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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第八章】 ゾーマの休日

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「帰ったぞノスルク」
 一日ぶりの森の中。
 洞窟を出た時には燦々としていた太陽の光もほとんど届いていない薄暗いこの場所へと戻ってきた。
 ノスルクさんの小屋に着くとやっぱりセミリアさんは返事も待たずに勢いよく扉を開けて中に入っていく。
 いくら旧知の仲とはいえ返事を待たずして突撃していくのはどうなのだろうか。というか鍵とかないの?
「じいちゃん生きてる~?」
「ヒーローのお帰りだぞー」
 相も変わらず礼節の欠片もない二人もズカズカとそれに続いて扉を潜っていく。
 せめて僕だけでもと小さく挨拶をしながら中に入ると、ノスルクさんは気を悪くするでもなく読んでいた本をテーブルに置いて僕達を迎えてくれた。
 そのテーブルにはあの大きな水晶玉が昨日と同じ様に置いてあるままだ。
「ご苦労じゃったな」
「少し時間は掛かったがどうにか魔源石を持ち帰ったぞ」
「見ておったよ、ようやったの。本来ならもっと時間が掛かってもおもかしくない道のりじゃったろう、個々が役割を果たしうまく機能したようじゃな」
「ああ、中々どうして良いパーティーだろう。私も少し希望が見えた旅だった。これが手に入れた物だ」
 どこか満足げに言うと、セミリアさんは拳ぐらいのサイズがある半透明の石を差し出した。
 色々と持ち帰った物も多いが、これこそが此度の冒険における目的である品物だ。
「これだけの大きさならば人数分の羽根飾りを作っても余りあるだろうじゃろう。お主らも慣れぬ旅をご苦労じゃったな」
 魔源石を受け取ると同じく満足げに頷くノスルクさんは僕達を順に見渡した。
 それなりに苦労を伴ったこともあって皆も達成感に溢れている。
「無事に帰ってこれてなによりですよ、ほんと」
「ま、俺様に掛かればこんなもんよ」
「なんだかんだ言ってもいい体験になったしね。でも歩き過ぎてお腹減ったわ」
「わたしもちょっとお腹ペコペコです~」
「この後はゆっくり休むとよい。ところで、珍しい仲間が増えたようじゃな。わしにとっては懐かしくもある、な」
 そこでふと、ノスルクさんは僕の胸元、つまりはジャックに視線を落とした。
 すぐにジャックがそれに反応したせいで横にいたみのりが『ひゃあっ!』と大袈裟に仰け反っている。
 僕の首に掛かってからというもの、ジャックが喋る度にみのりはこの調子だ。
『見覚えがある場所な気がしてみりゃやっぱりおめーだったかエルワーズ』
「久しぶりじゃな。確かお主は……」
『ジャックだ』
「そうじゃったそうじゃった、ジャックという名じゃったな。あまりに久方ぶりなものでコロっと忘れとったわ」
「ねえじいちゃん、なんでこのガイコツ知ってんの?」
「知り合いだったのかノスルク? それにエルワーズというのは?」
「ちょっとした顔見知りでの。それもジャックが人の姿をしていた昔々の話じゃ。そしてエルワーズというのはわしの名よ、エルワーズ・ノスルクというのでな」
 ノスルクさんは特に重要なことでもない、といった様子で数ある疑問に答えていく。
 フルネームを知らなかったらしいセミリアさんは『そうだったのか』と小さく呟いていた。
『久しぶりじゃねえかじいさん。まさかあんたがこいつらの手助けをしていたとはな』
「老兵に出来ることなど限られておるからのう。お主はなぜここにいるのじゃ? お主が待ちかまえていた日はまだ少し先だと思ったが」
『な~に、たまたま俺を見つけたのが勇者様御一行だってんでな。知恵を貸してやることにしたのさ。これも巡り合わせってやつだ』
「お互い長く世に留まっていると色々あるもんじゃのう」
『ちげえねえや』
 二人はさぞ愉快そうに声を揃えて笑っている。
 その様子を黙って見ていた僕達だったがそれも束の間、春乃さんが流れをぶった切らんばかりに口を挟んだ。
 基本的に好感を持っていない人(物)の長話を聞くのは好きじゃないらしい。
「と・に・か・く、これで例の身を守ってくれる首飾り作ってくれんのよね?」
「勿論じゃよハルノ殿。それにお主らの武器も作ってやれるぞい」
「武器?」
「この先、戦闘が出来るのがセミリアだけではやはり無理があろう。一人でお主らを守り、魔物を倒すことを同時にしようとすればどこかに隙が生まれる。それはお主等全員の危険が増すことと同義じゃ。洞窟で魔物に襲われそうになったときのようにな」
