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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【序章】 同衾

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「ん……んん」
 時刻は早朝、正確には不明。
 僕、樋口康平は重いまぶたを控えめに開くことで目覚めを迎える。
 視線の先にある天井、布団の高級感、隣に人が居ること、それら全てが僕のもうすぐ十七年になろうという人生で起床の瞬間の恐らく半分以上を共にしてきたシングルベッドとは違う場所で目を覚ましたのだということを再認識させた。
 かれこれ三度目の異世界体験中の僕が今回こっちの世界に来てから一週間が過ぎていた。
 日付はあっても一週間という概念などそもそも無いこの世界だが、そこは僕基準で語らなければ話も進まないのでご容赦願いたいところである。
 銀髪の美少女、女勇者セミリア・クルイードと出会ったことをきっかけに僕は初めてこの世界に来て、魔法や魔物が存在するゲームの中のようなこの世界で魔王を倒す為の冒険をした。
 二度目に来たときは色々な国の偉い人が集まるサミットに同行することになった。
 そして三度目の今回、本当はこの国、すなわちグランフェルト王国の国王であるリュドヴィック王の相談に乗るために呼ばれた僕だったが、魔法道具マジック・アイテムの使い方を間違ったというか、勝手が分からなかったというか、そんなこともあって別の国に飛ばされるという緊急事態に陥り、その国では不法入国者&暗殺未遂の容疑を掛けられ牢屋に入れられるわ死刑宣告をされるわという散々な目に遭った。
 どうにか無実だと認めてもらい、にも関わらず取引をしたり脱獄をしたりという無駄に危ない橋を渡ったりしつつグランフェルト王国に戻り、お城で寝泊まりをし始めて六日目を迎えたというのが今この瞬間の僕なのだった。
「すぅ……すぅ……」
 僕には不釣り合いな大きく豪華なベッドの上で、寝ている体勢のまま少し首を横に向けると隣では未だ綺麗な女性が寝息を立てている。
 この人が寝ているということは僕も慌てて起きる時間ではないということなのだけど、言ってしまえばこの人が寝返りを打ったことが原因で僕は目が覚めたわけだ。
 その女性は誰かって?
 王様が色んな働きに対する褒美として僕に与えた二人の半専属使用人の一人、アルス・ステイシーさんだ。
 歳は二十歳。もう一人の専属使用人であるミランダさんとは真逆の大人っぽい雰囲気で仕事も良く出来て、そのくせ人をからかうのが趣味だったり楽したい願望が留まることを知らない強かな女性というのが僕が持つ彼女の印象である。
 そんなアルスさんと同じ布団で寝るのもかれこれ三回目。六日間の滞在で三回なので二日に一回ということになるのか。
 なぜ同じ布団で一緒に寝ているのかというと、別に二人のメイドさんが日替わりで一緒に寝てくれるとかいうある意味男にとってはおいしい展開になっているわけでは一切なく、ただ単にアルスさんが楽をするために他ならない。
 分かりやすく言えば『一緒に寝ている』のではなく『夜中のうちに勝手に布団に潜り込んでくる』というのが正しい表現だろう。
 さすがは強かな女性アルスさん。普段は僕のことを主人主人と言うくせに、その僕を利用して仕事をサボろうというのだから逞しいにも程がある。

「コウヘイ様のご要望で同衾させていただいておりました」

 と言えば、深夜の当番や朝早くからの朝食の準備をしなくて済む。そういうからくりだ。
 不本意というか、不相応ながら何故か王様に気に入られている僕だ。
 その僕の名前を出せば他の使用人の方達が駄目だと言えないことを分かった上での行動であることは問うまでもない。
 とはいえ、僕にしてみれば起きた瞬間の僕がどれだけ困惑するか分かっていただきたい気持ちしかないわけで、朝起きた時に初めて女性と一つの布団で一夜を過ごしたことを知る僕のなんとも言えぬ男としてこんなことをしてしまっていいのだろうか感は回数を重ねる度に増していくのだった。
 僕が使用人を部屋に連れ込んでいるなどという風評が流れるのはなんとしてでも阻止したい気持ちはあれど、片っ端から否定して回ると今度はアルスさんが怒られてしまうんじゃないかというジレンマがあったりもしたんだけど、せめて顔見知りの使用人さんや声を掛けてくれる人達だけは誤解を解いておこうとしたところ、

