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1 迷い込んだ少女

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 乙葉がそう言うと、うしろから咳払いが聞こえた。
 いつの間にか後ろにいた客をいちべつした京一は、レジカウンターの上にあった最後の商品を袋に入れたあと、
「次のお客さんいるから、話はまた今度。早く支払いして」と、乙葉をせかすように言った。
「あ、そうね。ごめん、つい話に夢中になっちゃった」
 乙葉は後ろの人にもあやまった後、たくさんのお菓子が入った袋を受けとった。そして自分のリュックにその袋を入れると、ポケットからスマホをとり出し、キャッシュレスで決済をした。
「じゃ、時間割よろしくね」
 レジから離れると、そばにいた店員から、
「ありがとうございましたー」と、お礼を言われ、乙葉はそのまま自動ドアに向かって歩いた。
 そして自動ドアの手前までくると、突然、なにかを思い出したかのように、
「あ、京一!」と、振りかえって京一を見た。
 それで京一は即座に、客から乙葉の方に視線を向けた。
「バイト、がんばってね」
 とびきりの笑顔で乙葉が言った。
 京一はなにも言わなかったが、照れたように視線を落としているのが見てわかった。そんな京一を見て、乙葉は満足してコンビニをあとにした。
(さて、お菓子も買ったことだし、散歩しよう)
 それから、乙葉は東に向かって歩きはじめた。進む方向を東にした理由は特にない。でも、この街で東はさかえている方だから、歩いていてきっと楽しいにちがいない。
 しばらく歩いていると、ひざしが照ってきた。
「まぶしい……」
 季節は夏。昼間の時間はむし暑くて体がとけそうになるけど、今の時間は朝で、ひかくてき、快適に散歩をすることができる。だから乙葉はその時間をねらって、あえて早い時間から家を出たのだ。
 もうすぐ夏休みがせまっている。きっと夏休みの宿題や遊びで、いろいろと忙しくなるだろう。まあ、勉強は別としても、遊びの方は楽しみで仕方がない。はやる胸を押さえつつ、乙葉はどんどんを進めた。
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