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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】
【第十二章】 情報交差
しおりを挟む他国の面々との顔合わせから約一時間後、サミットが始まった。
本来ならば明日の昼に行われる予定だと聞いていたのだが、あの真っ赤な髪をした完璧超人ことシルクレア王国の女王であるクロンヴァール王の提案により前倒しして今日行われることになったのだ。
既に五カ国の王が揃っているのだから無駄に一晩を過ごす必要もないだろう。という話に僕達の代表であるリュドヴィック王を初めとする諸国の王が同意した形だ。
唯一その場に居なかったフローレシアという国の王の意見を聞くまでもなく賛成多数で可決という感じだったあたり、どこの世界でも偉い人達が集まると数や発言力が物を言うらしい。
「それに、今回は終わった後にも一仕事あることだしな」
なんて意味深な言葉を付け加えたクロンヴァール王の言わんとすることは僕には分からないけど、そんなわけで各国の王達は揃って専用の会場である二階の大部屋に入っていった。
聞くところによると会場に入れるのは代表となる人間……といってもほとんどの場合が王ということになるらしいのだが、それプラスその一族の者に従者が一人だけという話だ。
中身の半分は政治や外交の話になるらしく、本来は大臣を同行させるのが一般的なのだそうだけど僕達の中に大臣なんて居ないわけで、何故か同行者の候補に僕を入れた王様に危うく指名されそうになったりもした。
僕では意見や見解を求められても答えられない事の方が多いのでとどうにか回避し、結果予定通りセミリアさんが会場入りすることで事なきを得ることが出来たというわけだ。
もっとも、僕であるかどうかは別としてそれが例外的な人選だったのかと言われるとそうでもない様で、実際に大臣という役職を与えられた人間を同行者にしたのはサントゥアリオ共和国のイケメン王子(僕と夏目さんが勝手にそう呼んでいるだけ)一人だった。
そんなわけで会場入りしない僕達は改めて自由時間となったのだが、周囲を見ると実際に自由な時間を過ごしているのはどう見ても僕達だけであることが分かる。
他の国の人達……といってもどういうわけか国王が一人で来ているらしいフローレシアという国を除いてだが、残っている四人の従者の内二人はこの会場の外のホワイエで王を出迎えるべく待機していて、一人は各国に一階ずつ与えられていて他国の者は許可無く立ち入ってはいけないというある意味不可侵な空間である自国のフロアをそれぞれ階段の前で見張っている。そして最後の一人は有事に備えて一階の玄関口、あるいは建物の外で警備をしているという万全の態勢だった。
そんな中で僕達はというと、サミュエルさんは『寝る』とだけ言い残して勝手に部屋に帰ってしまったし、高瀬さんと夏目さんはこの溜まり場で片っ端から他の国の人達に声を掛けて回っているという無駄なアグレッシブさを存分に発揮している。
ほとんどが相手にされずに終わっているみたいだけど、中には普通に話が出来た人もいるそうだ。
僕はあんな人達に自分から交流を持とうという気が全く起きないので遠慮したが、よくあそこまで馴れ馴れしく会話に割って入っていけるものだと感心すらする。
そしてそして、ミランダさんとアルスさんは夕食の準備で居ない。
というわけで僕は皆と同じ空間に居ながらも一人で窓から外の景色を眺めていた。
この風景だけを切り取れば一面に自然が広がっているだけの本当に長閑な島だ。
時代背景というか、世界情勢みたいなものを考えない様にすれば遠くに小さく見える船の列もどこか趣深いものがある。
誰かであったり何かであったりを退治しなくてもいいということが気を張る必要性を薄れさせているのか、念のため高瀬さんと夏目さんの動向に気を配りつつだったはずの風景観賞もいつの間にかそんなことを忘れてしまっていた。
「横、いいかな」
ふと、背後から声がする。
両端に一つずつある窓のうち僕が居る側の壁際付近に他に人の姿はない。つまりは僕に対する言葉だとみていいだろう。
振り返ってみると、すぐ目の前に見たこともない男が立っていた。
