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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第二十二章】 過去の断片

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「こちらがその鍵です。どうぞお納めくだされ」
 バートン殿下の屋敷に戻った僕達は再び部屋に通され、最初と同じ様に向かい合って座っていた。
 手渡された小さな木箱を受け取り中身を確認すると、銀製の大きめな鍵が確かに入っている。
 ちなみにララ様と呼ばれていた王女は既に自分の部屋に戻っていてこの場にはいない。
「この様な無礼を働いたこと、改めてお詫び申し上げる。例え封印の洞窟に辿り着こうとも、その先に進むには強さのみならず知能も必要となります。過去に死者も出ている以上は誰にでも任せられるものではないと言われてきましたゆえ、それを見極めるのも私どもの使命なのです。その責務を全うすることが我が国が五大王国へ示すことの出来る敬意であり、曾祖父の代からこの鍵を預かってきた一族の重責」
 諸事情や自身の心根をあらかた語り終えると殿下は深く頭を下げた。
 唯一サミュエルさんは試された事に対する不満を漏らし続けていたが、さすがにこの姿を見ては何も言えないみたいだ。
「頭を上げてください。悪役を演じたあの三人も一歩間違えれば命を落としていた状況ですし、どれだけの覚悟であったかはこちらも十二分に理解しています」
「ただの演技で人の本質を見極めるのは難しいものです。あの者達には殺す気で戦うように言ってありました。あなた方が無事で済んで何より。そして強さや勇気だけでなく鋭い洞察力と優れた知能、娘を救おうとする人情を持ち合わせておられた。きっと無事に役目を終えることが出来るでしょう」
「過分なお言葉、痛み入ります。ではそろそろ僕達は失礼させていただこうと思います」
「今日のうちに出発なさるので?」
「いえ、どこかで一泊して明日出発するつもりでして」
「では村の宿に部屋を用意させていただきましょう。案内させますので、こんな村ですがゆっくり身体をお休めください」
「失礼でなければお言葉に甘えさせていただきます」
 そんなわけで、バートン殿下のご厚意により僕達は宿に向かうことになった。
 なんだか遠慮しなさすぎな感じもするけど、目上の人の申し出を断る方が失礼だしこのぐらいはお世話になってもいいだろう。
 これは余談だが、あの誘拐犯三人組は揃ってここで仕えている兵士だったらしく屋敷を出る時に偶然会った僕の相手だった太った人に何故か例の爆弾石を手渡されたりした。
 戦友への餞別だとか言っていたけど、どうして僕を戦友だと思っているのかとか、爆弾なんて渡されたところでどうすればいいのかとか、とにかく疑問だらけだった。

          ○

「んあ~……」
 本当に久しぶりのゆったり出来る時間である。
 あれから一旦宿へ移動した僕達はみんなで夕食を食べた。
 といっても唯一サミュエルさんだけは一緒に来なかったのだが、とにかく食事の後はは明日の出発までは自由時間ということになり僕はベッドに寝転がっているというわけだ。
 この世界では珍しく個室の宿で、それぞれ別の部屋で寝泊まりすることが許されるというこれまた本当に久しぶりの一人で静かに過ごす事の出来る貴重な安らぎタイムなのだった。
 といっても枕元にはジャックが置いてあるし、ついさっきまではミランダさんがこの部屋に居たわけだけど……。
 基本的に大人しい上に気の利くミランダさんが邪魔とは思わないけど、昼の出来事を思い返しては僕を英雄の様に語るその姿はどうにも対処に困るのだ。
 そんな時間を小一時間程過ごし、特に用事を言い付けるつもりもないしミランダさん自身も歩きっぱななしの一日で疲れただろうということで部屋に戻って休んでもらい今に至る。
『しっかし、今日は大層な活躍だったな相棒』
「……久しぶりに喋ったと思ったら今度はジャックがそんなことを言うかね」
『お前さんは持ち上げ過ぎだと言い張るが、それに足るだけのことをしたと俺も思うがね。あの洞察力に的確な判断や指示、それに加えて敵を倒しちまうんだからリーダーらしくなってきたってもんだ』
「リーダーらしさなんて僕には分からないよ。出来ることをするだけ、それで精一杯だもん」
 敵が化け物だったり実は敵じゃなかったりするからそう見えるだけであって、例えばあの条件が誘拐犯を殺すことであったなら、きっと僕は誰よりもリーダーらしからぬ姿を見せていたことだろう。
 昼間に演技がどうという話があったが、どれだけリーダーらしい人間を演じようとしてもやっぱり僕はこの世界の住人ではないし、どこにでもいる普通の人間なのだ。
「あ、そうだ」
『どうしたんでい』
「サミュエルさんに明日の段取りを伝えるの忘れてた」
 他の面々にはご飯の時に言っておいたから後から伝えようと思ってたんだった。
「ちょっとサミュエルさんの部屋に行ってくるね」
『なら俺はお先に寝てるとするかね』
「………………」
 ジャックにも眠るという概念があったんだ……初めて知ったよ。

