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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第五章】 若年の女王

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   ~another point of view~


 朝も過ぎ、町が活発化し始めた頃。
 若き大国の王は城を離れ、単身とある場所に向かっていた。
 起床の後、身嗜みを整え日課である兵士を集めての号令を済ませると愛馬に跨り首府から幾許か離れた目的地へと美しい毛並みをした白く大きな馬と共に快調に野原を掛け走っていく。
 やがて高さのある丘の上で白馬が足を止めるとそこで地面に降り立ち、クロンヴァール王は緑に染まる景色を見渡した。
 城内の兵士を集めての号令と同じく、愛馬の散歩がてらこの場所で地平を見渡すこともまたラブロック・クロンヴァール王の日課の一つなのだ。
 凜とした表情に燃えるような真っ赤な髪が肩まで伸びた傾城の美女は奇しくもこの国の王である。
 齢二十六にして王位を継承したラブロック・クロンヴァールは世界一の大国であると同時に強国でもある祖国を統べる世界の中心足る人物でもあり、民衆の支持や家臣からの人望も厚く、また戦士としての強さや女性としての美しさまでもが世界一と言われている誰もが知る王であり戦士であった。
 クロンヴァール王は労いと親愛の意味を込めて愛馬の頭を撫でると白馬は気持ちよさそうに目を細める。
 そして丘の端へ移動すると改めて遙か彼方まで広がる地平を見下ろした。
 遠くには小さく城が見えている。別の方向にはいくつかの町が見え、その向こうには川や山も見える。
 無限に広がっているかの様な広大な大地は平穏そのものだった。
 ここしばらくは魔王軍による被害もなく、この国に住まう者達は平和に暮らしていることは間違いないだろうとクロンヴァール王はしみじみと考える。
 だが、それでいてその表情は浮かない。
 つい先日、魔王軍の幹部である男と一戦を交えた時の事が頭に浮かんでいるからだ。
 面妖な全身黒ずくめの自称剣士である槍使いと戦い、決着は持ち越しとなったものの到底優勢とは言えない後味の悪い結果となった。
 絶対的な自信があった一対一での戦いでの苦い思い出。
 仮にあのまま戦闘を続けていたら自分はあの男に勝てただろうかとあれ以来何度も自問を繰り返したが、その答えは自己嫌悪に埋もれて消えていく。
 この国はいつまで平和で居られるだろうか。
 進むと決めた道の先に全世界に平和をもたらすことが出来る日が待っているだろうか。
 その答えもまた、誰かに求めることなど出来やしないことを誰よりも知っている。
「……まだまだ、鍛錬が足りんな」
 ネガティブな思考を振り払うべく、クロンヴァール王は無意識に呟いた。
 力が無ければ主義主張など通りはしない。
 力なき正義に価値は無く、正義無き力にも価値は無い。
 平和を乱す者は全て叩き潰す。
 祖国のため、世界のために排除すべきものを排除する。
 そんな、今は亡き両親や姉、戦いによって命を失った兵士達、そして守ることが出来なかった罪無き人々への誓いを胸にクロンヴァール王は城に戻るべく再び白馬に跨った。
 同じく日課である自己鍛錬には誰を誘ってやろうか。
 そんなことを考えながら。

          ○

 クロンヴァール王は城に戻り自らの手で愛馬を裏庭に連れて行くと、その足で玉座の間へ向かった。
 すれ違う全ての兵士、使用人が足を止め敬礼やお辞儀をもって挨拶とする中、適度にその者達に声を掛けながら長い廊下を歩き、広い階段を登っていく。
 城内三階にある玉座の間に到着し、その背丈をも超える大きな椅子へ腰を下ろすとすぐに二人の部下が左右の扉から姿を現した。
 いかにも戦士らしい格好をした若い男女が一人ずつ、それぞれが王の前へと並ぶ。
 そしてすぐに女が持っていた手拭いと飲み物を王に差し出すとクロンヴァール王はそのままそれを受け取った。
