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【第七章】 盗賊の洞窟とジャック

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 集落を離れ、またしばらく歩く一行。
 車も電車も自転車もないので当然といえば当然なのだろうが、昨日と合わせると随分と長く歩いているなぁと人知れず感心してしまう。
 他の皆も一夜明けた今でもまだ物珍しさや未知なる体験によるテンションの方が上回って特に疲れている様子が見受けられないのがせめてもの救いといったところか。
 これといって危ない目に遭ったわけでもないし、叶うことなら最後までこの調子で済んでくれたらいいなぁ、と心から思う。
 よく考えてみると野宿の危機には晒されたけども。
「見えたぞ、あそこだ」
 集落を出て十五分ぐらいだろうか。
 回りの景色が一転してだだっ広く、無機質な岩壁が嫌でも目に入る荒れた風景に変わって間もなく。ふとセミリアさんが前方、その岸壁の一角を指差した。
 なるほどその先にはまさに洞窟と呼ぶに相応しい岩の壁に空いた大きな穴が奥がどうなっているのかが外からでは分からない程度には深くまで続いているのが見える。
「うっわー、テンション上がるわ~こういうのって」
「ダンジョンあってのRPGってもんだからな」
 そのまま目と鼻の先にまで接近するなりうきうきとした感想が連なる。
 あそこに入っていくことに不安しかない僕とは裏腹に相変わらず楽観的な二人だった。
「先に言っておくが、ここは辛うじてノスルクの結界の外だ。魔物が住み着いている可能性もゼロではないことを頭に入れておいてくれ」
「ま、そうじゃなきゃやり甲斐がないってもんだ」
「あまり油断するなよカンタダ。こういった場所に住み着くような魔物は昨日のあれよりはレベルが高いことが多い」
「皆までいうな勇者たん。俺はプロのゲーマーだぞ? ダンジョンに入れば敵のレベルもエンカウント率も跳ね上がることは熟知している」
「……何よプロのゲーマーって、自称多過ぎでしょあんた」
 ドヤっている高瀬さんには春乃さんのツッコミも届いてはいない。
 それどころかセミリアさんの忠告、注意喚起すらも意に介さず得意気に続ける始末である。
「まだまだこのリュックには武器や道具、マジックアイテムがたんまりと詰まっているからな。多少レベルが上がっても俺の敵ではないのだ。はっはっは」
「そうであったか。私も少し侮りが過ぎたな、頼りにしてるぞカンタダ」
「まかせろぜ!」
 セミリアさんが真に受けちゃうものだから一層気を良くした高瀬さんは意気揚々と親指を立てる。
 少なくともマジックアイテムは詰まっていないんじゃないだろうかと思うのは僕だけじゃないことを願いたい。
「ま、おっさんはどうでもいいけどさ。あたしはあんまり凶暴な奴がきたらちょっと厳しいかも。まあその時はボス戦っぽい曲でも演奏してみんなのテンション上げるから安心してよ」
「うむ、ハルノも頼りにしているぞ。ミノリは大丈夫か?」
「はい。危なくなったら康ちゃんを守りながら逃げながらみんなを応援しながら春乃さんの曲にスタンディングオベーションしますっ」
「いやだから、そんなに色々同時進行しなくていいってば。しかも一個増えてるし、何なのさスタンディングオベーションって。逃げるまでは座ってる予定なの?」
「ほえ?」
「……分かってないならいいよ。指摘した僕が馬鹿だったよ」
「まあよいではないかコウヘイ。とにかく皆が自分に出来ることをすればいいのだ。お主も頼りにしているぞ。では入るとしよう」
 僕の肩をポンと叩くとセミリアさんは向きを変え、先頭で洞窟へと足を踏み入れていく。
 すぐにその後に続く僕達にあって、やはり問題児二人には恐怖や不安なんてものは微塵も存在しないらしい。
「冒険の匂いがプンプンするわね♪ うーん、これぞロックだわ」
「お宝の匂いがプンプンするぜ」
「え、えーっと、何かの匂いがプンプン……」
「だから無理に合わせなくていいってば」
「ふぇ~ん」
 主にセミリアさん以外の三人に一抹の不安を感じているのが僕だけであることに虚しさを抱きつつも、一行は洞窟へと進入していく。
 外から見ると薄暗い洞窟だったが、中に入ってみると等間隔で真上に埋まっている光を放つ石だか宝石らしき物のおかげで視界を確保するには十分な明かりがあった。
 そのため薄気味悪さみたいなものはほとんど無く、また進行に手間が掛かることもない。
 何だろうあれ?
 という疑問は当然の発想で、中でも特に物珍しげにずっと上を見ながら歩いていた春乃さんが前を歩いているセミリアさんに直接質問していた。
「ねえねえ、これ何が光ってんの?」
「お主等の世界には無い物なのだな。これは発光石といって数十年もの間光を失わない特殊な石だ。特に貴重品というわけではないが、この国ではファルカルバ地方でしか取れない珍しい物なのだぞ」
「へ~、便利ねー。帰りに一個貰ってこうかな」
「こらこら、一応国の所有物だぞ。そんなことをせずとも後で手配してやるさ」
「まじ? やった」
 思いがけない申し出に春乃さんも小さくガッツポーズ。
 魔法で光っている。と言われたならいっそ無理矢理納得も出来たろうに、そうではないというのだから本当に不思議で便利な物がある世界だなぁ。
 せっかくだから僕も貰って帰ろう。
「おい、分かれ道になってるぞ」
 そんなことを考えていると、いつの間にやら先頭を歩いていた高瀬さんが道の先を指差しながら振り返った。
 その言葉の通り、少し先で左右に道が分かれているのが見える。
「どっちに行くんですか?」
「ふむ、私もここに入るのは初めてでな。残念ながら正しい道は把握していない」
 セミリアさんは顎に手を当て左右を見渡した。
 ここで迷うのは出来れば避けたいところだが、判断材料がないことも事実。
 ならばどうするのが最善かと考えていると、
「よし、右だな」
「左ね」
 二人がほぼ同時に真逆の方向を指差した。
 揃ってそれが気に入らないのか、そのまま思いきり顔を顰めて睨み合う。
「右に決まってんだろ、テキトーなこと言ってんじゃねえぞ小娘」
「あんた馬鹿じゃないの? どう考えても左じゃない」
「おいおい、素人が余計な口を挟むとはいい度胸じゃねーか」
「何が素人よ、自分が玄人とでも言いたいわけ? 何様のつもりよ」
「俺様のつもりだ」
「死ねっ!」
 久々の一触即発の空気。
 慣れてしまったのかそれどころじゃないのか、セミリアさんは顎に手を当てたままでまったく気にしていないし、みのりはあたふたしているだけで仲裁出来そうにもない。
 やれやれ……僕が止めるのか。
「落ち着いてください二人とも、喧嘩してる場合じゃないですって。セミリアさんでも分からないのなら皆で話し合って考えないと」
「絶対こっちだって」
「康平っちもこっちだと思うでしょ?」
「いや、僕に聞かれても……というか二人とも確信があって言ってるみたいですけど、何か根拠があるんですか?」
「「ない」」
「…………」
 駄目じゃん。
 よく同意を求められたなそれで。
「じゃあこうしましょ、二手に分かれるの。右がおっさんで左があたしとセミリアと康平っちとみのりん」
「編成おかしいだろそれ!」
「でもでも、二手に分かれても後で集合しようがないんじゃないですか? 連絡手段がないですし」
「ミノリの言う通りだ。何よりダンジョン慣れしていないお主らが単独で行動するのは危険が大きい」
「分かってないなー、だからこそこの編成なんじゃない」
「俺捨て駒扱い!?」
「違うわよ。『ぬわーーーーっっ!!』要員よ」
「なお悪いわ! 死ねってか? 俺に死ねって言ってるのか!? 確かに最高の男だったけども!」
「とにかくだ、何度も言うが今はまだお主等の危機回避が最優先だ。こうなったら順に探索するしかあるまい」
「でもそれじゃ結局どっちに行くのよ。セミリアはどっちが正しい思う?」
「そうは言うが根拠も無い意見に正しいも何もないのではないか?」
 実に冷静に正論を述べるセミリアさんだった。
「ぶ~、そりゃそうだけどさ……じゃあセミリアはどっちでもいいのね?」
「そうだな、情報が無い以上は後先の問題でしかないだろう。どちらにせよ正しい道に行き着くまでは探索せねばならん」
「よし、じゃあジャンケンで決めましょ。勝負よおっさん」
「望むところだ」
 勝手に結論を出されても困るのだが、確かに順に調べるにあたって『どちらが先であるべきか』なんて理屈はないといえばない。
 それが分かっているのかいないのか、二人は向かい合うと自らと自らの手に言い聞かせる様に両手へ向かってぶつぶつと何かを呟き始める。
「負けられない戦いだわ」
「頼むぞ俺の右手のゴッドハンド」
「…………」
「…………」
「…………」
 全くもって勝敗に興味の湧かない勝負を黙って見守る僕達。
 その目の前で二人の双眸が同時に見開かれた。
「いくぞ!」「いくわよ!」
「「ジャン・ケン・ポンッ!」」
 勢いよく出された二人の手。
 春乃さんの右手はグーで、高瀬さんの左手はパーだ。
 つまりは高瀬さんの勝ちということになる。
「しゃああああ!」
 勝利した高瀬さんは両手を突き上げ、たかだかじゃんけんとは思えぬ雄叫びを響かせた。
 正直傍目に見ても大人げないことこの上ない。というか……右手のゴッドハンドは?
