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第一幕 麗しの美少年は、あやかしとともに?

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 青信号になった。再び走り出した軽トラの中で、千晶は口元に微笑を浮かべる。

「アキちゃんは、本家に関わり合いたくないと思ってたから。俺のことだって、本当は疑ったんじゃない。甥を語る偽者じゃないかって」
「多少はね。でも、すぐに思い直した」
「それは、どうして?」
「君の瞳が、保江姉さんによく似てたから」

 運転席側の窓を少し開ける。細く入り込む春の風には、少し遠くの川べりから届いた桜の香りが乗ってきた。

「それに、私のことを『アキちゃん』なんて呼ぶのは、記憶を遡っても君だけだったしね」
「そっか。でも、橋の真ん中でアキちゃんを見つけたときはびっくりしたな。アキちゃん、随分と変わったように見えたから」
「それはこっちの台詞だけどね」
「俺はただ縦に伸びただけでしょ。アキちゃんは、綺麗になったよね」

 するりと耳に入ってきた言葉に、暁は一瞬動きを止めた。
 異質な響きがやけに鼓膜を震わせ、脳への需要を拒絶している。

 きれい。きれい。
 ……きれい?

「……なるほど」
「何がなるほど?」

 無垢に純度一〇〇パーセントの褒め言葉。
 この言葉で良いように誤解する女子も多いだろう。加えてこの見目の良さだ。

 もしや甥っ子は、この天性の美貌と愛想が災いして、預かり先の女子という女子を次々と惚れさせてしまったのではないだろうか。
 それが主人の反感を買って、たらい回しという憂き目に?

 有り得る。そう考えてしまうのが怖い。
 それほどに、隣で首をかしげる甥は魅力あふれる男子に育っているのだ。



「ひとまず、この辺りで必要な買い物はいい?」
「ちょっと待って。あと、寝具コーナーが見たい」

 CMでも大展開中の、全国展開の有名生活雑貨店。
 その店内を一通り回り終えたとき、千晶はぱたぱたと寝具コーナーへ向かった。

 周りに陳列する家具や雑貨は、どれもこれも比較的リーズナブルだ。
 最近この店に来たのは、常連のおじいちゃんの家にジャストサイズの家具を一緒に探すという依頼だったっけ、とぼんやり思い返す。

「アキちゃん。敷き布団買ってもいいかな。毎日ちゃんと畳んで、部屋の邪魔にならないようにするから」
「敷き布団?」

 自分用の枕でもほしいのかと思っていた暁は、回想の世界から素早く帰還した。
 千晶はの敷き布団の性能表を見比べながら、その触り心地をいくつか確かめている。暁は足早に駆け寄った。

「もしかしてうちのベッドの寝心地が悪かった? それなら今ベッドに使ってるマットレスを変えるから、マットレスを選ぼうよ」
「……へ?」

 まん丸の瞳が暁を映し出す。
 その瞳は薄茶色のはずなのに、こうまっすぐ見つめられると水晶玉に入り込んだ心地になった。

「もしかしてアキちゃん、俺にベッド譲るつもりなの。流石に俺もそこまで図々しいことは考えてないよ」
「いやだから、うちにあるベッドに二人並んで眠れば済むんじゃない? って話なんだけど」
「……ん?」

 そんなに難しいことを話しているだろうか。
 うーんとしばらく首をかしげる甥に、暁も反対側へ首をかしげる。
 そのうち甥の顔に浮かんだのは、困った子どもをたしなめるような何とも言えない笑みだった。

「二人で……っていうのは、さすがに無理じゃないかな」
「そんなことないよ。あのベッド、昨日使ったからわかると思うけどセミダブルより少し大きいの。引っ越し作業の依頼主から譲り受けたものでね。昨日だって、二人でちゃんと一緒に眠れたでしょ?」
「えっ、そうだったの!?」

 千晶が驚いたように目を見張る。
 昨日の甥は、移動疲れもあってか早々に寝入ってしまった。その後ベッドの空きスペースで寝付いた暁に、どうやら気づいていなかったらしい。

「それだけ新居で熟睡できたってことだね。身元引受人としてはとりあえず一安心だ」
「……アキちゃんは、それでいいの。一応、俺は男で、アキちゃんは女だけど」
「あー」

 なるほどね。そういう心配か。

「大丈夫だよ。いくら美少年だからって甥っ子に襲いかかったりしないから、安心して」
「や、そっちじゃなくて」
「それにねえ。いくら君が思春期の男の子だからって、十歳以上年上の叔母相手に欲情なんてねー。有り得ない有り得ない。はは」
「……うわー。めっちゃ信頼されてて嬉しいー。はは」

 どこか疲れた様子の甥が、妙に乾いた笑みを浮かべる。ひとまず甥の新しい枕を見繕って、二人はようやく店をあとにした。



「今日は肉じゃがとサラダにしようと思うんだけど、いい?」
「肉じゃが。大好き」

 隣でカートを押しながら、子どものような笑みを浮かべる。

 視界に入った数人の視線が、連れ添いに釘付けになったのが見てとれた。
 まるで、無差別に心を掌握する催眠術師のようだ。しかもその効果は、老若男女問わずに発揮されるらしい。

「あとはなにか、必要なものはある?」
「あ、それじゃあ、ハチミツ。食パンもいい?」
「ん。いいよ」

 朝は食パン派なのか。
 片付けが楽で良いけれど、若者には腹持ちが足りない気もする。

 軽トラを自宅に戻した暁たちは、そのまま徒歩で坂の下のスーパーに向かった。
 昨日の買い物分を補う食料の購入を済ませ、ビニール袋にせっせと詰め込んでいく。二人分の食料。一人増えるだけでこうも頭を使うものか。

「アキちゃん、野菜重いでしょ。俺が持つから貸してよ」
「いや、このくらいなら別に私一人でも」

 大丈夫、と言いかけたときだった。
 小さい人影が二人の間を割って入ったかと思うと、そのままスーパー入り口へ駆けていく。

 子ども。髪を二つくくりにした女の子だった。

 突然の出来事に呆気にとられる。くるりとこちらを振り返った顔は愉快そうに口角を上げ、まん丸の瞳が暁たちを挑発的に射抜いた。
 そしてその手には、先ほど袋に詰めたはずのプチトマトとキュウリが抱かれている。

「え。アキちゃん、あの野菜って今買ったばっかの」
「待ちなさい!」
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