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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】
【第三十六章】 生還
しおりを挟む「コウヘイ様、コウヘイ様」
「…………ん、んん」
近くで僕の名前を呼ぶ声がする。
誰が何の用で呼んでいるのかと重い瞼を開け目を覚ますと、なぜか目の前にマリアーニさんの顔があった。
少し頭がボーッとしているが、そんな状態でも色々と疑問が浮かぶ。
当たり前の様に『目を覚ますと』なんて言ってみたものの、僕はいつ寝たんだっけか。
いや、それ以前にここがどこで何故ここにいるのかもよく分からない。
「……マリアーニさん?」
「よかった……本当によかったです、コウヘイ様」
しんみりとした様子で安堵の表情を浮かべるマリアーニさんの言っていることは全然分からなかったが、この部屋に居るのが僕とマリアーニさんだけではないことを遅れて把握する。
今度は水色のドレスに変わっているマリアーニさんの後ろには半分黒で半分金色の髪の毛をした口の悪い女の子戦士カエサルさんや、いつもふんわり笑顔でほんわか口調のミニスカ魔法使いウェハスールさん、そして背が高く口数の少ない寡黙なクールビューティーかと思いきや左腕に光る物騒な武器が恐ろしい女性戦士キャミィさんの三人が立っていた。
「あの……皆さんどうしてここに? というか僕はどうしてここに?」
ユノ王国の人達に囲まれる自分の置かれている状況が分からず、かといって自分で考えようにも窓ガラスも無い部屋では時間帯すら情報を得ることも出来ないので率直に聞いてみた。
「コウヘイ様……覚えておられないのですか?」
「えーっと……何をでしょうか」
「コウヘイ様はわたくしを助けるために魔王軍の幹部らしき者と戦って怪我をされたのです。それで今まで意識を失っていて……」
「魔王軍の……」
魔王軍、つまりは僕の言い方をすると化け物軍団。
あ……そうだ。
僕は確か連れ去られたマリアーニさんを追い掛けて、烏天狗みたいな化け物と戦うことになったんだ。
そしてお腹を刺されて……。
「…………あれ?」
蘇った記憶を辿ってみると、尚更ベッドで寝ていた事実がおかしいと感じる。
慌てて着ていた服を捲ってみたが、お腹には刺された傷なんてなかった。
「えぇぇ……確かに刺されたはずなのに」
「傷はわたくしが完治させました。でも、中々目をお覚ましにならないから心配していたんですよ?」
「え……あの傷を治したんですか? 完全にお腹に穴が空いていたはずなんですけど……」
「通常の回復魔法とは違い基本的にわたくしの治癒能力にダメージの大小は関係ありません。本来ならば他国の者に使うことはあってはならないのですが、コウヘイ様の傷はわたくしを助けるために負った傷です。自らの命と引き替えにわたくしを救おうとしてくれた貴方をそんな理由で見捨てることなど出来るはずがありませんから」
「…………」
自らの命と引き替えに、なんて無駄に格好良い表現をされるとリアクションに困る。
正直言って運良く怪我で済んでくれと結構な勢いで願ってたし、引き替えにしなくて済む方法が無かったとういうだけでしかない上にどのみち死ぬならという開き直りがあってこその戦法だったのだから。
とはいえ、あの傷を完治させるってどういう能力なんだろう。医者いらずもいいところだな……。
「コウヘイ様のおかげでわたくしは無事に帰ってくることが出来ました。貴方は命の恩人です」
真剣な声音で感謝を口にしつつ、マリアーニさんは丁寧に腰を折った。
後ろの三人もそれに合わせて頭を下げている。
しかし、そんな四人の態度は僕からすれば間逆な気がしてならなかった。
「大袈裟すぎますよ、それは。むしろあんな状態から傷を治してもらえるなんて、逆に僕にとってはマリアーニさんが命の恩人です。このご恩は絶対に忘れません。今後お会いすることがあるのかどうかは分からないですけど、その時があれば必ずお返しします」
ベッドの上に座ったまま身体の向きを変えて僕も頭を下げた。
普通に考えればあの場で死んでいたはずだったのだ。
それが今無傷で痛いところすらない状態でいることは奇跡としか言いようがない。
小さな傷を治したり多少の痛みをなくしてくれるジャックの呪文然り、前にお城で飲まされた傷が早く治るらしい薬も含め現代医学とは一体なんだったのかと言いたくなるような現実だけど助けてもらった身で無粋な事は言わないでおこう。