「うえぇぇん、おっさんに負けた~!」
 逆に負けた春乃さんは悔しそうにみのりに抱きついている。
 二人の相性を考えると悔しいのはまあわからなくもない。
 みのりの意味不明な励ましも効果があるかどうか、この先も引き摺ったりしてはさすがに不憫だといえば不憫だ。
「惜しかったですよ春乃さん。次はきっと勝てますよ」
「そうよね。ジャンケンぐらい負けてあげてもバチは当たらないわよね。それ以外は全部勝ってるんだし」
 うん、僕の心配は杞憂だったみたいね。
「カンタダの勝ちだな。では右から当たるとしよう、異存はないな?」
「当然だ」
「ま、今回は負けといてあげるわ」
「問題ありませんです」
「同じく」
「よし、では行こう」
 そんな塩梅で左右に分かれた道の右側から探索を開始する。
 しばらく道が続くままにぐるぐると歩き回り、途中いくつか分かれ道もあったが行き止まりだったり何があるわけでもない空洞に行き着くばかりで結局進む道は一つに限られてしまっているというのが現状だ。
 そして、
「また分かれ道のようだぞ」
「また~? 今度はちゃんとしたとこに繋がってるんでしょうね? 次はどっちから行くわけ?」
「よし、俺の野生の勘が告げるところによると次はこっち……」
「ちょっと待って下さい」
「なんだよ康平たん。俺の決め台詞を台無しにして」
「ここ、最初に二人がジャンケンしてた場所ですよ」
「なぬ?」
「うそっ!?」
「ほえ?」
「指摘されてみると確かにコウヘイの言う通りだ。つまり……一周して戻ってきてしまったということか」
 セミリアさんは腕を組み、辺りを見渡した。
 腑に落ちないのは僕とて同じ。
 一本道を進んで一周してきた、これはどういうことだ?
「あーあ、やっぱりおっさんの勘なんてアテにならなかったわね」
「お前アホだろ。一周してきたってことは同時にお前の勘も外れてんだよマヌケめ」
「うっさい!」
「こら二人とも、揉めるのは後にしないか。しかし、困ったな。どこか別に道があるのだろうか」
「あ、あの……」
「どうしたミノリ」
「さっきの空洞みたいな所に下に降りる階段があったんですけど……それですかね?」
「本当か!?」
「でかしたわ、みのりん」
「……もっと早く言おうよ、そういうことは」
「場所は覚えているか? 案内してくれ」
「はいっ」
 セミリアさん、高瀬さんときて今度は褒められて気を良くしたみのりを先頭に来た道を戻ることに。
 そしてみのりの案内によって行き止まりだと思って引き返した分岐の片隅にあった下へ降りる階段に辿り着き、無事に先へ進むに至った。
 下りる先は見た目で言えば下りる前と特に変わりはなく、発光石に照らされた岩を削った様な道が先へと続いているだけだ。
 再び先頭がセミリアさんに変わり、少し進むと先ほどまでと同じ様に左右への分かれ道に行き着いた。
「今度は私の意見優先よね? 左に行くわよ、オッケー?」
「反対するつもりはないですけど、何か左側に拘りでもあるんですか?」
「ん? 別に無いけど。なんとなくよ、なんとなく」
「考えて正しい道が分かるものでもない。今回はハルノの勘を信じるとしよう」
「まっかせといて♪」
 そんなわけで今度は左側から探索を開始することに。
 しかし、ここでまた問題が発生。
「……あれ?」
「康ちゃん、ここってもしかして……」
「もしかしなくても最初に居た場所だね」
「また……戻ってきてしまったのか」
 デジャブ感が否めずなんとも微妙な空気がその場を覆う。
 どういう構造の洞窟なんだこれは。
「だからあれほど右だと……これだから小娘の言うことは」
「あんたアホでしょ! 一周して来たってことはあんたも外れてんのよ、マヌケ!」
「うっせい!」
 うん、やっぱりデジャブだ。
「一体どうなっているのだこの洞窟は。盗賊がアジトに使っていたぐらいだ、簡単には辿り着けないような構造になっているのだろうか」
 セミリアさんも先程と同じくこの一周の間に何か見落としがなかったかと考えている。
 ハナっから自分なりに考えてみるという発想がないらしい春乃さんは何故かみのりの腰を抱いた。
「ね~みのりん、今回は何もなかった?」
「うーん……あ、そういえばさっき通った大きな岩の陰に木で出来た扉がありましたね」
「それは本当かミノリ。よく気が付くなお主は」
「みのりたんはやる女だと思っていたよ俺は」
「えへへ、そんなことないですよ~」
「照れてる場合じゃないよ。さっきも言ったけどさ、もっと早く言おうよそういうことは。完全に無駄に一周してるよさっきから」
「???」
 笑顔のまま首を傾げるみのりは本当に分かっていないんだろうなあ、と確信させるだけの天然っぷりだった。
 まあ……気付かなかった僕が文句を言える筋ではないけども。けども非効率的過ぎるよ。
「これか、これでは気付かぬのも無理はないな」
 二度目のみのりの案内が終わるとセミリアさんが呆れた様に言った。
