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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊
56-2、処分
しおりを挟むその夜、ユーディアはジプサムの夜着を用意し、風呂の準備をしていると首筋に視線を感じる。顔を上げると、思いつめるような表情のジプサムと目が合った。
いつから見ていたのか、心臓が跳ねあがった。
最近、じっと見つめる視線に心が揺れることが多くなったような気がする。
外見がよく似ている父子のまなざしは、微妙に違う。
「父王はモルガンの娘に執着している。かつて愛した女がモルガンの娘だったそうだ。父王がモルガンの男踊りを踊れるなんて知らなかった。ディアは、せっかく俺の前に現れたのに再び消えてしまった」
「……僕に訊いても、次にディアがいつ現れるのかはわからない」
ユーディアは先回りをして言う。
ジプサムは首を振った。
「父王はモルガンの娘に執着し、ディアを見つけてしまった。そして、ディアが再び姿を消してしまった今、モルガンの若者であるあなたを身代わりにしようとしているのじゃないだろうか。今から思えば捕虜競売で競りあった青龍の仮面の男は父王だった。あのときも、捕虜のあなたを自分のものにしようとしたのではないだろうか」
「それで今は、ディアの身代わりとして?」
痛みからなのかジプサムの顔がゆがんだ。
腰紐をほどこうとして痛みが走ったのではと思い、ユーディアは服を脱がせるのを手伝った。
正面から腕を回して腰紐をほどき、紐は腕にかけて前で合わせた上着を脱がせる。
袖から腕を引き抜くときに、ジプサムは先ほどよりも顔をしかめた。
「……俺が動けない間の連日、後宮で女の恰好をさせられて連れまわされているという噂を聞いたが。そのモルガンの娘は君だという。どうして、ユーディアはそこまでする?もしかして、ここにとどまりたいと思っているのではないか?父王と、あなたは、そういう関係になっているのか?」
「そういう、関係?」
おうむ返した。
ユーディアはジプサムがズボンを脱ぐのに肩を貸し、片方ずつ足を引き抜いた。
介護が必要な老人のようである。
ジプサムは時に何も自分でしないときがある。
今夜は痛みもあり、そのような気分であるらしい。数日寝たきりでいたので、久々に体を動かし多くの人たちと会い、疲労したのだろう。
何もしないでも周りがすべてしてくれるのを当然とするところがあるのは、ジプサムは生まれながらに王族だったのだな、と改めて思う瞬間である。そして、全裸になっても動じることはない。
男同志だと思っていることや、主人と小姓という関係からも、ジプサムが動じる必要性など皆無ではあるのだが。なんとなく、目のやり場に困ってしまう。
「……かつて愛したモルガンの娘の、身代わりのディアの、その年恰好がなんとなく似ている僕を、その身代わりにしているということ?」
口に出してみると笑ってしまいたくなるほど遠い関係である。
「そう。身代わりの身代わりであなたを女扱いし、抱く。その代りにあなたは贅沢ができる」
ジプサムは眉を寄せ、ユーディアから目をそらした。
口にして初めてその滑稽さに気が付いたのか、女扱いをして抱くところを想像したのか。
「ジプサム、僕は贅沢をするためにここにいるんじゃない。そんなこと、わかっていると思っていたんだけど」
不意に喉元まで沸き上がった感情の塊をユーディアは必死に飲み込んだ。
それは怒りに似たものだった。
ジプサムはなおも言いつのる。
「父王は、男も抱ける男だから。父王がそうしたいというならば、誰一人歯向かうことはできない。父王があなたを側にいさせることを望んでいて、そしてあなたが冬山離宮で蟄居のような退屈なことに付き合いたくないというのなら、あなたを連れて行くことはできないということなんだ」
ユーディアの顔色の変化を見て、ジプサムは取り繕う。
だけど、ジプサムがどうとり繕ってもグラン王と親密な関係だと思っていることがわかってしまった。
どうしてそう思われることが不快な気持ちになるのだろう。
王がトルメキアの姫とジプサムの婚姻の話をしたときは平気だったのに。
笑いだしたくなった。
「僕はジプサムの小姓だから絶対に行く。僕を置いていくつもりだったなんて思いもしなかった」
怒りを、残留させようとしたことへの悲しさに転嫁する。
「ごめん、ユーディア。だけど、父王があなたをとどめる気になったら、俺がどう思おうと残らなければならないということが言いたかっただけなんだ」
「僕の意志は僕のもの。王の望むままにも、ジプサムの思うようにもならない。同様に誰がなんと言おうと、ジプサムの意思はジプサムのものではないの?」
「だが、そうはいかないときもあるんだ」
ジプサムを風呂に入れ、淡々と髪を洗い身体を流す。
それからは会話らしい会話もなかったが、ユーディアは同行を許された。
王の蟄居の処分が下されて翌日の早朝、準備も完全ではなかったが、途中で整えていくことを前提にして、あわただしくジプサム王子はアルタイ山中腹にあるという離宮へと出立したのである。
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