「お帰りなさいです、お姉様。食事の用意はいつでも出来ますがどうしますですか? 先に汗を流しに? それとも全部後回しにしてクリスとイチャイチャしますです? クリス的にはそっちの方が超オススメです~」
 そんな、周囲の者にとってはいつだって謎のテンションで女王に抱き付こうとするのはクリスティア・ユメールだ。
 長い髪を折り曲げた白いヘアバンドで持ち上げ、左右に二本ずつある細く三つ編みにされた部分だけがクロンヴァール王に似せて赤くなっているという特徴的な頭部、一見すると戦士には見えない愛くるしい顔立ちをしているユメールは【女王の左腕】の称号に加え【天元美麗蜘蛛アルケニー】という二つ名を持つ女王直属の護衛戦士の一人である。
 糸使いとして知られ、歳は十九と若く、女王クロンヴァールを除けば国内の女戦士では右に出る者は居ない程の実力を持つユメールは誰よりも女王の傍に居たいという願望が周りの者が迷惑する程に強かった。
 しかし、いつだってそんな願望を阻止する男が一人。
 抱き付くよりも先に横から蹴りが入ったことでユメールの身体は別の方向に飛び、そのまま地面にダイブしている。
 そしてそうなった原因である蹴りを放った短髪の男は悪びれるでもなく、呆れ顔でユメールを見下ろしていた。
 名をダニエル・ハイクという【女王の右腕】の称号を持った同じく護衛戦士だ。
 こちらはブーメラン使いとして名を馳せ、【六つの翼セラフィム】と呼ばれ、歳も二十歳とやはり若い。
 女王の傍に居られる地位を独占しようとするユメールと違い女王を取られまいとする意志は特にないが、単に話の腰を折ってばかりで女王が居ない時は大抵不真面目であることが腹立たしくてならないハイクは基本的にお互いを邪魔に思っている。
 ベシャっと地面に崩れたユメールはすぐさま膝を突いた状態で起き上がるといつものように喚き始めた。
「何をしやがりますかこのハエ男!」
「昼にもならねえうちから盛ってんじゃねえボケ。お前と違って姉御にゃやることがいっぱいあんだよ蜘蛛女が」
「そんなもんお前がやればいいです! お姉様の手を煩わせるとは臣下の風上にもおけない役立たず野郎め、です!」
「飯や寝床の用意しかしねえテメーよりマシだ。姉御も俺も政務で忙しいんだ、盛りたいなら犬でも探してこい」
「それが適材適所というやつです。クリスはお姉様を癒すのが仕事、ダンはお姉様の代わりにあっちへ行きこっちへ行きするのが仕事です。そのまま帰ってこなければ尚良し、です」
「……なんでしたり顔? 何も良くねえよ、お前の存在ぐらいねえよ」
 ハイクが再び呆れ顔になったところで、受け取ったグラスが空になったことを理由にようやくクロンヴァール王が口を挟んだ。
 周知の事実になりつつあるがこのクロンヴァール王、二人の傍目に見れば幼稚とも思える言い合いは兄妹喧嘩を見ているようで嫌いではないのだ。
「さて、兄妹喧嘩を見ているのも有意義な時間ではあるがダンの言う通り今日は少々忙しい。そろそろ報告を聞かせてもらうとしよう。そうむくれるななクリス、お前にはこの後鍛錬上に付き合って貰う。今日は思い切り剣を振るいたい気分なのでな」
「お任せあれです。二人きり、、、、でみっちりむっちり汗を流しますです」
 頬を膨らませていたユメールは一転してだらしのない笑顔を浮かべる。
 そんな様子を見てハイクは結局呆れ顔に戻りつつも手に持っていた紙を読み上げる体勢を取った。
「ったく、報告はいいが姉御はユメ公に甘すぎるぜいい加減よ」
「人聞きの悪いことを言うなダン。私は可愛い弟妹に依怙贔屓はしない、お前のこともいつでも甘えさせてやる準備があるぞ?」
「んな話じゃねえっつーの。キリがねえから取り敢えず報告だ。港から伝書が届いた、サントゥアリオからの船が無事帰港、AJもすぐに帰ってくるって話だ」
「それは何より。わざわざ船旅などさせてしまったし、今日明日ぐらい休みをやるかな」
「ま、あの国はアイテムによる入国を禁止してるんだから仕方がねえだろよ。察知する能力がないってのも迷惑な話だな」
「国全体で魔法使いが二十人足らずなのだ、無理を言ってやるな」
「そりゃ寛容なことで。それから次だが、予定通り午後には聖剣が訪問予定だ。申請じゃダリア町に到着するって話だったから馬車を用意させてある。姉御自ら迎えに行くのはいいが、なんでダリア町なんだ?」