「大丈夫ですよコウヘイ様、皆さんおおよそ察しはついているようですから」

 と、ミランダさんに言われたりもした。
 そこまでアルスさんのサボり魔っぷりは酷いのだろうかと思った僕だったが、実際はそういうわけでもないらしく。
「少なくともわたし達使用人はコウヘイ様がわたし達にそういうご命令や指示を出すような方ではないと皆さんちゃんと分かっていますから」
 とのことだった。
 ある意味信頼されているというか、最低な人間と思われずに済むのはありがたい限りなのだけど、それが逆に女性であるアルスさんが平気で異性である僕の布団に入ってくる原因になっているのではなかろうかと思うと問題の解決は遠そうだ。
「……コウヘイ様、起きていらしたのですね」
 自分が動いてアルスさんを起こしてしまうのも悪いので起き上がるに起き上がれないでいる内にアルスさんが目を覚ました。
 さすがは兵士人気の高いアルスさん。寝起きの様もどこか華がある。
 というかネグリジェ姿なので肩や胸元が見えてしまって目のやり場に困る。
「おはようございます、アルスさん」
「おはようございます、コウヘイ様。よく眠れましたか?」
 アルスさんが起き上がったので僕もベッドから降りると、ササッと布団を綺麗に整えてくれた。
「早めに寝たつもりではいたんですけど、毎朝早朝に起きることに慣れていない僕には少し堪えますね」
「コウヘイ様はローラ様のお相手をなさっていますからね。自然とお忙しくなってしまいますわ。ただでさえ昨日はパーティーがあったのですもの」
 言いつつ、アルスさんは脇に置いていた給仕服に手早く着替え始めた。
 勿論、僕は背中を向けてやり過ごしている。
「パーティーの片付けや事後処理に関しては僕よりも皆さんの方が大変だったと思うので偉そうなことは言えませんけど、衣食住を提供してもらっている身ですし働かざる者食うべからずってものですから」
「ですが、リュドヴィック王もやや困惑しておられましてよ? ローラ様の面倒を見てやってくれとお願いしたものの、それは宰相として王の相談相手となる傍らでのつもりだったのにと。これではまるでローラ様の従者にしてしまっているようで申し訳がないと、悩んでおられました」
「そうだったんですか。でもまあ、どのみち僕は宰相ではないですし少しでも役に立てるなら姫様のお世話係でも全然いいんですけどね。どうせ政治や軍事のことなんて分かりませんし、腕っ節もありませんから。王様に意見を求められた時に何か役に立つことが言えればそれで」
 アルスさんは続けて僕の服を着替えさせてくれている。
 前回来た時に着替えぐらい自分で出来ますという主張は却下されたので諦めてされるがままにしている事の一つだった。
「ご謙遜が過ぎますわコウヘイ様。いつものこととはいえ魔王を倒し、国王代理を務め、異国の王を救った貴方様が使用人の様なことをしていては王も心苦しいでしょう」
「適材適所という意味ならそんな不相応な英雄扱いをされるよりも余程今の方が生活しやすいんですけどねぇ僕としては」
 僕一人で成し遂げたことじゃないのに勝手に手柄を立てたことにされているのは正直返す言葉一つにいちいち困る。
 今みたいにそれなりの労働という形を与えられている方が少しは遠慮してしまう度合いも違うというものだ。
 本当に使用人のようなことだけしていたら僕が呼ばれた意味が全く無くなってしまいそうだけど……。
「コウヘイ様と勇者様がいらっしゃるからこの国は平和でいられるのですよ? おかげでわたくしも楽をさせていただいておりますし、末永くこのお城に居てくださいな。はい、お着付けは終わりました」
「ありがとうございます。ところで、その楽をさせていただいている件についてなんですけど」
「なんでございましょう?」
 アルスさんはわざとらしくにこやかな笑みを浮かべる。
 何度か見た『真面目で純粋無垢な自分は何一つ非難されるようなことをした覚えはないが例え悪意の無い無自覚な行動の結果であったとしても注意や指摘をされたら普通の女の子以上に傷付きます』アピールをしている時の顔だと分かった。
 すなわち、文句は遠回しに言ってくださいね。という意思表示であり、そうすることによってハッキリと言われていないので改善の必要性を感じなかったという言い訳が成り立つようにしている策士っぷりである。
 勿論のこと僕に通じたのは最初の一回だけだったわけだけど。
「せめて僕の部屋で寝るときは前もって教えておいてくれませんか? その時ぐらい僕は別にソファーで寝てもいいんですから」
 僕は言う。比較的ハッキリと。
 しかし、結局大した効果は無い様でアルスさんは大袈裟過ぎて逆に不自然だろうというぐらいショックを受けた顔で口元を押さえた。
「コ、コウヘイ様はわたくしと床を共にするのがお嫌だと仰るのですか……」
「嫌だから言っているのではなくて、普通に心臓に悪いんですって」
 一番最初の日は本当に何が起きたのかと驚いた。
 もしも僕が二十歳以上で、お酒を飲んだ後の朝だったら言われるがままに示談金を支払っていたのではなかろうかというレベルだ。
 まあ……その後で本人の口から語られた理由が仕事をサボるためだというのだから即物的な要求は絶対に飲まないぞと誓ったわけだけどね。要求以前に酒を飲まないし。
「コウヘイ様も男なのですから慣れてくださいな。据え膳食わぬは男の恥と言いますでしょう? わたくし汗臭い男は嫌いですけれど、コウヘイ様のようなスマートな男になら手出しされても文句は言いませんわよ? お気持ち程度のチップさえいただければそれで」
 僕の色んな葛藤も何のその。本人は悪びれる様子もなくそんなことを言うのだった。
 ……汗臭い男って兵士の人達の事だろうか。もうちょっと労ってあげて欲しいものだ。
「あんまりからかってばかりいると王様に注意してもらいますからね」
 アルスさんばかり余裕綽々としているのも情けないのでちょっとした意趣返しでそんなことを言ってみる。
 しかし、
「わたくし、それに関しての心配だけは全くしておりませんのでどうぞご随意に」
 にっこりと笑ってそんなことを言われるだけだった。
 僕が告げ口するような柄じゃないってことなのだろうけど、少しぐらい心配してくれてもいいと思う。
「そうですか……僕の負けですか」
「お優しいコウヘイ様にお仕え出来てわたくしは幸せ者ですわね」
 オホホ、とおだてるように笑うアルスさんには当分適いそうにない。
 そんなことを思いながら二人で朝の仕事に向かうのだった。

            
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