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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第三十二章】 覚悟を胸に

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 ハヤブサを倒した僕とサミュエルさんは数分ののち扉の鍵が開いたのを確認して再び大広間へと戻った。
 鍵が開く、それすなわち他の部屋の皆も無事であるということ。
 とはいえサミュエルさんがそうであるように敵を倒したからといって五体満足であるかどうかは定かではないし、最悪の想定をすれば二人だったり三人で入った部屋からそのままの人数で出てくるとも限らない。
 そんな不安も皆の姿を見ることで無事に解消され、ひとまず全員が揃って無事に戻ってこれたことに安堵する。
 サミュエルさんと同様、セミリアさんも傷を負い血を流していることに心が傷んだが、
「心配には及ばない。大した傷ではないし、ミノリのおかげでこの程度で済んだと思っているぐらいだ」
 と、微笑むセミリアさんが心配の言葉を自制させた。
 虎の人やジャックが言うにはあれだけの相手と戦ってこの程度のダメージで済んだことが奇跡的であるらしい。
 何にせよ、怖くないはずがないのにみのりも頑張ったんだなぁと思うと感慨深いものがあると同時に、やっぱり無事でよかったと心から思う。
 ついでに言ってしまえば、みのりが頑張ったのに僕なにもしてないんだよなぁ……と思うと情けない気持ちでいっぱいだ。
 どうあれ相手は三人が三人とも化け物みたいな強さや超能力を持っていたことは間違いない。
 そんな中でみのりも、春乃さんも高瀬さんも虎の人も一切の怪我もないというのだからやっぱり奇跡のようなものなんだろう。
 春乃さんと高瀬さんに至っては『なんか起きたら終わってた』と、謎の感想を漏らしていたのだが……こればかりは気になるところだけど今この場で言及しても仕方あるまい。
 となると気がかりなのはサミュエルさんか。
 何が、ということはさておき『掠っただけだ』と言うセミリアさんとは違い、サミュエルさんは肩を刺されている。
 細いレイピアとはいえ、あんなもので刺されて大丈夫の一言では済まないと思えてならないんだけど、やはりサミュエルさんも『問題ないって言ってんでしょ。このぐらいの傷でいちいち顔色変えんなってのよ、煩わしい』と、周囲の心配を突っぱねるだけだった。
 彼女の場合はどちらかというと心配されることを嫌がっての発言なのだろうが、ジャックも似た様なことを言っていたのでやはり必要以上に触れることも躊躇われる。
「オーブは三つとも手に入れた。残るは……奴一人だ」
 そんな中、一頻り再会を喜び合ったところでセミリアさんが切り替える様な表情、口調で大きな扉に目を向けた。
 奴という言葉が指すのが僕達にとっての未知なる存在であることは言うまでもない。
「勇者たん、今からブッコロがす魔王ってのはどんな奴なんだ? やっぱラスボスだけあって怪物みたいな奴なのか? それとも定番通り人型のじいさんみたいな奴なのか?」
「どんな奴、と問われると恐らく初めて見るお主等にしてみれば困惑するかもしれぬ。あくまで見た目は、という話ではあるが……シェルムの外見はただの小童だ」
「小童? って子供ってこと?」
 春乃さんが割って入る。
 魔王が見た目はただの子供? ここまで来てそんなおかしな話があるだろうか。
「その通りだ。だが、その力はやはり別次元……一撃さえ入れられれば簡単に倒せるであろう戦闘力しか持ち合わせていないはずのシェルムを倒すことが出来ない唯一の理由がそこにあるのだ」
「一撃さえ入れれば勝てる……ですか。ということは攻撃さえ出来れば簡単に倒せると?」
 険しく、深刻な顔をして説明を続けるセミリアさんに僕は口を挟まずにはいられなかった。
 今の話を総合するに、随分と予想していた図と違ってきている感が否めない。
 見た目は子供で、攻撃出来れば簡単に勝てる。そんな相手に勝てない理由……それは一体なんだというのか。
「純粋な守備力という面では恐らく生身の人間と大差ないだろう。だが、それでいて万夫不当の強さを持つのは偏にその強大な魔力によるものだ。攻撃を当てる当てない以前にまず接近することすら難しい。それだけの威力の魔法を無尽蔵に放ってくるおかげで必然と防戦一方になってしまうからだ」
