薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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好きじゃないところ以外

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 カランカラン

「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。あ、杏ちゃん。」

「こんにちは...。」

ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はこのお店に恋の相談をしに来る女子高生、いちごの友達木下杏です。いつもは聞いて聞いてと言わんばかりの様子で来店する杏ですが、今日はいつもと違い少し浮かない顔をしています。

「杏ちゃん?どうしたの?何か表情が暗いね?とりあえずこの席どうぞ。何でも聞くよ。」

「ありがとう...今日は相談と言うか話を聞いてほしくて来たの。薔薇紳士さんも聞いてくれますか?」

「もちろん、助言できるかは分かりませんが、杏様の心の支えになれるのでしたら。紅茶の用意をしながら聞いておりますね。」

「ありがとうございます。」

薔薇紳士は杏に断りを入れると、優雅な手つきで紅茶を淹れ始めました。ですが耳はしっかりと杏の話を聞いています。

「実は、今日の放課後、好きな人がその、教室でゲームをしている人に『ゲームで熱くなるとかダサくね?』って言っているのを聞いてしまって...。なんていうかすごく残念と言うか、そんなこと言う人だったんだって思っちゃって。」

「なるほどねー。確かに、ゲームって何故か下に見る人っているもんね。杏ちゃんの想い人はそっちの人だったかー。」

「うん。言われた子の方も傷ついた顔してて...。そんなこと言って欲しくなかったなって...。」

「でも、その男子のこと、嫌いになったわけじゃないんでしょ?人って変わるんだから、嫌いになったわけじゃないなら付き合うことになった時にやめてもらったりすればいいわけだし、そんなに気に病むこと無いよ~。」

寂しそうに下を向いて言う杏に、いちごは励ますように明るい声で言います。それでも気分が晴れない杏の様子を見て、いちごは薔薇紳士に助けを求める目線を送ります。薔薇紳士はそんないちごの目線に気づいてか、淹れたばかりの紅茶をコトリと杏の前に置き、優しい声色で語りかけます。

「杏様、こちら淹れたての紅茶です。気分が落ち着きますよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「それから杏様?これはあくまで私個人の意見なのですが、好きな人にも好きじゃないところがある、それで良いのではないでしょうか。好きではないところ以外は彼のすべてが好き、私はそれで良いと思います。彼には彼の考えがあり、杏様には杏様の考えがある、それは個人によってバラバラです。正しいとか間違っているとかでは無いんです。杏様ご自身が感じた気持ちを大事にしてみてはどうでしょう。」

「私の気持ち...。」

杏は薔薇紳士の言葉をまっすぐ聞いて自分の言葉でかみ砕きます。真面目な顔で自分の中での回答を出すために。

「まあ、これはあくまで私の意見です。いちご君、貴方はどうですか?」

「えぇ!?ここで自分に話振るんですか!?えっと、そうだな...自分も杏ちゃんがどうしたいかが大事だと思う。杏ちゃんがそれでも好きって言うなら自分も応援するし、冷めたから新しい恋を探すならそれも応援する。杏ちゃんがどんな選択をしても自分は応援するよ。」

「いちごちゃん...。ありがとう。その言葉すごく嬉しい。薔薇紳士さんも、話聞いてもらえて心が軽くなりました。ありがとうございます。自分がどうしたいか、しっかり考えますね。」

「ふふ、また話したいことがあればいつでも来て下さい。お待ちしております。」

この日杏は、紅茶をゆっくり楽しむとどこかスッキリした顔でお店を後にしました。

 赤が好きな人もいれば青が好きな人もいる、考え方は人それぞれなのです。問題は、考え方の違う人とどう向き合うか。合わないからと距離を取るのも一つの選択、合わなくても一緒にいたいという気持ちを優先させるのも一つの選択、考えをゆっくりと変えていくのも一つの選択。どの選択を取るかは結局自分の気持ち次第なのです。
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