 地面に転がっている大きめの岩の陰に隠れた木の扉。
 それは確かに位置的にも見えにくい上に、この辺りだけ発光石の間隔が広くなっているせいで薄暗くなっていることに加えて扉その物も色褪せ回りと区別しづらい色になっていしまっているため見落としてしまうのも無理はない。
「はっ!」
 と、気合い一発。
 セミリアさんがさぞ重量がありそうなその岩を両手で押しのけると、隠れていた扉が露わになる。
「ふう、これで問題はないな。さっそく入ってみよう」
 すぐさまセミリアさんが扉を片手で押すと、鍵が掛かっているでもなくギィィと音を立てて簡単に開いた。
「これは……盗賊共の住み処か?」
 扉を潜ると、中にはどこか生活感の溢れる空間が広がっている。
 家具一式に五人分のベッド、誰かがここで暮らしていたのは明白だ。
 僕もセミリアさんの推察通りだと思うし、それは他の面々も同じだった。
「そうみたいねー。なんか秘密基地みたい」
「おい、宝箱があるぞ」
 唐突に高瀬さんはベッドの奥へと駆け寄っていく。
 部屋の隅に当たるその場所には確かに小さめの宝箱が三つ並んでいた。
「これが盗まれたお宝か?」
「それはないだろう。そんな小さな宝箱三つに収まるような量ではないはずだ」
「じゃあこことは別の場所に置いてるってわけ?」
「そう考えるのが自然だな。盗品の保管場所は別にあるのだろう」
「つまりこれは俺達が貰っていっても構わないってことだな?」
「しかし、それも盗まれた他人の所有物である可能性もゼロではないぞ?」
「そーよ、泥棒みたいなことやめてよねおっさん」
「分かってないな。あのバアさんも言ってただろう、ただここに置いているだけなら持って行って世界を救う為に役立ててくれってな」
「む、それは確かにその通りだが……」
「だろ? 俺達の助けになるってことは世界の助けになるってことだ。誰にどんな文句がある?」
「本音は?」
「お宝ゲットして金持ちになりたい」
「うっわー、最悪ねあんた」
「うるせい。最初から俺は一攫千金が目的だって言ってたじゃないかよ。冒険で見つけたお宝を役立てるのは当たり前のことだろ」
「だからって……ねえ?」
「まあよい、ハルノの言いたいことも分かるがカンタダや首長の言うことも一理ある。この先役に立つものがあるかもしれんし、力添えを受けるとしよう」
「む~、セミリアが言うんならいいけどさ」
「決まりだな。俺これ貰いー!」
 高瀬さんはすぐに一番右側の宝箱を確保した。
 昨夜も思った気がするけど、ここまで欲望に忠実なのもいっそ清々しいな。
「お主等も開けてみるか?」
「あたしはいいや、人の物持っていくのってなんかヤだし」
「わたしもちょっと怖いからいいです」
「そうか、では残りは私とコウヘイで開けてみよう」
「…………」
 あれ?
 僕は拒否権無し?
「コウヘイはどちらにする?」
 そんな心の声も口には出さず、渋々残る二つの宝箱の前に立つ。
 本音を言えば僕も春乃さんと同じで全く開けてみたい願望も一攫千金にも興味がないので全然気持ちが乗らない。
「どちらでもいいですよ。セミリアさんが選んでください」
「では私はこちらにしよう」
 セミリアさんは左側の宝箱の前に立った。
 つまり僕は真ん中だ。
「よし、じゃあ勇者たんから順番にいこう」
「ふむ、では開けるぞ」
 セミリアさんは膝を立てて屈み、サイズの割には重たそうな宝箱の上部を持ち上げた。
 僕と高瀬さんは横から、みのりと春乃さんは後ろからそれぞれ覗き込む。
「金だな。3000リキューはあるぞ」
 開ききった宝箱から取り出したのは無数の銀貨だった。
 箱の中には僕達が宿屋に泊まる為に集めた銅貨よりも価値があるのであろうその綺麗に光り輝いている銀貨が数十枚と積まれている。
「そっちが当たりだったか! 俺の馬鹿ー」
「誰の持ち物だったかは分からぬが、世界を救うためにありがたく使わせて頂く」
 セミリアさんは頭を抱える高瀬さんを尻目に両手を合わせ感謝の気持ちを形にしてから銀貨を仕舞った。
 まさか本当に金銭が入っているとは……余計に気兼ねしてしまうじゃないか。
「やましいことばっか考えてるからよ。ざまあみなさい」
「うるせい、金の線は消えたがまだお宝が残ってるかもしれないだろうが」
「ないない。あんたのことだから毒消し草あたりがいいとこね」
「ゴミじゃねえか……俺は諦めないからな。さあ、次は康平たんの番だ」
「あ、はい。では」
 促されるままに僕も目の前の宝箱をゆっくりと開いた。
 中には僕には到底不似合いな、ピンポン球ぐらいもある金属製の髑髏が付いたごついネックレスが一つ収まっている。
「……ネックレス?」
『あん? 誰だてめえは?』
「………………」

 バタン

「あれ、なんで閉めるの康平っち。空だったとか?」
「いえ、入ってましたけど……ネックレスが」
「ネックレスだと!? もしかして宝石付きか!?」
