155 / 238
第九話 女の作法
92-1、スクール初日 ③
しおりを挟む
「アデールのロゼリアさまですよね!わたしベラと言います。アンさまにはよくして頂きました!」
元気な声にロゼリアは呼び掛けられた。
背後から腕にがっつりと絡められて、食器の返却口から扉の横へと引かれていく。
「アンさまがお帰りになられたって本当ですか。あんなことになって心を痛められて、寂しくお帰りになられたなんて……」
ベラはロゼリアを解放すると、ロゼリアの顔をしげしげ見るとぐずりと鼻をすすった。
扉のところにはレオが待っていて、とんとんとベラの肩を叩いて慰める。
親し気な様子にロゼリアは自分が部屋にこもっていた間に二人の距離感が急激に縮まったことを知る。
ちょっとした浦島太郎になったような気がする。
ロゼリアはレオにお礼をいっていないことを思い出した。若者たちの暴挙に水を打ち終止符を打ったのは、この眼鏡のレオだった。しかしながらそのお礼はロゼリアからではなくアンジュから言うべきものだったので、開きかけた口をつぐむ。
「アンにも事情があったんだろ。そう悲しむなよ。その代わり、彼の妹姫がここにいるんだから。同性の方がベラも仲良くするのに後ろ指さされないだろうから、むしろいいんじゃないか?」
レオはロゼリアを向く。
眼鏡の奥の目はまっすぐにロゼリアを見る。
距離が縮まっただけでなくレオは自信を得たようだった。
「はじめまして。俺はレオと言います。草原のF国からきました。お兄さまとはベラと同様に、朝錬とか一緒したりしてとても仲がよかったのですよ。それなのに……すみません。恨み節が出てきそうだ」
ぐっとこみ上げる固まりをレオは飲み込んだ。
ロゼリアは別れも言わずにアデールの王子を彼らの前からろうそくの炎を消すかのように消してしまったことに、はじめて申し訳なさを感じた。
「ベラさんもレオさんもお名前はうかがっています。わたしを兄と同様によき友人だと思っていただけると嬉しいのですが」
「まあ!ロゼリアさまは、まるでアンさまにそっくりだと思っておりました!そのご容貌の美しさも、見事な黄金の髪も、声の美しさも。間違って、アンと呼び掛けてしまったらごめんなさい!教室へ行きながらでもお話でもしませんか?」
ベラは以前は野暮ったい雰囲気があったが、そばかすの散る顔に満面の笑顔を見せる今では、首がりんと伸び全体的にスッキリした印象に変わっている。胸は変わらず豊かではあるがウエストがぐっとしまっている。腰はどっしりと安定感があり、ララの目指しているものはこういう感じなのかなとロゼリアは感じた。そう思ってみれば、ベラは今まで彼女がどうして卑屈になっていたのかわからないぐらい、魅惑的な女性に思えた。
その横のレオも、以前は壁や影に己を同化させてしまいたい、とでもいうような印象の薄さを漂わせていたが、今はもう人の視線を集めても委縮することはなさそうである。
しばらく見ないうちに二人はずいぶんと成長しているように思えた。
ロゼリアも、女として魅力的に成長できるのだろうかと、これまでの人生の中で感じたことのない不安がよぎる。
ジルコンが振り返り手を差し伸べるぐらいに、魅力的になれるだろうか。
「ロゼリアさま、銀髪の巻き毛のあの男、ウォラスには気を付けて下さい。このところ大人しくしているようですが、女ったらしと評判ですから。それに、彼は、ある意味最低な奴ですから」
ベラはウォラスににらみつけた。
そこへ加わったのがエストである。
頬を上気させてロゼリアを見た。
「アンかと思いました。本当によく似ていらっしゃる。妹君は、本当にお美しい……」
「ちょっと、エスト。余計な賛辞をロゼリアに勝手に贈らないでくれる?ロゼリアはジルコンさまの婚約者なんですから!」
もう、ベラはロゼリアを呼び捨てである。
挨拶をかわしたらもう友人であるというのがベラらしい。
「そんなに気にしなくていいよ。ララはああいったけどジルコンは本当は……」
ロゼリアは名前を呼ばれた。いつもよりも低い声。
心臓がはねあがった。ジルコンだった。
振り返ると彼は真後ろに立っていて、ロゼリアを上から見下ろしていた。昨夜に感じた冬の凍てつくような冷やかな目つきは変わらない。
不意に、今まで聞こえなかった雨脚が強くなったように思えた。