『なるほど、攻防一体になりうるだけの飛び抜けた攻撃力を持っているわけか』
「うむ。まともに食らえば即死レベルの魔法を大小様々な形で放ってくる。高度な技術などないし、そもそもが攻撃魔法でもないただ魔力の塊を、詠唱もなく自由自在に、だ」
『詠唱がない……つまりは呪文ですらねえってのか』
「恐らくという話だが、間違いないだろう。先日城でギアンという男が私達に向けて放った魔法と似たようなものだ。違うのは威力とスピード、そして手数の多さも自在といったところか」
「ではどう戦うトラ」
 そこで横から割って入ったのはお決まりのポーズなのか、いつだって腕を組んで仁王立ち状態である虎の人だ。
 確かにセミリアさんですら近付くことも出来ないと言われては僕達にそれが出来るとも思えない。
 というか、まともに食らえば即死レベルだなんて簡単に言うが、それに立ち向かおうとするのはどれだけの覚悟が必要なことか。
 首飾りが無くなり命の保障などありはしないのに、セミリアさんにとってはそれが足を止める理由にはならないのだということが嫌でも理解出来る。
 その危険性に関しては再三意思確認をした。今ここでまた口にすることに意味は無い。
「これまでは私一人だったが、今は違う。パーティーである強みを生かせれば勝機は必ずあるはずだ」
 力強く、皆を勇気づける様な口調のセミリアさんにサミュエルさんが続く。
 さすがのサミュエルさんもここで勝手に先に進もうとはしないらしい。
「要はアンタ達が囮なりなんなりになって隙を作る、その間に私が一撃を食らわせるってことね」
 囮になるかどうかはさておき、人数で勝っている強みを生かそうとするならばそれしかないといったところか。
 攻撃が出来れば勝てるという情報が確かならば、どうにかして僕達がそういう状況を作り出さなければならないことは間違いない。
 化け物を倒す力が無いのならセミリアさんやサミュエルさんをサポートすることが僕達の役割だ。
 そう決意したはいいが、サミュエルさんの言葉を額面通りに受け取ったらしい春乃さんがすかさず食って掛かっていた。
「ちょっと、囮ってなによ。あたし達を犠牲にしようってんじゃないでしょうね」
「その辺は臨機応変にってところね。どのみち大した戦力にもなりゃしないんだから、そのぐらいはやってもらわないと連れて来た意味も無いわ」
「あんったに連れて来てもらったんじゃないってのよ! 人を犠牲にして生き残ろうだなんてサイテーな考えをする奴だとはちょっとしか思ってなかったんだけど」
「はぁ、これだから素人ってのは見識が狭くて嫌になるわ。人を犠牲にして生き残るんじゃなくて人を犠牲にしてでも勝つのよ」
 大して気にもしないサミュエルさんはやれやれと呆れたように首を振る。
 それが一層癇に障ったらしく、春乃さんは大股で二歩三歩とサミュエルさんに詰め寄ると指を突き付けた。
「あのね、あたしだってツレのために犠牲になるなら本望だと思ってる。だけど自分から仲間を犠牲にしようだなんて考えは死んでも持たないわ」
「同じことじゃない」
「ぜんっぜん違うわよ!」
 春乃さんの声が怒気を孕み始めた時、
「相変わらず馬鹿な奴だなお前は」
 落ち着いた様子でそんなことを言ったのは高瀬さんだった。
 すぐさま春乃さんの怒りの矛先が向きを変える。
「何よおっさん。なんかあたし間違ってる? どーせこの女に萌えたいだけのくせに」
「萌えたい願望を否定はしないが、それは関係ねえ」
「……何が言いたいのか分かんないんだけど」
「いいかゴスロリ、どのみち負けたら死ぬんだぞ? 今更危ないだの犠牲になるならないって次元の話じゃないことぐらい分かれ」
「うぐぐ……おっさんのくせに偉そうに」
 正論の様なそうでない様な決め顔の台詞に春乃さんは悔しそうに顔を歪める。
 そして最終的に返す言葉が見つからなかったのか、フンと鼻を鳴らして背を向けた。
「いいわよ、分かったわよ。やったろうじゃない! こちとらツレのためなら命の一つや二つ惜しくないっての」
 半ばやけくそ気味に言い放ったかと思うと、春乃さんは閉じたままの扉の方へと向かっていった。
 更にはそれを見た高瀬さんとサミュエルさんもそれに続いて歩き始める。
「まったく、あいつにゃラスボス戦上等精神ってもんが足りないらしい」
「はぁ……馬鹿ばっかり。いちいち疲れるわ」
