上 下
82 / 228
第五章 欲望渦巻くレユアン島

82話 引き返せない覚悟

しおりを挟む
⸺⸺レーヴェ号⸺⸺

 ミオがカジノを出る少し前、とっくに酔も覚めていたエルヴィスは食堂のソファに深く腰掛け、マールージュ島で“幻想”の卯月うづきと接触した時のことを思い出していた。※41話参照

⸺⸺

 “隠れ家”とは、一見静かなバーを装った情報屋で、栄えている島のあちこちに拠点を置き、ふくろう木菟みみずく等、それぞれの拠点で独自に隠れ家の前に鳥の名前をつけていた。

 そのため利用者や関係者には鳥の名前を言えばどこの島の隠れ家なのか瞬時に伝えることができ、エルヴィスも卯月から“からす”のワードを聞いたことで、ジョズ島の隠れ家だと判断することができた。

⸺⸺マールージュ島での回想⸺⸺

「お前、イリス島の出身だな?」
 と、卯月。

「……そうだよ」
 エルヴィスは正確に相手の狙いを聞き出すため、正直に答えた。

「あの島では今、黒い気の環境実験と称して島民の死体を利用した人体実験が行われている」
「そうね」

「お前の目的はあの研究所の機能停止か?」
「そんなのはどうでもいいよ。そんなことしたって、家族や島のみんなが帰ってくる訳じゃないでしょ?」

「それなら良かった。あの研究所は大事な取引先、それが目的なのであればこの話はここで終わっていた」
「ふぅん」

「島民の死体を解放するよう研究所に掛け合ってやる」

 卯月がそう言った瞬間、エルヴィスの目が一瞬開く。卯月はそれを見逃さなかった。

「これだな、お前の目的は」
「……そんなことできんの? 大事な取引先なんでしょ?」

「あの死体はもうすでに5年が経っている。魔導の技術で綺麗に安置されているそうだが、殺したての死体、これらと引き換えなら彼らも手放すことを考えてくれるだろう」

「より新鮮だからって? まさか、俺にその新鮮な遺体になれって言うんじゃないでしょうね」
 エルヴィスはそう言いながら顔を引きつらせる。

「それじゃぁ取引にならんだろう。死体はいくらでもこちらで用意できる」
「いくらでもって……そんな何人も犠牲にしてまで俺に求めることって何?」

「あの、マキナの女だ」
「……っ!」
 やはりそう来たか、とエルヴィスは顔を歪めた。

「あの子、ちょっと魔力が変なだけで普通の子だよ。そんなにマキナが欲しいなら他を当たって……」
「その女がどういう奴かは俺には関係ない。取引先からの依頼はあの女だ」

「取引先って誰よ」
「それは流石に言えない」
「だよね」

「あの女と引き換えに、新しい死体を研究所へ提供する。これが、取引の条件だ」

 卯月の持ちかける取引の内容に、エルヴィスはじっと考え込む。
 そして、少し考えて彼は口を開いた。

「遺体が解放されたかどうか、俺はどうやって確認するの?」

「お前もその女と誘拐されたことにして、我々の拠点に来ればいい。そうすれば研究所との取引現場に同行させてやる。我々と同じ格好をしていれば研究所の人間にはまず怪しまれない」

「なるほどね……ちなみに拠点って?」
「レユアン島だ」

「へぇ……あの娯楽の島にそんなものが……じゃぁさ、俺がこの取引に乗らなかったら?」

「ジョズ島の時のような強行手段に出るまでだ。ちなみに、お前が今ここで俺を殺しても、俺が拠点に帰らなかった時点で仲間が強行手段に出る」


「それ、もう取引じゃなくて脅迫だけど……。それにそんな真似……いよいよ裏切れってことじゃないの」

⸺⸺

 その後エルヴィスは行く島の先々で“幻想”に会えたときのみ取引検討中の意を伝えて、引き伸ばす代わりに彼らへ自分らの行き先を告げていた。

 そしてレユアン島の近くを通ることが分かり、覚悟を決めて取引に応じる意を伝え、レーヴェ号をレユアン島へと導いたのであった。


「散々ここまで引き伸ばしてきたけど……ここに連れてきた時点で俺の裏切りは確定。もう、引き返せない、か……」

 独りそうポツンと呟くと、目当ての人物をなんとか連れ出すため、重い腰を上げて船から降りていった。


「ミオっち……」
 エルヴィスが船から降りると、港の入り口からミオが走ってこちらへ向かってくるのを発見する。
 彼女は今一人である。こんなチャンス逃す訳にはいかない。

「あっ、エルヴィス~!」

 何も知らないミオはエルヴィスを見るなり駆け寄ってきて、はぁはぁと息を切らしながら何故か嬉しそうにしていた。

「良かった、エルヴィス体調戻ったんだ?」
「……うん、まぁね。ミオっちはどうしたの?」

「エルヴィスが心配で様子を見に来たんだよ。もし気持ち悪くて動けないとかだと誰かが手を貸してあげたほうがいいと思うし……。レユアン島着いてから何か食べた? お腹空いてない?」

「そっか、ありがとね。うん、大丈夫、食べた食べた」

 エルヴィスはズキンと胸が痛んだ。

 自分は今からこの子を“幻想”に引き渡す。
 せめてミオが憎たらしい子であれば、こんなに胸は痛まなかったのに。
 どうしてこんな憎たらしいとは無縁の、むしろ心優しく愛されるべき子を引き渡さなくてはならないのか。

 そんなことを考えていると、ミオが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫? やっぱまだ気持ち悪い?」

「あ、ううん。それはもう大丈夫。でもなんかむしゃくしゃしちゃってさ、ミオっち、良かったらおじさんの散歩に付き合ってよ」

「! うん、もちろん! 行こう行こう!」
 ミオは一生懸命にうなずいて、何の疑いもなくエルヴィスについていった。


 遂に行動に出てしまった。もう、ここまで来たら本当に引き返せない。
 エルヴィスはそう思いながら痛む心を押し込めて、ミオと一緒に港を抜けて、約束の森へと歩いていった。

⸺⸺

 彼らが港を抜けて暫く経って、クライヴがレーヴェ号へとやってくる。

「やべぇ、居ねぇ……!」

 彼は、この島に“幻想”のアジトがあることを知っている。
 そんな中エルヴィスのあの思い詰めた動向、彼の中で最悪のシナリオが描かれていく。

「大丈夫だよなぁ? あのおじさん、まさかそんな早まった真似はしないよなぁ?」

 クライヴはあれこれ考えた結果、カジノに戻って皆へ報告することにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...