「それはわかるけどさ、あたし武器なんて使ったことないわよ?」
「そこはわしに任せておいてくれてよい、責任を持ってお主等に合った武器を作ろうぞ。そうすればカンタダ殿のようにある程度戦闘力のある者はその助けに、そうでない者にとっても身を守る術の一つになるじゃろう。それは意味を同じくしてセミリアの負担もお主らの危険も減ることにもなる」
「なるほどね、それなら文句なんてないわね。でしょ、みんな?」
 何がそうさせるのか、春乃さんはワクワクした顔で僕達を振り返る。
 僕自身ノスルクさんの言っている意味はよく分かるし、少しでも危険がなくなるのなら是非もないとも思う。
 当然ながら僕も武器なんて扱える気はしないんだけど。
「しかし俺に合う武器なんて勇者の剣ぐらいだぞおじいたん」
「自惚れも甚だしいわね。ひのきの棒顔して」
「どんな顔だそれぇ!」
「そんな顔よ」
「こらこら、二人ともやめんか」
 すかさず睨み合う二人の間にセミリアさんが割って入った。
 チームワークの話をした途端にこれでは立つ瀬もないよね。
 そんな中でもノスルクさんは特に気するわけでもなく話を続けた。
「お二人も問題は無いかの?」
「僕も危険が少なくなるに越したことはないと思いますけど」
「わたしも武器なんて扱い方が分からないんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
「問題無いよミノリ殿。わしに考えがある」
「しかしノスルクよ、あまり完成を待っている時間もないぞ。どのぐらいで出来るのだ?」
 ニッコリと微笑むノスルクさんに対し、大事なことを忘れていませんかとばかりにセミリアさんが言葉を遮った。
 戻って来たのは驚きの言葉だ。
「そうじゃのう、人数分の羽根飾りも作らねばならんし……ふむ、どうにか明日中には完成させよう」
「明日!? そんなすぐ出来んのじいちゃん?」
「ハルノ殿とカンタダ殿はベースとなる武器があるゆえ、そう時間は掛からんじゃろう」
「「ベース?」」
「ハルノ殿はその背に負っている物を、カンタダ殿は昨日使っていた武器をそれぞれベースにしようと思っておる。そうすれば扱ったこともない武器よりもはるかに使い勝手が良いじゃろう」
 その言葉を聞くと同時に僕とみのりは自分の体を見回したりポケットの中をまさぐってから顔を見合わせていた。
 僕達だけ手ぶらで来たのが仇になるとはと少し後悔する。
 といっても……出発する前に何かを持参する案が浮かんでいたとしてもそれは武器ではないに違いないので後悔の意味もないのだけど。そもそも私物に武器なんかないし。
「俺様の武器がパワーアップするなら願ったり叶ったりだぜ。是非とも頼む」
 と、ノリノリの高瀬さんが既に持参した物を役に立てているのを近くで見ているだけに尚更のことだ。
 しかしながら、ノスルクさんの提案に思うところがあったのは僕達だけではないらしい。
「あのねえじいちゃん、勘違いしないで欲しいんだけど」
 そう言って春乃さんは背中に担いでいたギターケースを降ろし、ノスルクさんに突き付けた。
 あれだけ普段から音楽好きをアピールしている春乃さんだ。
 常に持ち歩いている程に愛着のあるギターを武器に改造するなど許せることではないのだろうか。
 そんな事情どころかギターの存在すら知っているかどうかも怪しいこの世界の住人であるノスルクさんは当然首を傾げる。
「勘違いとは?」
「これはベースじゃなくてギターよ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
『何言ってんだおめえ?』
 ある者は言葉の意味が理解出来ずにキョトンとした顔で、またある者は言葉の意味を理解してキョトンとした顔で沈黙する中、最初にツッコんだのはジャックだった。
 そりゃね、僕だって薄々感じてはいましたよ。大したことじゃないんだろうなって。
 大したことじゃなさ過ぎて驚いただけで。
「どーでもいいわんなこたあ! お前アホだろ!?」
 なんとも嫌な沈黙の中、ジャックに続いて沈黙を破ったのは高瀬さんだ。
 珍しくド正論な気もした発言でこそあるものの二人の関係はまさに水と油、春乃さんが黙ってそれを受け入れることなどない。
「どーでもいいって何よ! 重要なことじゃない、あたしはギターボーカルよ!? うちのベーシストはよっちゃんなんだから!」
「誰だよよっちゃん! 今関係ねえよよっちゃん!」
「ちょっとおっさん! 馴れ馴れしくよっちゃんよっちゃん言わないでくれる? よっちゃんが可哀想でしょ!」
「呼んだだけで!?」