「大方また装飾品でも買うつもりなのだろう、前に来た時もそうだった。なんでもあちらの王女からの頼まれ事だと言っていたな」
「それにしたって帰りでいいんじゃねえかと思うがねえ」
「生真面目なあやつらしいではないか。サミットの折に会った時には一皮剥けていたようだし、また手合わせしたいものだ。あの強さや志……やはり私の下に欲しい」
「あのグランフェルトを一人で背負わされてなきゃあの国に留まる器じゃねえんだろうが、生まれ育った国を離れる気がねえんだろ? いい加減勧誘したって無駄だろうに」
「私は欲しい物は諦めない主義だと知っているだろう。有能な人間はそれを生かすことの出来る場所に居るべきだ。聖剣にとってのそれは少なくとも無能なグランフェルト王下ではない」
「さっきの寛容さはどこにいったのやら」
 ハイクは肩を竦める。
 すると一連のやり取りを黙って聞いていたユメールが唐突に腕を組み二度三度と頷いた。
「あの銀髪勇者はお姉様ほどじゃないですが、恐ろしいぐらい綺麗な顔をしているですからねぇ。お姉様が気に入るのも無理はないです、うんうん」
「……その言い方じゃ姉御が見た目だけで選んでるみてえだぞ?」
「勝手に誤訳するなです、クリスはそんなことは言ってないです。もしそうだったらダンがここに居ることからしておかしいですからね」
「ぶっ殺すぞ変態女」
「強さじゃ勝てなかったですが、お姉様を想う気持ちが無い奴には仲間になる資格はないということです。何が言いたいかというと、銀髪勇者よりクリスの方がお姉様を愛しているということですっ」
「そうか、そりゃよかたったな。一生一人で言ってろ」
 ムフフン、と鼻の穴を広げるユメールに吐き捨てる様な言葉を投げ掛け、ハイクは女王へと視線を戻した。
 本当に一人で言っているだけなら放置で済むところなのだが、クロンヴァール王が漏れなく相手をしてしまうのが頭痛の種なのだ。
 どちらにしても構っていては話が進まないと判断し、ハイクは悪態を飲み込み報告を続ける。
「これはついさっきの話だが、事前申請の無い移動具による入国を確認したとのことだ。数は一人、場所は隣の在郷町、消息は不明」
「ほう、珍しいこともあるものだ。不法入国者などしばらく居なかったが、お前がそう言うからには聖剣ではない誰かであることは間違いないのだろうな。もっとも、聖剣ならば消息不明になるわけもないだろうが」
「そういうことだ。城下は見廻りを強化させたし、各地方には駐屯の部隊長に不審人物を見掛け次第身元を洗うように指令書を飛ばしてある。それでなくても警備の強化をしたばかりだ、どこのどいつか知らんが二人纏めて捕まってくれりゃあいいがな」
「行動が早い上に的確な判断だ。わざわざ指示しなくとも代わりにやってくれるお前が居なければ私はもっと多忙な日々だったのだろうな。出来た弟を持つと姉は幸せだよ」
「別にハンバルの野郎でも代用は効くんじゃねえかとは思うがね。少なくなった大臣の中じゃ一番の古株だろ」
 少なくとも戦士である自分の仕事ではないはずだとハイクは常々思っている。
 クロンヴァール王は信頼する人間以外は傍に置かないという拘りが強く、それゆえにハイクや王室相談役のロスキー・セラムがいつだって政務の手伝いをしているのだ。
 クロンヴァール王が望むのであればそれを拒絶する気など毛頭無いとはいえ、大臣達の仕事を奪うばかりなのもどうかと思っているのも事実。
 現実にクロンヴァール王が即位してからというもの、政務軍事のほぼ全てをクロンヴァール王の意志の下に王自らが行っているため大臣の数は減っていくばかりだった。
 しかしそれでも、クロンヴァール王は意志を曲げない。必要とされる人間であれば必要とされる役割、立場を与えられるのが世の常。
 そうなることなく立ち去るのであれば、それはその者が必要とされるだけの努力をしなかったか、或いは努力をする気がなかっただけの話だ。
 それがクロンヴァール王の考えであり、だからこそハイクの問いにもこう答える。
「奴は好かん。甘い汁を吸おうとベルトリーの機嫌取りばかりしているし、そのくせ野心が強く不平不満ばかり漏らしているという話だ」
