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第九話 女の作法
96-1、刺繍のハンカチ③
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ロゼリアが自室へ友人を招き入れたのはロレットが最初となる。
ロレットが部屋に入るなり、堰き止めていたものが流れ出す。
しゃくりをあげるロレットを、まずは応接の椅子に座らせ、頭からタオルを被せてがしがしと拭く。ロレットはなされるがままである。
もう一枚タオルを肩にかけた。
「わたしっ。頑張っていたのにっ。みなさんが喜んでくれると思って、毎日徹夜までして、なのに、気に入らないからって、捨てられるようなそんな扱いって、ひどすぎます」
「まだ、捨てたとは決まったわけじゃないから。洗濯して風に飛ばされたとか、持ち歩いていて落としてしまったとかそういうこともあり得るのだから。落ち着いて……」
「宝物箱に入れて大事にすると、イリスさまはたいそう喜ばれておられました。普段使いに持ち歩いて落とすなんてことはありません!それがあそこにあったということは、使って、汚れたので適当に捨てて、ということではありませんか!わたしの大きな作品は額にいれられて飾られるほど貴重な扱いをされる時もあるのですよ!」
ロゼリアの慰めを恐ろしい形相でロレットは一蹴する。
「そ、そうなんだね……」
「わたしっ。こんなあれですから、みなさんに受け入れてもらうために努力してきたんです。話しかけてくれるのも、いろんなことを頼まれるのも、刺繍をねだられるのも本当に自分を認めてもらえたと思えてうれしかったのです。途中参加ですし。ロゼリアさまも途中参加だから、すっかり出来上がった女子の輪の中に入っていく辛さってわかりますよね?」
「そうだね、辛いね」
ロゼリアは鬼気迫る迫力に圧倒される。
正直言えば、ロゼリアは女子の中に和気あいあいと仲良く戯れている姿を望んだことがない。
だから、ロレットの辛さを本当のところ分かるとはいえないが、好意を無碍にされたのならショックを受けて当然かもと理解する。
「わたしっ。もともとリシュアさまの侍女だったんです……」
ロレットはしゃくりを上げながら胸に詰まった塊を吐き出すように話はじめた。
リシュアはB国の姫で気高く美しい。その母の妹の子がロレットで、ロレットの身分は低かったが、リシュアの友人として王城で過ごす。13になったときには、正式に侍女としてリシュアに仕えることになった。高慢でありながらも美人なリシュアはB国の宝だといわれていて、ロレットはそのリシュアの傍で豪華な饗宴、華やかなドレスに囲まれて過ごす。
リシュアはロレットをそばにおいた。
外見は地味で性格も大人しいロレットは、リシュアの美しさ華やかさを一層引き立てる役割があたえられたのである。
エール国フォルスが軍事力を元に森と平野の国々を手中に収めていく中、B国は最後までその勢力下にはいることに抵抗する。純度の高いルビーの産地として財力を持ち、兵を養うB国の国境の守りは硬く厚い。
森と平野で独立を保つのはB国のみとなっていた。
独立はB国の誇りであり、エール国は森と平野の最後の独立国B国を陥落させようと躍起になる。
だが、それが一変するのは昨年であった。
フォルスは内部から崩壊させる作戦へ変更する。
その一端となったのが、王族の血を引くロレットの母とその夫。
母は戦時状態がいつまでも続くことを憂いていた。
「父はエール国と手を結ぶべきだという貴族たちを代表する立場で、前王と対立しました。父は、エール国の援助をひそかに受けることになりました。前王を幽閉し王座を譲り受けました。リシュアは多くの助力により王族に留まれましたが、その時から、侍女であったわたしとの立場が逆転してしまったのです。プライドの高いリシュアにとっては大変つらかったことでしょう。リシュアがこの夏スクールに参加することを、父である現王が認めたのは、肩身の狭いB国を離れて気持ちに整理をつけて欲しいから。そして他国へ嫁ぐのに、どうせなら気に入った人を見つけて欲しいという思いがあったからでした。それが、あんな、エールの王子を殺そうとするなんて……」
ロレットは涙をのむ。
一方でロゼリアは生唾を飲み込んだ。
ロレットは王位をゆずり受けたというが、それは王位簒奪である。
さらにB国王は国民をなだめるためにリシュア姫を王族に残した。彼女の恨みの深さを知った上で、夏スクールに派遣すれば、エールの王子殺害など自暴自棄な凶行を行うだろうということを予想していたのに違いない。
そして、フォルス王か王子暗殺未遂でリシュア姫を処刑するという流れを描いていたのではないかと思ったのだ。
「だからわたしはっ。暗殺未遂のB国というイメージを払拭しにきたんですけど、やっていることは……」
「小間使いですね」
「小間使いって、断定的な言い方やめてください!せめて、まるで、小間使いって婉曲的にいってください。以前リシュアの小間使いだったことは確かですから!」
ロゼリアが言葉にできないことを端的に言ったのはララである。
ララの言葉を認めながらもロレットは逆切れしている。
ロレットが語っている途中に、ララが湯を持って入ってきていた。
棚から瓶を取り出しテーブルの上にこれ見よがしに置きはじめる。
ロゼリアは自分の部屋にココアと砂糖があることを初めて知ったのである。
棚にはいつの間にか、ハーブティーやココアやコーヒーなど、貴重なものが入れられているようであった。