 オホン!

 徐々に声が大きくなり始めた二人の罵り合いを咳払い一つで遮ってみせたのはノスルクさんだった。
 二人はその大きな咳に何事かと言葉を沈め、ゆっくりとノスルクさんに顔を向ける。
 さすがは年の功とでもいうべきか、そんな止め方があったとは。
「話の続きをしてもよいかな?」
「あ~……うん、いいよ」
 春乃さんは若干気まずそうに答える。
 それでも高瀬さんは『俺悪くねえし』みたいな感じだったけど。
「ではハルノ殿とカンタダ殿はそれぞれ武器を預かるとして、コウヘイ殿とミノリ殿」
「はい?」
「は、はいっ」
「お主等にも特性にあった物をそれぞれ作るつもりじゃ。最終的にどうなるかはお主等次第じゃが、問題は無いかの?」
「実際に手にしてみないと扱える様になるかは分からないですけど、無いよりはあった方がいいですよねきっと。是非お願いします」
「わたしも自分と康ちゃんの身を守れる可能性が上がるなら」
「だから僕を入れなくていいってば」
「どうして?」
「どうしてって……」
「よいではないかコウヘイ殿。戦う理由など人それぞれじゃ、護るべきものの為に戦う者というのは時に想像を超える力を発揮するものじゃぞ」
「そういうことじゃなくてですね……」
「野暮な心配は無用だノスルク、この二人は幼少の時分からの絆がある。そうだろうミノリ」
「はいっ」
 無駄に元気良く答えるみのりだった。
 駄目だ……この人達僕の話を聞く気が無い。
「康平っちはきっと尻に敷かれるタイプだね」
 げんなりしていると、いつの間にか僕の隣にいた春乃さんがニヤニヤしながら僕の肩に手を置いた。
「あまり見せつけてばかりいると転職してリア充が爆発する呪文を覚えちゃうぞ」
 続けざまに高瀬さんまでもが反対側の肩に手を置く。
 ああ……この人達も大概駄目だ。
「無職でも転職って出来るわけ?」
「無職だからこそいずれはパラディンなんだよ」
「無理無理。せいぜい奴隷として神殿でも作ってるのがいいところね」
「なんだと? お前もただ町の名前を紹介するだけの駄キャラ程度の立ち位置のくせに」
「……僕を挟んで喧嘩しないでもらえます?」
「洞窟で意味無く迷ってるだけの居ても居なくてもいいようなキャラレベルのあんたに言われたくないわよ」
「お前なんて……」

 オホン!

 ノスルクさんの二度目の咳払いでまたしても二人の言葉が止む。
 武器の件も大いにありがたいけど、可能ならばその特技も伝授して欲しいものだ。
「話はこのぐらいでよいじゃろう。わしはさっそく制作に取り掛かる。お主等も明日に備えて町でゆっくり過ごすといい、セミリア」
「ああ。では皆、邪魔にならぬよう私達は町に戻るとしよう」
「やった、やっと買い物出来るわねみのりん」
「はい、楽しみです」
「カジノが無いのが残念だなー」
 こうして話は纏まり、それぞれがノスルクさんに一言お礼を述べて小屋を出る。
 そしてこの世界に来てから初めて食事や睡眠以外での自由時間を迎えることに心を躍らせながら、改めてエルシーナ町に向かうべく輪を作るのだった。

          ○

 もう何度目かのワープでエルシーナ町に戻ると瞬く間にここに来た当初の観光客のテンションを取り戻した僕とセミリアさん以外の三人。
 一様に目を輝かせ、どこから回ろうかと町を見渡している。
 こうも簡単にあっちに行ったりこっちに行ったり出来るのだからそりゃ車や電車が無くても困らないわけだ。
 なんて暢気な感想を抱いていた僕だったが、実はそういうわけでもないらしい。
 マジックアイテムという物自体がそもそも無制限に生産出来るわけでもないようで、希少で高価であるためセミリアさんも一人の時にはそうそう乱用したりはしないとのことだ。
 その辺りはきっと僕達のことを気遣ってくれているのだろう。
 そうでなければ今まで以上に移動のために歩き回る時間が長くなっていたと考えるとありがたい限りではあるけど、宿屋の件も含め人数が増えただけ金銭的な負担が増すのも事実。
 あまり無茶な散財は控えないといけないというのに、まさに目の前で散財する相談をしているのだから困ったものだ。
 ま、異世界なんて体験をしているのだから無理もないけどさ。
「さっそく服見にいこっ?」
「その後で食材とか見に行ってもいいですか?」
「俺はマニア受けしそうな武具とぱふぱふ屋を探すぜ」
 困ったものなのは現実主義な僕の方かな。
 三者三様に目を輝かせて楽しそうにしている姿をみるとそんな風に思う自分がいた。
 ずっとあちこち移動してばかりで、それなりに危険も冒してきたのだ。
 こうやって笑って過ごせる時間があってもバチは当たらないだろう。
 であれば僕は宿屋の部屋でゆっくりと休みたいものだ。
「じゃあこっからは自由行動よね? 行こっみのりん、セミリア」
 一通りみのりとの観光計画を立て終わったらしい春乃さんは二人の手を取った。
 しかし、途端にセミリアさんは申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「すまないハルノ、私は一緒に行けない」
「へ? なんで?」
「少しばかりやることがあってな」
「やることって? 一人でやるの? あたし達も行った方がいいなら言ってよ?」
「いやなに、大したことではないんだ。ただ首長にことの顛末を報告に行こうと思ってな。せっかく誘ってもらったのに申し訳ないが、お主等だけでも楽しんできてくれ」
「そう言うならいいけど、次は一緒だからね」
「ああ、約束しよう。金を半分渡しておくから好きに使ってくれて構わない。それからコウヘイ、ジャックを借りていってもよいか? そやつもあの地から持ち出された物らしいので一応な」
「あ、はい。どうぞ」
「終わったら宿屋に戻っていてくれ。では私は行く」
 ジャックと交換で僕にお金の入った巾着袋を渡すと、セミリアさんは片手を上げシュッと消えてしまった。
 あのワープって外から見るとあんな風になっているのか。
「じゃあまずは服屋からね。行こっみのりん、康平っち」
「え? 僕も行くんですか?」
「当たり前じゃない。昨日約束したでしょ?」
「……しましたっけ?」
「おいおい何言い出すんだ小娘、康平たんは俺と珍品探しする約束してただろうが」
「……………………してましたっけ?」
「ほら見ろ、康平たんも困ってるじゃないか」
「それはあんたに対してでしょ。あんたは作り物の嫁とでも行ってきなさいよ」
「男のロマンは男にしか分からないんだよ。あと作り物とか言うな」
「あんたにしか分からない、の間違いでしょ」
 僕の意志など関係無しに一歩も譲る気がなさそうな二人は顰めた顔を突き合わせる。
 冗談抜きでノスルクさんを召喚したいです。
「あの、康ちゃんの意志を聞いた方が早いんじゃないでしょうか?」
 ああ……普段と変わらないみのりの気遣いがやけに温かいよ。
「そうね、康平っちはどっちと行くの?」
「当然男と男の約束が優先だよな?」
「いや、出来れば部屋でゆっくり休みたいんですけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「よし、こうなったらまた勝負よおっさん。勝った方が先に康平っちを連れて行く」
「え? ちょっと、今の間はなんだったんですか? というか質問の意味は?」
 しかも『先に』って最終的にどちらにも付き合うことになってるし!
「いいだろう。また辛酸を舐めたいようだな」
「ええぇ……」
 やる気満々だし。
 そんな僕の嘆き節など分かっていないであろうみのりは純情なのか抜けているだけなのか、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「康ちゃん人気者だね」
「そういう問題じゃないよ。第一僕がどうとかじゃなくて単に譲りたくないだけでしょ、あの二人は」
「?」
「……分からないならいいよ」
 なんて肩を落としている間にも二人の勝負は決着していて、
「ふっふーん、正義は勝つのよ!」
 という台詞とドヤ顔が示す通り、二度目のジャンケン勝負は春乃さんに軍配が上がっていた。
 負けた高瀬さんは両手足を地面に突いて項垂れている。
「お、俺の右手のゴッドハンドが……」
 いや、だからあんた左手出してたでしょうに。
「さ、負け犬は放っておいて行きましょ」
 そんな高瀬さんを気にも留めず、春乃さんはすぐに僕とみのりの手を取った。
 背後から聞こえる断末魔の叫びが何とも虚しい気持ちにさせる。
「あ、後でちゃんと返してもらうからなっ!」
「はいはい、分かったわよ」
 春乃さんは振り返りもせずにあしらって、そのまま僕達を引っ張っていく。
 僕はもはやツッコむ気にもなれず、もう好きにしてという感じだった。

