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第二幕 御櫛にこめた、女の決意と恋心
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「……そんな、急に呼びつけられて胸を張られても」
相変わらず美しいストレートヘアをなびかせ、由香里は困ったように微笑んだ。
「お話しされてることが、よくわかりません。嫌がらせって何の話ですか?」
「間黒駅近隣の美容室勤務の、西岡琴美さんに対するものです。あなたはその女性に恨みを抱き、精神的に追い詰めるような工作を施した」
「私、そんな人は本当に知りませんけど」
「琴美さんはそうでしょうね。でも、あなたは知っていた」
由香里の態度は、言いがかりをつけられている少し気弱な女子高生そのものだ。
端から見れば、自分のほうが諫められるほうなんだろうな、と内心苦笑する。
「ちょっとよくわからないんですけど……多分人違いだと思うので、私はこれで」
「牧野夏帆さん」
その名に、由香里の瞳に初めて動揺が走った。
「あなたは夏帆さんに、ずっと憧れていたようですね。それこそ、中学生のことからずっと。彼女に憧れて、短かったその髪をロングに伸ばしていったとか」
「……」
「同じ高校に合格して、また憧れの存在の近くにいられることにあなたは胸躍らせた。しかしながら新学期に高校で再会したとき、予想外のことが起こっていた」
「っ……」
「夏帆さんは、それまで腰元まで長かった髪をバッサリと短くしていたんです」
「……うるさい! 言うなっ!」
突然公園内に響いた怒号に、少し離れたところで遊んでいた親子がそそくさと帰り支度を進める。
よかった。昨日みたいな予期しない被害を、これ以上起こすわけにはいかない。
「それまでの夏帆さんは、ロングヘアがとても印象的な方だったらしいですね。突然ショートヘアになったことに周囲はざわついたものの、すぐに収まった。ロングヘアに酷い執着を持っていた、あなたを除いては」
「夏帆先輩は……ロングヘアであってこそ完璧なのよ」
「……だからプレゼントしたんですか? ショートヘアになった夏帆さんには不要なはずの、お揃いのバレッタを」
目を剥いた由香里が、自らの髪に留めた白百合のバレッタを手で覆う。
半分賭けだったが、やはり前に目にしたバレッタは彼女が贈ったものだったらしい。
普通バレッタというものは、ショートヘアの相手に積極的に贈るものではない。
つまりそれは、由香里からのメッセージだったのだろう。
何故、あんなに美しいロングヘアを捨ててしまったのですか──、と。
「琴美さんの家に手紙を投函する人物を、近所の方が目撃していました。貴女の写真を見せたところ、間違いないと証言も得ています」
それは以前、目黒新橋で初めて言葉を交わしたときに「うっかり撮影していた」スマホ写真だ。
あの時も由香里の髪には、白百合のバレッタがされていた。
「誰が何に憧れるかは、当人の自由です。ですがそれは、相手に強制すべきことではないでしょう」
「あんたにはわからない! ロングヘアの夏帆先輩がどんなに美しくて、神秘的で、悪魔的だったのか!」
「はあ……まあ、表現には個々の自由がありますからね」
「私は小学生の頃から夏帆先輩を見てきたのよ! それなのにあの美容師、先輩をそそのかして、あの美しい髪にハサミを入れるなんて……!」
「落ち着いてください中村さん。それはあなたの勘違いです」
「……え?」
沸騰しかけていた彼女の怒りが、一瞬だけ収まったのがわかった。
さて、うまく納得していただけるだろうか。
「まず一つ目の勘違い。夏帆さんのロングヘアを今のショートにカットしたのは、美容師の西岡琴美さんではありません」
「う、そ。だって夏帆先輩、あの美容師のところに通ってるはずで」
「確かにそうでした。でも、琴美さんが夏帆さんの髪をカットしたのは、四ヶ月前が最後だそうです。そしてそのときはいつも通り、ロングヘアを整えるだけのカットだったと」
