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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【エピローグ】 旅の終わり

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 辺りはすっかり暗くなっていた。
 静けさが僕達を包み、月明かりと外灯が夜道を照らしている。
 道路の端に固まっている僕達の横を車が通過していくのを見送り、僕達は改めてセミリアさんと向かい合った。
 時間にして一週間。
 口にしてみると自分でも驚く様な長く中身の濃い旅を経てようやく僕達は今この時、元居た世界へと帰ってきたのだ。
 魔王シェルムを倒し、ラグレーン城から帰った僕達はその足で城へと向かうと意識を取り戻していた王様に魔王打倒の報告をした。
 事実上初めて対面する王様は、魔王打倒をとても喜び僕達に深く感謝してくれた。
 勇者の仲間というだけで身分を疑われないことに驚いたのも束の間、王様も病み上がりなのに宴を開くと言って聞かずに強引に用意を進められてしまったりもした。
 本物も偽物も同じ思考なのかと思ったのは僕だけではなかったらしく、高瀬さんや春乃さんに加えてサミュエルさんまでもが例の聖水とかいう液体を王様に無理矢理飲ませて偽物ではないと証明させるという暴挙を働いて大変だったのも今となっては笑い話か思い出話か。
 セミリアさんは無礼だと必死に止めようとしていたが、僕達からすれば当然の疑念だと理解してくれた王様は笑って許してくれたおかげで一件落着となり、準備が済んですぐに料理を振る舞われるると流れのままにご馳走になった。
 待っている間に城にいる救護隊とやらにジャックが使っていたような回復魔法での処置をされたり薬を飲まされたりしたおかげで僕達の傷もほとんど癒えており、そのおかげで帰って病院に行かなくてもいいというのだからとてもありがたい。
 さすがに虎の人やサミュエルさんの傷は完治するまでには至らなかったが、二人揃って問題ないと言い張るのだから相変わらずだ。
 そのまま思う存分飲み食いを堪能し、さらには報償と称して王様が色んな物を送ってくれた。
 女性陣にはアクセサリーや春乃さんが強く望んだ衣服などが与えられ、高瀬さんは宝石がいくつかとお城の兵士が使う兜や雑貨諸々を持てるだけもらっていた。
 それに留まらずローラ姫を貰ってやると言い出した高瀬さんはみのりを除く女性陣に黙らされたりもしていた。現実としてローラ姫は現在は城には居ないとのことらしい。
 ついでに言うと、僕は何も貰っていない。
 遠慮したとか、見返りの為にやったわけではないと格好を付けたわけでもなく、ただなんとなくだ。
 そうして宴会が終わると王様は城に泊まって夜が明けてから帰ればいいと強く勧めてくれたのだけど、僕達もいい加減いつまでも異世界にいるわけにもいかないのでそこは遠慮し、最後にノスルクさんに挨拶をしてセミリアさんに元居た世界へと送ってもらって今ここにいるというわけだ。
 虎の人とは城で別れ、ジャックやサミュエルさんとはノスルクさんの家で別れた。
「また会おう」
 と、もはや語尾のキャラ付けも忘れていつ聞いても渋い声で片手を上げた虎の人とは違い、サミュエルさんは特に言葉も無かった。
 それもまた、彼女らしい。
 ジャックも『楽しかったぜ、またな相棒』と、なんともさみしくなるようなことを言ってくれたが、僕には湿っぽい別れの言葉なんて思い付かないので『またね』と当たり障りなく別れを済ませ、久々の次元間ワープを挟んで今に至る。
 僕の家の近くの通りで僕達とセミリアさんは向かい合って立っていて、誰もが最後の言葉を探している様なしんみりとした空気の中、静寂を破ったのはセミリアさんだった。
「ではここでお別れだな。色々なことがあったが、皆には感謝の言葉しかない。ミノリ」
「……はい?」
「お主の勇気と真っ直ぐな心に私は何度も救われ助けてもらった。ありがとう」
 セミリアさんはみのりへ向かって手を伸ばし、握手を交わした。
「ハルノ」
「うん」
「お主の仲間を思いやる心と前向きな姿勢に私はいつも勇気をもらった。ありがとう」
「楽しいことも辛いこともあったけど……あたしも、ついていって良かったって気持ちは一生変わらないよ。ありがとうセミリア」
 春乃さんとも手を握り合い抱き合った。
「カンタダ」
「おう。しかし……結局最後までその名前だったな」
「お主の強い意志と怯まぬ度胸に私は背中を押してもらった。ありがとう」
「ま、中々に楽しめたぜ。次はもっとレベルの高いクエストをキボンヌだな」
 セミリアさんは高瀬さんとも握手をした。
 そして最後に、僕の前に立つ。
「コウヘイ」
「はい」
「全てはお主が私に手を差し伸べてくれたことから始まった。この世界に来て出会えたのがコウヘイで良かったと心から思う。お主と出会えたことは私の誇りだ。また……私一人ではどうにもならないことが起きた時には助けを求めてもよいか?」
「こんな僕でよければ何度でも」
 痛いのや危ないのは遠慮したいですけど、と言ってしまうほど残念な人間ではない。
 僕も同じようにセミリアさんが差し出した手を取り、ぎゅっと握り合った。
