舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
198 / 238
第9話 トルメキアの姫

92、暴露

しおりを挟む
 ユーディアは、ジプサムが追いかけてくるとは思わなかった。
 扉外で許しを請うとは思わなかった。
 そして告白までしていたのではないか。
 ユーディアは慌てた。

「何を一体言っているの!入って」

 ユーディアは腕をつかんだジプサムが、切羽詰まった真剣な目をしているのをにじんだ視界の向こうに見た。
 もう、止めようもないと思った涙は衝撃で引っ込んでしまった。
 包帯の包まれた左手が肩を引き寄せ、かろうじて包帯を免れていた右手がユーディアの顔に触れた。

「好きなんだ、ユーディア」

 ジプサムの顔が近づき、食いつくようなキスをする。
 強引で、乱暴で、切羽詰まったキスは血の味した。
 キスに応えたい自分がいた。

「あなたの好きなのはディアでしょう」
「ディアはあなただ。よく似ているのも当然だった。こんなにずっと近くにいたのに、あながいるところにしか現れなかったのに。俺は探しもしなかったのは、ディアは、大丈夫だと思っていたから。あなたの、子供のころからのやんちゃで男髪の印象が強くて、あり得ないことだと否定してしまったけれど、俺は、どこかでわかっていたのかもしない。俺の好きな女は、俺のそばにいる」

 なおもキスをしようとするジプサムの唇を、掌を押し付けて何とかしのぐ。
 このまま雪の塊が転がるようにジプサムの方へ落ちそうになる。
 唇を守るための砦はキスされ、舐められ、かじられた。
 体の芯が、溶けてなくなりそうになる。

「もう、隠す必要はない。わかってしまったんだから。男の格好をしているからといって、あなたの心は男ではないんだろ?ディアの時の目は、男を誘い、愛を求める女の目だ。愛らしくて美しい、俺のディア。いつだって、この腕でとらえようとしても、残り香だけ残して消えてしまう。もう、どこにもいかせない。だから、男のふりは終わりだ。もう無理をしなくてもいいんだ」

 語尾が強い。
 まるで、ブルースと共に行かせないと宣言するように。

 なら、自分はいったいどうしたい?
 ブルースと共に部族を盛り立てて歩む未来は、この足先が向かう方向だった。
 だが、ユーディアのあなうらは弾力のある沃野を踏んではいない。
 髪をほどき、ジプサムの奴隷となって波に揺れられてベルゼラのに向かった時から、草原の風は届かない。ユーディアの行き先を示してくれない。
 今でも船上で波間に揺られているようだ。

 掌を舐めるときには閉じられていた眼差しが、飛翔しそうになるユーディアの心に、楔のように打ち込まれた。

 怪我をしていることも感じさせず、ジプサムは既に防御の意味を失ったユーディアの手とり自分の首に回した。ジプサムの手が腰に回される。
 羽織っただけのジプサムの夜着が肩から落ちそうになるので、ユーディアは押さえようとするが、くるりと視界が回り、夜着を見失う。
 抱きしめられ抱き上げられていた。
 気が付けば、背中はベッドの上にあった。

「見せてほしい」
 ベランダから差し込む膨らみ始めた月の光が、ジプサムの横顔を浮かび上がらせた。
 子供の頃の甘さを削ぎ落とした男の顔だった。彼は戦える男だった。長年の友人だったものとも容赦なく殴り合った。
 ユーディアにはできない。
 そのような暴力的な衝動はなかった。
 戦うことこそ男の本能なのか。
 女はぶつかり合う男たちの緩衝材となることしかできないのか。
 男のふりはもう限界だった。
 

 ユーディアは前開きの制服の合わせをほどかれ、両腕を抜かれた。
 ユーディアは体を起こした。
 胸に巻いた晒の布をジプサムにほどかれるのを待つ間、どんな表情をしていたらいいのかわからない。
 ジプサムが男なら、ユーディアは女の顔をしているのか。

 ユーディアにとってはまぶしいぐらいの月明かりだが、ジプサムにはユーディアの表情などわからないだろう。
 不意に息を止めていたことに気が付いた。
 膨らんだ胸ごと肺を固い甲冑に押し込まれられるようなつらさに新鮮な酸素を求めてあえいだ。
 ユーディアは解放されたかった。