『前途多難だな』

 そして、春乃さんの鼻歌を耳に何故かそんなジャックの言葉が脳裏に響いた。

          ○

「は~……疲れた、色んな意味で」
 どれぐらいの時間が経っただろうか。
 ようやく三人の買い物から解放された僕は宿屋への道を歩きながら一人溜め息を吐いた。
 両手には春乃さんとみのりが買った服が布の袋三つ分と高瀬さんの買ったナイフやら小道具が詰まった編みカゴがぶら下がっている。
 なぜに服一着しか買っていない僕が荷物を持って帰らなければならないのかと思わなくもないが、その買い物量のおかげで解放されたのだから文句は言うまい。
 ちなみに買い物の方はというと、まず春乃さんの衣服屋巡りに始まったのだが、数は少ないながらも衣服や雑貨を売っている店を隈無く回って『どっちが可愛い?』『どっちが似合う?』と延々僕を困らせた。
 僕に女性のファッションのことなど分かるはずもないし、最終的に自分の意見だけで決めてしまうのだから女の人というのはよくわからない。
 そしてその後はみのりの未知なる食材見学だ。
 これは僕も興味深い部分があっただけに大いに興味深く、楽しむことが出来た時間と言っていいだろう。
 見たこともない野菜、果物は見ているだけで飽きないもので、店の人に色々と聞いたり味見させてもらったりしてみのりも満足そうだった。
 そして最後の高瀬さんは武器、雑貨の物色だ。
 これに関しては敢えて振り返るほどのこともなく、ほとんど高瀬さんが一人ではしゃいでいただけだった。
 これ一緒に回る意味あるのか?
 と思うぐらい一人でテンションを上げて、一人で見たい物を見て飽きたら次の店に行くというマイペースさは店の人も白い目で見ていた程だ。
 兎にも角にもこの荷物を部屋に届けるのが今現在の僕の使命であり、それさえ済ませればゆっくりと骨休めが出来る。