「っ、そんなの、その美容師が言ってるだけでしょう!?」
「そして二つ目の勘違い。ロングヘアをショートに切ったのは、紛うことなく夏帆さん自身の意思だったということ」
「嘘! 嘘よ! うそうそうそ!」
「……あーもーうるさいなあ。声があんまり甲高いから、遊具の中で滅茶苦茶反響するよ」
「え……? 七々扇、先輩……?」
「あ、俺のこと知っててくれてるんだ」
公園中央にあるドーム状の遊具から顔を出した千晶に、由香里は大きく目を見張った。
そしてすぐに、暁を睨みつける。
「家族とはいえ部外者を呼ぶなんて……随分汚いですね」
「汚い?」
真っ先に反応したのは、千晶のほうだった。
「少なくとも、自分の勘違いから陰湿な嫌がらせをくり返してきた奴の言う台詞じゃあないよね」
「っ……そ、れは」
「千晶。手出しはしない約束でしょ。いいから、大人しくそこで待ってて」
暁がそう窘めると、千晶は少し不服げにしつつもドーム状の遊具にもたれかかった。
「夏帆さんはね。ずっとショートヘアにしたかったの。けれど両親の意向や周りの期待から、『自分=ロングヘア』の図式をどうしても裏切ることができなかった」
「夏帆先輩が……?」
「その気持ちが抑えられなくなった夏帆さんは、自分で髪にハサミを入れた。ちなみにその後毛先を整えたのは別の第三者。つまり、今回あなたが琴美さんを狙ったことは、全くの的外れだったというわけです」
「ご理解いただけましたか」全ての説明を終え、暁はふうと息を吐いた。
事情を全て飲み込めば、収まる感情もある。この女の感情はどちらだろうか。
「どうして、なの」
「は?」
「どうしてっ、今さら夏帆先輩はショートにだなんて」
「いやだから、それは完全に個人の自由では」
「あんたのせいでしょ!」
そう指を指されたのは暁ではなく、千晶だった。
「は? 俺?」
「あんたと夏帆先輩、最近やけに仲がいいものね! あんたが夏帆先輩を誘惑して、ショートがいいってすり込んだんでしょ!?」
相変わらず美しいストレートヘアをなびかせ、由香里は困ったように微笑んだ。
「お話しされてることが、よくわかりません。嫌がらせって何の話ですか?」
「間黒駅近隣の美容室勤務の、西岡琴美さんに対するものです。あなたはその女性に恨みを抱き、精神的に追い詰めるような工作を施した」
「私、そんな人は本当に知りませんけど」
「琴美さんはそうでしょうね。でも、あなたは知っていた」
由香里の態度は、言いがかりをつけられている少し気弱な女子高生そのものだ。
端から見れば、自分のほうが諫められるほうなんだろうな、と内心苦笑する。
「ちょっとよくわからないんですけど……多分人違いだと思うので、私はこれで」
「牧野夏帆さん」
その名に、由香里の瞳に初めて動揺が走った。
「あなたは夏帆さんに、ずっと憧れていたようですね。それこそ、中学生のことからずっと。彼女に憧れて、短かったその髪をロングに伸ばしていったとか」
「……」
「同じ高校に合格して、また憧れの存在の近くにいられることにあなたは胸躍らせた。しかしながら新学期に高校で再会したとき、予想外のことが起こっていた」
「っ……」
「夏帆さんは、それまで腰元まで長かった髪をバッサリと短くしていたんです」
「……うるさい! 言うなっ!」
突然公園内に響いた怒号に、少し離れたところで遊んでいた親子がそそくさと帰り支度を進める。
よかった。昨日みたいな予期しない被害を、これ以上起こすわけにはいかない。
「それまでの夏帆さんは、ロングヘアがとても印象的な方だったらしいですね。突然ショートヘアになったことに周囲はざわついたものの、すぐに収まった。ロングヘアに酷い執着を持っていた、あなたを除いては」
「夏帆先輩は……ロングヘアであってこそ完璧なのよ」
「……だからプレゼントしたんですか? ショートヘアになった夏帆さんには不要なはずの、お揃いのバレッタを」