死んでいたはずの命を救ってもらった、今ばかりはそれが全てだ。
そんな僕を見てどう思ったのか、マリアーニさんは相好を崩した。
「最後まで無欲な方ですね。そんなことを言うと後で後悔してしまうかもしれませんよ?」
「今死んでいることより後悔することもないですから。もしもその時が来れば恩返しが出来ればと思います。僕なんかに出来る事が必要になることがあるとも思えませんけど」
あまり押し付けがましいのもどうかと自嘲気味に笑ってみると、別の声が続けようとした言葉を遮った。
「ほんとよ、ヘナチョコのくせに姫に迷惑掛けるなんて何様のつもりって感じ」
突如参戦してきたのは今まで黙って見ていたカエサルさんだ。
相変わらず僕はヘナチョコ扱いだったけど、少し前までの怒っている風ではなくどちらかというと呆れている様な感じの口調だった。
「こら、エル。コウヘイ様のおかげで姫が無事だったんだから失礼なこと言っちゃ駄目でしょ~」
「確かに死んでもいいから助けて来いって言ったけどさー、だからって普通ほんとに死ぬ? あたしが追い付くのを待ってたら簡単に蹴散らしてやったのにさ。姉さんもそう思うでしょ?」
「エル、さっき説明したでしょう。相手は魔王軍の幹部で、その上さらに上位の魔物が合流すると口にしていたの。あのドーブルという男一人ならエル一人でも大丈夫だったでしょうけど、そうなればいくらエルでも難しい状況だったのよ」
呆れた風に言うマリアーニさんを見るに、最低でもすでに一度以上は説明した後なのだろう。
口癖のように人に馬鹿馬鹿というくせに本人は余り頭が良くないことは結構前から密かに分かっていたけど、ほんと人の話を聞いてない人なんだな……。
「幹部だろうが何だろうが関係無いもん」
二人が同意してくれなかったことが不満だったのか、カエサルさんは唇を尖らせて再び僕を見る。
その顔から何かしらの暴言が飛んでくるのだと分かった。
「元はといえば全部お前が悪いんだからね。ヘナチョコなりによくやったけど、もうちょっと考えなさいよね!」
「すいません、あれ以外に方法が思い付かなかったもので……」
「だからって死ぬな馬鹿」
「死んでないですよ馬鹿」
あ……また釣られて言っちゃった。
「今絶対あたしに馬鹿って言った! ヘナチョコのくせに生意気っ、覚悟は出来てんでしょうね!」
憤慨するカエサルさんは指をバキバキ鳴らしながら僕を睨みつけている。
なんとなく子供っぽい性格にも慣れてきたというか、なんだかからかうと面白い人という印象になってきた。
「誤解ですよカエサルさん」
「ぜっっったい誤解じゃない! 前の時はあたしの勘違いだったけど今のは絶対言った」
「それも踏まえても、やっぱり誤解なんです」
「……何が誤解なのよ」
「前の時もしっかり言ってましたから」
「ぶっ殺す!!」
迷わず殴りかかって来ようとするカエサルさんだったが、後ろから両脇を抱えられるような形でキャミィさんがその動きを封じた。
度が過ぎた自分の自業自得だったとはいえ僕的には助かった感じだけど、この人が自発的に行動するのを初めて見た気がする。それでも表情に一切変化は無いのだけど……。
「あらあら~、いつの間にか仲良くなって。良かったわね、エル」
「仲良くなんてなってない! ていうか離せレイラー」
カエサルさんは足をばたつかせているが、長身のキャミィさんは微動だにしていなかった。
そんな様子をウェハスールさんは楽しそうに見ている。
「うふふ、なんだか騒がしくてごめんなさい」
「いえ、ほとんど僕のせいなのでお構いなく」
「わたくし達はそろそろお暇してコウヘイ様がお目覚めになられた事を報告して参りますね。皆さんお部屋で首を長くして待っていらっしゃいますし、厨房に居る侍女の方も少し前までここに居ましたがずっと泣いておられましたから」
「そんなことまでさせてしまって申し訳ないです」
もう一度軽く頭を下げるとマリアーニさんは『お気になさらないでください』と心なしか微笑んで、他の三人を連れて部屋を出ていった。何故かキャミィさんだけが出て行く前に僕に頭を下げていたけど……どういう意味があってのことなのだろうか。
しかし……皆のこと完全に忘れてたな。
ついさっきまで僕自身がそんな状態ではなかったとはいえ、あの口振りじゃ僕以外は無事だったってことなのだろう。
その点は良かったと言えるが、ミランダさんが泣いていたなんて言われたらどんな顔して会えばいいのやら……。
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