慣れないヒールのかかとが痛くなった。足指が窮屈で苦しくなって脱ぎ捨てたくなった。高い湿度で大きく三つ編みにした髪のおくれ毛が頬に絡んで気持ち悪かった。
ジルコンには最高の笑顔を見せたいのに、うまく笑顔が作れない。
「おはよう。ロゼリア。本当に今日から参加することにしたんだね。アンは無事に出立したと連絡を受けたよ。本当に、アンが大事な妹を残していくとは思わなかった」
その眼に強い悲しみと、アンジュではなくどうしてお前が残ったのだと言いたげな非難が混ざる。
「おはようございます。ジルコンさま。田舎者な故に、不作法不調法をしでかしましたらお赦しください」
「アンジュでそれは慣れている。むしろ、双子であるのにどこまでアンジュと別人なのか、興味があるところだが。別にあなたが何をしでかしたとしてかまわないから、わたしのことは気にしないで、あなたの望むままに授業を受けたらいいよ」
その言葉の意味は、お前と俺は全く関係ないということだった。
「……興味をもってくださるとは思いもしませんでした」
無理やり作った渾身のロゼリアの笑顔を真正面から受け、ジルコンは身じろぎをする。
ジルコンの背中へかぶさるように、彼の友人たちが現れロゼリアとジルコンを取り巻いた。
「ジルコン!君の婚約者を紹介して欲しい!」
しぶしぶジルコンは紹介する。
その中には、ノルもバルドもフィンもラドーもいる。
口々にアンジュ殿とそっくりでいながらとても美しいといわれる。
そろそろ授業が始まる時間が近づいてきている。
そのまま雪崩をうつようにして行きかけたロゼリアの横にジルコンはひたりとついた。二人に気を効かせて、取り巻いていた者たちは先に行く。
「ララを女官につけても意味がないんじゃないか?途中参加はしんどいだろう。逃げ帰っても俺は責めないから安心しろ。それよりアデールに戻ってアンジュが来るように働きかけてくれる方が俺はお前に感謝するんだが……」
「……わたしは逃げ帰らない。兄を呼び戻すつもりはない。あなたのアンはもういないんだから」
誰にも聞かれていない状態だと、ジルコンの言葉は刃を含む。
使い分けられる二面性。
アデールの森でであった時のような傲慢さが見えた。
「それはいったいどういう意味だ」
元気な声にロゼリアは呼び掛けられた。
背後から腕にがっつりと絡められて、食器の返却口から扉の横へと引かれていく。
「アンさまがお帰りになられたって本当ですか。あんなことになって心を痛められて、寂しくお帰りになられたなんて……」
ベラはロゼリアを解放すると、ロゼリアの顔をしげしげ見るとぐずりと鼻をすすった。
扉のところにはレオが待っていて、とんとんとベラの肩を叩いて慰める。
親し気な様子にロゼリアは自分が部屋にこもっていた間に二人の距離感が急激に縮まったことを知る。
ちょっとした浦島太郎になったような気がする。
ロゼリアはレオにお礼をいっていないことを思い出した。若者たちの暴挙に水を打ち終止符を打ったのは、この眼鏡のレオだった。しかしながらそのお礼はロゼリアからではなくアンジュから言うべきものだったので、開きかけた口をつぐむ。
「アンにも事情があったんだろ。そう悲しむなよ。その代わり、彼の妹姫がここにいるんだから。同性の方がベラも仲良くするのに後ろ指さされないだろうから、むしろいいんじゃないか?」
レオはロゼリアを向く。
眼鏡の奥の目はまっすぐにロゼリアを見る。
距離が縮まっただけでなくレオは自信を得たようだった。
「はじめまして。俺はレオと言います。草原のF国からきました。お兄さまとはベラと同様に、朝錬とか一緒したりしてとても仲がよかったのですよ。それなのに……すみません。恨み節が出てきそうだ」
ぐっとこみ上げる固まりをレオは飲み込んだ。
ロゼリアは別れも言わずにアデールの王子を彼らの前からろうそくの炎を消すかのように消してしまったことに、はじめて申し訳なさを感じた。
「ベラさんもレオさんもお名前はうかがっています。わたしを兄と同様によき友人だと思っていただけると嬉しいのですが」
「まあ!ロゼリアさまは、まるでアンさまにそっくりだと思っておりました!そのご容貌の美しさも、見事な黄金の髪も、声の美しさも。間違って、アンと呼び掛けてしまったらごめんなさい!教室へ行きながらでもお話でもしませんか?」