 ベルトリー・クロンヴァールはラブロック・クロンヴァールの実弟である。
 歳が離れていることや若くして両親を亡くしていることもあって王家の人間としての教養にしろ武術にしろ何の興味も示さないまま一切習得する気がなく、日々を自堕落に過ごしているクロンヴァール王の悩みの種だった。
 それでいて卑屈な性格と劣等感によって自己顕示欲や権力、地位に対する執着を持ち始めており、姉である自分に対しても恨みがましい目を向けるばかりで既に城内では鼻つまみ者扱いされている程である。
 それでも、弟の扱いに悩まされているクロンヴァール王の悩みも当然知っているハイクは主が余計な事を考える前に話を進めることにした。
「それならそれでいいが、最後に一つ。今抱える一番の問題についてだが……」
「奴の件か」
「ああ。昨晩の姉御の指示通り脱獄囚ボドロ・ブランキーの捜索にセラムの大将とアルバートの旦那に兵をつけて出した。近隣で目撃情報や被害がない以上二日でそう遠くへは行けねえだろうってことで周辺の町村や山中に範囲を限定している。勿論国外逃亡阻止のため各港へは厳重な警戒をさせているが、期間や範囲に関して変更の必要があるなら言ってくれ」
「いや、今はそれでいいだろう。懸念すべきは内通者や協力者の存在の有無だろうな」
「野郎を逃がして何か得をする輩が居るとも思えねえが、まさかあの地下独房から単独で逃げ出せるとも思えねえ。だがそれを聞こうにも牢番は揃ってあの世行きじゃ色々と報われねえもんだ。それはそうと姉御よ」
「どうした、何か気になることがあるのか?」
「気になるって程のことでもねえが、アルバートの旦那を捜索隊に加えたのは間違いだったんじゃねえのか? 腐れブランキーを見つけたのが旦那の隊だったらどういう行動に出るか分からんぜ」
「構わん、元よりブランキーの捕獲は生死問わずだと全軍に通達している。それに……ブランキーどころか、あいつが望むならば私はこの首すらも差し出すと決めている。アルバートに殺されるのなら、私は何も文句は無い」
 クロンヴァール王は悲愴な面持ちで虚空を見つめた。
 いつだって威風堂々とした態度と凜とした表情を崩さず、弱味や弱音など持ち合わせていないかの様に振る舞っているクロンヴァール王がこういった姿を見せるのは珍しいことだった。
 そんな姿を見て側近一空気の読める男ダニエル・ハイクは溜息一つ吐くと、まだ一つ報告が残っているはずの用紙をぐしゃぐしゃと丸める。
「姉御、滅多な事を言うもんじゃねえよ。旦那がそんなことを望むわけがねえだろう」
「そうだとしても、そう決めたことを忘れていい理由にはなるまい」
「最近の姉御はあれこれと余計な事まで考えすぎなんだよ。これで報告は終わりだ、鍛錬室に行くならさっさと行って来い。無心で身体を動かしゃ心に溜まった余計な物も汗と一緒に流れてくれるだろうよ」
 ハイクが肩を竦めると、クロンヴァール王は一つ息を吐いて立ち上がる。
「世話を掛けるな。ではクリス、行くとするか」
「はいですっ」
「ダン、お前も来るか?」
「是非お供してえところだが、遠慮しておくぜ。ユメ公が睨み殺さんばかりの勢いだし、俺ぁ出来た姉の代わりにこれから武器庫で武具の搬入に立ち会わなきゃならねえ」
「そうか、では少し鍛え直してくるとしよう。そっちの方は頼んだぞ」
「はいよ」
 一度ハイクの肩に手を置いて、クロンヴァール王は扉の方へと歩いていく。
 ユメールもすぐにそれに続くのかと思いきや、ハイクに近寄り顔を寄せた。
「お前のそういう空気を読めるところだけ、、は認めてやるです。たまには役に立つ奴め、です」
「褒めてるつもりかしらねえけどすげー腹立つんだけど。んなこと言いに来る暇があったらテメーもさっさと行け。姉御を癒すのがお前の仕事なんだろ。他に大して役に立つこともねえんだからその仕事ぐらいはキッチリこなしてこい」
「任しておきやがれ、です」
 親指を立てながら言うと、ユメールもクロンヴァールを追い掛けて走っていく。
 一人残されたハイクはやれやれと溜息を吐いて、面倒な仕事に向かう自分を無理矢理鼓舞しようと煙草に火を着けるのだった。
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