 ぐぅ~。

「……そういえば昼ご飯食べてなかったっけ」
 昼食時は大きく過ぎているであろうに昼食のことなんてすっかり忘れていた。
 宿屋に戻っても昼ご飯なんて用意されないのでどこかで済ませなければいけないのだけど、一見知らぬ土地で一人で店に入るというのも中々勇気がいるものだ。
「これをお願いします」
 結局入った店は昨日の晩にみんなで来た店だった。
 選んだのは一度入ったことがあるので少しは心持ちも違うだろうという理由で、注文した料理も昨日と全く同じものだ。
 実際に食べてみても自分が何を注文したのかも分からないのにそれ以外のメニューに手を出してみる読経など無い。
「あいよ、昨日と同じね」
「僕のことを覚えているんですか?」
 カウンターっぽいテーブル越しに調理場いる親父さんが顔に似合わぬ愛想の良い態度で何気なく口にした言葉に思わず反応してしまった。
「そりゃあ覚えてるともさ。そんなおかしな格好した人間はこの辺りにゃいないからねえ。昨日の今日で忘れるもんかい」
「おかしな格好……ですか」
 確かにこっちの世界に僕達みたいな格好をした人はいないもんね。
 僕も一着買っておいてよかった、部屋に帰ったらすぐに着替えよう。
「昨日はお連れさんもいたし勇者様もいたから聞けなかったけどよう、兄ちゃんよその国から来たのかい?」
「まあ……他所の国といえば他所の国ですね」
「ちなみにどこの国なんだい? ひょっとしてフローレシアじゃねえだろうな?」
 僕は何も言っていないのに親父さんは急に目を細め、訝しげに僕を見る。
 いかにも肯定すれば容赦なく軽蔑します、みたいな物の言い方だ。
「いえ、日本です」
「ニホン? 聞いたこともねえなあ、どこにあるんだいその国は?」
「小さな島国ですからね。どこと言われると……ここから南南東に二百キロほど」
 勿論適当だ。
 どうせ説明しても理解してもらえないだろうし、ここで言葉に詰まったりして妙な勘繰りをされても困る。
 それ以前にどう説明すればいいのかも、そもそも説明していいのかどうかも分からないし。
「へぇ~、そんなとっから来て勇者様と旅してんのかい。立派なもんだねえ、うちの倅にも見習わせてえもんだ」
「手放しで褒められる様なことでもないんですけどね。あまり役に立っているという自覚もないですし」
「謙遜しなさんなって。十分立派なもんさね、最初に見た時は旅の芸人かと思ったがね」
 言って親父さんが『はっはっは』と高笑いをしたその時、

「ぷっ」

 横から聞こえたそんな吹き出すような声に反射的に顔を向ける。
 空席を一つ挟んで横に座っていたのは、赤茶色の髪をした女性だった。
「……あ」
「昨日振りね、よその世界の芸人さん」
 見下した様な、小馬鹿にした様な目が僕を捕らえる。
 鉄製の細い腕当てを付け、背中に大きな刀を差し、それでいて露出の多い特徴的な姿には確かに見覚えがあった。
「あなたはノスルクさんの家にいた……誰か」
「誰かじゃないわ。私にはサミュエル・セリムスって名前があるもの」
「なんと、こっちの勇者様とも知り合いだったのかい兄ちゃん」
「たまたまよ、昨日クルイードといるところに出会わしたってだけ。親父と同じで私も旅芸人だと思ってたし、実際大して変わらないんじゃないの?」
 嘲笑う様な笑みを浮かべ、サミュエルと名乗る女性は値踏みするが如く僕の全身を見渡した。
 別に馬鹿にされたからといって腹を立てたりはしないが、勇者にも色々いるもんだぁとは思う。
 セミリアさんとは大違いだ、なんて考えている間に料理が出来上がり親父さんが僕の前に並べていく。
「いただきます」
 ムキになっても仕方がないし、揉め事になりでもしたら勇者を名乗るサミュエルさんに勝てるはずもないので大人しく料理に手を伸ばすことに。
 しかし、一口目を口に運ぶなり先に食べ終えたサミュエルさんが間にあった空席へと移動し身を寄せてきていた。
「ねえ旅芸人A」
「なんでしょうか。というか旅芸人Aですか僕」
「あんたの名前なんて知らないし、どうせそんなとこでしょ旅芸人A顔だし」
「旅芸人A顔ってなんですか。僕は樋口康平です」
「あっそ。まあそんなことはどうでもいいんだけど」
 ……どうでもいいって。
「あんた達も魔王に挑むつもりなのよね?」
「まあ、そういうことらしいですけど」
「らしい? 見た目によらずいい加減な男ね。魔王の強さを知ってる?」
「強さどころか姿形すら想像も付きませんね」
「はあ? なんでそんな奴がクルイードの仲間になったわけ?」
「まあ成り行きというかなんというか……」
「なんで成り行きで芸人が勇者の仲間になんのよ」
「別に僕は芸人ではないんですけど」
「はあ、もういいわ。気にするだけ損ね、どうせあの小娘を蹴散らすのは私だし」
 馬鹿らし、と付け加えるとサミュエルさんは立ち上がり、そのほとんどが露わになっている背中を向け店を出て行こうと歩き出す。
 特に強い理由があったわけではないけど、思わずその後ろ姿に声を掛けていた。
「……あの」
「何よ」
「サミュエルさんも魔王と戦っているんですよね?」
「それが勇者ってもんらしいから仕方なくね」
「だったら同じ勇者同士力を合わせればもう少し戦況というか、負担も変わるんじゃないですか?」
「はっ、何を言い出すかと思えば。そんなの死んでもお断りよ」
「死んでも、ですか」
「勇者だからって誰もがクルイードみたいに献身的だなんて思わないことね。私は人に頼るぐらいなら死んだ方がマシ」
「どうしてですか? セミリアさんと何かあったんですか?」
「別に何も無いわ、ただの意識の違い。私はクルイードと違って世の為人の為なんて殊勝な気持ちはこれっぽっちも無い。見ず知らずの人間なんて知ったことじゃないとさえ思ってるし、借りを作るのもまっぴらごめんなの。私が守るのは誇りと誓い、ただそれだけよ。親父また来るわ」
 それだけ言うとサミュエルさんはこちらの反応を待つことなく足早に出て行ってしまった。
 なんというかまあプライドが高いのは見ていて分かったけど、同じ勇者でもここまで両極端なのも不思議なものだ。
「兄ちゃん、気を悪くしねえでくんなよ。あっちの勇者様も口は悪いが良いお方なんだ」
「まあ、その辺はなんとなくわかりますから大丈夫ですよ」
 盗賊もあの人が倒したって首長さんが言ってたしね。
「では改めていただきます」
 どこの世界でも人間関係ってのは難しいものだ。
 そんな感想で締め括り、ようやく遅すぎる昼ご飯を口にするに至るのだった。

