運命の子【5】～古き血族の少年の物語

長期休暇の過ごし方

2、二人の間の亀裂

学校は一年に一度の新年度前の長期休みに入っていた。
学生たちはそれぞれ実家に戻ったり、家族と別荘に滞在したり、国を越えてきている者は、一度帰国したりしていた。

黒髪の若者リリアスは、ムハンマドがパリスの建国300年祭の国事に招待されていたので、当然一緒にいくつもりだった。
その際に、故郷の樹海に寄れたらと思っていた。
ムハンマドの返事は、リリアスにとって晴天の霹靂だった。


｢あなたをパリスに連れていけない｣

燃えるような赤毛で、精悍でありつつも端正な顔立ちのムハンマドは、厳しい顔をして、リリアスのパリスへの同行を拒否した。
リリアスは、自分に甘いこの情熱的な恋人に断られるとは思っていなかった。

｢なんでっっ、、｣
いつも一緒にいてほしいなんていっていたのはこの赤毛の男ではなかったか？

｢なんでって、、、公式にはあなたは死んだことになっているのだから！｣

リリアスは、自分が死亡宣告されるとは思わなかった。
数年前にムハンマドとパリスの王子ルージュが取り交わした約束で、リリアスを帰さない口実として、パリス側にはリリアスは死んだと通知されていた。
それも、ムハンマドが勝手にそうしたのだ。
さあっと血が下がる。

｢じゃあ、僕は一生パリスに行けないということなの？あなたの隣に、リリアスとして並び立つことは出来ないということなの？？｣

リリアスは珍しく癇癪をおこした。
ぴりぴりと二人を取り巻く空気がひりつく。
パリス行きを同行させないことは、リリアスの中で、自分との将来を全て否定されたように受け取られたようだった。
ムハンマドは、渋い顔をする。
そこまでは思っていない。
むしろ、一生リリアスを自分から離さない方法を考えているくらいだ。

｢そういう意味ではなくて、わたしがあなたをパリスに行かせたくない意味をわかってくれ。会わせたくない男がいるから。
あなたはまだ、パリスに呼び寄せられているようだから｣

ムハンマドのいう男が誰のことを言っているか、リリアスには聞かなくてもわかっている。
その男こそ、リリアスはいつかはあって対決をしなければならないと思っている美貌の男。
いまだに彼は夢に現れていた。
期せずして別れてから既に三年。
金茶の樹海の略奪者との間の時間は、引き裂かれたまま止まっている。

｢それに、パリスであいつにあったときに、わたしにも何か、仕掛けられるかもしれない。そんな危険な場所にあなたを連れていけない｣

｢ルージュはそんなことしないっ｣

リリアスの生身の記憶のルージュは、決して自分を見捨てようとしない、優しい人だった。
あの時、ムハンマドと会わなかったら、ルージュと歩む人生もあり得たかも知れなかった。
今となっては想像もできない人生だったけれど。
ピシッと、赤毛の男と黒髪の若者の間に亀裂が走る。

｢とにかく、あなたをパリスに連れてはいけない。今回はどうか待っていて欲しい。帰国したら、あなたに伝えたいことがある｣

ムハンマドの意思は固い。
ぽろぽろとリリアスの眼から涙がこぼれる。

｢あなたのいう、何かを仕掛けられるかもしれない危険な場所にいくのに、帰ってこれないかもしれないのに、それなのに、僕にはここにいろっていうの？｣

空気が冷える。
無意識にリリアスの気持ちを写して、空気が変わっていく。

｢あなたがわからないっ｣

リリアスはムハンマドの邸宅を走りでた。
行き先は決まっていなかった。

ムハンマドに拒絶された感覚が、後々まで尾を引いたのだった。