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赤毛の王妹

16、火の精霊の加護の娘

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ダンスクラス当日、王都国立は異様な盛り上がり方をしていた。
普段は別々の男子と女子が間近に接近し、言葉を交わし、仲良くなれるチャンスだった。

卒業すれば、拝顔することもままならず、声もかけられない王族や有力貴族の子息子女と言えども、学びの場では基本、平等である。

合同クラスはいつもと別のルールで行われる。
女子は白のシンプルドレス。
男子は黒のバラモン略正装。
白の略正装は王族しか着られない色だ。
会場は本格的に設えられている。
簡易ではあるが立食形式で、アルコールも用意されていた。
自分の適量を知っていることも大事なこととされている。
ダンスの後に、本当の宴会のような社交の場となる。
ここでも上手くできなければならないし、評価される。
事前に今回は何が評価項目に当たるかは発表されていた。


きれいに円形に、男性と女性とに別れて向かい合わせに立つ。
アルマンとズィンがリリアスが何人目でパートナーになるのかをわかっているのと同様に、学生たちは自分の意中の人がどの辺りにいるか確認済みである。

リリアスはガーネリアンの位置を確認する。
二人とも、女子の列であったが、リリアスには気になることがあったのだ。
ガーネリアンの視線がリリアスの視線に絡まる。
ガーネリアンの瞳は赤茶色。
楽団役は、初級科の音楽の授業が乗り入れていた。
その中にはもう一人赤毛の王族12才のスティルが混ざる。
ガーネリアンとスティルは知らん顔。


アルマンとリリアスに順番がめぐる。
「そんな格好をすると本当に姫のようだ」

さらにアルマンはリリアスの女性らしい柔らかな微笑みに感動をする。
繊細な指先も、本当に女性のようだった。

「アルマン、避難経路は確認できてる?」
「はあ?」
くるっと回りながら、リリアスはささやく。
「ああ、あの発火事件のことか?」

「ええ、そろそろ大きなのが来そうな気配を感じるのです。
何があっても落ち着いて行動してくださいね、アルマンさま」

アルマンは、リリアスが本当に女性なのだと錯覚をおこしかけた!


ズィンとのダンスは軽やかで。離れたかと思えば、引き寄せる。

「ズィン!近くない?」

「裸で寝た夜はもっと近かったよ、これぐらいなんともなさすぎて」
と言いながら、つかの間の二人の空間に金茶の瞳は喜びで輝いた!


ダンスの後は、スムーズに宴会の社交場となる。
話したことのない相手と失礼なく会話を弾ませることが求められた。

リリアスのそばにはアンジェラがさりげなく、花を添えていた。
リリアスとアンジェラが楽しげに会話をしても、何の評価の対象にもならない。
今回の評価項目は、話したことのない異性と会話すること、だったからだ。


アンジェラは手に二つ炭酸酒を持っていた。
ダンスで熱くなったので、スカッとしたい気分だろうと想像する。それは彼女らしい思いやりだった。
彼女がとりわけ美人でもないのに男性から恋のお誘いが絶えないのは、そういう思いやりの優しさを、見ている人は見ているのだろう。
でも、彼女の好きな人は、Lのリリアス。
彼女はひとつ、リリアスに手渡そうとして、リリアスに声を掛け、振り向いたリリアスは笑顔で受け取ろうと手を伸ばす。


その時にそれは起こった。
グラスから青い炎が立ち上るーー


「きゃあっ」

アンジェラは、恐怖で火のついたグラスを取り落としかけた。
リリアスは燃える二つのグラスを奪いとった。
燃えようとする炎の力は思いがけず強い。
次の瞬間、会場中の全てのグラスのアルコールに火がついた!

会話を楽しんでいた紳士淑女たちは、突然の炎のグラスにパニックになる。

リリアスの騎士アルマンは咄嗟に叫ぶ。

「皆、グラスを落とすな!落とした方が危険だ!!」

トムとハンクスは、それでも誰かが落としたグラスの炎を踏んで消す。
リリアスも叫ぶ。

「スティル!あなたの力を貸してくれ!火の勢いを止めてくれ!」


初級科の音楽クラスで参加していたスティルは騒然となった会場の空気に呆気に取られていたが、リリアスの声に、己に備えもっている火の加護の力を思い出す。

それは、一度も使う機会のなかった無用の力。

(炎よ鎮まってくれ!!)



リリアスは炎をあげるグラスを持って立ち尽くす赤毛の娘へ駆けよると、グラスを奪った。

「ガーネリアン、目を覚ましなさい!!」

彼女の胸には、自分さえも意識していなかった恋ごころが、行き場を失ってほとばしっていた。

彼女の髪は炎の赤。

バーライトのムハンマドの、同じ熱い想いの色。
ガーネリアンの恋する相手はーー


黒髪の若者は、ガーネリアンの腰と頭を強引に引き寄せ、自失の娘の唇を奪った。

リリアスとガーネリアンのひとつになった白いドレスに真っ赤な髪がほどけ落ちる。
リリアスの艶のある黒髪は、高々と結い上げられたまま。


(戻ってこい、ガーネリアン!)


舌をいれて強引にかき混ぜると、娘はようやく驚いて、抵抗した。
リリアスは抱き締める力を少しゆるませて、見上げる赤茶の瞳を覗きこむ。
黒曜石の宝石のような瞳が煌めいて、ガーネリアンに甘く懇願した。

「あなたの胸の炎を鎮めてください」

ガーネリアンのまぶたの上に唇を寄せる。
ふわっと柔らかい炎の精霊の加護紋様が二つ幻想的に浮かび上がり、霧散する。
同時にグラスの炎はひとつ、ふたつと夢のように消えていく。

「わたし、、」

アンジェラのイニシャル入り刺繍のハンカチ、黒いリボンのプレゼント。
自分がしたことにようやく気がついた。
バラモン王族の赤毛の娘は、火の精霊の加護の力を持っていた。
浮かびあがった加護の紋様がその証拠。
女姿のリリアスに隠しきれない男性をみて、恋をした。

はじめて恋をした娘は、リリアスに思いを寄せる女子たちに、押さえられない嫉妬の炎を燃やしたのだった。



その日を最後に不思議な発火事件は起こらなくなる。
自然発火か仕組まれたことなのか、原因は解明できないまま、学内調査は終了した。
会場のパニックを未然に防ぎ、大きく悲惨な被害を未然に防いだ、リリアスの三騎士の人気はうなぎ登りの天井知らず。

後にグラスの炎事件は、王都国立の七不思議のひとつに数えれるようになるのだった。



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