上 下
184 / 256
5 ドキドキ観覧車

53

しおりを挟む
 目の前には、京一の顔が、至近距離にあった。
 予想外のことで、乙葉は思わず顔を赤くし、目をそらした。
「ケガはないか?」
 京一が、優しく乙葉に聞いた。
「え……ええ……」
 距離が近すぎて、乙葉の心臓の鼓動が、京一に聞こえはしないかと、乙葉は咄嗟に心配した。
「ならよかった」
 安心した様子で京一が言った。
 気づくと、ようやく揺れがおさまったようだった。それで乙葉は京一から離れ、自分が座っていた椅子にもどった。
「普通、風が吹いたくらいで、こんな揺れるか?」
 京一は不審がった。
「さあ……どうなんでしょうね」
 さきほどまでのことが頭から離れずに、乙葉はひどく動揺していたが、なんとかその動揺を隠すために、下を向きながら、なるべく平常心を心がけて言った。
「でも、そう言っている間に、もう終着だ」
 窓の外を見ながら京一が言った。
「後半はゆっくり見られなくて残念だったな」
 乙葉は、なんだか落ち着かない観覧車だったと思いながら、窓の外を見ると、
「あら、本当だわ」と言った。
「でも、たまにはこういうのも、悪くないな」
 楽しそうに京一が言った。
 そのあとで、乙葉はふと、視線のさきに、白い小さな箱があるのに気づき、
「あ、ねえ。そこにあるのは、一体なにかしら?」と、京一の座っている、椅子の後ろを指さして言った。
 乙葉に言われた京一は、咄嗟に振り向き、窓台の上にある、白い箱を手にした。
「これか」
 京一は珍しそうに、持っている箱を見た。
「ええ、それ。その箱のこと」
しおりを挟む

処理中です...