ロゼリアに目線で、何かこれらで作って差し上げなさいと指示する。
ここまでしたのなら自分でやってくれればと思うのだが、ララにとってはこれはロゼリアがロレットを取り込むのにチャンスだと踏んだようである。
ロレットが部屋に入るなり、堰き止めていたものが流れ出す。
しゃくりをあげるロレットを、まずは応接の椅子に座らせ、頭からタオルを被せてがしがしと拭く。ロレットはなされるがままである。
もう一枚タオルを肩にかけた。
「わたしっ。頑張っていたのにっ。みなさんが喜んでくれると思って、毎日徹夜までして、なのに、気に入らないからって、捨てられるようなそんな扱いって、ひどすぎます」
「まだ、捨てたとは決まったわけじゃないから。洗濯して風に飛ばされたとか、持ち歩いていて落としてしまったとかそういうこともあり得るのだから。落ち着いて……」
「宝物箱に入れて大事にすると、イリスさまはたいそう喜ばれておられました。普段使いに持ち歩いて落とすなんてことはありません!それがあそこにあったということは、使って、汚れたので適当に捨てて、ということではありませんか!わたしの大きな作品は額にいれられて飾られるほど貴重な扱いをされる時もあるのですよ!」
ロゼリアの慰めを恐ろしい形相でロレットは一蹴する。
「そ、そうなんだね……」
「わたしっ。こんなあれですから、みなさんに受け入れてもらうために努力してきたんです。話しかけてくれるのも、いろんなことを頼まれるのも、刺繍をねだられるのも本当に自分を認めてもらえたと思えてうれしかったのです。途中参加ですし。ロゼリアさまも途中参加だから、すっかり出来上がった女子の輪の中に入っていく辛さってわかりますよね?」
「そうだね、辛いね」
ロゼリアは鬼気迫る迫力に圧倒される。
正直言えば、ロゼリアは女子の中に和気あいあいと仲良く戯れている姿を望んだことがない。
だから、ロレットの辛さを本当のところ分かるとはいえないが、好意を無碍にされたのならショックを受けて当然かもと理解する。
「わたしっ。もともとリシュアさまの侍女だったんです……」
ロレットはしゃくりを上げながら胸に詰まった塊を吐き出すように話はじめた。
リシュアはB国の姫で気高く美しい。その母の妹の子がロレットで、ロレットの身分は低かったが、リシュアの友人として王城で過ごす。13になったときには、正式に侍女としてリシュアに仕えることになった。高慢でありながらも美人なリシュアはB国の宝だといわれていて、ロレットはそのリシュアの傍で豪華な饗宴、華やかなドレスに囲まれて過ごす。
リシュアはロレットをそばにおいた。
外見は地味で性格も大人しいロレットは、リシュアの美しさ華やかさを一層引き立てる役割があたえられたのである。
エール国フォルスが軍事力を元に森と平野の国々を手中に収めていく中、B国は最後までその勢力下にはいることに抵抗する。純度の高いルビーの産地として財力を持ち、兵を養うB国の国境の守りは硬く厚い。
森と平野で独立を保つのはB国のみとなっていた。
独立はB国の誇りであり、エール国は森と平野の最後の独立国B国を陥落させようと躍起になる。
だが、それが一変するのは昨年であった。
フォルスは内部から崩壊させる作戦へ変更する。
その一端となったのが、王族の血を引くロレットの母とその夫。
母は戦時状態がいつまでも続くことを憂いていた。
「父はエール国と手を結ぶべきだという貴族たちを代表する立場で、前王と対立しました。父は、エール国の援助をひそかに受けることになりました。前王を幽閉し王座を譲り受けました。リシュアは多くの助力により王族に留まれましたが、その時から、侍女であったわたしとの立場が逆転してしまったのです。プライドの高いリシュアにとっては大変つらかったことでしょう。リシュアがこの夏スクールに参加することを、父である現王が認めたのは、肩身の狭いB国を離れて気持ちに整理をつけて欲しいから。そして他国へ嫁ぐのに、どうせなら気に入った人を見つけて欲しいという思いがあったからでした。それが、あんな、エールの王子を殺そうとするなんて……」
ロレットは涙をのむ。
一方でロゼリアは生唾を飲み込んだ。
ロレットは王位をゆずり受けたというが、それは王位簒奪である。
さらにB国王は国民をなだめるためにリシュア姫を王族に残した。彼女の恨みの深さを知った上で、夏スクールに派遣すれば、エールの王子殺害など自暴自棄な凶行を行うだろうということを予想していたのに違いない。
そして、フォルス王か王子暗殺未遂でリシュア姫を処刑するという流れを描いていたのではないかと思ったのだ。
「だからわたしはっ。暗殺未遂のB国というイメージを払拭しにきたんですけど、やっていることは……」
「小間使いですね」
「小間使いって、断定的な言い方やめてください!せめて、まるで、小間使いって婉曲的にいってください。以前リシュアの小間使いだったことは確かですから!」
ロゼリアが言葉にできないことを端的に言ったのはララである。
ララの言葉を認めながらもロレットは逆切れしている。
ロレットが語っている途中に、ララが湯を持って入ってきていた。
棚から瓶を取り出しテーブルの上にこれ見よがしに置きはじめる。
ロゼリアは自分の部屋にココアと砂糖があることを初めて知ったのである。
棚にはいつの間にか、ハーブティーやココアやコーヒーなど、貴重なものが入れられているようであった。
ロゼリアに目線で、何かこれらで作って差し上げなさいと指示する。
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