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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第六章】 報告

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   ~another point of view~


 玉座の間を出たクロンヴァール王とユメールの二人は別棟にある鍛錬上へ向かうべく城内を歩いている。
 二階に降り、城の外周に沿って別棟に繋がる回廊へ出ようとするその最中、逆に回廊から主塔に入ってきた人影と鉢合わせた。
 王家の紋章の入ったマントを羽織る小太りの少年、そして対照的に痩せ細った三十を過ぎた男の二人組だ。
 それすなわちラブロック・クロンヴァールの実弟でありシルクレア王国の王子であるベルトリー・クロンヴァールと国に仕える身でありながら臣下の多くから王子の腰巾着と影口を叩かれる陰気な男、マーク・ハンバル大臣である。
「珍しいなベルトリー、お前がこんな時間に出歩くとは。どこかに出掛けるのか?」
 双方が向かい合う形になったことで足を止めると、姉の側から弟へと声を掛けた。後ろに付いているユメールは嫌悪感を隠そうともせずに軽蔑の眼差しを向けている。
「偉大な姉上と違ってオレは暇なもんでね。どこかへ行くこともあるさ、そんな事をわざわざ報告する義務はない」
 姉の言葉に対し、弟のベルトリーは平然と嫌味を並び立てた。
 言葉のみならず、その嫌らしい笑みに不快感を抱くのはこの場においてはユメールただ一人である。
 かつては姉と同様端正な顔立ちをしていたベルトリーであったが、怠惰な生活の影響で醜く肥えた腹の肉がだらしなく垂れてしまっている。
 そんな外見もまた、捻くれた言動や表情と同じく忌み嫌われる理由の一つになっていることをどこまで自覚しているのだろうか。
 哀れみと嘆きの混ざった感情のまま心で呟き、クロンヴァール王は吐き捨てる様に言葉を返した。
「フン、相変わらず小憎たらしい奴だ」
「姉上には他に可愛い弟妹がいるじゃないか、オレにも一人分けて欲しいねぇ。なあユメール、相変わらず可愛い顔をしてるじゃないか。早くオレの物になれよ」
「死んでもお断りです」
 急に話を振られたユメールは一言返してそっぽを向いてしまう。
 言葉にしないだけでユメールはベルトリーの姿を見るだけで反吐が出そうな程に生理的に受け付けなかった。
 それも慣れたものなのかベルトリーは嫌らしい笑みを崩さない。
「そうか、やっぱりお前も姉上の方がいいか。だがオレも王家の人間だということを忘れるなよ。今に思い知らせてやる。ハンバル、行くぞ」
「は。それでは陛下、失礼致します」
 名を呼ばれたハンバル大臣は主であるクロンヴァールに頭を下げるとユメールには見向きもせずにその場を立ち去るベルトリーの後に続く。
 そして残されたクロンヴァール王とユメールが不愉快な時間の終わりに一息つく間も無く、少し離れて主達の会話が終わるのを待っていた兵士が駆け寄ってきたかと思うと敬礼と共に王へ声を掛けた。
「クロンヴァール陛下、ご報告です」
「なんだ?」
「ジェイン殿がお戻りになられました。玉座の間にてお待ちです」
「分かった、すぐに行く。ご苦労だったな、下がってよい」
「はっ」
 声を張って一礼すると兵士はそのまま去っていく。
 ユメール一人が不満顔で頬を膨らませていた。
「どいつもこいつもクリスとお姉様の邪魔ばかりしやがってー、です。わざわざお姉様が行かなくてもAJが来ればいいです」
「そう言ってやるな、それで済む話ならあいつはそうするさ。何か理由があるのだろう、すぐに終わらせて向かえばいい」
 クロンヴァール王が軽く頭を撫でると渋々ではあったがユメールも後に続いて元来た道を戻っていく。
 階段を登り、廊下を歩き、再び戻った玉座の間では一人の少年が王を待っていた。
 その正体はクロンヴァール王の臣下であり諜報員として仕えているアッシュ・ジェインだ。
 王の命によりサントゥアリオ共和国の王へと私的な手紙を届けるべく国を離れており、数日ぶりに城へと帰ってきた若干十七歳の少年は王の姿を確認すると、あどけない顔立ちをいつもの人当たりの良い笑顔に変えて一礼したのちに帰還の挨拶を口した。
「御呼び立てする形になってしまって申し訳ありません。アッシュ・ジェイン、ただいま戻りました」
「なに、気にするほどのことでもない。それよりも長旅ご苦労だったな。お前なら心配もいらんだろうが、何も問題はなかったか?」
「ええ、滞りなく。ユメールも久しぶりだね」
「久しぶりでもなんでもいいですが、クリスとお姉様は鍛錬室に行くはずだったです。お前までクリスとお姉様の時間を邪魔するとはどういう料簡でやがりますかAJ」
 ユメールは未だ不満顔だ。
 特にジェインの事を嫌っているわけではないが、クロンヴァール王と過ごすはずの時間を減らされるばかりなのが気に食わない。