「いえ、普通の髑髏の付いたものでしたけど……喋った気がしたので思わず閉じてしまいました」
 確かにスピーカー越しに聞くぼやけた器械音声のような声で『誰だてめえ』とかなんとか聞こえたし、髑髏の口元が微かに動いていた気もする。
 意味が分からな過ぎてなかったことにしたいレベル。
「ネックレスが喋ったの? 康平っち頭大丈夫?」
「康ちゃん、きっと疲れてるんだよ」
「二人して可哀想な人を見る目で見ないでよ。だったらもう一回開けてみます? そりゃ気のせいだったら一番いいですし」
 僕がもう一度宝箱に手を掛けるとみんながグッと近づいた。
 最初と違って少しばかり勇気を振り絞り、ゆっくりと蓋の部分を持ち上げる。

 ガチャ

『おい兄ちゃん、俺が質問してるってのになんで閉めるん……』

 バタン

「聞こえました……よね?」
「うん……残念なから、確かに喋ってたね」
「ふえぇぇぇ?」
「魔物なんじゃねえの、あれ?」
「いや、あんな魔物は見たことがないぞ。しかし……いや、まさか」
「セミリアさん、何か思い当たることがあるんですか?」
「うむ、ごく薄い可能性だし私も話で聞いたことがあるぐらいで確証はないのだが……コウヘイ、もう一度開けてみてくれ。今度は閉めないようにだ」
「……わかりました。じゃあ開けますよ」

 ガチャ

『おい小僧……てめえ俺をおちょくってんのか? 人が話してる途中でガチャバタガチャバタしやがって、おう!?』
 うわあ……思いっきり怒ってるよ。
「すいません……まさか喋るとは思っていなかったので」
『そりゃ喋んだろうよ! 人をなんだと思ってんだてめえは』
「人をなんだと思ってんだと言われましても困るんですけど……そもそも人と思ってないですし」
『ああん? こちとらナリはこんなんでも元は人間なんだぞコノヤロー』
「ちょっとガイコツ! 何偉そうにしてんのよ、ぶっ壊すわよ」
 横から春乃さんがネックレスの鎖の部分を掴んで持ち上げた。
 やはり基本的に上から物を言われるのが気に食わないらしい。というか、これを直接手で触る度胸がすごい。
『ああん? 誰だ嬢ちゃん』
「誰でもいいわよ。あんたなんなの? なんで喋んの?」
『だから言ってんだろ。元は人間だって』
「分かったぞ! お前は呪われた姫君だな?」
『誰が呪われてんだコラ、俺がそんなマヌケするかよ。お前こそ呪いで醜いバケモノに変えられでもしたのか?』
「そうなのよ。あんたよくわかってんじゃない」
「誰がバケモノだあぁぁ!」
「もう喧嘩はいいですってば、今はこのネックレスの話でしょう。みのりもなんとか……みのり?」
 隣にいたはずのみのりの姿がない。
 不思議に思いつつ振り返ってみるとみのりは少し離れた位置で、涙目で僕をみながらものすごい速さで小さく横に首を振っていた。
「どうしたのさ……ああ、これか」
 振っていた首が縦の動きへと変わる。
 ホラーや心霊といった類のものが大の苦手であるみのりはこの髑髏が喋っていることが無理なようだ。
「分かったから、しばらく離れてたらいいよ」
 再び前を向くと、いつもの口論がネックレスを加えた三つ巴で展開されている。
 こんな状況でよくもまあ飽きずに口論出来るものだ。
「セミリアさん、どうしましょう?」
 とりあえず放置して声を掛けるとジーッとネックレスを観察していたセミリアさんがこちらを向いた。
 何かを思い出そう考え込んでいる風だったけど、思い当たる節に辿り着いたのだろうか。
「あやつ、確かに元は人間だと言っていたな?」
「言ってましたね。事実かどうかは僕には分かりませんけど」
 虚実の程など無関係に理解が追いついてないもの。
 どんな説明をされても納得出来る気がしないもの。
「やはり私の推察通りかもしれん。ハルノ、少しそれを貸してくれ」
「だからそれはあんたでしょ! え? なにセミリア? これ? ほい」
 呼び掛けに気が付いた春乃さんがこちらを向くのと同時に口論が止むと、セミリアさんは受け取ったネックレスに問い掛けた。
「貴公はグリッド・クロティールだな?」
「「「グリッド・クロティール?」」」
『ほう、よく分かったな。まだそんな言葉がこの世界に残っているとは思わなかったぜ。お前は何モンだ?』
「私はセミリア・クルイード。勇者をしている」
『なにぃ!? おめえ勇者なのか!?』
「そうだ。そしてこの者達は私の仲間だ」
『な~るほど。まさか勇者様に開放されるなんざ思ってもみなかったぜ。だが勇者だからといってその言葉を知っているとも思えねえが?』
「偶然知人に聞かせて貰ったことがあってな」
「ねえねえ、何よそのグリッド・クロティールって」
「クロティールというのは遥か昔に存在した黒魔術だ。今はもう存在しない魔法となっている上に当時ですら禁呪とされていた高度で危険な魔術だったと聞いている。何でも人の魂を特殊な呪法を用いて加工した金属製の物に移してしまうのだとか。それによって元の人間の知識や感性を持った生きたアイテムが生まれるというわけだ。そうして生まれた魂を持つアイテムをグリッド・クロティールと呼ぶのだと聞いた」
