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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第四章】 密談

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 日本のように道路を歩き、道中も建物に囲まれていれば少しは気も紛れるのだろうが、町と町の間が本当に何も無い荒野だったり草原だったりするので遭難者気分が増していくばかりで精神的にもしんどいものがある。
 そんな中、やっとの思いで到着した町は先程の町とは違ってとても大きく、端から見ただけではどこまで広がっているのかも把握出来ない程だった。
 そしてその一番奥には僕がお世話になるはずだったグランフェルト城の倍はあろうかという巨大な城が聳え立っていて、それすなわちここがグランフェルト王国ではないことがほぼ確定したという最悪な情報も同時に得てしまったのが残念でならない。
 円形に広がる数メートルの外壁に囲まれているため中の様子は分からないが、グランフェルトのお城は四方八方に関所を置くことで出入りの管理、監視をしているためやはり別の国と見ていいだろう。
 大きな門の入り口に立っている見張りらしき兵士の人にものすっごい訝しげな目を向けられつつ町の中に入っていくと、これまたグランフェルト城下の町よりも人通りは多いし店も多く並んでいるしという近代的とまではいかずとも大都市といえる町であることがよく分かる。
 しかし、ならば結局ここはなんという国なのだろうか。なんて考えているところでタイミング良くジャックがその答えを口にした。
『相棒、お前さんの幸運はまだ残ってたみてえだな。ここはシルクレア王国だ』
「シルクレア王国っていうと……あの真っ赤な髪の完璧超人な人が王様の?」
『そのなんとかチョージンってのはよく分からねえが、赤髪云々はその通りだな』
「ちなみに、なんでそれが分かったの?」
『城に山ほど付いてる旗の国章を見りゃそれぐらいは分かるってもんよ』
「なるほど……」
 やはりジャックが居て良かった。
 行き交う人が多い分、喧噪のおかげで気にせず喋ってくれるところも僕にとってはプラス要素と言える。
「一番確実なのはリュドヴィック王に手紙を送ることなんだろうけど、あの王様なら頼めばどうにかしてくれたりしないかなぁ……一応グランフェルト王国との関係も悪くないっぽかったし、船に乗るか誰かと一緒にワープしてもらわないと帰れないあたりが問題って感じだけど」
『どうであれ試しに頼んでみりゃいいだろうよ。駄目なら手紙を送りゃいい話だ』
「そうだね。僕が勝手に国同士の借りを作るわけにもいかないけど、グランフェルトに行く船があるならお金払って一緒に乗せていってもらえるだけでもいいわけだし、失礼の無い程度に話を聞いて貰うぐらいならいいか」
 向こうが僕を覚えているとは思えないけど一応は会話をした経験のある相手だし、何より前のサミットの時に聞いた話によるとグランフェルト王国では船を出すのは王国の管理の下で他国を行き来する船であるか漁船、或いは個人的な所有物を個人的な理由で出すぐらいしかないということだ。
 つまりは旅船を出すような商売が無いわけで、それが他国も共通のシステムかどうかは分からない部分もあるといえばあるが、正式に入国したわけでもない僕がそういった船でこの国から出してもらえるのかという不安もある。となると後々問題にならないようにするためにはそれがベターだろう。
「でもその前に」
『あん?』
「ご飯を食べてもいいかな?」
 昨日の夕食以降半日以上何も食べてない上に二時間以上歩いたのだ。もう空腹も限界に近い。
『飯食うぐれえ俺の許可もいらねえだろうに。せっかくの国外旅行だ、なんなら土産の買い物にも付き合うぜ?』
「流石にそこまで暢気にはなれないって」
 呆れつつ、少し町の中を歩いて見た目の印象で気軽に入れそうな店を選んで席に着く。
 例によって名前を見たところで出てくる物のイメージが微塵も湧かないので魚料理を、と注文を済ませ、水を貰うとようやく一息だ。
 この店こそ空席もそこそこあるけど、通りを見れば店や家屋の数だとか行き交う人々の数は本当にグランフェルト城のある町とは比べものにならないことがはっきりと分かる。
 確かシルクレア王国というのは土地の広さも人の数も軍事力も世界一という話だったけど、同じ五大王国同士でさえここまで差があるものなのか。
 真っ赤な髪の国王からして強さと美貌が世界一と言われているらしいし、日本人から見るアメリカや中国のような感じなのかな。
『ところで相棒』
「どうしたのジャック?」
『今ふと思ったんだが、お前さんの世界の奇天烈アイテムにゃこういう時に役立つモンはねえのかい?』
