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1 絶対絶命ゴーカート

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「護身用……」
 用心深いなと思いながら、久遠が言った。
 そこで、京一は手を止めると、
「ところでお前、なにしに来たんだ?」と言った。
「昨日、言ったじゃないですか。強くなるためにがんばるって。だから、ここにいる間も、京一くんがやっているように、僕もトレーニングをしようと思って」
 久遠はたんたんとそう言った。
 それを聞いた京一は、すこし笑って、
「そうか、いい心がけだな。思う存分したらいい」と言った。
 そして、これまでやっていたストレッチを、再開しはじめた。
 京一は立ちながら、片手をこしにやり、反対側の腕を、頭の上に何度か伸ばしている。その様子を、久遠は大人しく体育座りをして、ただひたすら眺めた。
 そんな久遠を、京一は顔をしかめながら、何度かチラチラと横目で見た。
「京一くん、どうかしましたか?」
 けげんに思った久遠が聞いた。
「いや、なんでお前、さっきから見ているだけで、なにもしないんだよ」
 不機嫌そうに京一が言った。
「えっ? いや、あの……」
 久遠は戸惑った。
「トレーニングをするんじゃなかったのか?」
 京一にそう尋ねられ、遠慮がちになると、
「京一くんがなにをするのか、参考にしたくて、しばらく見ていてもいいですか?」と、久遠が言った。
「はあ?」
 信じられないという顔を、京一はした。
「だめ、ですか?」
 沈んだ顔をしながら、久遠が言った。
 その久遠の顔を見た京一は、
「別にかまいはしないが……」と、仕方なさそうに言った。
 断られるかと思っていた久遠は、安心したような顔になると、
「よかった。ありがとうございます」と言った。
 それから、久遠はひとしきり、京一の練習風景を見て、時折、自分も見よう見まねでトレーニングした。
 一歩ずつ、一歩ずつ、理想の自分に近づいていこう。心の中でそう思いながら、久遠は、強くなるための努力を惜しまなかった。

                ♢♢♢
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