          ○

 その夜。
 みんなが買い物その他を終え部屋へと戻るとセミリアさんの合流を待って夕食を済ませ、それぞれが入浴や就寝の準備をしている中、僕は一人宿屋の屋上にいた。
 今朝、セミリアさんと話をした広くはない屋上だ。
 柵に手を置き眺める町はほとんど眠っており、ぽつぽつと光が見える程度の田舎町らしい殺風景な町並みは静かすぎて逆に不気味になってくる。
「はあ……」
 夜空を見上げ、溜め息を一つ。
 この世界の空気にも慣れ始めてはいたが、その積み重ねた時間が自分のいるべき場所ではないことを一層自覚させていたし、日本に帰れる日が来るのだろうかという不安も時間が経つだけ増幅していった。
 何より明日を迎えればもう三日目になる。
 無事に帰れたところで母さんにぶっ殺されるんじゃないかという不安も上に同じく、だ。
「康ちゃん」
 センチメンタルに浸っていたせいか、背後から声を掛けられるまでその存在に気付かなかった。
 呼ばれて振り返ると、まあ予想通りというか僕を康ちゃんなんて呼ぶのは今や一人しかいないわけで、後ろから近付いてくるみのりの姿がある。
「みのり、どうしたの?」
「お風呂から出たら康ちゃんが居なかったから。セミリアさんが屋上にいるんじゃないかって教えてくれたんだよ」
 僕の横まで歩いてきたみのりも同じ様に柵に手を掛けほぼ真っ暗な景色を眺めた。
 ちなみにジャックは部屋に置いてきているためみのりが怖がることもない。
「風が涼しいね、こんな場所があったなんて知らなかったよ。康ちゃんはよく知ってたね」
「朝ちょっとね」
「ちょっと、何?」
「早起くに目が覚めたから色々歩き回ってた時に店の人に聞いてさ」
「そうなんだ、教えてくれればよかったのに」
 いくら辺りが薄暗くても口調で分かる、みのりはきっと笑顔だ。
 怖がりで気弱な質だけど割と頑固だったりお気楽な一面を持つみのりは、この不安だらけの環境で一体どんなことを考えているのだろうか。
「もう明日で三日目だね」
「僕もちょうどそれを考えてたよ。この調子だったら日本に帰れるのは一体いつになるんだろうね。春休みが終わるまでに帰れるのかも不安になってくるよ」
 そもそも生きて帰れるのか。
 ということも頭に浮かんではいたが、みのりの前で口にすることじゃないだろうと心に仕舞う。 
「でもあとはお城にいって王様に会ったら魔王さんのところに行くだけって言ってたでしょ?」
「だけって言うけど結構な苦労じゃないの? それはさ。というか魔王さんとかまたよく分からないこと言ってるけど、みのりは危機感とかはないの? 今この現状とこの先のことでさ」
「わたしだって不安はあるよ~。でも昨日ほどじゃないかな、春乃さんのポジティブさが移ったのかも」
 あははと笑い、みのりは続ける。
「わたしは春乃さんみたいに不安や怖さの全部を前向きに解釈することは出来ないけど、でも全部をマイナスに感じてたら身が持たないって考えが少なからず生まれたのは春乃さんと一緒にいることで影響を受けたからなのかもしれないなーって。わたしは先の事とか、今自分の置かれてる状況なんて難しいことは分からないから……危機感を感じるのは危ない目とか怖い目に遭った時でいいやって、そう思うんだ。康ちゃんは?」
「うーん、驚いたり不安になることが多過ぎてもうそこを通り越しちゃったって感じかなぁ。現実味が無くなってるというか、夢でも見てるみたいなさ。だから逆に危機感もあんまりない気がする、少なくとも今は」
「なんとなくわかるよ。わたしも本当はもっと怖いはずなのに、不思議とそうじゃなくて……きっと康ちゃんがいるからだね」
「……僕?」
「昔からわたしが康ちゃんを守るって言い続けてきたけど、結局最後にわたしを守ってくれるのはいつも康ちゃんだったもんね」
「……そうだっけ?」
 小さい頃の記憶を探ってみるが、思い当たる節はないとは言わないながらもそこまで大袈裟な話でもない気もする。
 それでもみのりは僕の方を見ずにただ前を向いたまま続けた。
「そうだよ。だからちょっとぐらい怖かったり危なくても平気なんだよ」
「そんなプレッシャーになるようなこと言わないでよ。そうだ、平気なんだったらそろそろジャックを持ってる役目を代わってもらおうかな」
「それはヤだ!」
「はは、全然平気じゃないじゃんそれ」
「それとこれとは話が違うもんっ」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
「む~、絶対馬鹿にしてるー」
 みのりは目を細めて僕を睨むが、当然ながら普段と同じく迫力とかはない。
 どちらかというと拗ねている、という表現の方が合うレベル。
「してないしてない。さて、そろそろ戻ろうか。あんまり遅くなると怖くて寝れなくなっちゃうからね」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃん~!」
 異世界の見慣れぬ大きな月の下。
 常に気を張っていた心に少しだけ安らぎを感じながら、ぽかぽかと僕の背中を叩くみのりを引き連れて屋上を後にした。
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