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翼の国のせっかちな妖精
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花の国フィオラルシアを出て1週間が経った頃、クロとロックは翼の国フレイホーネの門が見えるところまで来ていました。翼の国は、国の妖精のほとんどが『触れた人間に翼を生やし、自由に空を飛ぶことが出来る様にする』魔法を持ち、そんな妖精の力を借りて移動手段がほぼ空を飛ぶこと、なんだとか。そんな話の通りに、まだ国に入っていないクロたちの目にも、背中から翼を生やし、自由に空を飛ぶ人たちの姿が見えています。
「おお~、すごい。本当に空飛んでる。気持ち良さそ~。」
「普段から羽で飛んでる妖精のロックは何とも思わないけど、飛べない人間からしたらすごく気持ちよさそうだね。」
「オレも飛んでみたい。まずは妖精を探そう。」
「はいはい。満足したら宿を探そうね。」
クロはふんふんと鼻を鳴らしながらそう言うと、期待を込めて翼の国の門をギィィッと開けました。すると、
「いらっしゃい!ようこそ翼の国へ、旅人さん!オイラはアーラ!よろしくな!」
小さな妖精が出迎えてくれました。この世界の恐らくほとんどの妖精は背中に2枚の羽根を生やしているのですが、この国の妖精特有でしょうか、背中には立派な2翼の翼が生えています。そんな翼を堂々と広げ、腕を腰に当てたドーンとした態度、そして笑顔と歓迎の言葉で迎えてくれたのはこの翼の国の妖精アーラです。
「はじめまして、オレは時の国のクロ、こっちは妖精のロック。よろしく。」
「よろしく、アーラ。」
「おっと!何だお前ら、もう相棒見つけた後だったのか!ということは国へ帰ってるところなんだな。よし、じゃあ体休める間この国を十分楽しんでいってくれ!」
「んん~、いや、オレたちは、」
「オイラはこの国にきた旅人にこの国を案内してるんだ!やっぱりこの国を十分に知ってもらいたいし、楽しんでってほしいからな!相棒探しに来たやつには、妖精を斡旋したりもしてるんだぜ。でもお前たちには必要ないな!案内だけに専念するぜ!」
「ちょっとアーラ、違うんだよ、ロックたちは、」
「やっぱりまずは空を飛ぶ体験からだよな!翼の国の代名詞!ここは街中で、初めての奴には危ないからちょっと抜けたところにある広い草原でやろう。案内するから着いてこいよ!」
そう言うと、アーラは勢いよく行ってしまいました。クロたちはどうするものかと少し悩んで、顔を見合わせると、一息ついて後を追います。
「クロ...アーラってば全然人の話聞かないね。ロックたちは相棒じゃないのに。まあ確かに相棒でもないのに一緒に旅してるなんて珍しいんだろうけど。」
「アーラはせっかちさんだな~。まあいいや。とりあえずアーラの言う通りにしてみよっと。」
「アーラにちゃんと話すつもりはないんだね...。クロが良いなら良いんだけど。」
こうしてアーラとクロたちは、街から少し外れた草原のような場所にやってきました。そこは、まだ空を飛ぶことに慣れていない子どもが飛び立つ場所のようで、何人かの子どもが妖精と一緒に空に飛び立っていました。
「遅いぞお前ら~。」
「アーラが早いんだよ。」
「ちょっと待って、オレ結構重たい荷物持ってるから走るの大変なんだよ...。」
「ほら、ここなら目いっぱい空も飛べるぞー!」
「話を...いや、いいや。いよいよここでオレも空を飛ぶ体験が出来るということなんだな。」
「おう!任せときな!じゃあ早速お前に魔法かけるな、と言いたいとこなんだけど、まずは服を脱いでくれ。」
「服?なんで?」
「このままの状態で翼が生えたら服が一瞬でお陀仏するからな。ほら、見てみろよ。ここにいるやつらみんな背中が開いた服着てるだろ?この国の国民は翼を生やすことを前提に背中が開いた服を着てるんだよ。民族衣装ってやつかな。でもお前は普通の服だからな。服を1枚無駄にしたくなければ脱いでくれ。」
「クロ、脱ぎなよ。服とか荷物はロックがここで見てるから。」
「んん~じゃあお願い。」
そう言うとクロは上の服を脱ぎ、荷物と一緒にその場に置きました。ロックはその荷物の上にちょこんと座ってクロの様子を見ています。
「じゃあ行くぜー!」
そう言うとアーラは両手を胸の前で合わせ、目を瞑ると体がキラキラと光り出しました。