『ご名答ってやつだな。中々に博識じゃねえか』
「じゃあ本当に人間だったんだ。元の人間の姿に戻れんの?」
「それは難しいだろう。グリッド・クロティールとなった人間はまず自分の力では戻ることは出来ないし、先も言ったがもはや絶滅している魔術だ。存在していた時代でも元に戻すには高度で莫大な魔力を必要とすることから元に戻れなくなった者や失敗して犠牲になった者が山ほどいたらしい。だからこそ禁呪になったのだ」
「ではこのネックレスも犠牲者ってことになるんですか?」
『バッキャロー! 誰が犠牲者だ、俺は自らの意志でこの姿になったんだっつーの』
「なんで?」
きたる時のためだ。クルイードとか言ったな、お前が勇者をやってるってこたあ世界は芳しくない状況なんだろう?」
「その通りだ。魔族の侵略によって世界は徐々に危機的状況へ向かっている。だからこそ我々がいるのだ、それをさせぬためにな」
『まあそんなとこだろうな。よし、俺を連れていけ。知恵を貸してやる』
「だからなんでそんな偉そうなのよ」
 若干イラっとしている春乃さんはさておき。
 喋る……否、生きたネックレスからの思い掛けない申し出に、セミリアさんはどうすべきかと僕を見た。
「コウヘイ、こう言っているがどうすべきだろうか。こやつが何者なのかはまだ分からぬが、長くこの世にいるのなら連れて行っても損はないと思う気持ちもないでもない。我らの参謀役はお主だ、コウヘイが判断してくれ」
「うーん……確かに損はないかもしれませんけど得もなさそうなので置いていきましょう」
「そうか、承知した」

『待てぇい!』

 すんなりとネックレスを宝箱に戻そうとするセミリアさんだったが、髑髏のネックレスが全力で待ったをかけてきた。
 僕としては得体の知れない物体を持ち歩くなんて末恐ろしいことこの上ない、と思ったのに……ネックレスに食い下がられるというのも斬新な経験である。
『この流れで置いていくか普通!?』
「だってみのりが怯えてるだけでマイナス要素じゃないですか」
「みのりん大丈夫? 私がついてるから大丈夫よ~」
 一人で怯えているみのりに遅れて気が付いた春乃さんはみのりの肩を抱き頭を撫でている。
 空気的に声には出し辛いけど、せめて僕だけは分かっていてあげたい。
 この面子が異常なのであってそれが普通の反応なのだと。
『これは仕方ねえだろ、ナリはよ。だけどぜってえ役に立つって。な? いいだろ?』
「いやぁ、そう言われても……」
『俺だって世界を憂う気持ちがあるからこそこんな姿になってまでこの世に居座ることを選んだんだぜ? な、いいだろ?』
「諦めろ康平たん。こりゃ『はい』を選ぶまで無限ループのパターンだ」
「なんですか無限ループのパターンって……セミリアさん、どうしましょう」
「世界を思う者を無下にはしたくはないし、私としては連れて行っても構わないと思うのだが……やはりミノリ次第だな」
「みのり、どうする?」
「が、頑張って慣れるから大丈夫っ」
「思いっきり強がってるじゃん。はあ……どうしたものか」
 呆れるやら結論に困るやらで思わず溜め息が漏れる。
 視線をネックレスに戻すと、引き続きの自己アピールは本人の意思ではない明確なメリットを提示してきた。
『一つ言い忘れたことがあったぜ。おめえ等わざわざあのクソ盗賊共のアジトに来たってことは何か目的があんだろ?』
「私達は盗賊に奪われた品に用があって来た次第だ」
『だったら聞くがよ、ここ以外に何か見つかったか? 奴等のお宝の隠し場所はおめえ等だけじゃ見つけられねえぞ? 何せちょっとしたからくりがあるからな。だが俺はしばらくここに居たおかげで知っている。どうだい、いい交換条件だとは思わねえか?』
「む、確かに何も見つけられていないのが現状だ。それにただでさえ予想以上に時間を食っている」
『だろう? サクッと案内してやるぜ? それだけでも連れて行く価値があるんじゃねえのかい勇者様よお。俺も久々に冒険してえんだよ~』
「そう言われると弱いな。みんな、特にミノリだが、やはり連れて行ってもいいかと思うのだが考えてみてはくれまいか」
「俺はいいと思うぜ」
「僕もまあ、みのりがいいなら反対はしませんけど」
「時間も無いんだしいいんじゃないの? 効率第一で。大丈夫よみのりん、あたしが守ってあげるから」
 ポンポンと頭を撫でられてみのりも少しだけ恐怖が和らいできた様子だ。
 加えて言えば自分一人が理由で皆の意見を却下する、という状況に気を遣っている部分もありそうだけど。
「は、はい。わたしも我が儘言ってられないので大丈夫です」
『決まりだな! 俺はジャックってんだ、よろしくな!』
「よろしくするのはいいけど誰が持ってるんですか? セミリアさん?」
「いや、私は遠慮しておこう。この大きさだと戦闘時に邪魔になる」
「あたしもそんな悪趣味なアクセはちょっとねえ」
「みのりたんは勿論無理だし、康平たんが開けた宝箱だ。康平たんに決まりだな」
「……そうなるんですね、やっぱり」
「悪いが任せたぞコウヘイ」
 差し出されたネックレスを嫌々首に掛ける。
 なるほど、直接手に取ってみると確かに普段アクセサリーを身に着けない僕にとっては違和感だらけのサイズと重量に何だか窮屈な気分にさせられた。
『久々の外の世界と冒険だ。よろしくな相棒』
「相棒はやめてよ、頼むから」
『ツレねえこと言うなって、はっはっは』
 やれやれ……何が楽しいのやら。
 とんだ貧乏くじを引かされたもんだよ。
「よし、最後は俺のターンだな」
 肩を落とす僕の横で高瀬さんが待ってましたと言わんばかりに残る一つの宝箱に寄っていく。
 完全に次に進む流れになっていただけに続きがあることを失念していたのは僕だけではなかったらしく、すかさず噛み付いたのは春乃さんだ。
「せっかく話が纏まったんだからさっさと済ませてよね。どうせ馬の糞あたりなんだから」
「さりげなくランク下げんな! 馬の糞を宝箱に入れるアホがいるわけがない。いざ、オープン!」
 無駄なテンションと共に高瀬さんは勢いよく宝箱を開けた。
 口では悪態を吐きながらも春乃さんとて興味がないわけではないらしく、黙って後ろで見守っている。
「…………」
「…………」
「…………」
「ほ、宝石キターーー!!!! 俺の勝利だああぁぁ!」
 ある意味では緊張の一瞬。
 そう大きくはない木箱の中に手を入れた高瀬さんは馬鹿でかい声で叫びながら光り輝く小さな何かを高々と掲げた。
 同時に春乃さんが絶望する。
「そんな馬鹿な……どう考えてもオチ担当の流れじゃない」
「わはははは、見ろこの輝き! 宝石に他ならんだろう、これも日頃の行いの賜なのだ」
「何よ日頃の行いって、引き籠もってるだけでしょどうせ」
「でも凄い綺麗ですね~」
「そうだろうそうだろう、いくらみのりたんに頼まれてもあげないぞ。俺の一攫千金が今まさに達成されたのだ」
「待てカンタダ。確かに宝石にも見えるが、微かに魔力を感じるぞ? マジックアイテムの類ではないのか?」
「え……マジデ?」
『おい、ちょっと見せてみろ』
 ジャックと名乗るネックレスが食い気味に割り込むと、高瀬さんも素直に僕の胸元にそれを差し出した。
 どうでもいいけど、急にお腹の辺りから声がするとものすっごいびっくりするからやめて欲しい。
『こいつは……アルヴァントクリスタルじゃねえか』
「なんじゃそれ?」
『一度きり、どんな魔法攻撃も跳ね返すことが出来るって優れ物だ。お前の言うとおり宝石でもある、とてつもなく貴重なモンだからいざってときの為に取っておくんだな』
「アホ言え。例えアイテムだろうと宝石に変わりないんだったら日本に帰って売りさばくに決まってるだろ。それを使うなんてとんでもない」
『か~、おめえ物の価値が分からねえ奴だな。むしろ『それを手放すなんてとんでもない!』って言われんぞお前』
「放っておきなさいガイコツ。そいつはこういう奴だから」
『おめえ等が構わないってんなら口は挟まねえが、とんだ勇者の仲間がいたもんだ。それから嬢ちゃんよ、俺はジャックだ。ガイコツじゃねえ』
「似たようなもんでしょ」
『……似てるか?』
「まあ彼女もこういう人だから、あんまり気にしない方がいいよ」
『前途多難だな……お前も、クルイードも』
 中々に話の分かるジャックだった。
 ようやく宝箱の件が終わった僕達はその後すぐにジャックの情報によって奪われた品々の保管場所へ繋がる道を見つけ、本来の目的を果たすことに。
 といっても並んだベッドの一つの下に隠し階段があったというだけの話なのだが。
「おお、こりゃ大量だな」
 階段を降りるとすぐに盗品と思われる品々が積み上げられている小部屋へと辿り着いた。
 高瀬さんの感想そのままに剣や斧などの武器や防具、何に使うのかも全然分からない道具や銅貨の詰まった箱がぎっしりと部屋を埋めている。
『その盾の下にある小箱からお目当てのものの気配を感じるな』
 ジャックが言うと、すぐにセミリアさんが指定の箱を開けた。
 なにゆえ見もせずにどこに何があるのかを把握出来るのだろうか。
「あったぞ、魔源石だ」
「やっと目的達成ってわけね。他の物はどうするの?」
「何か役に立ちそうな物があればいいが、武器や防具など持ち帰っても仕方あるまい」
「そーね、こんな重たいもん持ってるだけでマイナス効果だもん」
「特に必要な物がなければ首長の言葉通りここに置いていこうと思う。皆はどうだ?」
「金目の物も無さそうだし、俺も異存はないぞ」
「あれ、おっさんお金には興味なし?」
「金ならさっき勇者たんがごっそり手に入れてるしな。よく考えてみればこの世界でしか使えない金持って帰っても金持ちにはなれないだろ。記念に一枚あれば十分だ」