ベラは以前は野暮ったい雰囲気があったが、そばかすの散る顔に満面の笑顔を見せる今では、首がりんと伸び全体的にスッキリした印象に変わっている。胸は変わらず豊かではあるがウエストがぐっとしまっている。腰はどっしりと安定感があり、ララの目指しているものはこういう感じなのかなとロゼリアは感じた。そう思ってみれば、ベラは今まで彼女がどうして卑屈になっていたのかわからないぐらい、魅惑的な女性に思えた。
その横のレオも、以前は壁や影に己を同化させてしまいたい、とでもいうような印象の薄さを漂わせていたが、今はもう人の視線を集めても委縮することはなさそうである。
しばらく見ないうちに二人はずいぶんと成長しているように思えた。
ロゼリアも、女として魅力的に成長できるのだろうかと、これまでの人生の中で感じたことのない不安がよぎる。
ジルコンが振り返り手を差し伸べるぐらいに、魅力的になれるだろうか。
「ロゼリアさま、銀髪の巻き毛のあの男、ウォラスには気を付けて下さい。このところ大人しくしているようですが、女ったらしと評判ですから。それに、彼は、ある意味最低な奴ですから」
ベラはウォラスににらみつけた。
そこへ加わったのがエストである。
頬を上気させてロゼリアを見た。
「アンかと思いました。本当によく似ていらっしゃる。妹君は、本当にお美しい……」
「ちょっと、エスト。余計な賛辞をロゼリアに勝手に贈らないでくれる?ロゼリアはジルコンさまの婚約者なんですから!」
もう、ベラはロゼリアを呼び捨てである。
挨拶をかわしたらもう友人であるというのがベラらしい。
「そんなに気にしなくていいよ。ララはああいったけどジルコンは本当は……」
ロゼリアは名前を呼ばれた。いつもよりも低い声。
心臓がはねあがった。ジルコンだった。
振り返ると彼は真後ろに立っていて、ロゼリアを上から見下ろしていた。昨夜に感じた冬の凍てつくような冷やかな目つきは変わらない。
不意に、今まで聞こえなかった雨脚が強くなったように思えた。
慣れないヒールのかかとが痛くなった。足指が窮屈で苦しくなって脱ぎ捨てたくなった。高い湿度で大きく三つ編みにした髪のおくれ毛が頬に絡んで気持ち悪かった。
ジルコンには最高の笑顔を見せたいのに、うまく笑顔が作れない。
「おはよう。ロゼリア。本当に今日から参加することにしたんだね。アンは無事に出立したと連絡を受けたよ。本当に、アンが大事な妹を残していくとは思わなかった」
その眼に強い悲しみと、アンジュではなくどうしてお前が残ったのだと言いたげな非難が混ざる。
「おはようございます。ジルコンさま。田舎者な故に、不作法不調法をしでかしましたらお赦しください」
「アンジュでそれは慣れている。むしろ、双子であるのにどこまでアンジュと別人なのか、興味があるところだが。別にあなたが何をしでかしたとしてかまわないから、わたしのことは気にしないで、あなたの望むままに授業を受けたらいいよ」
その言葉の意味は、お前と俺は全く関係ないということだった。
「……興味をもってくださるとは思いもしませんでした」
無理やり作った渾身のロゼリアの笑顔を真正面から受け、ジルコンは身じろぎをする。
ジルコンの背中へかぶさるように、彼の友人たちが現れロゼリアとジルコンを取り巻いた。
「ジルコン!君の婚約者を紹介して欲しい!」
しぶしぶジルコンは紹介する。
その中には、ノルもバルドもフィンもラドーもいる。
口々にアンジュ殿とそっくりでいながらとても美しいといわれる。
そろそろ授業が始まる時間が近づいてきている。
そのまま雪崩をうつようにして行きかけたロゼリアの横にジルコンはひたりとついた。二人に気を効かせて、取り巻いていた者たちは先に行く。
「ララを女官につけても意味がないんじゃないか?途中参加はしんどいだろう。逃げ帰っても俺は責めないから安心しろ。それよりアデールに戻ってアンジュが来るように働きかけてくれる方が俺はお前に感謝するんだが……」
「……わたしは逃げ帰らない。兄を呼び戻すつもりはない。あなたのアンはもういないんだから」
誰にも聞かれていない状態だと、ジルコンの言葉は刃を含む。
使い分けられる二面性。
アデールの森でであった時のような傲慢さが見えた。
「それはいったいどういう意味だ」
0
お気に入りに追加
575
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる