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第二章 刻の魔法と闇の暗躍

31話 3つの記憶

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 大海原、一隻の魔導船。その名はレーヴェ号。
 古代語で獅子ししの意を表し、その名の通り船体には赤い獅子が刻まれている。
 現在レーヴェ号は、最終目的地マールージュ島へ辿たどり着くために、まずはジョズ島へと向かっていた。


 出航して3日目の昼下がり。甲板では、クマのぬいぐるみが野郎に囲まれていた。

「なぁ、そろそろいいだろ?」
 ケヴィンがうずうずしながら目の前のポールを見下ろす。

「そのぬいぐるみの中には何が入っているのかな?」
 チャドはそう言って双剣のつかに手をかける。

「なぜお前は刻魔法ときまほうなんてものを知っていたんだ。お前は一体何者だ?」
 クロノもポールの逃げ場がなくなるように背後から忍び寄る。

 そんな相棒を救出すべく、クマ耳の幼女が野郎の中へ飛び込んだ。

「ストップ、ストーップ!!」
 彼女は短い手をぶんぶん振り回して野郎を追い払う。

「ミオ、お前だって気になるだろ?」
 ケヴィンは不満そうにその場へと座り込む。

「気になるけど……だって一人だけ目的が違うじゃん……!」
 ミオはそう言ってチャドの手を指差す。
 彼はその瞬間、両手をサッと後ろへ隠した。
「ごめん、なんかすごいものが詰まってるのかなって思って……」
 彼はてへっと笑ってごまかした。

「この中には綿しか詰まってません~」
 ミオはそう言って頬をぷくーっとふくらませた。

『夢と希望も詰まってるよ?』
 ポールはお腹をポンポンと叩く。

「あ、じゃぁやっぱ解剖しよう」
「ダメー!!」


「今日も元気なことで」
 甲板の端でゆっくり釣りをしているエルヴィスは、静かに笑いながら竿の動く瞬間を待った。

⸺⸺

 エルヴィスが食堂で釣れた魚をさばいていると、皆が勢い良く押しかけてきて、ドカっと席へと座る。

「エルヴィス、コーヒー5つ」
 クロノが偉そうに注文する。

「ふざけんなやい。おじさんは今夜ミオっちに料理してもらう魚を捌いてんのよ。そんな暇あるかい」

「わ、私れるね……!」
 ミオはいそいそとキッチンへ向かい、エルヴィスの横に台を置き、その上へ上がるとコーヒーケトルを火にかけた。

「その魚何? 身がオレンジだね」
「これはね、ラクスっていうお魚で南洋と西洋の間のこの辺の海域によく見かけるのよ。味や食感は食べてみるのが一番だね、ほい」
 エルヴィスは身を少しだけ切ってミオの口へと放り込んだ。

「ん~、見た目だけじゃなくて味もサーモンっぽい」
「そうね、顔は全然違うけどね」
「うげ……」
 エルヴィスが隅に避けていた頭をひょいと持ち上げると、そのゴツさにミオは一瞬引いた。


 ミオはテーブルへ戻りコーヒーを並べ、最後にテーブルの真ん中にいるポールの前へもコーヒーを置いた。

『どうせならコーヒーじゃなくてカツ丼にしてよ』
 ポールは両手でそっとコーヒーを持ち上げると、エルヴィスの前のカウンターへと戻し、もとの位置へ戻った。

「さぁ、お前が今分かっていることを全部話せ」
 クロノが真剣な顔つきでポールへと迫る。

『えー? 全部話してたら明日になっちゃうよ。まず、魔道開放とは魔力を魔弾まだんとして体外に放出することで、これができるようになると魔道士になることができて、一般的に魔道開放をするとアウラの修得ができなく……』

⸺⸺バンッ⸺⸺

 クロノが机を軽く叩く。

『もー、分かったよ。そんな顔しないで、そういう事じゃね~とかツッコんで欲しかったのに……まず、オイラには、目覚めたときから2つの記憶がある』

 ポールは渋々語り始めた。
『1つは、この世界での常識。さっき言おうとしたみたいなやつ。あくまでも常識だから、この世界の人たちがあまり知らないような知識は、オイラにも与えられてないみたい。もう1つは、ミオの魔力痕まりょくこんに眠る記憶。ミオがお婆ちゃんにこのポールをプレゼントされてから、お婆ちゃんが死んじゃうまでの記憶。ミオ、塞ぎ込んじゃってたみたいでお婆ちゃんが死んじゃってからのあとはあまり残ってないんだ』

「そ、そういうのいいから……」
 ミオが恥ずかしそうにうつむくと、ケヴィンが彼女の頭をよしよしと撫でていた。

『ちなみに、ポールって名前はお婆ちゃんが昔好きだったロックバンドの人から取った名前で、お婆ちゃんの想い入れのある名前だから、ポールってちゃんと呼んでよね』

「……努力する」
 ポールが視線を向けた先の無愛想な男は、あきらめたようにそう返した。

『でも、過ごしていくうちにもう1つ記憶があることに気付いた。きっとそれは、今しゃべってるオイラ自身の人格の記憶。オイラもどうやらクロノ君みたいに記憶喪失らしい』

「白い気に関しての記憶は、お前自身のものだってことだな?」

『そう。白い気は多分オイラ自身が元々知ってたこと。だけど、1つ引っかかってるのは刻魔法ときまほうのこと。確かにオイラ自身の記憶だけど、オイラは刻魔道士ときまどうしっていうのではなかった、それは断言できる』

「うお、なんかややこしいぞ……」
 と、ケヴィン。
「忘れてるだけじゃなくて?」
 チャドが問う。

『なんか知らないけど違うって分かるんだ。曖昧あいまいでごめん、でも、これが今オイラの分かってることだから、そのまま伝えた』

「いや、それでいい。これからも頼む」
 クロノはそう言うと、ようやく圧を解いて一息ついた。


「ポールが、召喚主なのかな……?」
 ミオが遠慮がちに言うと、皆声を揃えて「そう思う」と返事をした。

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、そうじゃなかったとしても、オイラはその召喚主っていうのと何か関わりがありそうだなって思う』

「そうだとしたら、召喚主さんの目的と、クロノの目的は似てるかもしれないね」
 と、ミオ。それに対し、クロノが小さくうなずく。
「そうだと、助かる。まぁ理由は分からんが……」

「でも今はそれでいいんじゃない? こうやって前に進めてるんだしさ」
 チャドがそう言うと、皆うんうんと頷き、ポールの取り調べは終了した。


 ミオはクロノのためにもポールのためにも、もっと自分の力を使いこなせるようにならなくては、と思うのであった。





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