187 / 238
第十話 ダンス勝負
108-1、ワルツを踊りましょう②
しおりを挟む
水面に浮かぶ鳥の羽が、さざ波にゆすられているかのように体をメロディーに乗せる。
「俺たちが鳥の羽のようだって?だいぶエストに影響されているんじゃないか」
「そんなことないわよ」
ロゼリアとなってからは、エストと鶏の話をするまで深く知り合っているわけではない。
あやうくそうね、と言いかけ気を引き締める。
一曲が終わる頃には、音楽を邪魔しないように番号が呼ばれていて、脱落した冷やかし組の男女が頭をかき、しっかりと手をつないで仲良く退場していく。
次の曲はアップテンポのワルツである。
一曲目よりもスペースができて踊りやすい。
今度は波の間を穏やかにせりあがってはすとんと落ちていくような感じである。
広場の他の挑戦者たちはあちらこちらでぶつかっているようであるが、ジルコンとロゼリアの黒金と蛇鱗の仮面のペアは、その間を縫うように踊り、彼らだけ清涼な空気を吸っているような、涼やかな雰囲気をまとっている。
「君の髪を台無しにしたあいつが許せない」
ロゼリアの短い髪がジルコンの頬に触れた。
「彼らはどうなったの?」
「あなたをさらわせた父親の方は、酒の治療施設へ、子供は児童保護施設へ保護されている。だが、子供はあなたの髪を切ったのだから傷害罪が適用されるだろう」
「傷害罪には当たらないわ。わたしが髪を布施したの。生者には金をっていうから、金に換金できそうなものは髪ぐらいしかなかったから」
「あなた自身が、どうしてそんなことを。手入れの行き届いた美しい髪だったのに」
「一緒に見た劇でも決意をしめすためにシーラは髪を切ったわ」
「あなたも決意を?」
ロゼリアはジルコンのアンジュへの執着を断ち切るために切ったのだとは答えられない。
「あの白光には驚いたわ」
「あれは武器を持った者たちの中へ踏み込むときに使ったりする目くらましだ。最新兵器でもある。まさかあの場で試すことになるとは思わなかった。目には、後遺症はないか?」
「朝にははっきりと見えていたわ。ジルコンが抱いて運んでくれているのはわかった」
「ああ……。あなたがいなくなって心配でたまらなくていてもたってもいられなくなった。あんなに心配したのは、あなたの兄の事件を聞いた時と匹敵するか、それ以上だった。あなたがた双子は、子供のころから俺を翻弄して弄ぶことに長けている」
「弄んでいるつもりはないのだけど。子供のころからっていつの話よ」
「ロズは忘れてしまったのか?アデールの王城で遊ぶことに飽き足らず、とっておきの場所があるからと森の中へ案内して、獣を捕らえる落とし穴に落ち込んだこと」
「もちろん覚えているわ!ジルが覚えているとは思わなかった」
「どうして?」
「どうしてって、ずっとわたしのことを見てくれてなかったから」
いわれてジルコンはロゼリアを目を細めて見つめた。
「あなたを見ていると混乱する」
「混乱するって?」
「あなたは、改めて見ると、眼も口も鼻も全て、アデールの王子と本当に生き写しだ」
「双子だから」
「双子だからというよりもむしろ……」
ジルコンは最後まで言うことができない。
番号が呼ばれ続けて落とされている。
舞台はのびのびと踊れるスペースがあった。
アコーディオンとバイオリンの音が止まった。
指揮者が台の上から降りて、台には肌の黒い男性が手を振って登場する。
森でも草原でもない、ずっと南方の者である。
「さあ、残り20組のダンサーたち!僕に足技でついてこれるかな!」
そうロゼリアたちに呼びかけて、男性は袖をまくった。
鉄板が入ったかかとを台の上で弾むように踏みつける。
ダンダダンダンダンダンダン!
「そら!」
ロゼリアとジルコンは顔を見合わせ、何を求めているが瞬時に察する。
二人は手をつなぎ、舞台に向かって広場の石畳を踏み込んだ。
ダンダダンダンダンダンダン!