『大空で 翼を広げ 飛べよ飛べ 今の私は自由そのもの 翼をください』
アーラが唱え終わるのと同時に、クロの背中がモゾモゾと動きました。
「お、おお~!?」
痛いわけではなく、くすぐったいような、むず痒いような、不思議な圧迫感を感じながらクロが声を上げていると、クロの背中からは2翼の立派な翼がバサァッと音を立てて生えてきました。
「おお~!」
「すごい、クロの背中から翼が!」
「だろ?へへ。新鮮な反応が嬉しいな!じゃあ次は、飛んでみようぜ!感覚つかむまでは結構難しいからあんまり高く飛ぶなよな。オイラも一緒に飛ぶから飛び方は教えてやる。じゃ、まずは翼を広げて。」
クロは言われた通りに翼を広げようとしますが上手くいかず、アーラにコツを教えてもらいつつようやく自分で翼を操れるようになりました。
「んん~、翼動かすだけで結構時間かかる...。」
「なはは!慣れればなんてことないさ。じゃ、いよいよ飛ぶぞー!翼を広げたり閉じたりをタイミングよく繰り返して、翼に体重を預けるイメージな。ふわっと体を浮き上がらせたら後は翼に任せるんだ。」
「やってみる。」
クロはゆっくりと翼を動かし、やがてふわっと体が浮き上がりました。
「おおっ!クロすごい!飛んでるよ!」
「ちょっとまだ怖いのだけれどもー。」
「よし、じゃあ空に向かって飛ぶぞー!オイラも一緒に飛ぶから、行こう!」
「え、いやまだ怖いって...。」
アーラはクロの言葉を他所にクロの肩のあたりに来ると、「GO!」と手を上に突き上げました。クロは観念したように大きく息を吐くと、ギュッと目を瞑りふわっと空に飛び立ちました。翼を1回、また1回と羽ばたかせる度に太陽に向かって飛び立っていきます。風を切って空を飛ぶ感覚、クロは生まれて初めての経験に思わず子どもの様にはしゃいだ声を上げます。
「すごいすごーい。オレ風になってる!」
「風になったわけじゃないんだけどな。初めて飛んだやつはだいたいそう言うぜ。楽しんでもらえてるみたいで何よりだな!」
「うーんこれは癖になる!アーラ、ありがとー。」
「なははっ!こっちこそ、良い顔見せてくれてありがとな!やっぱこの国にいるからには空を飛んで笑顔になってほしいからな。」
それからしばらく空中浮遊を楽しんでいたクロですが、ロックの「そろそろ日が沈んできたよー。宿決めないとー。」という声に仕方なく地上に戻ってきました。地上に足をつけると、アーラは魔法を解き、翼は消えてしまいました。
「んん~、もうちょっと空飛んでいたかったな。」
「すぐにこの国を立つわけじゃないんだから、いつでも機会はあるよ。とりあえず今日泊まる場所を探さないと。」
「今日泊まる場所ならオイラが案内してやるよ。良い宿知ってるからさ。」
「えっほんと?」
「ホントホント。」
「じゃあありがたくお願いしようかな。ね、クロ。」
「うん...ん?」
ロックの言葉に頷いたクロは、茂みからこちらを覗いている1人の妖精が目に入りました。その妖精はこちらをじっと見つめ、何か言いたげな顔をしています。
「ねえ、あの妖精、」
「じゃ、案内するから着いてこい!こっちだ!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってアーラ!」
「あ、オレ服着ないと...。」
クロの言葉を遮り勢いよく行ってしまったアーラの姿に、クロとロックは顔を見合わせてはぁっと息をつきます。追いかけるロックを見ながらクロはもう一度茂みを見ましたが、そこにはもう妖精の姿はありませんでした。不思議に思いつつ、ロックには後で話そうと、急いで服を着ると荷物を背負い、アーラの後を追って走り出しました。
「ここだ!すげぇいい宿だからオイラのおすすめ!ゆっくり休めよ、明日また迎えに来るから観光は明日な。んでまた空飛ぼうぜ。じゃあまた明日な!」
「ありがとうアーラ。また明日ね。」
「また明日ー。」
アーラが案内してくれたのは木造のログハウス。どこもとても綺麗で大きく、木の温かみを感じる宿です。早速クロたちは受付を済ませ、部屋に入りました。
「立派な宿だねー。」
「うん。お値段もね...。」
クロは少ししょぼんとした顔でお財布を見つめます。立派な宿だとお値段もそれなりにしますが、実はこの宿は比較的お値段リーズナブルで、それに似合わない立派な外観、内装、サービス。つまり本当に”とても良い宿”なのです。しかし今まで旅の中では国境道での野宿か、花の国で家に泊めてもらったことしかないクロはそんなこと露とも思っていないのでした。この世界では王族が旅に出ることは決まっていますが、旅の費用は自国持ちです。なので、より長く遠い地まで旅に出るにはよりお金が必要となります。旅の中で自分自身でお金のやりくりをすることも妖精旅の意義なのでしょう。通常の旅では必要分を持ち歩き、足りなくなれば自力で補充するのですが、クロの母国、時の国では国王の相棒、印の国の妖精の空間転移の力を使って、旅の費用は空間転移の魔法が付与された巾着で支給されています。クロは巾着に宿代の書かれた紙を入れると、しばらくして紙と交換に宿代分のお金が巾着に現れました。
「それ、便利な巾着だよね。何だっけ、金額を書いた紙を入れると空間転移の魔法で時の国に紙が転移して、それを見た国王様の相棒がその金額分お金を転移させてくれるんだっけ。」
「うん。父上もそんなに太っ腹じゃないから、しっかり内訳を書かないといけないんだけど。」
「印の魔法で空間転移なんてすごいよねー。国王様は印の魔法なら色んな効果が使えると分かってて相棒にしたのかな。」
「そうなのかも。相棒探しも、その魔法でどんなことが出来るか、その魔法が国にどんな効果をもたらすことが出来るかをしっかり考える力が見られるものだからなー。しっかり考えて相棒になったって言うなら、それだけ父上がすごいってことだな。うーん、さすが父上。」
「いや感心してる場合じゃないでしょ。クロは今その相棒探しの旅の真っ最中なんだから。」
「んん~、そうなんだけれども...あ、妖精、そうそう、さっきの草原でね、ちょっと気になる妖精を見かけたんだ。」
「気になる妖精?もしかして相棒に」
「違う違う。んっとね、なんか茂みに隠れてこっちを見てたっていうか、何か言いたそうにしてたって言うか。とりあえず明日もまた会えたらいいなーって。明日会えたら話しかけてみよう。」
「なんだ。相棒にしたいって思った妖精がいたのかと思ったのに。まあでも、もしかしたらそういうなんてことない出会いが大事なご縁になるかもだし、分かった。ロックもそんな妖精がいないか周りをよく見ておくね。」
「うん。ありがとーロック。」
この日、2人は久々にふわふわのベッドで眠りました。クロは空を飛び回って疲れたのか布団に入ってすぐにぐっすりと眠ってしまい、それを見ていたロックは優しく見守りながらクロの隣で眠りについたのでした。
「おお~、すごい。本当に空飛んでる。気持ち良さそ~。」
「普段から羽で飛んでる妖精のロックは何とも思わないけど、飛べない人間からしたらすごく気持ちよさそうだね。」
「オレも飛んでみたい。まずは妖精を探そう。」
「はいはい。満足したら宿を探そうね。」
クロはふんふんと鼻を鳴らしながらそう言うと、期待を込めて翼の国の門をギィィッと開けました。すると、
「いらっしゃい!ようこそ翼の国へ、旅人さん!オイラはアーラ!よろしくな!」
小さな妖精が出迎えてくれました。この世界の恐らくほとんどの妖精は背中に2枚の羽根を生やしているのですが、この国の妖精特有でしょうか、背中には立派な2翼の翼が生えています。そんな翼を堂々と広げ、腕を腰に当てたドーンとした態度、そして笑顔と歓迎の言葉で迎えてくれたのはこの翼の国の妖精アーラです。
「はじめまして、オレは時の国のクロ、こっちは妖精のロック。よろしく。」
「よろしく、アーラ。」
「おっと!何だお前ら、もう相棒見つけた後だったのか!ということは国へ帰ってるところなんだな。よし、じゃあ体休める間この国を十分楽しんでいってくれ!」
「んん~、いや、オレたちは、」
「オイラはこの国にきた旅人にこの国を案内してるんだ!やっぱりこの国を十分に知ってもらいたいし、楽しんでってほしいからな!相棒探しに来たやつには、妖精を斡旋したりもしてるんだぜ。でもお前たちには必要ないな!案内だけに専念するぜ!」
「ちょっとアーラ、違うんだよ、ロックたちは、」
「やっぱりまずは空を飛ぶ体験からだよな!翼の国の代名詞!ここは街中で、初めての奴には危ないからちょっと抜けたところにある広い草原でやろう。案内するから着いてこいよ!」
そう言うと、アーラは勢いよく行ってしまいました。クロたちはどうするものかと少し悩んで、顔を見合わせると、一息ついて後を追います。
「クロ...アーラってば全然人の話聞かないね。ロックたちは相棒じゃないのに。まあ確かに相棒でもないのに一緒に旅してるなんて珍しいんだろうけど。」
「アーラはせっかちさんだな~。まあいいや。とりあえずアーラの言う通りにしてみよっと。」
「アーラにちゃんと話すつもりはないんだね...。クロが良いなら良いんだけど。」
こうしてアーラとクロたちは、街から少し外れた草原のような場所にやってきました。そこは、まだ空を飛ぶことに慣れていない子どもが飛び立つ場所のようで、何人かの子どもが妖精と一緒に空に飛び立っていました。
「遅いぞお前ら~。」
「アーラが早いんだよ。」
「ちょっと待って、オレ結構重たい荷物持ってるから走るの大変なんだよ...。」
「ほら、ここなら目いっぱい空も飛べるぞー!」
「話を...いや、いいや。いよいよここでオレも空を飛ぶ体験が出来るということなんだな。」
「おう!任せときな!じゃあ早速お前に魔法かけるな、と言いたいとこなんだけど、まずは服を脱いでくれ。」
「服?なんで?」
「このままの状態で翼が生えたら服が一瞬でお陀仏するからな。ほら、見てみろよ。ここにいるやつらみんな背中が開いた服着てるだろ?この国の国民は翼を生やすことを前提に背中が開いた服を着てるんだよ。民族衣装ってやつかな。でもお前は普通の服だからな。服を1枚無駄にしたくなければ脱いでくれ。」
「クロ、脱ぎなよ。服とか荷物はロックがここで見てるから。」
「んん~じゃあお願い。」
そう言うとクロは上の服を脱ぎ、荷物と一緒にその場に置きました。ロックはその荷物の上にちょこんと座ってクロの様子を見ています。
「じゃあ行くぜー!」
そう言うとアーラは両手を胸の前で合わせ、目を瞑ると体がキラキラと光り出しました。
『大空で 翼を広げ 飛べよ飛べ 今の私は自由そのもの 翼をください』
アーラが唱え終わるのと同時に、クロの背中がモゾモゾと動きました。
「お、おお~!?」
痛いわけではなく、くすぐったいような、むず痒いような、不思議な圧迫感を感じながらクロが声を上げていると、クロの背中からは2翼の立派な翼がバサァッと音を立てて生えてきました。
「おお~!」
「すごい、クロの背中から翼が!」
「だろ?へへ。新鮮な反応が嬉しいな!じゃあ次は、飛んでみようぜ!感覚つかむまでは結構難しいからあんまり高く飛ぶなよな。オイラも一緒に飛ぶから飛び方は教えてやる。じゃ、まずは翼を広げて。」
クロは言われた通りに翼を広げようとしますが上手くいかず、アーラにコツを教えてもらいつつようやく自分で翼を操れるようになりました。
「んん~、翼動かすだけで結構時間かかる...。」
「なはは!慣れればなんてことないさ。じゃ、いよいよ飛ぶぞー!翼を広げたり閉じたりをタイミングよく繰り返して、翼に体重を預けるイメージな。ふわっと体を浮き上がらせたら後は翼に任せるんだ。」
「やってみる。」
クロはゆっくりと翼を動かし、やがてふわっと体が浮き上がりました。
「おおっ!クロすごい!飛んでるよ!」
「ちょっとまだ怖いのだけれどもー。」
「よし、じゃあ空に向かって飛ぶぞー!オイラも一緒に飛ぶから、行こう!」
「え、いやまだ怖いって...。」
アーラはクロの言葉を他所にクロの肩のあたりに来ると、「GO!」と手を上に突き上げました。クロは観念したように大きく息を吐くと、ギュッと目を瞑りふわっと空に飛び立ちました。翼を1回、また1回と羽ばたかせる度に太陽に向かって飛び立っていきます。風を切って空を飛ぶ感覚、クロは生まれて初めての経験に思わず子どもの様にはしゃいだ声を上げます。
「すごいすごーい。オレ風になってる!」
「風になったわけじゃないんだけどな。初めて飛んだやつはだいたいそう言うぜ。楽しんでもらえてるみたいで何よりだな!」
「うーんこれは癖になる!アーラ、ありがとー。」
「なははっ!こっちこそ、良い顔見せてくれてありがとな!やっぱこの国にいるからには空を飛んで笑顔になってほしいからな。」
それからしばらく空中浮遊を楽しんでいたクロですが、ロックの「そろそろ日が沈んできたよー。宿決めないとー。」という声に仕方なく地上に戻ってきました。地上に足をつけると、アーラは魔法を解き、翼は消えてしまいました。
「んん~、もうちょっと空飛んでいたかったな。」
「すぐにこの国を立つわけじゃないんだから、いつでも機会はあるよ。とりあえず今日泊まる場所を探さないと。」
