44 / 79
今でも君の名前を聞くと
しおりを挟む
カランカラン
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は20代後半くらいの男性。表情が暗いからなのか、どこか冴えない印象を受けます。
「こんにちは冴えないお兄さん。何かお悩み事ですか?」
「えぇ...開口一番に店員さんに冴えないとか言われたんだけど...。まあ、悩みはあるけど。」
「お悩みあるならどうぞ話してください。話したらスッキリするかもしれませんよ。こちらの席へどうぞ。」
「はぁ...。」
いちごの少し強引な接客で、男性はカウンター席に座るとぽつりぽつりと話し出しました。男性も、誰かに抱えている思いを話したかったのでしょう。
「あの...俺は榎本健一と言います。悩んでるのはシンプルに彼女に振られました。5年付きあって結婚も考えていたのにショックすぎて。」
「5年も...それは辛いですね。あ、ここの紅茶はすごく落ち着くんです。いかがですか?」
「あ、ならそれを一つ。悩んでいるのは振られたショックも大きいんですけど、それ以上に彼女のことを忘れられないんです。彼女は新しい男が出来たので、もう僕の元に戻ってくることはない...でも僕は新しい恋なんて出来ない、今でも彼女の顔がずっと頭から離れないんです。彼女の名前だって何度でも呼んでしまう...。」
健一はそう言うと俯いてしまいました。自分の中に溜めていた思いを言葉として吐き出し、そして感情を表に出しているんでしょう。いちごは何も言わずに背中をさすります。そんな中、淹れたての紅茶の良い香りがふわっと漂いました。
「榎本様、こちら淹れたての紅茶です。落ち着きますよ。どうぞ。」
「あ、あぁ、ありがとうございます。」
健一はカップを手に持ち一口こくりと飲むと「おいしい」とつぶやきました。
「榎本様、今でも彼女の名前を聞くと真っ先に彼女の顔が思い浮かぶのでしょう。それでいいと思います。あなたの中の大事な気持ちを、感情を、無理に抑える必要も忘れる必要もありません。大事にしてあげればいいんです。」
薔薇紳士がそう言うと、健一は堪えていた涙をぽろぽろと流しました。自分の気持ちを大事にして、自分の思いのままに流した涙をとがめる人はここにはいませんでした。
その日健一は目いっぱい涙を流し、スッキリした顔で店を後にしました。健一が泣いている間ずっと背中をさすってくれたいちごと、黙って温かく見守ってくれた薔薇紳士にお礼を告げて。
自分の感じた思いや気持ちを無理に制御する必要なんてありません。泣きたければ泣けばいいし、笑いたければ笑えばいい。ただ、それを咎めず側にいてくれる人は大事にしなければいけません。
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は20代後半くらいの男性。表情が暗いからなのか、どこか冴えない印象を受けます。
「こんにちは冴えないお兄さん。何かお悩み事ですか?」
「えぇ...開口一番に店員さんに冴えないとか言われたんだけど...。まあ、悩みはあるけど。」
「お悩みあるならどうぞ話してください。話したらスッキリするかもしれませんよ。こちらの席へどうぞ。」
「はぁ...。」
いちごの少し強引な接客で、男性はカウンター席に座るとぽつりぽつりと話し出しました。男性も、誰かに抱えている思いを話したかったのでしょう。
「あの...俺は榎本健一と言います。悩んでるのはシンプルに彼女に振られました。5年付きあって結婚も考えていたのにショックすぎて。」
「5年も...それは辛いですね。あ、ここの紅茶はすごく落ち着くんです。いかがですか?」
「あ、ならそれを一つ。悩んでいるのは振られたショックも大きいんですけど、それ以上に彼女のことを忘れられないんです。彼女は新しい男が出来たので、もう僕の元に戻ってくることはない...でも僕は新しい恋なんて出来ない、今でも彼女の顔がずっと頭から離れないんです。彼女の名前だって何度でも呼んでしまう...。」
健一はそう言うと俯いてしまいました。自分の中に溜めていた思いを言葉として吐き出し、そして感情を表に出しているんでしょう。いちごは何も言わずに背中をさすります。そんな中、淹れたての紅茶の良い香りがふわっと漂いました。
「榎本様、こちら淹れたての紅茶です。落ち着きますよ。どうぞ。」
「あ、あぁ、ありがとうございます。」
健一はカップを手に持ち一口こくりと飲むと「おいしい」とつぶやきました。
「榎本様、今でも彼女の名前を聞くと真っ先に彼女の顔が思い浮かぶのでしょう。それでいいと思います。あなたの中の大事な気持ちを、感情を、無理に抑える必要も忘れる必要もありません。大事にしてあげればいいんです。」
薔薇紳士がそう言うと、健一は堪えていた涙をぽろぽろと流しました。自分の気持ちを大事にして、自分の思いのままに流した涙をとがめる人はここにはいませんでした。
その日健一は目いっぱい涙を流し、スッキリした顔で店を後にしました。健一が泣いている間ずっと背中をさすってくれたいちごと、黙って温かく見守ってくれた薔薇紳士にお礼を告げて。
自分の感じた思いや気持ちを無理に制御する必要なんてありません。泣きたければ泣けばいいし、笑いたければ笑えばいい。ただ、それを咎めず側にいてくれる人は大事にしなければいけません。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
東京カルテル
wakaba1890
ライト文芸
2036年。BBCジャーナリスト・綾賢一は、独立系のネット掲示板に投稿された、とある動画が発端になり東京出張を言い渡される。
東京に到着して、待っていたのはなんでもない幼い頃の記憶から、より洗練されたクールジャパン日本だった。
だが、東京都を含めた首都圏は、大幅な規制緩和と経済、金融、観光特区を設けた結果、世界中から企業と優秀な人材、莫大な投機が集まり、東京都の税収は年16兆円を超え、名実ともに世界一となった都市は更なる独自の進化を進めていた。
その掴みきれない光の裏に、綾賢一は知らず知らずの内に飲み込まれていく。
東京カルテル 第一巻 BookWalkerにて配信中。
https://bookwalker.jp/de6fe08a9e-8b2d-4941-a92d-94aea5419af7/
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる