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第九章 出逢い、別れ、そして出逢う。
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実のところ、「あれ」以来透馬とはまともに連絡を取っていない。
透馬の自室に不法侵入し、互いに想いを紡いだ。
その直後、まるで図ったようなタイミングで透馬の携帯が着信を告げた。すぐに顔をしかめたことから察するに、着信音で呼び出し人が分かったのだろう。
『終わりました?』
電話の主は有佐さんだった。開口一番に投げつけられた問いかけに、透馬は次の句を述べず押し黙る。受話器から漏れる滑舌のいい声は、そんなことはお構いなしに続いた。
『最高の差し入れだったでしょう。そろそろ私もコーヒーを飲み終えました。あと十分位でそっちに着くと思うので。というか締め切り本気でギリギリなので。服はちゃんと着といてくださいね』
矢継ぎ早にまくし立てられぷつんと切れた電話に、透馬は体内の空気を全て吐き出すような溜め息を落とした。
「脱いでねーっての」という小声に、私も気まずさを誤魔化すように視線を床に落とす。
「でも確かに。この原稿は絶対、落とすわけにはいかないからな」
「え」
「杏ちゃん」
言うが早いか、透馬に顎をすくいとられる。
もう何度目かしれない口付けの感触に、慌てて瞼を閉じた。
「何回するのよ」
「数える必要なんてある?」
「……ないけど」
「はあ……やばい。幸せ過ぎて死ぬかも。どうしよう」
「今死んだら、本当に有佐さんに殺されるね」
「ははっ、言えてる」
小さく肩を揺らしながら、透馬の額が私の肩にそっと乗る。
目にしたその顔色は今もまだ優れない。それでも、もう大丈夫だと告げる透馬の微笑みに私も少し安堵する。
「今度こそ杏ちゃんを傷つけたと思ったんだ」
額から伝わる温もりが僅かに震えた。
「もう杏ちゃんはきっと、俺に会いたくないだろうって。そう思うと、どうしても調子が戻らなくて」
「透馬……」
「好きだよ」
明瞭に告げられた言葉と同時に顔が持ち上げられる。
交わった視線が熱い。胸の鼓動が身体を揺すぶり、頭がくらくらと浮遊する。奴の一挙一動に律儀に反応を示す自分が悔しかった。
「何度も言わなくても、知ってるし」
「うん。でも、本当に杏ちゃんが好きだから」
「馬鹿」
「はは、可愛いー」
ああ駄目だ。噛み合わない。そしてそんな言葉に少なからず喜びを抱いている自分が、更に戴けなかった。頬の熱が全く衰えてくれない。
「また、しばらく缶詰になっちゃいそうなんだ」
浮ついた空気の中、さらりと告げられた。
「かん、づめ?」
「この本が出来たら、杏ちゃんに読んでほしい。そう思いながら、有佐ちゃんに無理言って企画を通してもらったんだ」
「……!」
「だから」
あと少しだけ待ってて――って。
「『少し』って……一体いつまでだよ。ったく」
つい口に付いた独り言。我に返り素早く視線を周囲に這わせる。聞き耳を立てられていなかったことを確認し、私は再び目の前に並ぶ書籍に視線を滑らせた。
奈緒の個展準備を見届けて家路につこうとしたものの、結局いつもの書店に足を運んでいた。
透馬と初めて会った、あの書店だ。
いつも通り、図書館の選書のために辺りの書架を満遍なく見て回る。しかしながら、並べられた書籍の内容の半分も頭に入っていないことに、私はとっくに気付いていた。
「馬鹿か」
溜め息混じりの呟きを重く吐き出す。
アドレスも番号も、あのときに交換して聞いたから知っている。それでも、意地っ張りな自分は用もないのに連絡を入れるなんてことは出来やしなかった。
目の前の棚に並ぶ新刊の中に、自然と奴のペンネームを探す。本当にらしくない。こんな考え。
寂しい――だなんて。
「どうぞ。お譲りします」
透馬の自室に不法侵入し、互いに想いを紡いだ。
その直後、まるで図ったようなタイミングで透馬の携帯が着信を告げた。すぐに顔をしかめたことから察するに、着信音で呼び出し人が分かったのだろう。
『終わりました?』
電話の主は有佐さんだった。開口一番に投げつけられた問いかけに、透馬は次の句を述べず押し黙る。受話器から漏れる滑舌のいい声は、そんなことはお構いなしに続いた。
『最高の差し入れだったでしょう。そろそろ私もコーヒーを飲み終えました。あと十分位でそっちに着くと思うので。というか締め切り本気でギリギリなので。服はちゃんと着といてくださいね』
矢継ぎ早にまくし立てられぷつんと切れた電話に、透馬は体内の空気を全て吐き出すような溜め息を落とした。
「脱いでねーっての」という小声に、私も気まずさを誤魔化すように視線を床に落とす。
「でも確かに。この原稿は絶対、落とすわけにはいかないからな」
「え」
「杏ちゃん」
言うが早いか、透馬に顎をすくいとられる。
もう何度目かしれない口付けの感触に、慌てて瞼を閉じた。
「何回するのよ」
「数える必要なんてある?」
「……ないけど」
「はあ……やばい。幸せ過ぎて死ぬかも。どうしよう」
「今死んだら、本当に有佐さんに殺されるね」
「ははっ、言えてる」
小さく肩を揺らしながら、透馬の額が私の肩にそっと乗る。
目にしたその顔色は今もまだ優れない。それでも、もう大丈夫だと告げる透馬の微笑みに私も少し安堵する。
「今度こそ杏ちゃんを傷つけたと思ったんだ」
額から伝わる温もりが僅かに震えた。
「もう杏ちゃんはきっと、俺に会いたくないだろうって。そう思うと、どうしても調子が戻らなくて」
「透馬……」
「好きだよ」
明瞭に告げられた言葉と同時に顔が持ち上げられる。
交わった視線が熱い。胸の鼓動が身体を揺すぶり、頭がくらくらと浮遊する。奴の一挙一動に律儀に反応を示す自分が悔しかった。
「何度も言わなくても、知ってるし」
「うん。でも、本当に杏ちゃんが好きだから」
「馬鹿」
「はは、可愛いー」
ああ駄目だ。噛み合わない。そしてそんな言葉に少なからず喜びを抱いている自分が、更に戴けなかった。頬の熱が全く衰えてくれない。
「また、しばらく缶詰になっちゃいそうなんだ」
浮ついた空気の中、さらりと告げられた。
「かん、づめ?」
「この本が出来たら、杏ちゃんに読んでほしい。そう思いながら、有佐ちゃんに無理言って企画を通してもらったんだ」
「……!」
「だから」
あと少しだけ待ってて――って。
「『少し』って……一体いつまでだよ。ったく」
つい口に付いた独り言。我に返り素早く視線を周囲に這わせる。聞き耳を立てられていなかったことを確認し、私は再び目の前に並ぶ書籍に視線を滑らせた。
奈緒の個展準備を見届けて家路につこうとしたものの、結局いつもの書店に足を運んでいた。
透馬と初めて会った、あの書店だ。
いつも通り、図書館の選書のために辺りの書架を満遍なく見て回る。しかしながら、並べられた書籍の内容の半分も頭に入っていないことに、私はとっくに気付いていた。
「馬鹿か」
溜め息混じりの呟きを重く吐き出す。
アドレスも番号も、あのときに交換して聞いたから知っている。それでも、意地っ張りな自分は用もないのに連絡を入れるなんてことは出来やしなかった。
目の前の棚に並ぶ新刊の中に、自然と奴のペンネームを探す。本当にらしくない。こんな考え。
寂しい――だなんて。
「どうぞ。お譲りします」
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