上 下
51 / 84

50話:被災地に石油を送れ4

しおりを挟む
「JR貨物側は大丈夫だと踏んだんでしょう?」
「要請もなくサポートの機関車を用意するのはちょっと…」
部下の意見はもっともだ。しかしJR東日本の会津若松駅長だった渡辺光浩さんが
「おい、DE10を用意しとけ」と部下に指示を出した。

 DE10は中型のディーゼル機関車で、ローカル線の客車牽引のほか、駅構内の貨車運搬などに多く使用される、予備的な機材だ。山道で石油列車が動けなくなったら、後ろからDE10で押して脱出する。DD51の運行に合わせ、26日早朝から運転士を待機させ、暖機運転までしておけという指示だ。

 今回の石油輸送は、背景に政府の意向があるものの、基本的にはJR貨物の仕事だ。JR東日本は磐越西線のインフラを管理、提供しているにすぎない。1987年の国鉄民営化前は1つの会社だったが、今は違う。非常時とはいえ、それぞれの枠の中で分業すべきだ。

 JR東日本としては磐越西線の緊急修理などで既に十分な役割を果たした。JR貨物からの要請がない状況で、JR東日本が機関車を待機させる必要はない。しかし明日、列車が止まってJR貨物から要請が来てからDE10を用意すれば、運転士や整備士の確保など準備に丸1日かかる。

 被災地に石油が届くのが1日遅れるだけ。そうじゃない。非常時だからこそ、一秒でも早く届けろ。鉄道マンの魂がそう言っている。明日の待機を運転士に告げるため、受話器を握る社員の顔にも決意が宿っていた。3月26日午前4時過ぎ、会津若松駅のプラットホームを出発した石油列車。

 DD51を運転するJR貨物の遠藤文重さんには、窓越しにDE10が見えた。
「ああ、準備しているのかな」
「そんな話はなかったけど」
遠藤さんのつぶやきに、同乗していたJR東の職員は何も答えなかった。会津若松駅を出てすぐ、みぞれが大きくなった。同日未明、日本石油輸送・JOTの石油部、渡辺圭介さんは会津若松駅付近にいた。

 JOTは石油元売り最大手のJXグループなどが出資する石油輸送専門の企業だ。JXとJR貨物の間に立ち、被災地向けの臨時石油列車の機材調達などにも深く関わってきた。渡辺さんはその日、震災後初めての休暇だったが、磐越西線ルートでの石油輸送を自分の目で見届けたいと自費で現地に駆け付けていた。

 目の前の踏切を予定時刻通りに通過した石油列車初便を見送って、安堵のため息をついた。携帯電話のメールで、上司で当時の石油部長の原昌一郎さんに今、列車が通過しましたと伝えた。メールで起こされた原さんは、了解とだけ返信した。待っていた友人の車に乗り込む渡辺さん。

「次はどこに行く?」
「猪苗代湖畔のポイントに先回りしよう」
 曲がりくねった山道を四輪の車が進む。山間部に入るとみぞれは雪に変わった。
「タイヤはスタッドレスだよな」
渡辺さんの問いに友人は
「そうだけど、あんまり積もると走れないからね」と顔を曇らせた。

 会津若松駅を出発した石油列車は広田駅、東長原駅を通過。ようやく白み始めた空の下、目を凝らすと線路脇にはかなりの積雪が見て取れた。深い霧で視界がく大粒の雪が舞い始めた。出発してまだ30分もたっていない。これから本格的な山道に入るというのに。

 磐梯町駅付近に差し掛かったとき運転席の空転ランプが初めて点灯した。機関車の馬力が車輪とレールの摩擦を超えて空転し始めたのだ。遠藤さんはすかさずスピードを落とし、レールに車重をかけていく戦いが始まった。猪苗代湖畔駅近くに先回りしたJOTの渡辺さん。待てど暮らせど石油列車がやってこない。

 止まったのかもしれない。その不安は的中する。磐越西線を郡山へ向かう石油列車。磐梯町駅を通過すると上り坂の傾斜が増し、カーブもきつくなる。レール上で車輪が空回りしていることを知らせる空転ランプが何度も点灯した。速度を上げれば一気に登り切れると考えるのは素人の発想。正解は逆だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転ばぬ先のハイテク医療検査

ハリマオ65
現代文学
 日本の現代医療技術が進み、世界トップクラス。CT,MRIも人口比で世界一。しかし首都圏でも大型病院で、検査するのに1日がかりで、厳しいのが現状、地方では、先端医療機械が不足し、さらに困難。  泉田誠一は専門施設を卒業、臨床放射線技師になり現状を改善するため医療機関から独立した高度医療検査のみのセンターを開設を仲間達と考えた。しかし調べて見ると、あまり公にされず首都圏には、すでに数施設できていた。その事実を知り、この施設をもっと多くの人の役立つように新設しようと挑戦する物語。 この問題は皆様方に真剣に考えて欲しいと書きましたので是非、ご覧下さい この作品は、小説家になろう、noveldaysに重複投稿しています。

アル・ゴアに刺激されて!

ハリマオ65
現代文学
清水憲一は、下町の質屋・清水質店の跡取り息子。質屋は、とにかく情報もが大切である。そのため情報源の居酒屋、キャバレ、クラブに出入りしていた。その他、大切なのは、今後どうなっていくか、それを知るためには、クラブのママ、政治家とのつき合い、そのため政治家のパーティーにも参加。また、質屋に必要な資質は、正直者で計算が早く、質草が、本物か偽物か、お客の良し悪しを見分ける目が要求される。ところが、賢吉の息子、清水浩一は、バブル時に勢いのあった兜町の株取引に興味を持った。学問の方は、化学が好きで、特にアル・ゴアの「不都合な真実」を見て、地球温暖化問題に早くから興味を持った。そのためには、銭が必要と考え、投資で稼ぎ、自分の夢を現実のものにしていく物語。是非、読んで下さいね。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

福の神の末裔の波乱爆笑の人生

ハリマオ65
現代文学
主人公の幸手福三は、1990年8月29日生まれ、乙女座、計算が速く、記憶力に優れ「些細なことでも覚えていてくれる」、いつも優しい言葉使いで、女性に可愛がられるタイプ。嘘が苦手で、すぐに相手の気持ちになる優しい男、適度な距離感を持ち決して干渉しない。責任感が強い「仕事を任せても信頼できる」「謙虚で控えめ」約束はしっかり守ってくれる。福三の、波瀾万丈を御覧下さい。 なお、この作品はNoveldaysに重複投稿中です。

時代の波と恩人の死

ハリマオ65
現代文学
*甘田は、茂田先輩に付き株、土地バブルで稼ぎ、世界を回り見聞を広めた。茂田先輩に恩返しせよ!! 青山甘太。姉夫婦が相模川近くの宿屋を経営。青山甘太は釣り、水泳、キノコ、山菜採りの名人の野生児、計算の速さ以外、学業の成績は良くない。中学卒業後、姉の宿屋を助け、船頭と川魚、山の幸、登山案内、運送で稼いだ。8歳年上のN証券の茂田作蔵と株で儲け財を築く。京王線が多摩NTから橋本へ延伸する情報を代議士から入手し駅近の土地を買収。茂田作蔵は、甘太の資産運用の参謀で活躍。 小説家になろうに重複投稿。

熱血科学者の子が環境問題に挑戦

ハリマオ65
現代文学
*父は、反骨の科学者、息子は、太陽光発電で貢献したが挫折、でも子孫に良い環境を残すんだ! 薄井淳一は、小さい時から神童と言われた。その後、東大大学院応用化学専攻博士課程を修了し大手化学メーカーに就職。  しかし、生来、正義感が強く水俣病の有機水銀説に衝撃を受け、学生時代から水俣に足を運び調査。水俣病の問題を取りあげ、黙っていられず、公害企業や行政側に立った「御用学者」を猛烈に批判。  自分の実名を出し水俣病告発。そのため東大での出世の道は閉ざされた。それを不憫に思う大学の先輩が、沖縄大学に呼んでくれた。  その息子の薄井富一も父譲りの性格で、熱い男。その後、働きながら株投資で、金を作り、環境問題に投資しようと考え・・・。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

地球環境問題と自然への回帰

ハリマオ65
現代文学
 質屋の息子として生まれた速水和義は、そろばんを習い計算力をつけさせられた。幼いころから株取引の現場を見せられた。しかし、大学に入ると地球温暖化について興味を持った。その後、株取引をしながら、地球温暖化のため環境が良く、便利な場所に住もうと考えた。月日が、経ち、東京を出ようと考え、質屋の土地を売却し三島からゴルフ場のある高原の途中に理想的な分譲地を見つけ、引っ越した。その後、株で、儲けた お金を使い、地球温暖化、対策になる新事業を大手銀行、不動産会社と組んで、実行に移す物語である。 NOVELDAYSに重複投稿しています。

処理中です...