風体からするに歳は三十代半ばぐらいか。ボサボサの頭と無精髭がそう感じさせるだけでもしかしたら二十代なのかもしれないが、とにかく見るからに『おっさん』と比喩されそうなだらしのない風貌の男がこちらを見ている。
「横、いいかな」
男は同じ言葉を繰り返した。
一言どうぞと返して少し横にずれると、男はそのまま窓から身を乗り出し煙草を吸い始めた。
どうやら僕に話があったというわけではなく、ただ煙草を吸いに来ただけのようだ。
というか、この世界にも煙草があったのか。
今の今までこっちで目にすることがなかったけど、若干巻いている紙がヨレヨレであるぐらいで何も持っていないはずの指から出した火を使った以外は日本で普段見る物と大きな違いはなさそうだ。
それはさておき……この人は誰だろう。
今日ここに来て会ったり見た人の中に居ないことは間違いないが、であるからこそ考えても分かるはずもなく、横目とはいえ余りずっと見ていても失礼かと僕も視線を窓の外に戻すことにした。
二人並んで無言のまま窓の外を見つめているという何とも表現に困るおかしな空間だったが、その沈黙を破ったのはあちら側だ。
「おや?」
ちらりと、横目で僕を見た男が体ごとこちらを剥く。
どこか不思議そうな表情を浮かべているのは気のせいではあるまい。
「君……その門はどうしたんだい?」
「ゲ、ゲート?」
「んー、ちなみに君はどこの国の子?」
「一応……グランフェルト国王のお供として来ている身ですけど」
「グランフェルト? あの国に僕達の側の関係者が居た記憶は無いけど……」
男はほとんど独り言の様に呟き、何かを考える素振りを見せる。
正直、僕には言っていることの意味は一切分からなかった。
「まあいっか。分からないことを考えるのは面倒臭いもんね、僕は面倒臭いことが嫌いだよ」
「はぁ……」
男は僕の反応などお構いなしにそう結論付けて、火の付いたままの煙草をデコピンの要領で窓の外に飛ばした。
そんなことをしていいのかという疑問は大いにあるが、そんなことを言える雰囲気でもなく。
「じゃ、お邪魔したね。君がそれを持っているならまた会うこともあるのかな。その時まで君の顔を覚えている自信はないけど、一応またね、と言っておくよ」
やはり僕の返事を待つこともなく言いたいことだけを口にして男は去っていった。
何だあの人……全然会話になってないよ。
「………………ジャック、あれ誰?」
『俺に聞かれても分かるわけがねえってもんだ。ただ確かなのは他所の国の誰かってことぐれえだろう』
「そりゃそうか。あんまり気にしても仕方ないのかな」
『念のため顔だけは覚えておくといい。欲を言えば名前や出身地ぐれえは聞き出しておくべきだったんだろうが、奴がそれを答えたところで大した信憑性もねえだろうよ』
「ごもっとも、だね。見た感じ意味の無い嘘をつくタイプっぽいし」
自分が昔そうだったからなんとなく分かる。
ある意味隙を見せないためにやっていることだったりするんだけど、やっていて自分でイタくなってきたので僕は高校に入った頃にやめた。
なんか格好付けようとしているみたいで逆に格好悪いんじゃないかと感じ始めたせいだった。
『おっと、また誰かこっちに来ているようだ。俺は静かにしてるぜ』
誰かって誰?
と聞くよりも先に、再び後ろから声がした。
「ちょっといいかな」
台詞も似たものだったが、振り返った先にいたのは先程とは別の人だ。
歳はこちらも推定三十代半ばで少し長い茶髪に兵士さながらの装備と腰には剣。
確かあのクロンヴァールさんの国の人だったと記憶している。名前はアルバートといったか。
「えっと……僕に何か?」
「ちょっと聞きたいことがあってね。ああ、別に答えたくないことを無理に聞こうとは思ってないから安心してくれていいよ」
「聞きたいこと……ですか」
「うん、さっきの人と何話してたのかなと思ってね」
「さっきの人? というと、ここで煙草を吸っていた人ですか?」
「そう、その人だ。君は確かグランフェルトの一員だったよね? あの男とはどういう知り合い?」
「知り合いも何も、今日どころかさっき初めて会ったばかりで名前も知らないですけど……」
「あれ? そうなんだ。こりゃ早とちりしたかな」
男は苦笑しながら頬を掻いた。
さっきの人の事を探りにきたのだろうか。しかしまあ、口振りからするに恐らくではあるが良い意味ではあるまい。
どういう事情や背景があるのかは知らないけど、この人が情報収集のために来たのであればせっかくなので僕も真似をさせてもらうとしよう。怖い人じゃなさそうだし。