一回目の反復に、すぐに対応できなかった数組の番号が呼ばれている。
「もういっちょ!」
台の男はさらに複雑にかかとを打ち付けた。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
観客も何が審査されているか理解した。
舞台の男性と同じように足踏みしなければならないのだ。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
「ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!」
観客は残る10数組の足踏みと同時に、声と足踏みを合わせた。
大地が揺れる。
大音声で、会場全体が一体となり興奮のるつぼと化す。
今度は足踏みにくるりと回転が加わった。
ロゼリアはジルコンに抱えられて振り回されるように回転する。
残されたペアたちも同様に回転させている。舞台は急に華やかになる。
あるペアは一人は相手の手をつかんで回ろうとしたのに、もう一人は一人で回ってしまい、そのペアは脱落する。
アクロバティックな動きに観客の興奮は頂点に達する。
「ジルコン楽しいわ!」
「俺も!」
気が付けば広場に残っているのは二組だけ。
「ありがとー!みんなも素晴らしかったよ!!最後は二組の対決だ!どっちも頑張って!」
男は大仰に手を振って舞台を降りた。
「俺たちが鳥の羽のようだって?だいぶエストに影響されているんじゃないか」
「そんなことないわよ」
ロゼリアとなってからは、エストと鶏の話をするまで深く知り合っているわけではない。
あやうくそうね、と言いかけ気を引き締める。
一曲が終わる頃には、音楽を邪魔しないように番号が呼ばれていて、脱落した冷やかし組の男女が頭をかき、しっかりと手をつないで仲良く退場していく。
次の曲はアップテンポのワルツである。
一曲目よりもスペースができて踊りやすい。
今度は波の間を穏やかにせりあがってはすとんと落ちていくような感じである。
広場の他の挑戦者たちはあちらこちらでぶつかっているようであるが、ジルコンとロゼリアの黒金と蛇鱗の仮面のペアは、その間を縫うように踊り、彼らだけ清涼な空気を吸っているような、涼やかな雰囲気をまとっている。
「君の髪を台無しにしたあいつが許せない」
ロゼリアの短い髪がジルコンの頬に触れた。
「彼らはどうなったの?」
「あなたをさらわせた父親の方は、酒の治療施設へ、子供は児童保護施設へ保護されている。だが、子供はあなたの髪を切ったのだから傷害罪が適用されるだろう」
「傷害罪には当たらないわ。わたしが髪を布施したの。生者には金をっていうから、金に換金できそうなものは髪ぐらいしかなかったから」
「あなた自身が、どうしてそんなことを。手入れの行き届いた美しい髪だったのに」
「一緒に見た劇でも決意をしめすためにシーラは髪を切ったわ」
「あなたも決意を?」
ロゼリアはジルコンのアンジュへの執着を断ち切るために切ったのだとは答えられない。
「あの白光には驚いたわ」
「あれは武器を持った者たちの中へ踏み込むときに使ったりする目くらましだ。最新兵器でもある。まさかあの場で試すことになるとは思わなかった。目には、後遺症はないか?」
「朝にははっきりと見えていたわ。ジルコンが抱いて運んでくれているのはわかった」
「ああ……。あなたがいなくなって心配でたまらなくていてもたってもいられなくなった。あんなに心配したのは、あなたの兄の事件を聞いた時と匹敵するか、それ以上だった。あなたがた双子は、子供のころから俺を翻弄して弄ぶことに長けている」
「弄んでいるつもりはないのだけど。子供のころからっていつの話よ」
「ロズは忘れてしまったのか?アデールの王城で遊ぶことに飽き足らず、とっておきの場所があるからと森の中へ案内して、獣を捕らえる落とし穴に落ち込んだこと」
「もちろん覚えているわ!ジルが覚えているとは思わなかった」
「どうして?」
「どうしてって、ずっとわたしのことを見てくれてなかったから」
いわれてジルコンはロゼリアを目を細めて見つめた。
「あなたを見ていると混乱する」
「混乱するって?」
「あなたは、改めて見ると、眼も口も鼻も全て、アデールの王子と本当に生き写しだ」
「双子だから」
「双子だからというよりもむしろ……」
ジルコンは最後まで言うことができない。
番号が呼ばれ続けて落とされている。
舞台はのびのびと踊れるスペースがあった。
アコーディオンとバイオリンの音が止まった。
指揮者が台の上から降りて、台には肌の黒い男性が手を振って登場する。
森でも草原でもない、ずっと南方の者である。
「さあ、残り20組のダンサーたち!僕に足技でついてこれるかな!」
そうロゼリアたちに呼びかけて、男性は袖をまくった。
鉄板が入ったかかとを台の上で弾むように踏みつける。
ダンダダンダンダンダンダン!
「そら!」
ロゼリアとジルコンは顔を見合わせ、何を求めているが瞬時に察する。
二人は手をつなぎ、舞台に向かって広場の石畳を踏み込んだ。
ダンダダンダンダンダンダン!
一回目の反復に、すぐに対応できなかった数組の番号が呼ばれている。
「もういっちょ!」
台の男はさらに複雑にかかとを打ち付けた。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
観客も何が審査されているか理解した。
舞台の男性と同じように足踏みしなければならないのだ。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
「ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!」
観客は残る10数組の足踏みと同時に、声と足踏みを合わせた。
大地が揺れる。
大音声で、会場全体が一体となり興奮のるつぼと化す。
今度は足踏みにくるりと回転が加わった。
ロゼリアはジルコンに抱えられて振り回されるように回転する。
残されたペアたちも同様に回転させている。舞台は急に華やかになる。
あるペアは一人は相手の手をつかんで回ろうとしたのに、もう一人は一人で回ってしまい、そのペアは脱落する。
アクロバティックな動きに観客の興奮は頂点に達する。
「ジルコン楽しいわ!」
「俺も!」
気が付けば広場に残っているのは二組だけ。
「ありがとー!みんなも素晴らしかったよ!!最後は二組の対決だ!どっちも頑張って!」
男は大仰に手を振って舞台を降りた。
0
お気に入りに追加
575
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる