薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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眠っている間に見た景色は

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。」

 ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は足取りがおぼつかない高齢の男性。杖をついてはいるものの、今にも足がもつれてしまいそうで、いちごは慌てて駆け寄りました。

「おじいさん、いらっしゃいませ。お席案内しますね。こちらどうぞ~。」

「おお~、ありがとうね。」

おじいさんを席へ案内したいちごは杖を預かり、隣に立ちます。

「おじいさん、ここのおすすめはこの紅茶なんですけどどうですか?」

「じゃあそれをもらおうかね~。」

「はい、かしこまりました!」

「お嬢さん、めんこいね~。名前はなんて言うんかい?」

「えへへ、ありがとうございます。名前はいちごです!おじいさんのお名前は何ですか?」

「なはは、いちごさん、こんなおいぼれの名前を呼んでくれるのか。わしは猪野正孝と言います。」

猪野は名乗ると、どこか嬉しそうに笑いました。

「正孝さん。正孝さん、今日はどうしてこの店に?」

「なに、年寄りが出かけることに意味なんて無いんだよ。ちょっと外に行きたくなるとかそんなもんさ。でも...この店に来たのは、なんと言うか引き寄せられた感じがしたなぁ...。」

この店に来る人はみな何か悩みや不安を抱えています。そう言った心にもやもやがある人が店の近くにくると、引き出られるように扉をくぐっているのです。

「何か、誰かに話したいことがあったからだからじゃないですか?」

「そうか、そうかもしれんなぁ。」

「もしよかったら自分に話してもらえませんか?」

「いちごさん、聞いてくれるのか。年よりの話は長いぞ~。」

「今日のシフト上がりまでまだまだあるので大丈夫です!」

「なはは、そうか。なら話そうかなぁ。」

猪野がそう言った時、薔薇紳士の手元で丁寧に淹れられた紅茶の良い香りがふわっと漂いました。そして、コトリと猪野の前に置かれます。

「どうぞ、こちらを飲みながらでも。」

「ありがとうなぁ。...あ~、上手い。」

猪野はズズッと紅茶を飲んで一息つきます。そしてまだ少し紅茶の残ったカップをコトリと置くと、ぽつりぽつりと、しかしどこか明るい口調で話し出しました。

「今日はなぁ、夢に妻が出たんですよ。もう5年も前に亡くなった妻が。どこか良く分からん花畑みたいなところで、若い姿のわしと一緒に楽しそうに笑ってるんですわぁ。その景色がなぁ、なんとも綺麗で、夢みたいだったんです。夢の話なんですが。なはは。」

「奥さん、正孝さんに会いたくなったんですかね。」

「そうだろうなぁ、アイツは寂しがり屋だから。ま、もうしばらくは1人で頑張ってもらうわい。わしはまだ元気だ。」

「はは、そうですね。奥さんも寂いからって早く来すぎたら怒っちゃいそうですね。」

「なはは、違いないねぇ。」

猪野は笑いながらカップに残った紅茶をゴクリと飲み干します。」

「店員さん、この紅茶すごくおいしいなぁ。おかわりもらえるかい?」

「もちろんです。」

そう言うと薔薇紳士は二人分のカップを用意しました。

「薔薇紳士さん?二人分淹れるんですか?あ、自分に淹れてくれるんですか!?」

「ふふ、これは奥様の分です。サービスですからもちろんお代は頂きませんが...余計なお世話でしょうか?猪野さまがおいしそうに飲んでいるところを見られたら、きっと奥様も飲みたくなられたと思うのですが。」

「なはは!そうだな、サービスなら貰おう。アイツは人が食べてるものを欲しがるんだ。きっと今もいいなーって言いながら物欲しそうにみてるだろうさ。」

「では、心を込めて、淹れさせていただきます。」


 離れていても、一緒にいたときの気持ちのまま。寂しくなれば会いに行くし、相手のものが欲しくなる。そんな夫婦の形も素敵なものです。
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