「僕からも質問させてもらってもいいでしょうか」
「なんだい?」
「あの人は一体どういう人なんですか?」
「顔はともかく名前も知らないというのもちょっとおかしな話な気もするけど、あの男はフローレシアの国王だよ。名前はマクネア」
「え? 王様なんですか? だって今サミットの最中なんじゃ……」
「いつものことだよ、顔だけ出したかと思うといつの間にか居なくなる。それをさせないために僕と仲間がここで待機していたんだけど、まさかこんなに早く抜け出してくるとはね」
「抜け出してって……一服しに来ただけとかではないんですか?」
「最初はそう思ったけど、案の定会場には戻らなかったみたいだね。仲間が尾行しているけど、どうなることやら」
「尾行……ですか」
確かこの人の国とフローレシアという国は一悶着あったという話だったっけ。
それにしても逃がさないように見張る目的で待機していたとは。
「そんなに不安そうな顔をしなくても今日この場で手を出したりはしないさ。さすがに大きな問題になるし、姫様もそれを望んではいないだろうからね」
あくまで今日は、だけどね。と、男は続けた。
今日こういう場でなければどうなっていたかは分からない、ということか。
「でも、こういった場で無断で居なくなってしまうとあの人やあの人の国の立場は悪くなりますよね? そういうことは考えないのでしょうか」
「まさか、あの国がそんな事情に配慮したことなんて過去一度もないさ。そのぐらいは君も知っているだろう?」
「いえ、実はあまり……国王に仕え始めたのがつい最近のことでして、そういった情報には疎いもので。他の国からはよく思われていない、というぐらいしか知らないんです」
さすがに初対面の人間に違う世界から来ましたとは言わない。これがもっともらしい口実だろう。
幸いにも男は怪しむ様子もなく、むしろ僕の疑問に答えてくれた。
パソコンも新聞も存在しない世界だ。そういう人間が居ること自体は珍しくないのかもしれない。
「僕の勘違いで探りを入れにきたお詫びに少しぐらいは説明してあげてもいいか。その代わりこれでチャラだよ」
「別にそれを失礼だと思っているわけではありませんが、教えてくださるのであればとてもありがたいです」
「フローレシアという国は異端でね、大昔から一環して不干渉主義を貫いている。他国と関わりを持たず、その代わり干渉もさせない、そんな方針だ。唯一の同盟国であるユノからの要請がなければそもそも今日もここに来てはいないだろう。言い伝えではユノ王家は天門を守る一族と言われているらしいけど、そのユノ王家を守るべく作られたのがフローレシアという国の発端だそうだ。どこまでが事実かは定かではないけど、その二国が隣接しているところを見るにあながち迷信でもないのかもしれないと僕は思ってるんだけどね。だからといってそのユノとも国交を持たず、外部の人間が一切出入り出来ないというのはおかしな話だし、それゆえに数々の黒い噂も信憑性を増していく一方なのさ。うちの国からの開示要求も全て無視で、とうとう兵を派遣するまでに至ってしまった。それがついこの間の話だ」
「その黒い噂というのは?」
「いくつかある。一つは邪神教という謎の宗教だ。今世界中で蔓延していて、教徒になったものは決まって行方不明になる。多くの失踪者達の行き先は勿論フローレシアだ。勧誘された人間だけに留まらず強制的に連れ去られる人間も中には居るようでね、これは逃げ出して来た複数の人間が証言しているし、そうでなくても今世界中で問題になっているんだよ。それからもう一つが怪しげな研究所だ。その証言者の情報では国民は近付くことすら許されていない研究所があるらしい。噂では黒魔術の研究をしているとか合成獣を生みだそうとしているとか、ロクでもないものだって話さ。あと一つは悪魔、かな」
「悪魔?」
「これも詳細は不明だけど、フローレシアは悪魔の住む国だと言われているんだよ。どういう存在なのかは分からないらしいけど、そう言われる何かが存在するということは国民達にとっては共通の認識らしくてね。何もかも分からないことだらけだけど、自国の中の問題だと言って通る問題ではなくなってきているのは明らかだと思わないかい? そんなわけで世界の盟主であり誰よりも平和と安寧のために戦ってきた我が国の姫様が情報の開示と立ち入り調査を求めたわけさ」
「それで、その要求も無視された、と」
「そう。それどころか強硬手段に出たものの、うちの船団は半壊の被害だ。訓練された兵士六百人がわずか四人の戦士に、ね」
「四人……」
また滅茶苦茶な話だな……。
もう国その物のことも含めて全く現実味が湧かないよ。
「おっと、少し喋り過ぎたかな。どうも君とは近しいものを感じるせいで口も緩んでしまうね」
「近しい……ですか? とてもそうは思えませんけど」
「なんていうか、立ち位置がさ。気を悪くしないでほしいんだけど、君も意外と地味なポジションっぽいしね」
「確かに僕はそうですけど、アルバートさんは兵士の中で一番上なんですよね? とても地味な立ち位置とは言えないように思えますけど」
「あれ、僕の名前は知っているんだね。自己紹介はしていなかったと思うけど?」
「ついさっきセミリアさん……いえ、仲間に教えてもらったもので」
「セミリア? ああ、聖剣の彼女か。あの娘も凄いよねぇ、うちの姫様に認められる戦士なんてそうそう居ないんだから。ビジュアルにしたって強さにしたって姫様に対抗出来る人間なんて世界広しといえど彼女か、精々サントゥアリオのキアラ団長ぐらいのものだよ。僕なんて隊長って肩書きを預かっているけど、周りの個性が強すぎるおかげで地味なキャラだよ本当」
「それを言ってしまえば僕も同じですよ。参謀? だなんて役職を与えられてはいますけど、やっていることはただの解説役ですから。全然役に立てていませんし、皆さんみたいに肉体的な強さが無い分アルバートさんより遙かに地味なものです」
正直言って旅のほとんどはただ付いて歩いているだけの状態だ。
いっそ馬車を暖めている方がいくらか救われる気さえする今日この頃。
ノスルクさんやジャックは知識や情報を活用し、知能で相手を上回り、頭脳をもって仲間を守るのが僕の役割だと言っていたがそう上手くいかないのが現実というものだ。
その活用すべき情報や知識が全然足りていないというのも理由の一つだろうが、基本的に『そうなってから対処しようとする』以上のことが出来ないことばかりなのが辛いところである。
「似たり寄ったりさ。姫様も含めて隊長より強い人が何人も居るんだもん、そりゃ地味なキャラにもなるってもんだ。あ、そうそう、うちにAJって子がいてさ、彼も僕と同じ地味キャラ同盟の一員でね」
「じ……地味キャラ同盟?」
嫌な同盟だ。
そんな派閥があるならば漏れなく僕にも入会資格がありそうだけど……。
「そう、といっても構成員は僕とその子しかいないんだけどね。その子は諜報員なんだけど、僕達幹部衆以外はそのことを知らなくてさ、兵士や城で働く人達なんて彼が何をしている人間なのか知らないっていうんだから酷い話だと思わないかい?」
「ま、まあ……それは確かに」
僕もグランフェルトのお城では同じ風に思われてそうだな。
あまり笑い事じゃないぞこれ。
「本来なら身分はずっと上のはずなのに、半分不審者扱いなんだから可哀相な話だよ」
はははと、アルバートさんは快活に笑った。
さっきフローレシアの王の話をしたときとは大違いだ。
日本でも歴史上の問題や領土を巡って他所の国と火花が散っているけど、そういう国家間の不仲という意味では日本の様に話し合いを続けようとする姿勢を見せるだけでは済まない、いわゆる武力行使による解決に出る国と同じ思想が当たり前の世界なのだと思うと日本人というのはどれだけ贅沢な環境に暮らしているのだろうかと実感させられる。
平和で当たり前。
それでいて国、或いは他人に対する不満は留まることを知らず、義務を蔑ろにし権利を主張する。
この世界に限らず明日も一日を全う出来る保障の無い人間が世界にどれだけ存在するのかを彼等はきっと考えることもないのだろう。
もっとも、僕だってそこまで深く考えたことはないのだが……。
「おっと、仲間が呼んでいるみたいだ、僕は戻るよ。重ね重ね時間を取らせて済まなかったね。じゃあ」
軽く片手を上げると、アルバートさんは背を向けこの場去っていく。
見た目は優しそうなおじさん風なあの人も、セミリアさんやサミュエルさんを始めとする武器を持った女性達も、この世界で戦うことを本職とする人間なのだと思うと少し遣り切れない気分になるなぁ。
なんてことを考えながら、遠ざかっていく背中を見送るのだった。
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