「鍛錬室に行くって聞いたから慌てて呼びに行ってもらったんじゃないか」
「それはどういう意味です」
「言葉のまんまの意味さ、陛下は鍛錬室に入ると中々出てこないからね。ボクは戻り次第陛下の元に報告に来るように言われていたんだ。ユメールの邪魔をしたいわけじゃないけど、これもボクの仕事ってことで勘弁してくれると嬉しいかな」
「むむむ……です」
 ユメールは返す言葉を失う。
 正論を突き付けられて大人しくなる程に人間が出来ているわけではないユメールだったが、話をする時のジェインの虫も殺さない様な幼さの残るにこやかな笑みを見るとどうにも毒気を抜かれ暴言を浴びせる気が失せる。
「はっはっは、お前の負けだなクリス。どうやら報告を続けてもいいようだぞAJ、パットは元気にしていたか?」
「ええ、ジェルタール王はお変わりない様子でした。ただ、国の方は中々そうはいかないようでもありましたね」
「ほう? また何か事件でもあったか?」
「こちらを見ていただいた方が早いでしょう」
 ジェインは懐から封筒を取り出すとクロンヴァール王にそれを差し出した。
「二通あるようだが?」
「ええ。一通はパトリオット・ジェルタールからラブロック・クロンヴァールへ、一通はジェルタール王からクロンヴァール王への手紙です」
「なるほど、では早速読んでみるとしよう」
 クロンヴァール王は一通ずつ封を開けて中の用紙に目を通していく。
 その様子を黙って見守るジェインだったが、ユメールはそうではなかった。
 常々『お姉様が結婚だなんて絶対に認めない』と高らかに宣言しているユメールは中身が気になって仕方がないものの覗き見るわけにもいかず、結局ジェインに聞き出そうという残念な結論に辿り着く。
「AJ、何が書いてあるですか。こっそり教えろです」
「ボクが陛下に宛てた手紙の中身を先に知っているわけがないじゃないか。ただ、あまり良い話ではないだろうね。あちらの国にとっては特に」
「この役立たずめ~です~」
 最後の一言など気にも留めず、小声で頭を抱えながら悶えるユメールだった。
 しばしして、クロンヴァール王は手紙を読み終えるとそれを封筒に入れて懐にしまう。
「あちらもあちらで大変なご様子だ。しかし、それに関しては追々また話があるだろう。AJ、今日明日は休暇にするといい。ご苦労だったな」
「本当ですか? それは嵐に揺られた甲斐もあったってものですね。陛下はまたすぐに鍛錬室に向かわれるのですか?」
「ああ。そろそろクリスが拗ね飽きてしまう頃だし、今日は思い切り身体を動かしたい気分なのでな」
「そうですか。ですがその前に……」
 ジェインが何かを言いかけたのとほとんど同時だった。
 大きな爆発音が響くと同時に、城内がグラグラと揺れる。
 敵襲の可能性に思い至るまでに思考など必要としない三人は一瞬にして武器を構えるがすぐに揺れは収まり、すぐに城内は普段通りの状態に戻っている。
 三人は視線を交わし合い、爆発音の発生源へ向かうべく部屋の出口に急ごうとしたがそれよりも先に一人の兵士が大慌て扉を押し開け雪崩れ込むように玉座の間に飛び込んできた。
 兵士は叫ぶ様な大声で扉からクロンヴァール王の居る玉座へと駆け寄ってくる。
「ほ、報告ー!」
「取り乱すな、一体何の騒ぎだ」
「そ、それが……鍛錬室で大きな爆発が起こった模様! 鍛錬室はほぼ全壊、原因は調査中、数名が軽傷を負いましたが死者重傷者は現在おりません!」
「爆発だと? 別棟の鍛錬室など使う人間は限られているだろう。すぐに向かう、必要以上に現場に人を近付けるなと伝えろ」
「御意!」
 すぐに兵士は王からの指令を伝えるべく立ち去っていく。
 クロンヴァール王は事の次第を考察しながらAJへ向き直った。
「AJ、休みを与えたばかりなのに悪いが調査に付き合え」
「了解しました。まずは事故か作為的なものかを調べなければなりませんね」
「そんなもんどっちでもいいです! どこまでもお姉様との時間を邪魔される一日にクリスはうんざりです!! 原因を作った奴はぶっ殺してやるです!」
「どっちでもいいということはないよユメール。邪魔されてなかったら鍛錬中に同じことが起きていた可能性があるんだよ? むしろ邪魔されて良かったと言ってもいいぐらいだ」
「良いわけあるかー! です。とにかく性急に鍛錬室に向かうですお姉様」
「ああ、行くぞ」
 三人は改めて部屋を出ようとしたが、入れ替わりに駆け込んで来た兵士がその足を止めた。
 先程とは違う兵士だ。
「陛下に報告であります!」
「今度はなんだ」
 ユメールではないが、どこかに行こうとすると呼び止められてばかりの日だと若干辟易するクロンヴァール王であったが、兵士は予想だにしない報告を口にした。
「門番より伝令、城を訪ねてきた不審な少年を捕らえたとのことであります。なんでも陛下のお名前や爆発を予告する旨の発言をしていたのだとか」
 
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