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前に進めば
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カランカラン
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は疲れた顔をした男性。まだ若そうですが、疲れた顔やヨロヨロとした歩き方などが相まって老けて見えます。
「こちらのお席へどうぞ~。お兄さん何か疲れてそうですけど、何かあったんですか?疲れを癒してくれるこちらの紅茶おススメですよっ。」
「あ、じゃあそれ下さい...。」
「はーい。」
いちごは男性を席に案内すると、隣に立ち、話を聞く気満々です。男性もそんな雰囲気を感じ取ったのか、ぽつぽつと話し始めました。
「あ、えーっと、じつは最近子どもが生まれまして...。」
「え!じゃあお兄さんじゃなくてお父さんだ。やっぱり新米パパは大変ですか?」
「お父さん...俺、名前時任三太って言うから、名前で呼んで。新米パパはまあ大変というかなんと言うか、それ以上に妻がね。」
「じゃあ三太さん。奥さんがどうかしたんですか?」
「その、やっぱり子どもが生まれたもんだからか、人が変わったみたいに怒りやすくなったって言うか、イライラしてるっていうか。髪の毛床に落ちてるだけで怒鳴るし、子どもと一緒に風呂に入ってるのに上がったらずっとこっち睨んでくるし。一緒にいて疲れちゃって...。」
男性は疲れた顔でため息をつきながら話します。いちごも、育児の経験などないながらも「ああ~」と共感の顔をします。薔薇紳士は黙って話を聞いていましたが、淹れ終わった紅茶を「どうぞ」と渡しながら、三太の顔をちらりと見ます。
「紅茶ありがとうございます。店主さんは結婚とかされてるんですか?お子さんとかいたりします?」
「いえ、私は独り身です。が、そうですね...子育ての大変さは学んだつもりではいますよ。」
「薔薇紳士さん子育て経験無いのに知識はあるんですか?」
「知人に聞いた話や、本を読んで学んだことでしかありませんが、そうですね。床に髪の毛一本落ちているだけで、はいはいする子どもには足が壊死する危険があるだとか、子どものお風呂に入るという行為はただ浴槽に入るだけでなく機嫌を取りつつオムツ、衣服の着脱を済ませ、身体を拭き、クリームやパウダーを付けるところまですることだとか、ちょっとした知識だけです。」
「え...。」
薔薇紳士の話を聞いていた三太は紅茶を飲む手を止め、驚いた声を上げました。同じように話を聞いていたいちごも、声は出しませんでしたが、驚いた顔をして固まります。
「髪の毛落ちてるだけでそんな危ないんですか!?薔薇紳士さん!」
「ええ、指先に絡まったりすることがあるそうです。あくまで私も聞いた話なのですが。」
「子どもを風呂に入れるのってそんな大変なんですか...?」
「ええ、これも聞いた話なのですが。...ですが時任様、もしも奥様が怒りやすくなったというのであれば奥様はこういった細かなところまで目を光らせ、神経質になっているのだと思います。そしてそれはごく当然のこと、生まれたばかりの赤ちゃんと言うのは本当に命を落としやすいんです。それを必死に守ろうとすれば神経質にもなりますし、怒りっぽくもなりますし、変わります。そして同じように貴方も変われば、変化は同じ。片方だけが疲れるなんてことはないと思いますよ。時任様、前に進めばきっと物事は前進します。一歩、ほんの一歩だけでも前に進んでみてください。」
薔薇紳士が話し終わると、店内は静かな雰囲気に包まれました。しばらくして黙って聞いていた三太が口を開きました。
「妻は...大変な思いをしていたんですね。俺も育児に参加しようと、手伝おうと思っていたんですけど、やっぱりどこかで子育ては母親の仕事だと思ってたんでしょうね。」
「この世界のどこにも、元々母親な人、なんていません。みんな母親になって、どうしたらいいか分からなくて、それでも分からないなりに必死に調べて、体当たりで臨んでいるのだと思います。そしてそれは父親も一緒です。スタートは遅くたって、それでも母親一緒に前に進んでください。自分はその場から動かないと、母親だけはどんどん前に進んでいきますよ。...これも聞いた話なのですがね。」
薔薇紳士はすこし意地悪く笑いました。そしてその顔を見た三太はふっと笑うと、一気に残っていた紅茶を飲み干しました。
「俺帰ります!」
「かしこまりました。」
「三太さん、また来てくださいね~。」
「いや、もう来ないかもしれないです。...一人では。」
自分で前に進まなければ、物事は前進しません。そして自分が動かなければ、周りだけはどんどん前に進み、そこには「何か変わった」という違和感しか生まれません。周りをもっと見てみてください、変わった人をもっと知ってみてください。そうすれば、自分が前に進むための一歩が見つかるかもしれません。