「あっそ」
「コウヘイとミノリはどうだ?」
「ここにある物の価値も使い方も分かりませんし、セミリアさんが大丈夫なら僕もそれでいいです」
「わたしも康ちゃんと同じくです」
「そうか、では町に戻るとしよう」
 セミリアさんがそう言った刹那、またしても心臓に悪い胸元からの大声が各々の返答を掻き消した。
 続いた言葉が更に緊張感を生む。
『おい! 上から複数の魔物の気配が近づいてくるぞ!』
 それは察するに敵襲の知らせ。
 慌ててみんなが振り返り、上へ繋がる階段へと目を向ける。
 唯一セミリアさんだけが背中から剣を抜き、戦闘態勢を取っていた。
 とはいえ緊急事態であることを察した僕達もすぐに危機に備えてはいるが、何かが襲って来た場合の対応なんて逃げる準備以外にはない。
 高瀬さんだけが何やらリュックを探り始め、僕と春乃さんはみのりを隠すようにみのりの前に立った。
『来たぞ』
 ジャックが言うのと同時に姿を現したのはやけに大きなカラスぐらいのサイズのある黒いコウモリが六匹。
 そのサイズに比例して鋭い牙が生えているという、紛れもない化け物の類だ。
「な、何よこいつ」
 さすがの春乃さんも軽いノリではいられないらしく、警戒態勢を崩さない。
 ブロッコリー星人の時よりも空気が張り詰めているのは明確に身の危険を感じ取っているからだろう。
「カーフミックだ、一体どこから入ってきた」
『盗賊が居なくなってから住み着いてたんだろうよ。大した魔物でもねえが、見たところ戦えるのはクルイード一人、しかも装備が剣だけとくりゃ全員無傷ってわけにゃいかねえかもな。何せ奴らはすばしっこいだけが取り柄だ』
「侮るなよジャック、みんなは私が守る!」
「ふっふっふ、下がっていろ勇者たん。ようやく俺様の出番が来たようだな」
 誰もが危機的状況を前に最善を尽くそうとする中、悲しきかなまともな感性も空気を読む能力も持ち合わせていない男が一人。
 その名も高瀬さんである。
「カンタダ?」
「こういう敵には全体攻撃が効果的だ。そうだろうジャッキー」
『確かにそうだが、おめえにそれが出来るのか?』
「俺をみくびるなよジャッキー。俺はあらゆる世界に順応できる男だぜ」
 この場にいるほぼ全ての視線が心配そうな、例外で一人が胡散臭そうな目を向ける中。
 高瀬さんは一番前に居たセミリアさんの前に出るとリュックから取り出したのであろう何かのスプレー缶をそれぞれの手に持ち突き出す様に構えた。
『なんでいそれ?』
「こっちはただの虫除けスプレー、そしてこっちは簡易ガスバーナーだ。この二つを組み合わせるとどうなると思う?」
 ニヤリと笑って言うと高瀬さんは虫除けスプレーを魔物に向け、そこに横に向けたガスバーナーを翳す。
 そして、同時にスプレーの先端を押した。
「イグニッションファイアアァァァァーーーー!」
 ガスバーナーから出る火が虫除けスプレーから出る液体とガスに引火し、前方に向かって勢いよく炎が噴射すると目の前を真っ赤に染めていく。まさに即席火炎放射器である。
 相手も魔物とはいえ見た目はコウモリだ。
 火が平気なはずもなく『キキキー』と甲高い悲鳴を残して唖然と見守る僕達の前から一目散に飛び去っていった。
 バサバサという物騒な羽音が聞こえなくなると、達成感溢れる表情で振り返る自称あらゆる世界に順応出来る男。
「ふっ、こんなもんよ」
『中々やるじゃねえかおめえ。魔法が使えるのか』
「カンタダ、お主はやはりただ者ではなかったのだな!」
「がっはっは、もっと褒めてくれ」
 腰に手を当て、鼻高々の高瀬さんは上機嫌だ。
 確かにこの危機を救ったその姿はちょっと頼りになるのかも、とか思ってしまった。別にそれが悪いというわけではないんだけど。
「高瀬さん凄いですね~」
「おっさんのくせにたまには役に立つのね、びっくりだわ。見直したりはしないけど」
 女性陣も素直にそれを称え、みのりは一人パチパチと手を叩いている。
 対して高瀬さんは見事に図に乗った。
「わはははは、この程度朝飯前のコーヒーよ。さあ帰るとしようじゃないか仲間達。俺達にはまだまだやるべきことがあるんだからな」
 案の定春乃さんがイラっとしていたが今回ばかりは辛辣なご指摘も口にはしない。
 まあ今回はそれが許されるだけの働きをしたのだから大目に見るのも大人の対応か。
 色々あって肉体的にも精神的にもどっと疲れたけれど、どうにか無事に目的の品を回収した僕達は盗品の中にあったアイテムの効果で洞窟の入り口にワープし、通算三度目のなんとかリングでノスルクさんの小屋へと移動することに。
 こうして魔源石を求める冒険は誰かが怪我をするでもなく冒険をしたという経験を残して、ついでに奇妙な仲間を増やして幕を下ろすのだった。
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