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6話 妖精王の愛した女性
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お母様は2年前に死んでしまった。そう告げた途端、泣きやんだばかりだというのに、お父様はまたもや泣き崩れてしまった。
「あの、お父様……これ、私の宝物。これあげるから、元気出して」
私はそう言って上着の内ポケットから1枚の写真を取り出した。タニアが興味津々に覗き込んでくる。
『何これ? 綺麗な女性と小さいティニーがいるわね』
「うん。“魔導写真器”っていうので撮った写真だよ。私が3歳の頃に、お母様が撮ってくれたんだ」
『へぇ、これあなたが3歳の頃のあなたとお母さんって訳ね。お母さんの髪型、今のあなたとそっくりじゃない。さては、お母さんの真似したのね?』
「えへへ、バレた?」
お父様はガバッと起き上がってすごい勢いで写真を覗き込み、またしてもわんわんと泣き崩れた。
「うぅ……フィオナ、フィオナ……私が唯一愛した女性……まさかこんなにも早くに死んでしまうなんて……」
「お父様、これ、いらない? 余計辛くなる?」
お父様は涙を拭き、首を横に振った。
「違うんだ、ティニー。欲しくてたまらないさ。しかし、お前の大切な宝物をもらう訳には……」
「大丈夫、もう一個あるよ。私とお母さん用にって、2枚現像したから」
私がそう言ってもう一枚同じ写真を取り出すと、お父さんは早口で「じゃぁもらう!」と言って写真を受け取り、食い入るように見つめていた。
⸺⸺
お父さんは写真を眺めながら、当時を懐かしむように語り出した。
「フィオナはね、10年前に私が森の巡回をしている時に、たまたま出会った女性なのだ。今のお前と同じようにピクシーと仲良く語らっていてな……700年近く生きていて、私はその時初めて一目惚れをしたのだ」
『なんと……妖精王がニンゲンに一目惚れ……』
「フィオナは“魔導技師”という職業だった。魔導具という道具を作るために“マギア鉱石”が必要らしくてな、そのマギア鉱石を求めて森の深くまで来ていたのだという」
「マギア鉱石、国ではあんまり採れなくて、買ったら高いんだ……」
お父様は「うむ」と相槌を打つ。
「フィオナも全く同じ事を言っていたよ。我ら妖精族には“魔導”という技術はない。だが私はフィオナがくれたこの魔導具を心底気に入ってね」
お父様は棚に飾ってあった手のひらサイズの木箱を取り、パカッと開く。中には小さな男女が手を取り踊っている人形が入っており、開けた瞬間にオルゴールの綺麗な音色が穏やかに流れ始めた。それは私の良く知る音楽だった。
「あっ、お母さんの子守歌……」
私がそう言うとタニアは驚きの表情を浮かべる。
『この歌、ピクシーに伝わる歌なの。仲間の証の歌』
「えっ、そうだったんだ」
「そう。フィオナはピクシーに教えてもらった歌をオルゴールにしたと言っていた。そうか……ティニーもこの歌を聞いて眠っていたのだな……!」
お父様の目がぶわっと潤う。私はしまったと思い、タニアと一緒に必死になだめた。
『んもう、ティニー。余計な事言うと全然話が進まないから気を付けなさいよね』
「そうだね……気を付けなくちゃ」
そうコソッと耳打ちすると、お父様の「全部聞こえているよ」という半べそな声にギクッとした。そうか、妖精族は耳が長くて大きいから、よく聞こえるんだ。
ごめんなさいと謝ると、こちらこそすまない、と逆に謝られてしまった。
お父様は気を取り直して再び口を開く。
「魔導具という人間の文明に興味を持った私は、フィオナをこの国へと招待した。世界樹の根元にある洞窟にはマギア鉱石がゴロゴロしていたから、しばらくの間自由に使ってもらったんだ。フィオナはそのお礼と言って色んな魔導具を作ってくれてね、この城の照明なんかは、当時フィオナが作ってくれたものを未だに使っているのだよ。少し暗くなってしまったが、当時はもう少し明るかったんだ」
「ふんふん、マナ変換の効率が落ちてるんだね。後で点検するね」
「あぁ、お前もフィオナの後を継いで魔導に詳しいのだね。私は嬉しいよ。それでね……私たちは仲を深め、お前がフィオナのお腹に宿ったのだ。あっ、どうやってかは……幼いお前には秘密だぞ……!」
お父様はお口チャックの動作をする。
「うん、大丈夫。聞かないよ……」
だって、知ってるし……。
「しかし、妖精王の立場にある私には、世界樹とのある約束があった。それは、世界樹のため、この国のため、妖精王は家族を作ってはならない、というものだ」
『ウチでも聞いたことあるわ。妖精王の責務を全うするためだって』
「そう。だから私は世界樹にお願いしにいった。せめて、一緒に住めなくても、この国に彼女とお腹の子を置く事を許してくれないか、と」
「それで、世界樹は……?」
「世界樹は側でフィオナの魔導を見ていて、世界樹も魔導というものに興味を持ったらしく、フィオナが国に居続ける事は許可してくれた……が、同時に世界樹は魔導という技術を敵に回すことも恐れていた」
『そ、それでそれで……?』
「フィオナは魔導という技術も人間も悪いものではないと世界樹に証明するため、フィオナの魔導通信器を使って彼女の実家である“エイムズ伯爵家”へと連絡を取った。それから彼女の父親……つまりティニーの祖父であるエイムズ伯爵に仲介をしてもらって、“ディザリエ国王”との極秘会談が叶ったんだ」
極秘会談の中身については、私が生まれてすぐに国王とお母様が話していたのを聞いていたから私も少しだけ知っている。2人はまさか生まれたての赤子に内容を理解されていたとは思っていないだろうけど……。
私の認識とお父様の話にズレがないか確認するためにも、私はそのまま大人しく聞く事にした。
「あの、お父様……これ、私の宝物。これあげるから、元気出して」
私はそう言って上着の内ポケットから1枚の写真を取り出した。タニアが興味津々に覗き込んでくる。
『何これ? 綺麗な女性と小さいティニーがいるわね』
「うん。“魔導写真器”っていうので撮った写真だよ。私が3歳の頃に、お母様が撮ってくれたんだ」
『へぇ、これあなたが3歳の頃のあなたとお母さんって訳ね。お母さんの髪型、今のあなたとそっくりじゃない。さては、お母さんの真似したのね?』
「えへへ、バレた?」
お父様はガバッと起き上がってすごい勢いで写真を覗き込み、またしてもわんわんと泣き崩れた。
「うぅ……フィオナ、フィオナ……私が唯一愛した女性……まさかこんなにも早くに死んでしまうなんて……」
「お父様、これ、いらない? 余計辛くなる?」
お父様は涙を拭き、首を横に振った。
「違うんだ、ティニー。欲しくてたまらないさ。しかし、お前の大切な宝物をもらう訳には……」
「大丈夫、もう一個あるよ。私とお母さん用にって、2枚現像したから」
私がそう言ってもう一枚同じ写真を取り出すと、お父さんは早口で「じゃぁもらう!」と言って写真を受け取り、食い入るように見つめていた。
⸺⸺
お父さんは写真を眺めながら、当時を懐かしむように語り出した。
「フィオナはね、10年前に私が森の巡回をしている時に、たまたま出会った女性なのだ。今のお前と同じようにピクシーと仲良く語らっていてな……700年近く生きていて、私はその時初めて一目惚れをしたのだ」
『なんと……妖精王がニンゲンに一目惚れ……』
「フィオナは“魔導技師”という職業だった。魔導具という道具を作るために“マギア鉱石”が必要らしくてな、そのマギア鉱石を求めて森の深くまで来ていたのだという」
「マギア鉱石、国ではあんまり採れなくて、買ったら高いんだ……」
お父様は「うむ」と相槌を打つ。
「フィオナも全く同じ事を言っていたよ。我ら妖精族には“魔導”という技術はない。だが私はフィオナがくれたこの魔導具を心底気に入ってね」
お父様は棚に飾ってあった手のひらサイズの木箱を取り、パカッと開く。中には小さな男女が手を取り踊っている人形が入っており、開けた瞬間にオルゴールの綺麗な音色が穏やかに流れ始めた。それは私の良く知る音楽だった。
「あっ、お母さんの子守歌……」
私がそう言うとタニアは驚きの表情を浮かべる。
『この歌、ピクシーに伝わる歌なの。仲間の証の歌』
「えっ、そうだったんだ」
「そう。フィオナはピクシーに教えてもらった歌をオルゴールにしたと言っていた。そうか……ティニーもこの歌を聞いて眠っていたのだな……!」
お父様の目がぶわっと潤う。私はしまったと思い、タニアと一緒に必死になだめた。
『んもう、ティニー。余計な事言うと全然話が進まないから気を付けなさいよね』
「そうだね……気を付けなくちゃ」
そうコソッと耳打ちすると、お父様の「全部聞こえているよ」という半べそな声にギクッとした。そうか、妖精族は耳が長くて大きいから、よく聞こえるんだ。
ごめんなさいと謝ると、こちらこそすまない、と逆に謝られてしまった。
お父様は気を取り直して再び口を開く。
「魔導具という人間の文明に興味を持った私は、フィオナをこの国へと招待した。世界樹の根元にある洞窟にはマギア鉱石がゴロゴロしていたから、しばらくの間自由に使ってもらったんだ。フィオナはそのお礼と言って色んな魔導具を作ってくれてね、この城の照明なんかは、当時フィオナが作ってくれたものを未だに使っているのだよ。少し暗くなってしまったが、当時はもう少し明るかったんだ」
「ふんふん、マナ変換の効率が落ちてるんだね。後で点検するね」
「あぁ、お前もフィオナの後を継いで魔導に詳しいのだね。私は嬉しいよ。それでね……私たちは仲を深め、お前がフィオナのお腹に宿ったのだ。あっ、どうやってかは……幼いお前には秘密だぞ……!」
お父様はお口チャックの動作をする。
「うん、大丈夫。聞かないよ……」
だって、知ってるし……。
「しかし、妖精王の立場にある私には、世界樹とのある約束があった。それは、世界樹のため、この国のため、妖精王は家族を作ってはならない、というものだ」
『ウチでも聞いたことあるわ。妖精王の責務を全うするためだって』
「そう。だから私は世界樹にお願いしにいった。せめて、一緒に住めなくても、この国に彼女とお腹の子を置く事を許してくれないか、と」
「それで、世界樹は……?」
「世界樹は側でフィオナの魔導を見ていて、世界樹も魔導というものに興味を持ったらしく、フィオナが国に居続ける事は許可してくれた……が、同時に世界樹は魔導という技術を敵に回すことも恐れていた」
『そ、それでそれで……?』
「フィオナは魔導という技術も人間も悪いものではないと世界樹に証明するため、フィオナの魔導通信器を使って彼女の実家である“エイムズ伯爵家”へと連絡を取った。それから彼女の父親……つまりティニーの祖父であるエイムズ伯爵に仲介をしてもらって、“ディザリエ国王”との極秘会談が叶ったんだ」
極秘会談の中身については、私が生まれてすぐに国王とお母様が話していたのを聞いていたから私も少しだけ知っている。2人はまさか生まれたての赤子に内容を理解されていたとは思っていないだろうけど……。
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