「そんな開き直りみたいな納得のしかたでいいのだろうか……」
 三人の後ろ姿を眺め、一人呟く僕。
 納得しようがしまいが事実は変わらないのだろうが、心持ちや気持ち如何で結果は大いに違ってくると思うのだけど……あの二人があんなだから僕の役割は心配ばかりになってしまうんだろうなぁ。
 どちらにしても、僕が開き直っていい場面ではないことは確かだ。
「みのり、出来るだけ僕か虎の人のそばにいるようにね」
 不安があっても、恐怖心があっても、取り乱したり冷静さを欠けば生き死にを左右する。
 という意味での言葉に対し、代わりに答えるのはセミリアさんだ。
「案ずるなコウヘイ、私は誰一人犠牲にするつもりはない。勝つことが何よりも大事ではあるが、だからといってお主等を無事に帰すという約束を違えるつもりはないぞ」
「そう言っていただけるのはありがたいですけど、そのせいでセミリアさんが怪我したり目的を達成出来ないなんてことになるのは嫌なのであまりそれに執着し過ぎないようにしてください。どのみち僕は身を守るしか出来ないわけですし、セミリアさんやサミュエルさんが攻めに回るなら僕と虎の人が守りに入ればどうにかなるでしょう」
 ただでさえ二人は手負いなのだ。
 余計な負担を与えるだけでは何をしに付いて来たのかわかりゃしない。
 この二人と虎の人が自らの身を守る術を持っている以上、二人に加わって魔王とやらを攻撃するよりも何かあった時にフォロー出来るように控えている方が僕達だけではなく二人に取っても余程安全だろう。
 だからこそこの扉を潜った先でどういう争いが起こるのかは予想も出来ないにしても、ひとまず虎の人には守り側に回ってもらう。
 もっとも、二人が力を合わせればそれで勝てるというレベルであるとは思えないし、その魔王の部下一人を相手にしたって剣で突き刺されるだけの苦戦を強いられたのだから必ず虎の人や僕達も何らかの役目を果たすタイミングは来るはず。
 そのタイミングを間違えず、またその時に行動出来る勇気や度胸を維持出来るかどうかが重要となる。
 どんなことが起きても冷静に頭も身体もすぐに動かせるようにしておくこと、それが僕の役目だ。
「ではオイラもひとまずは守りに徹するということでいいトラな」
「ええ、ひとまずは」
 虎の人も僕の言わんとしていることを理解してくれているようだ。
 特に高瀬さんや春乃さんは言って聞く相手ではないので虎の人やセミリアさんとの意志疎通こそが最重要と言ってもいいだけにとても助かる。
「康ちゃん、わたしもみんなの邪魔にならないように頑張るから康ちゃんも自分のこともちゃんと考えないと駄目だよ?」
 それからね、と。隣で僕を見上げるみのりは続けた。
 少し不安げな顔で。
「それから?」
「きっと……皆で無事に帰れるよね?」
「大丈夫だよ。無事に帰れる、この場所からも元いた世界にも」
 安心させるためだけのそんな言葉にも、みのりはただ『うん。ありがとう、康ちゃん』と微笑んだ。
「よし、では私達も行くとしよう」
 話が纏まったところでセミリアさんが僕達の肩に手を置いた。
 いよいよ、ここであれこれと考える時間も終わりだ。
「まさかオイラが魔王と一戦交えることになろうとは、な」
 虎の人も気合いを入れるように指をバキバキと鳴らしている。
 それを最後に会話は途切れ、何も言わずにこちらを見ている三人の元に向かった。
 それぞれが化け物達から奪ったガラス球のような物を扉のくぼみに埋め込むと突如三つの球が強い光を放ち始める。
 間を空けずに解錠したのだと分かるようなガコリという音が聞こえ、やがて光も消えていった。
「どうやら開いたようだな。行くぞ」
 セミリアさんが扉に手を当てこちらを振り返るとサミュエルさんと虎の人以外の四人が真剣な表情で顔を見合わせ、無言で頷いた。
 身長の何倍もあろうかという大きな扉の片側をセミリアさんが、もう片方をサミュエルさんが、それぞれ手の平で押し込む様に力を込めるとギギギという音と共に最後の扉が少しずつ開いていく。
 それは同時に、長きに渡る旅と冒険を経て僕達がこの世界に来た本来の目的を果たす時をようやく迎えたことを意味する。
 果たせなければ待っているのは死。
 そんな非現実な覚悟を持って、最後の戦いへと挑むべく扉の向こうへと僕達は足を踏み入れた。
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