「今日泊まる場所ならオイラが案内してやるよ。良い宿知ってるからさ。」
「えっほんと?」
「ホントホント。」
「じゃあありがたくお願いしようかな。ね、クロ。」
「うん...ん?」
ロックの言葉に頷いたクロは、茂みからこちらを覗いている1人の妖精が目に入りました。その妖精はこちらをじっと見つめ、何か言いたげな顔をしています。
「ねえ、あの妖精、」
「じゃ、案内するから着いてこい!こっちだ!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってアーラ!」
「あ、オレ服着ないと...。」
クロの言葉を遮り勢いよく行ってしまったアーラの姿に、クロとロックは顔を見合わせてはぁっと息をつきます。追いかけるロックを見ながらクロはもう一度茂みを見ましたが、そこにはもう妖精の姿はありませんでした。不思議に思いつつ、ロックには後で話そうと、急いで服を着ると荷物を背負い、アーラの後を追って走り出しました。
「ここだ!すげぇいい宿だからオイラのおすすめ!ゆっくり休めよ、明日また迎えに来るから観光は明日な。んでまた空飛ぼうぜ。じゃあまた明日な!」
「ありがとうアーラ。また明日ね。」
「また明日ー。」
アーラが案内してくれたのは木造のログハウス。どこもとても綺麗で大きく、木の温かみを感じる宿です。早速クロたちは受付を済ませ、部屋に入りました。
「立派な宿だねー。」
「うん。お値段もね...。」
クロは少ししょぼんとした顔でお財布を見つめます。立派な宿だとお値段もそれなりにしますが、実はこの宿は比較的お値段リーズナブルで、それに似合わない立派な外観、内装、サービス。つまり本当に”とても良い宿”なのです。しかし今まで旅の中では国境道での野宿か、花の国で家に泊めてもらったことしかないクロはそんなこと露とも思っていないのでした。この世界では王族が旅に出ることは決まっていますが、旅の費用は自国持ちです。なので、より長く遠い地まで旅に出るにはよりお金が必要となります。旅の中で自分自身でお金のやりくりをすることも妖精旅の意義なのでしょう。通常の旅では必要分を持ち歩き、足りなくなれば自力で補充するのですが、クロの母国、時の国では国王の相棒、印の国の妖精の空間転移の力を使って、旅の費用は空間転移の魔法が付与された巾着で支給されています。クロは巾着に宿代の書かれた紙を入れると、しばらくして紙と交換に宿代分のお金が巾着に現れました。
「それ、便利な巾着だよね。何だっけ、金額を書いた紙を入れると空間転移の魔法で時の国に紙が転移して、それを見た国王様の相棒がその金額分お金を転移させてくれるんだっけ。」
「うん。父上もそんなに太っ腹じゃないから、しっかり内訳を書かないといけないんだけど。」
「印の魔法で空間転移なんてすごいよねー。国王様は印の魔法なら色んな効果が使えると分かってて相棒にしたのかな。」
「そうなのかも。相棒探しも、その魔法でどんなことが出来るか、その魔法が国にどんな効果をもたらすことが出来るかをしっかり考える力が見られるものだからなー。しっかり考えて相棒になったって言うなら、それだけ父上がすごいってことだな。うーん、さすが父上。」
「いや感心してる場合じゃないでしょ。クロは今その相棒探しの旅の真っ最中なんだから。」
「んん~、そうなんだけれども...あ、妖精、そうそう、さっきの草原でね、ちょっと気になる妖精を見かけたんだ。」
「気になる妖精?もしかして相棒に」
「違う違う。んっとね、なんか茂みに隠れてこっちを見てたっていうか、何か言いたそうにしてたって言うか。とりあえず明日もまた会えたらいいなーって。明日会えたら話しかけてみよう。」
「なんだ。相棒にしたいって思った妖精がいたのかと思ったのに。まあでも、もしかしたらそういうなんてことない出会いが大事なご縁になるかもだし、分かった。ロックもそんな妖精がいないか周りをよく見ておくね。」
「うん。ありがとーロック。」
この日、2人は久々にふわふわのベッドで眠りました。クロは空を飛び回って疲れたのか布団に入ってすぐにぐっすりと眠ってしまい、それを見ていたロックは優しく見守りながらクロの隣で眠りについたのでした。
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