          ○

 廊下を挟んで向かい合った並びの部屋に一人一部屋という今回の宿。
 皆も疲れてさっさと眠ってしまったのか、どの部屋からも特に話し声や物音は聞こえない。
 かくいう僕もクタクタだし早いとこ寝てしまおう。なんて決意は、そもそもサミュエルさんが寝てしまっていたらどうしよう、という心配に一瞬で変わる。
 それどころか寝ようとしていたタイミングですら人が訪ねてくることを鬱陶しがるんじゃないかと思えてならない。
「………………」
 ひとまずサミュエルさんの部屋の前に立ってみる。
 意を決し、そのくせ超控えめなノックで扉を叩くと意外にも普通に返事が返ってきた。
「誰?」
「僕です」
「アンタか。用があるなら入りなさい、用がないなら取り込み中よ」
 なんとも次の行動に困る返答である。
 暗に邪魔するなと言われている気がしないでもないが、用があるのも事実。本当に取り込み中ならサッと要件を伝えてサッと帰ろう。
 そう決めて、失礼しますと一言足して扉を開けた。
「な……な……何してるんですか……それ」
 思わず言葉に詰まる。
 中に入ると、部屋着に着替えたサミュエルさんがベッドに座って腕を磨いていた。
 いや……どうしてもそういう表現になってしまうのだが、文字通りの意味ではなく、自己鍛錬に励んでいるとかそういう意味ではなく、本当の意味で自分の腕を磨いていた。
 右腕を布巾の様なもので拭いているとでもいうのか、それだけの事であれば驚く理由にもならないのだけど、問題はその腕が身体と繋がっていないことにある。
 腕というか、もうほとんど肩口から切り離されたような状態の右腕を座っているその足の上に乗せて左手で磨いているのだ。
 肩口の断面部分は袖で隠れて見えないのがせめてもの救いだが、そんなことよりも……なぜ腕が取れている。
「何って何よ」
 サミュエルさんは素で『何言ってんのコイツ』的な顔をしたが、すぐにその理由に気付いたらしく、
「ああ、これ。アンタはまだ知らなかったんだっけ? 私は元々義手なのよ」
「そ、そうだったんですか……」
 全然知らなかったよそんなこと。
 柄にもなく普通にビックリしたよ。
 まだ心臓がバクバクしてるよ!
「それって……最近そうなってしまったんですか?」
「そんなわけないでしょ、何年も前の話よ。ジジイが作った物だからただの作り物の腕じゃないし、戦闘にも日常生活にも影響は無いし。言わなきゃ今のアンタみたいに義手だと気付かれないぐらいなんだから」
「確かに全然気付きもしなかったですけど……ていうか昼間のあれもノスルクさん仕様だから出来たことだったんですか? 斧を素手で掴んだあれは」
「当たり前でしょ、生身の身体であんな真似が出来る人間がいるかってのよ。ジジイの作った物ならではの特殊性ってところね。ついでに言えば右目も同じ」
「右目? もしかしてそれも義眼なんですか?」
「そ、むしろ腕よりこっちの方が先だったし。毒針を目に食らって見えなくなったところをジジイがお節介で作ってくれたってわけ」
「それで……あれだけ視力が良いんですか」
「そーゆーこと」
「色々と驚きが追い付きませんけど……ノスルクさんって何でも作れるんですか?」
「そうなんじゃないの。いくら魔法力が人並み以上だからってそれだけのおかげってことはないでしょうけど」
「と言うと?」
「知らないわよ、詳しくなんて。いつだったか天界に行った時にどうこう言ってた覚えはあるけど、私は話の途中で勝手に帰ったから全然聞いてなかったし」
「……勝手に帰ったんですか」
「ていうかジジイの話なんてどうでもいいわ。アンタの要件はなんなのよ」
「あ、そうでした。明日のことなんですけど」
 ひとまず理解が追い付かないだけの驚きは置いておいて。僕は伝え忘れていた明日の段取りを説明した。
 といっても昼前には出発するので昼食は早めに取っておきましょうというぐらいなのだけど。
「そう、分かったわ」
 黙って聞いていたサミュエルさんは一言だけを返して、外れていた右腕をカコっと装着した。