 結び目を探そうと探る手よりも早く、固く縛った結び目を胸の谷間から引き出しほどいた。
 背中に回して脇を通して再び前から後ろへと、何度も繰り返す。
 ぱさりぱさりと一周しては横に落とされていく音と、自分の心臓の音。
 甲冑だったものは、今は胴体をのばしていく蛇のようにうねり落ちていく。

 次第に心臓の音が大きくなって、頭蓋骨の内側に一拍毎にぐわんぐわんと響く。
 だが、身体は楽になった。
 胸が大きく膨らみ、肺いっぱいに空気を満たすことができた。
 閉じ込めていたディアが、体の内側で歓喜を歌い踊る。
 ディアはたちまち等身大以上大きく膨らんでいく。
 ディアはユーディア自身だった。

 ジプサムのことが好きだ。
 自分の弱さや足りなさを思い知り、力のなさを悔しがり、ユーディアたちの苦しみに涙し、ベルゼラの王子として強くありたいと歩み始めたジプサムは、未来のベルゼラを描き始めていた。

 未来のベルゼラはユーディアのような蛮族と言われる者たちも、下層に貶められた者たちも生きやすい社会になるのだろう。そして、民から慕われるジプサムが王になったその横には、強国ベルゼラにふさわしい娘が妻になる。
 レグラン王が他国と戦い吸収し版図を広げ強引に一つにまとめた強国ベルゼラは、次の世代で成熟する。
 
 次期王の横にいるのはユーディアではない。
 ユーディアでは、足りない。
 ふさわしいものなら別にいる。
 隣の隣の、すぐそこに。
 ジプサムがユーディアのことを好きだと言っても結婚は別だろう。
 だけど、そんなことはわかっている。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

自称悪役令息と私の事件簿〜小説の世界とかどうでもいいから、巻き添えで投獄とか勘弁して!〜

茅@ダイアナマイト〜②好評配信中
恋愛
「原作にない行動……さては貴様も“転生者”だな!」 「違います」 「じゃあ“死に戻り”か!」 ワケあって双子の弟のふりをして、騎士科に入学したミシェル。 男装した女の子。 全寮制の男子校。 ルームメイトは見目麗しいが評判最悪の公爵子息。 なにも起こらないはずがなく……? 「俺の前世はラノベ作家で、この世界は生前書いた小説なんだ。いいか、間もなくこの学院で事件が起こる。俺達でそれを防ぐんだ。ちなみに犯人は俺だ」 「はあ!?」 自称・前世の記憶持ちのルーカスに振り回されたり、助けられたりなミシェルの学院生活。 そして無情にも起きてしまう殺人事件。 「未然に防ごうとあれこれ動いたことが仇になったな。まさか容疑者になってしまうとは。これが“強制力”というものか。ああ、強制力というのは――」 「ちょっと黙ってくれませんか」 甘酸っぱさゼロのボーイ・ミーツ・ガールここに開幕! ※小説家になろう、カクヨムに投稿した作品の加筆修正版です。 小説家になろう推理日間1位、週間2位、月間3位、四半期3位

冤罪で断罪されたら、魔王の娘に生まれ変わりました〜今度はやりたい放題します

みおな
ファンタジー
 王国の公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者として、私なりに頑張っていたつもりでした。  それなのに、聖女とやらに公爵令嬢の座も婚約者の座も奪われて、冤罪で処刑されました。  死んだはずの私が目覚めたのは・・・

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

転生先が森って神様そりゃないよ~チート使ってほのぼの生活目指します~

紫紺
ファンタジー
前世社畜のOLは死後いきなり現れた神様に異世界に飛ばされる。ここでへこたれないのが社畜OL!森の中でも何のそのチートと知識で乗り越えます! 「っていうか、体小さくね?」 あらあら~頑張れ~ ちょっ!仕事してください!! やるぶんはしっかりやってるわよ~ そういうことじゃないっ!! 「騒がしいなもう。って、誰だよっ」 そのチート幼女はのんびりライフをおくることはできるのか 無理じゃない? 無理だと思う。 無理でしょw あーもう!締まらないなあ この幼女のは無自覚に無双する!! 周りを巻き込み、困難も何のその!!かなりのお人よしで自覚なし!!ドタバタファンタジーをお楽しみくださいな♪

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...