「この世界に居るジャックに奇天烈と言われるのは心外だけど、さすがに異国に迷い込んだ今の状況を好転させてくれるような物はないよ。ライトや発信機、スタンガンは前に使ったから知ってるでしょ? あとはICレコーダーぐらいだし」
『あいしーれこーだー? なんだそりゃ』
「会話というか、音を録音する物だよ」
『ほう、音をロックオンか。よく分からねえが、何かしらの武器ってことだな?』
「いやロックオンじゃなくて録音ね。こうやって喋ってる声とかを保存出来るって言えば分かる?」
『分からん度合いが増したとだけ言っておくぜ』
「駄目じゃん……ならせっかくだから実際に使ってみようか。ほとんど趣味で持ってるだけだからこの世界で役立つどころか使う機会もなさそうだし」
『面白そうだ。是非やってみせてくれ』
 オッケー。と、短く答え僕は店内を見渡した。
 空席のどこかに仕掛けてみようと思ったわけだけど、さすがに衆人環視の中でやるのは僕の不審度合いが増しそうなので一番角にある店員さんからも見えにくそうな席に仕掛けることにした。
 何気なくその席まで歩き、ササッとテーブルの裏の溝にスイッチをオンにした音楽プレーヤー程のサイズのレコーダーを忍ばせると再び何気なく元居た席へ着席。後は誰かがあの席に座るのを待つのみだ。
 なんて冷静に言ってはみたものの、よく考えると盗聴に他ならない気しかしない。
 この世界じゃそういう罪状はなさそうだし、レコーダーそのものの存在を知らないわけだから一度ぐらい問題ないよね? と思いつつも、ノリで行動するという己の愚かしさに若干の後悔を覚えてしまったところで後の祭り。
 席に戻って間もなく料理が運ばれてきたため僕の興味は一瞬にしてそっちに向かってしまい葛藤の時間はお預けに。
 さっそく頂くことにした空腹の中運ばれてきた焼き魚と野菜の炒め物らしき料理はとても美味しい物だったが、元来薄味の方が好みな僕には野菜の味付けが若干濃かったため米を追加注文したせいで食べ終わるのに少し時間が掛かってしまった。
 というか、セミリアさんからお金を預かっていなかったら本当に窮地に陥るところだったんだなと今更理解した僕はどうにも危機感に欠けているらしい。
 まぁ……食べ物やお金が無いなんてことが些細な事に思えるだけの危機感を何度も抱いてきたからなんだろうけども。
 そんなこんなで食事を終えた僕が危うくそのまま会計を済ませそうになったところでレコーダーの存在を思い出すという失態を侵したのも現状をそこまで悲観していないからなのかもしれない。
 席の位置や向きの関係上レコーダーを仕掛けた席は視界の外だったけど、チラッと振り返ってみたところ二人組の、恐らく男がその席に座っていたことは確認出来ていた。
 既にその席は空席になっているので再びササッと回収し、改めて席に戻る。
「ここで聞いてみる?」
『あの席に座ってた誰かの会話がそいつに記録されてるってわけか?』
「そういうこと。周りの人に怪しまれるのも嫌だから音は小さくしておくけど、せっかくだから聞いてみようか」
 そんなわけで再生ボタンを押してみる。
 しばらく無言状態で薄っすらと喧噪の音や声が流れたのち、テーブルの天板の裏手に置いていたせいで声の特徴がほとんど判別出来ないながらも二種類の男の声が再生された。
 飲み物の注文を済ませ、商品が運ばれて来たらしいやり取りの後に再生されたのはこんな会話だ。

「おい、こんな場所で密会してよいのか」
「内緒話というのは意外とこういう場所の方が目立たないものですよ」
「貴様がそう言うならそうなのだろうが……本当に大丈夫なのだろうな?」
「大丈夫、とは?」
「ふざけるな。ここまで来てしらばっくれる気か!」
「余り大声を出すと目立ってしまいますよ? それに、しらばくれるなんて人聞きが悪い。ボクは貴方達に協力したいと言っただけです」
「その話をしておるのだ。貴様との会話はいつもまどろこしい思いをさせられる」
「そうイライラせずに落ち着いてください。事前に話していた物はちゃんと用意したでしょう。樽二つ分の爆弾に兵士が五十人、抜かりなく」
「その兵士共は信用出来るのか? 事が事だ、情報が漏れれば我々はただでは済まないのだぞ」
「それも問題ありませんよ。彼らはお二人の命令には全て従うようになっています」
「ならばよいが……よくそのような輩を用意出来たものだな。貴様のお抱えの兵士というわけか?」
「まさか、内部調査もボクの仕事の一つというだけの話ですよ。誰からも愛される、なんてことが出来れば誰も苦労はしないということです。それより、そちらの方こそ大丈夫なんですか?」
「フン、元より自分で考える頭も持ち合わせておらんお方だ。焚き付けることは難しくない」