 細く、女性らしい綺麗な手だ。
 こんな人が血を流し、命を懸けて戦っていたというのだから改めて凄い世界に行ってきたのだと実感する。
 他の三人より少し長めの握手も終わり、手を放すとセミリアさんが最後の言葉を口にした。
「それではここでお別れだ。また会おう」
 そう言って片手を上げ、ワープの呪文を続けて口にしたセミリアさんはバシュっという音を残して消えてしまった。
 予想よりも呆気ない別れ方な気もするが、それはすなわちまた会えると思っているからなのだろうと思うと寂しさも薄れる。
 残されたのは再びの静寂と夜道に佇む四人の男女。
 最初に口を開いたのは春乃さんだった。
「さーって、あたし達も帰るかー」
「そうですね、時間も時間ですし」
「そうそう、久しぶりに自分ちのお風呂でゆっくりしたいわ。一週間も行方不明じゃ友達も心配してるだろうしさ。康平っち、みのりん、ついでにおっさん、あり過ぎたってぐらい色々あったけど、皆と一緒で良かったよ。また康平っちの店にも顔出すから、その時はよろしく。じゃっ、またね」
 春乃さんも爽やかに片手を振って背を向けるとギターケースに向こうのお土産にと荷物を一杯抱えて歩いていった。
「じゃ、俺様も帰るとするか。ネトゲが大変なことになってるだろうし深夜アニメも録画なんてしてないしで帰ったら帰ったで大忙しだ。じゃあな康平たん、みのりたん、街で会ったら遠慮無く友達面していいぜ。俺は引き籠もりだから街にはいないけどな」
 高瀬さんも軽く手を上げて春乃さんとは反対方向に歩いていく。
 二人揃ってあっけらかんとした別れ方なことだ。別に最後の別れじゃないからという理由ならば、それもまた良いことなのだろう。
「みのりはどうする? うちに一回寄っていく? 母さんはまだ起きてるだろうし」
「ううん、そのまま帰るよ。うちのお母さんも心配はしてるだろうから」
「そっか」
「うん」
 みのりが居てくれた方が僕に落ちる雷の威力も多少は軽減されると思ったのに……残念だ。
 というよりも、みのりも無事に連れて帰ってきたことを証明しないと不味いんだけど、親に怒られるのが怖いからついてきてくれだなんて言えるはずもなく。
「じゃあまた明日」
「うん、康ちゃんもゆっくり休んでね。色々あったけど楽しかったよね、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 笑顔で手を振り、みのりはすぐ傍の自分の家に入っていく。
 手を振り返してから自らも歩き出したはいいが、門を閉じてからもう一回手を振り、玄関を閉める前にも手を振るみのりだった。
「さて、覚悟を決めるか」
 まさか魔王を倒した後の裏ボスが自分の家にいるとは予想出来るはずもなく。
 とにかくあらゆるパターンの攻撃、ならぬ口撃に対する言い訳を考えながら僕も自分の家の玄関を開いた。
 店の電気は消えていたが、二階のリビングの電気は点いている。
 恐る恐るドアを開けてリビングに入ると、母さんはダイニングテーブルで伝票の整理をしていた。
 目が合う。
「た……ただいま」
「あら、お帰り。遅かったわね」
「う、うん……ごめん」
「別に謝るほどのことでもないじゃないの。高校生にもなってちょっと帰りが遅くなったぐらいで」
「………………んん?」
 何かがおかしい。
 なんていうか、全然普通だ。
 母さんは怒るどころか既に伝票の整理を再開していて僕に言いたいことなんて特になさそうに見える。
 遅かったわね、で済むレベルじゃないはずなのに……一体どういうことだ?
「ねえ、母さん」
「なーに?」
 声からも怒りや呆れる感情は汲み取れない。僕の呼び掛けに対しても顔は伝票に向けたままだ。
 もしかして怒りを通り越してしまってたり……とか?
「……怒ってないの?」
「どうしたのよ。何をそんなに気にしてるのか知らないけど、母さんが今までに門限なんかで怒ったことなんてあった?」
「いや、まあ……なかったけど、さすがにこれだけ日を跨いでしまったら門限とかいう問題じゃないしさ」
 こうなってしまっては開口一番で怒鳴られていた方がいくらか気が楽だったとさえ思えてくる。
 もしや見放されてしまったのではないかという不安が付きまとう空間が心に重い。
「大袈裟ねえ、日を跨いだって一時間過ぎただけじゃないの。それでももう遅いんだからさっさとお風呂入りなさい」
「………………」
 一時間過ぎただけ?
 何が一時間過ぎたと言うのだろうか。許してもらえるリミットから一時間過ぎてしまった、とか?
 もう食い違いというか噛み合わなさが激しすぎてなにがなにやら分からなくなってきた。
 恐る恐る、僕は電源が落ちたままだった携帯を取り出し電源を入れてみる。
 幸いバッテリーは残っていたらしく、すぐに待ち受け画面が表示された。

「…………………………………………へ?」

 ディスプレイに表示された時間は午前一時前で、その日付は僕達が出発した日の次の日だった。







          ~勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている~  完
 


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