 こうして見ると本当に義手だなんて分からない。
 さすがはノスルクさんといったところなのか、見た目はおろか触れた感触も作り物だなんて到底思えないレベルだ。
 しかし、右腕も右目も戦いの最中に失ってしまったのだろうか。だとすればこの人達の生きる道、進む道とはどれ程までに過酷なものだというのか。
「コウ、まだ何かあるの?」
 話が終わったらさっさと帰れ、と目が告げていた。
 せっかくの休息の時間だ、邪魔をするのは忍びない。
 と、挨拶の一つぐらいして部屋を出ようと思ったのだけど、もう一つだけ気になっていたことを聞いてみることにした。
 きっとこのタイミングを逃せば今後聞いてみることは出来ないだろう。教えてくれるかどうかは別問題だけど……。
「あの、サミュエルさん。もう一つ教えて欲しいことがあるんですけど」
「何よ」
「あのカエサルさんとはどういう関係なんですか?」
 カエサル。
 確かフルネームはエルフィン・カエサル。薙刀を持ち、髪の毛が半分だけ金髪のユノ王国の女戦士。
 サミットの会場で見た二人の関係は旧知の仲でありながら因縁浅からぬ関係であることは間違いない。
 聞いてどうなるのかなんて自分でも分かっていなかったけど、あの時のサミュエルさんの目は今でも思い出せてしまうぐらいにただならぬ雰囲気があった。
「何それ、アンタがそれを知りたい理由はなんなのよ。今後の旅にもアンタの生活にも全く関係無いじゃない」
 答えたくない。という風ではなかったが、敢えて教える意味も無い。そんな反応だ。
「関係はないかもしれないですけど、聞きたいんです」
「だから、聞きたい理由はなんなのよ」
「理由は無いです。ただ僕が知りたいだけで……それじゃ駄目ですか?」
「………………アンタってやっぱり変な奴」
 調子狂うわ、と。
 サミュエルさんは呆れた様に大きく息を吐く。
「別に面白い話なんて何もないわよ。ただの昔の知り合いってだけ」
「昔の……知り合い。それって、つまりは仲間だったとか、そういうことですか?」
「どう表現するかは人それぞれなんじゃないの。私はそういう言葉を使ったことはないし、そういうつもりもないけどさ」
「そ、そうですか」
「同門とか、姉妹弟子って言うのが一番分かりやすい表現かしらね。私は昔シヴァという男に師事していたことがあって、その時一緒に居たってぐらいの関係よ」
「誰かの弟子だった、ということですか?」
「十二、三の時の話よ。男三人に女二人の五人が同じ立場に居た。私とエル……いえ、エルフィン・カエサル、それからレオン・ロックスライトにオズウェル・マクネア、それにカルヴァリン・ダックワースの五人。アンタに言っても分からないでしょうけど、長生きしたければ名前ぐらいは覚えおくおことね」
「………………」
「ま、シヴァが死んで住んでた国が無くなってからはみんなバラバラで、私は全く関わりを持っていなかった。だから昔の知り合いってだけの関係よ」
「そう……ですか」
 これ以上は踏み込んではいけない、そんな感じがした。
 いや、正確にはこれ以上の事は教えてくれないだろうなと分かったというべきか。
 話は終わり、そう言われた様な気分がそれを物語っている。
 少なくともカエサルさんとはそれだけの関係ではないはずだ。
 師匠が死んだ、住んでいた国が無くなった。それだけでもただならぬ経験があったはずだし、そうでなかったとしてもカエサルさんに裏切り者と言った事実は消えたりはしない。
 だけど、それは僕が今なにげなしに聞いて答えてもらえる話でもない。そういうことなのだろう。
 その線引きを見誤ればサミュエルさんはきっと気を悪くする。だからこれ以上は聞けない。
 サミュエルさんが口にしたレオン・ロックスライトという名はどこかで聞いたことがある気がするのだけど、果たしていつ聞いたのだったか。
 それに……マクネアという名前だって。
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