「そうですか。では手筈通り午後には兵士を届けますのでくれぐれも事前に露見させないように。いくら貴方が考えを練ったところであの方が全て台無しにしてしまわないとも限りませんからね」
「分かっておるわ青二才め。そもそも兵士など必要無いかもしれぬしな」
「というと?」
「貴様に頼ってばかりで静観しておく気はないということだ。鍛錬室に爆弾を仕掛けてある。陛下がいつも通り午後から鍛錬室に向かっていればそこで終わるかもしれぬし、そうでなくともその後確実に馬車に乗るはず。そこにも同じく爆弾を仕掛けておいたのだ」
「また大胆なことを……それ、失敗したらどうするんですか? ただ警戒心を抱かせるだけで終わりません?」
「失敗に終わったところで真っ先に疑われるのは私ではない。その為にあの狂人を脱獄させたのだと言ったのは貴様だろう。それに、守りを固める手段が限られているともな」
「確かにセラムさんやアルバート兵士長には捜索のため出兵してもらっていますし、それに関しては事実ですよ。あとはあの両腕をどうするかということですけど」
「それは押っつけ戦略を立てる。どちらにせよ若造二人も共に消し飛べば都合もいいだろう。問題はその後なのだ、あのお方が簡単に王位を継げるかどうか」
「出来る出来ないではないでしょう。陛下の両親も姉君も亡くなっている以上、計画が成功すればその資格がある人間はこの世に一人しかいなくなる」
「そんなことは分かっている。だが、あの叔父を含め分家の連中が口を出してこないとも限らんだろう。いずれにせよ今日こそが我等が不遇の日々の終わりだ。そして無能なあの男の影で私が実権を握るのだ。全てはこの女王暗殺計画に……」
「ハンバルさん、いくら聞き耳が立っていないからといって何でも口にしていいってわけではないですよ?」
「あ、ああ……少し興奮してしまったようだ。とにかく、話は終わりだ。お前は兵士を届けてくれればそれでいい。成功の暁にはお前にも相応の地位をくれてやる」
「期待して待っていますよ」
「では私は城に戻る。準備もあるし、長く城を開けると奴が先走り兼ねんからな」
「分かりました、お気を付けて……」

 そこで声は途切れ、それ以降の言葉は無かった。
「ジャック……もしかして、これ結構ヤバい感じ?」
 言わずもがな、そんな感想しかない。
『今の会話が悪ふざけじゃなけりゃあな。しかし、またド偉い会話を記録したもんだなオイ』
「ほんとにそうだよ……」
 まさかこんな恐ろしい話を聞くことになるとは思いも寄らない。
 女王暗殺計画だとか爆弾だとか、物騒過ぎる程に物騒な言葉がいくつも並んでいたけど……あんな会話を悪ふざけでするとは思えないし、僕はどうするべきだろうか。
「これ、あの王様に知らせに行った方がいいよね」
『死なせないためにはそうした方がいいだろうよ』
「この話を知ってしまったことで僕自身に危険が及ばないかって心配はあるけど……放っておけないでしょ、さすがに」
 人を殺そうとしている、なんて知ってしまえば関係無いなんて言えるわけもなく。
 あの会話じゃ首謀者と協力者という関係にも聞こえたけど、ところどころに兵士がどうだとかって言葉が聞こえたあたりあの王様に関係のある人物の可能性が高い。
 僕が城に行って何をどう説明した上で今聞いたことを伝えればいいかは難しいところだけど、そんなことを考えている時間的余裕があるのかどうかも分からないわけで、とにかく危険が迫っていることだけでも伝えなければ。
 そう決めて、僕は会計を済ませると早足で城に向かうことにした。
 やがて辿り着いた城は近くで見ると余計に規模の大きさが分かる立派な建造物だった。
 巨大で見るからに強固な城の大きな門の前には体格の良い兵士らしき二人が門番として立っている。
「止まれ。貴様、何者だ」
「シルクレア城に何の用だ」
 近付いていくと予想通り、二本の剣がこちらを向いた。
「ちょっとクロンヴァールさんに伝えて欲しいことがあって来たんですけど……結構急ぎというか緊急な要件で」
 敵意が無いことをアピールするも、門番達の顔は怒りに満ちていく。
「貴様……我らが陛下を何と呼んだ」
「切り捨てられたくなければ今すぐ立ち去れ」
 見事なまでのこちらの話を聞く気が無い態度に若干苛立ちを覚える。
 礼節の話をしている場合ではない。と、僕はとにかく要件を伝える事にした。
 この人達にとっていくら僕が怪しい人物であったとしても女王暗殺なんて話を聞けば無礼だなんだと言っていられなくなるはず。
 そんな自分らしくもない焦る気持ちを僕はこの直後に後悔することになる。
「とにかく、聞いて下さい。そのクロンヴァール王に爆弾を仕掛けたという……」
 そこまで言ったところで僕の言葉が掻き消される。
 辺りに轟音ともいえる爆発音が鳴り響いたことが原因だった。
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