない毎日かを知らないからそんなことが言えるのです」
「それはまあ……僕には分からないですけど」
僕どころかこの国では姫様一人にしか知りようもない話だろうけど。
「わたくしの話はどうでもよろしい、今は貴方の話をしていましてよ。一体何があったのか、聞かせてほしいですわね」
「特に何かあったという程の話は。ただ、王様にはお世話になっている身ですし自分にやれることを出来る限りやろうと思ったというだけで。与えて貰っている物の割にお役に立てることも少ないですから」
「役に立てることが少ない? 貴方、宰相になるのでしょう。それは十分な役職ではなくて?」
「いえ、身に余るお話ではありますけど遠慮させていただこうかと思っている次第でして」
「はあ? 宰相というのは王族の次に力を持つ役職、一体何が不服ですの」
「元々暮らしていた場所に帰らないといけないものですから。いつまでここで居られるか分からないですし、それ以前に色々と良い誤解をされているだけで僕に務まるものだとも思っていませんしね」
そのあたりの事情を姫様が知っているかどうかは分からないけど。
なんて思っていると、姫様はなぜか呆れ顔になる。
「別に無理して帰る必要もないでしょう。宰相になるかどうかなど知ったことではありませんが、ならないなら今のままわたくしの傍にいればいいだけのこと。心配しなくてもわたくしが生活の保証はしてあげますわ」
「……勿体ないお言葉です」
なんだかこれ……また騙し騙しお茶を濁さないといけない相手が増えたんじゃなかろうか。
そんなことを思った僕だったが、それが良い意味の返事ではないと分かったのか姫様はそのまま背を向けた。
「貴方は馬車で待っていなさい。着替えを済ませたらわたくしも向かいます。貴女と貴女、付いてきなさい」
一番傍に居た使用人を二人引き連れ、姫様はそのまま部屋を出て行った。
食事の後片付けを手伝って、頃合いを見計らって馬車へ向かおう。
そう思って体の向きをテーブルの方へ戻すと、なぜか王様と十六人になった使用人達がポカーンとした表情で僕を見ていた。
「ど、どうしたんですか?」
思わず疑問をそのまま口にする。
答えたのは王様だ。
「どうしたも何も、皆一様に驚いているのだと思うが……コウヘイよ、いつの間にローラにあそこまで気に入られたのだ? いや、先の仕事ぶりは見事としか言い様がないものであったが、それにしてもローラが他人にあの様なことを言うのは初めて見た」
それが総意であると言わんばかりに全力で頷いている後ろの侍女達が目に入る。
「姫様が他人の名前を口にしましたわ」
「間違いなく過去最長の会話でしたわ」
なんてヒソヒソ声まで聞こえてくる始末である。
失礼な話だけど、何にでも大袈裟なのがこの国の国民性なのだろうかと思いたくなった。
「色々と経験したことから学んで、次に生かして、というだけのことしかしていないので大袈裟に言われる程のことは特にしていないと思いますけど……」
「コウヘイ、お主はいつもそう言っては他の誰にも出来ないことをやってのけるのだな。そんなお主に一つ提案があるのだが」
「……なんでしょう」
正直、嫌な予感しかしない。
「宰相にならぬというのであれば、代わりにローラを娶ってはどうだろうか。そうすればお主が次期国王になるのだ。わしにとってもローラ本人にとっても、国を任せられる次代の国王がいるならば、それは願ってもないことだと思うのだが」
「いやいやいやいや……」
一体どこまで話を飛躍させる気ですかあんた。
○
色々あったものの、それから一時間ほどが立った。
僕は今、買い物……もとい散財をする姫様の付き添いで町を歩いている。
隣にはその僕の付き添いのミランダさんが、そして他に護衛の兵士四名が居るという買い物一つに仰々しいことこの上ない状況である。
というか、万が一姫様に何かあれば僕達全員に責任が降り掛かることは間違いないということに後から気付き、調子に乗って軽々に買い物の用意なんてするんじゃなかったと激しく後悔した。
とはいえ、特に危ない目に遭うこともなく平和に荷物持ちをしているので今のところ早く飽きてくれないかなぁと願うだけの時間が過ぎている。
少しでも姫様に近付く人間には漏れなく兵士の目が光っているし、一番傍にいる僕はノスルクさん製の指輪があるので盾にぐらいはなれるかなという程度の備えはある。
相手が人間で一人ぐらいだったらなんとかなる気がする……多分。
欲を言えばジャックに傍に居て欲しいところなんだけど『不細工』で『目障り』だと言われてしまったので姫様の前では身に着けることが出来ず、部屋でずっとお留守番をしている可哀相なジャックだった。
「次に行きますわよ」
姫様がまた一つ買い物を済ませ、当たり前の様に僕が商品を受るとスタスタと店を出て行く。
装飾品、謎の絵画、高級な下着、お高いワインときて次は何の店に向かうのだろうか。
「宰相殿、一度荷物を馬車に積んでこようと思うのですが構いませんでしょうか」
兵士の一人が僕の手に山程積まれた荷物を受け取ってくれた。
歩いてこれる距離にも関わらず『そんな平民の様なみっともない真似が出来るはずがないでしょう』という姫様の暴論によってわざわざ馬車で来たことがこういう形で役に立つとは分からないものだ。
どうせ店から店には歩いて移動するのに。
「すいません、お願いします。僕は宰相ではないんですけど」
「では行って参ります。すぐに戻りますので」
若い(といっても僕よりは年上)兵士は両手一杯に荷物を持つと、駆け足で離れていった。
僕から荷物運びをお願いするのは気が引けるところなので申し出てくれるのはありがたいのだが、この国の人には後ろの一文は聞こえないようになっているのだろうか。
「コウヘイ様、お顔の色が優れませんけど大丈夫ですか?」
一人遠い目をしていると、隣に居るミランダさんが顔を覗き込んでくる。
当初は康平様という呼び方すら嫌だった僕だけど、今では名前で呼んでもらえるだけありがたいのではないかという錯覚に陥っている気がしてならない。
「大丈夫ですよ。ちょっと精神的ダメージが蓄積してただけで、疲れたとかではないですから」
腐っても元陸上部。
歩いているだけで疲れたりはしない。
「ちなみにですけど、あと何軒ぐらい回るんでしょうね」
「んー、わたしは今までも何度かはお供させていただきましたけど……平均するとあと五、六軒ということろではないかと」
「五、六軒……」
先は長そうだ。
「何をトロトロしていますの! さっさと付いてきなさい」
姫様の喝が通りに響く。
我が儘なお姫様のご機嫌メーターを維持するのは大変だ。
そんな教訓を得たのは通算何度目だろうかと思い返しながら、ミランダさんと二人で買い物の続きへと向かうのだった。
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