目を剥いた由香里が、自らの髪に留めた白百合のバレッタを手で覆う。
半分賭けだったが、やはり前に目にしたバレッタは彼女が贈ったものだったらしい。
普通バレッタというものは、ショートヘアの相手に積極的に贈るものではない。
つまりそれは、由香里からのメッセージだったのだろう。
何故、あんなに美しいロングヘアを捨ててしまったのですか──、と。
「琴美さんの家に手紙を投函する人物を、近所の方が目撃していました。貴女の写真を見せたところ、間違いないと証言も得ています」
それは以前、目黒新橋で初めて言葉を交わしたときに「うっかり撮影していた」スマホ写真だ。
あの時も由香里の髪には、白百合のバレッタがされていた。
「誰が何に憧れるかは、当人の自由です。ですがそれは、相手に強制すべきことではないでしょう」
「あんたにはわからない! ロングヘアの夏帆先輩がどんなに美しくて、神秘的で、悪魔的だったのか!」
「はあ……まあ、表現には個々の自由がありますからね」
「私は小学生の頃から夏帆先輩を見てきたのよ! それなのにあの美容師、先輩をそそのかして、あの美しい髪にハサミを入れるなんて……!」
「落ち着いてください中村さん。それはあなたの勘違いです」
「……え?」
沸騰しかけていた彼女の怒りが、一瞬だけ収まったのがわかった。
さて、うまく納得していただけるだろうか。
「まず一つ目の勘違い。夏帆さんのロングヘアを今のショートにカットしたのは、美容師の西岡琴美さんではありません」
「う、そ。だって夏帆先輩、あの美容師のところに通ってるはずで」
「確かにそうでした。でも、琴美さんが夏帆さんの髪をカットしたのは、四ヶ月前が最後だそうです。そしてそのときはいつも通り、ロングヘアを整えるだけのカットだったと」
「っ、そんなの、その美容師が言ってるだけでしょう!?」
「そして二つ目の勘違い。ロングヘアをショートに切ったのは、紛うことなく夏帆さん自身の意思だったということ」
「嘘! 嘘よ! うそうそうそ!」
「……あーもーうるさいなあ。声があんまり甲高いから、遊具の中で滅茶苦茶反響するよ」
「え……? 七々扇、先輩……?」
「あ、俺のこと知っててくれてるんだ」
公園中央にあるドーム状の遊具から顔を出した千晶に、由香里は大きく目を見張った。
そしてすぐに、暁を睨みつける。
「家族とはいえ部外者を呼ぶなんて……随分汚いですね」
「汚い?」
真っ先に反応したのは、千晶のほうだった。
「少なくとも、自分の勘違いから陰湿な嫌がらせをくり返してきた奴の言う台詞じゃあないよね」
「っ……そ、れは」
「千晶。手出しはしない約束でしょ。いいから、大人しくそこで待ってて」
暁がそう窘めると、千晶は少し不服げにしつつもドーム状の遊具にもたれかかった。
「夏帆さんはね。ずっとショートヘアにしたかったの。けれど両親の意向や周りの期待から、『自分=ロングヘア』の図式をどうしても裏切ることができなかった」
「夏帆先輩が……?」
「その気持ちが抑えられなくなった夏帆さんは、自分で髪にハサミを入れた。ちなみにその後毛先を整えたのは別の第三者。つまり、今回あなたが琴美さんを狙ったことは、全くの的外れだったというわけです」
「ご理解いただけましたか」全ての説明を終え、暁はふうと息を吐いた。
事情を全て飲み込めば、収まる感情もある。この女の感情はどちらだろうか。
「どうして、なの」
「は?」
「どうしてっ、今さら夏帆先輩はショートにだなんて」
「いやだから、それは完全に個人の自由では」
「あんたのせいでしょ!」
そう指を指されたのは暁ではなく、千晶だった。
「は? 俺?」
「あんたと夏帆先輩、最近やけに仲がいいものね! あんたが夏帆先輩を誘惑して、ショートがいいってすり込んだんでしょ!?」
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