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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第三十章】 三戦必勝② vs魔導士ギアン

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 ~another point of view~


 ギィー、という濁った音がしたかと思うと直後に手を離れた扉がバタンと乱暴な音を響かせた。
 春乃、寛太、そして名を持たぬ虎の男が意を決して開いた扉の先には奥行きが深く、横幅はその半分程になる長細い部屋が広がっている。
 暗くもないが、明るいとも言えない程度の光が辺りを照らす空間を見回すよりも先に三人の目に入ったのは小さな人影だった。
 決して身長が高い方ではない春乃や寛太よりも一回り小さな体格の老人は肌がうっすら紫がかっており、耳や口、爪の形から人間ではないことが一目で分かる風貌をしている。
 黒地に白い模様が入ったローブを身に纏い、その丈と並ぶ程の丈がある木製の杖を持つこの男の名はギアンといった。
 魔導士ギアン。
 魔王軍の中でも上位に位置する魔法使いである。
「あっ、偽物ジジイ!」
「紫ジジイハケーン!」
 すぐにその姿に気付いた二人は示し合わせたかの様に同じ動きで指を差し、声を揃える。
 ここ数日、彼等に降り掛かった危機苦難の元凶ともいえる男の姿を見たことで少なくとも不安や警戒心を超えるだけの怒りが沸いていた。
 二人は感情に身を任せて無計画なままギアンに向かっていこうとするが、虎の男が太い腕でそれを制する。
「迂闊に近付くなトラ。どう見ても奴は魔導士、何を仕掛けてくるか分からんトラぞ」
 冷静な声音にが春乃と寛太はぎりぎり踏み留まる。
 元来、直情径行な二人ではあったが脳裏に浮かんだ城での出来事が自制させたのだ。
 そんな中でも魔法の力を持つ武器をそれぞれが構え、二人は虎の男の背後という安全な位置を保ちつつギアンの待つ空間の中心へと徐々に近付いてゆく。
 やがて声が届くだけの位置まで来て向かい合った四人の表情は何とも対照的なものだった。
 敵意を隠そうともせず険しい顔で睨み付ける春乃と寛太に対し、ギアンは気味の悪い笑みを浮かべたまま口を開くこともなく、余裕すら感じられる佇まいでただ目の前の三人を眺めながら出方を窺っている。
 最初に口を開いたのは唯一その表情が隠れている虎の男だった。
「お前がギアンか」
「いかにも。言葉を交わすのは初めてだったかな? エスクロに捕らえられた貴様が性懲りもなく脱走し、あまつさえ我らに挑もうとは笑わせる」
「大人しく幽閉されてやる筋合いはない。それよりも、件の鍵は持っているのだろうな」
「毎度せわしない連中よ、勇者の一味というのは。オーブなどくれてやる、元よりこんなゲームに興味はない」
 嘲笑を浮かべ、ギアンは空手であったはずの右手に光を帯びた球を出現させたかと思うと、それを虎の男に向かって放った。
 途端にその目が見開かれる。
「そんな物に拘らずとも三人とも生け捕りにして連れて行くことは決定事項だ。貴様は研究所送りだがな……ディアロス」
 言葉が途切れると同時にギアンは三人に杖を向け、呪文を唱えた。
 刹那、杖の先からピンク色の煙が吹き出し周囲に広がっていく。
「な、何よこの煙!」
「毒かー! 死ぬー!」
「慌てるな、毒ではない。だが吸い込むと眠らされるトラぞ、吸い込まない様にするか逃げるかしろトラ」
 虎の男が取り乱す春乃、寛太を諫めると二人は慌てて息を止めるが、既に手遅れだった。
 微量ながら煙を吸い込んだ二人に魔法への抵抗力はなく、徐々に意識が覚束なくなっていく。
「な……なんか、ふらふらする……」
「頭が……ボーっとしてきた……ぞ」
 その言葉を最後に立っていることが困難な状態に陥った二人はゆっくりと膝を突き、手を突き、そして完全に地面に倒れ込んでしまった。
 今や意識は無く、春乃は俯せに、寛太は仰向けになったまま寝息を立てている。
 虎の男ただ一人が倒れることなく、腕を組んだまま姿勢を保ってはいたが、こちらもやはり指一本として動く様子はなかった。
「フン、無様に突っ伏すのはプライドが許さないとでも言いたげではないか。どちらにしても、他愛のないことよ。馬鹿共の下らぬ主義に合わせて無駄な時間を使ったわ」
 鼻で笑うギアンは吐き捨てる様に一人呟いて杖をしまった。
 残る仕事は部下を呼び三人の身柄を運び出すだけだと、背を向けたのとほとんど同じタイミングだった。
「無駄な時間、か。ならば有意義な時間に変えてやろう。お前の今際の時という名のな」
 背後で声がした。
 ギアンは反射的に振り返る。
 まず最初に浮かんだ第三者の存在である可能性はすぐに否定された。
 この場に自身と相対した三人以外の姿は無く、目に映るのは倒れたままの二人の人間と仁王立ちのまま動かない虎の男だけだ。
 そして冷静に思考し、声と状況から虎の男の声であったことを悟る。
「貴様……眠っていなかったのか」
「何を驚くことがある。お前があの研究所とどういう関係があるのかは知らんが、
「効果耐性……だと? まさか貴様如きに備わっていたとは驚きだが、やはり所詮は下等なものよ。眠っていれば痛い目を見ずに済んだものを、これではうっかり殺してしまうではないか」
「お前のような三下にそれが出来るとも思えんが?」
 虎の男は組んでいた腕を解き、パキパキと指を鳴らした。
 特にそれ以外の動きはなかったが、戦闘態勢と見たギアンは素早く杖を取り出し不意打ちで先制攻撃を仕掛けた。
「ほざけ下等生物がっ! フレアブラスト!」
 ギアンが今一度呪文を唱えると、杖の先から灼熱の渦が勢いよく吹き出した。
 広く大きな炎の渦が虎の男に襲いかかる。火炎系最上級の呪文だ。
「カアッ!!」
 だが、露程も動じることなく虎の男は口から火炎を吐き出し対処する。
 同レベルの威力を持つ火炎がギアンの呪文を相殺し、瞬く間にその場から火の気を消し去った。
 予想外の光景にギアンの顔が苦々しげに歪む。
「小癪な……これならどうだっ、ミカルギオン!」
 ギアンはすぐに二度目の呪文を発動させた。
 今度は雷系の呪文だ。
 杖の先からは雷撃が閃光となって放出され、虎の男に向かって飛ぶ。
「フン!」
 しかし、それすらも虎の男は容易く打ち破ってしまった。
 ただ殴り付けるように振り抜いた拳が光の筋を掻き消し、破裂するように飛散したかと思うとやがて消滅する。
「馬鹿な……最上級魔法がいとも簡単に」
「いつ以来だ、こうしてまともに戦闘をするのは。他人を貶めるしか脳の無いお前が、力を競う勝負など出来るわけがなかろう」
 虎の男はジリジリと距離を詰めてゆく。
 見るからに動揺が浮かぶギアンの表情は瞬時に殺意に満ちていった。
「ぐ……付け上がるなっ」
 ギアンは地面を蹴ると、素早い動きで虎の男の視界から消えた。
 この高速移動はギアンの身体能力ではなく魔力によるものではあったが、それゆえに通常より高いレベルの速度を可能にさせている。
 魔法が効かないのであれば他の手段を取るまでのこと。
 そんな判断の下、直接的な攻撃に打って出たギアンだったが、その行動はやはりあっさりと阻まれてしまう。
 大きく回り込んだはずのギアンの目の前には、虎の男が行く手を塞ぐ様に立ちはだかっていた。
 虎の男に高速移動術を扱う能力は無い。
 これは一重に身体能力によるものであり、加えるならばギアンの動きに反応し合わせただけではなく予測による対応であったことも動きを封じた大きな要因であるといえた。
「お前の考えそうなことだな。大方後ろの二人でも人質に取ろうとしたのだろう、どこまでも下衆らしい思考だ」
 虎の男は大きな右手を勢いよく伸ばし、ギアンの首を鷲掴みにすることで自由を奪っている。
 首を締め付けられ、体ごと持ち上げられたギアンは動くことはおろか呼吸もままならず苦しみながら手足をばたつかせるばかりだ。
 そして虎の男は最後の言葉を口にした。
「俺はお前達の非道を責めもしないし、謝罪を求めることもない。償いは命を以てする他に無いからだ。お前達の勝手な都合でどれだけの命を弄んだ……贖罪は地獄でするがいい」
 冷酷に告げると虎の男は左手の手刀を掴んでいた首元に向けて振り抜いた。
 鈍い音と共にギアンの頭部は胴体から切り離され、地面に転がる。
 息はあるものの、動くことが出来ないギアンは自らを見下ろす虎の男に吐き捨てる様に言葉を投げ掛ける他なかった。
 それが自分の最後の言葉になることを理解した上で。
「下等生物……風情が」
「どこまでも救えぬ男だ」
 虎の男は憤るでもなく、哀れむでもなく、ただそう言い残して右足を上げると、そのままギアンの顔面を踏み潰した。
 ぐしゃりという鈍い音が伝播すると共に、グランフェルトという国、そして勇者一行を混乱の渦に巻き込んだ魔道士ギアンは今度こそ完全に絶命し、残された身体も一切の動きを止めた。
 虎の男は頭部を失った肉体から手を放すと、眠ったままの仲間の元へと寄っていく。
「むしろ、眠っていてくれて良かったのかもしれんな。オーブも手に入れ、一の鍵とやらも開いたようだ。後は二人の勇者の戦いを待つだけだな…………トラ」
 虎の男は二人の傍に静かに胡座を掻いて座り、その時を待つことに決めた。

 
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