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は疲れた顔をした男性。まだ若そうですが、疲れた顔やヨロヨロとした歩き方などが相まって老けて見えます。
「こちらのお席へどうぞ~。お兄さん何か疲れてそうですけど、何かあったんですか?疲れを癒してくれるこちらの紅茶おススメですよっ。」
「あ、じゃあそれ下さい...。」
「はーい。」
いちごは男性を席に案内すると、隣に立ち、話を聞く気満々です。男性もそんな雰囲気を感じ取ったのか、ぽつぽつと話し始めました。
「あ、えーっと、じつは最近子どもが生まれまして...。」
「え!じゃあお兄さんじゃなくてお父さんだ。やっぱり新米パパは大変ですか?」
「お父さん...俺、名前時任三太って言うから、名前で呼んで。新米パパはまあ大変というかなんと言うか、それ以上に妻がね。」
「じゃあ三太さん。奥さんがどうかしたんですか?」
「その、やっぱり子どもが生まれたもんだからか、人が変わったみたいに怒りやすくなったって言うか、イライラしてるっていうか。髪の毛床に落ちてるだけで怒鳴るし、子どもと一緒に風呂に入ってるのに上がったらずっとこっち睨んでくるし。一緒にいて疲れちゃって...。」
男性は疲れた顔でため息をつきながら話します。いちごも、育児の経験などないながらも「ああ~」と共感の顔をします。薔薇紳士は黙って話を聞いていましたが、淹れ終わった紅茶を「どうぞ」と渡しながら、三太の顔をちらりと見ます。
「紅茶ありがとうございます。店主さんは結婚とかされてるんですか?お子さんとかいたりします?」
「いえ、私は独り身です。が、そうですね...子育ての大変さは学んだつもりではいますよ。」
「薔薇紳士さん子育て経験無いのに知識はあるんですか?」
「知人に聞いた話や、本を読んで学んだことでしかありませんが、そうですね。床に髪の毛一本落ちているだけで、はいはいする子どもには足が壊死する危険があるだとか、子どものお風呂に入るという行為はただ浴槽に入るだけでなく機嫌を取りつつオムツ、衣服の着脱を済ませ、身体を拭き、クリームやパウダーを付けるところまですることだとか、ちょっとした知識だけです。」
「え...。」
薔薇紳士の話を聞いていた三太は紅茶を飲む手を止め、驚いた声を上げました。同じように話を聞いていたいちごも、声は出しませんでしたが、驚いた顔をして固まります。
「髪の毛落ちてるだけでそんな危ないんですか!?薔薇紳士さん!」
「ええ、指先に絡まったりすることがあるそうです。あくまで私も聞いた話なのですが。」
「子どもを風呂に入れるのってそんな大変なんですか...?」
「ええ、これも聞いた話なのですが。...ですが時任様、もしも奥様が怒りやすくなったというのであれば奥様はこういった細かなところまで目を光らせ、神経質になっているのだと思います。そしてそれはごく当然のこと、生まれたばかりの赤ちゃんと言うのは本当に命を落としやすいんです。それを必死に守ろうとすれば神経質にもなりますし、怒りっぽくもなりますし、変わります。そして同じように貴方も変われば、変化は同じ。片方だけが疲れるなんてことはないと思いますよ。時任様、前に進めばきっと物事は前進します。一歩、ほんの一歩だけでも前に進んでみてください。」
薔薇紳士が話し終わると、店内は静かな雰囲気に包まれました。しばらくして黙って聞いていた三太が口を開きました。
「妻は...大変な思いをしていたんですね。俺も育児に参加しようと、手伝おうと思っていたんですけど、やっぱりどこかで子育ては母親の仕事だと思ってたんでしょうね。」
「この世界のどこにも、元々母親な人、なんていません。みんな母親になって、どうしたらいいか分からなくて、それでも分からないなりに必死に調べて、体当たりで臨んでいるのだと思います。そしてそれは父親も一緒です。スタートは遅くたって、それでも母親一緒に前に進んでください。自分はその場から動かないと、母親だけはどんどん前に進んでいきますよ。...これも聞いた話なのですがね。」
薔薇紳士はすこし意地悪く笑いました。そしてその顔を見た三太はふっと笑うと、一気に残っていた紅茶を飲み干しました。
「俺帰ります!」
「かしこまりました。」
「三太さん、また来てくださいね~。」
「いや、もう来ないかもしれないです。...一人では。」
自分で前に進まなければ、物事は前進しません。そして自分が動かなければ、周りだけはどんどん前に進み、そこには「何か変わった」という違和感しか生まれません。周りをもっと見てみてください、変わった人をもっと知ってみてください。そうすれば、自分が前に進むための一歩が見つかるかもしれません。
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