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第九話 女の作法

92-1、スクール初日 ③

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「アデールのロゼリアさまですよね!わたしベラと言います。アンさまにはよくして頂きました!」
 元気な声にロゼリアは呼び掛けられた。
 背後から腕にがっつりと絡められて、食器の返却口から扉の横へと引かれていく。
「アンさまがお帰りになられたって本当ですか。あんなことになって心を痛められて、寂しくお帰りになられたなんて……」
 ベラはロゼリアを解放すると、ロゼリアの顔をしげしげ見るとぐずりと鼻をすすった。
 扉のところにはレオが待っていて、とんとんとベラの肩を叩いて慰める。
 親し気な様子にロゼリアは自分が部屋にこもっていた間に二人の距離感が急激に縮まったことを知る。
 ちょっとした浦島太郎になったような気がする。
 ロゼリアはレオにお礼をいっていないことを思い出した。若者たちの暴挙に水を打ち終止符を打ったのは、この眼鏡のレオだった。しかしながらそのお礼はロゼリアからではなくアンジュから言うべきものだったので、開きかけた口をつぐむ。

「アンにも事情があったんだろ。そう悲しむなよ。その代わり、彼の妹姫がここにいるんだから。同性の方がベラも仲良くするのに後ろ指さされないだろうから、むしろいいんじゃないか?」
 レオはロゼリアを向く。
 眼鏡の奥の目はまっすぐにロゼリアを見る。
 距離が縮まっただけでなくレオは自信を得たようだった。
「はじめまして。俺はレオと言います。草原のF国からきました。お兄さまとはベラと同様に、朝錬とか一緒したりしてとても仲がよかったのですよ。それなのに……すみません。恨み節が出てきそうだ」

 ぐっとこみ上げる固まりをレオは飲み込んだ。
 ロゼリアは別れも言わずにアデールの王子を彼らの前からろうそくの炎を消すかのように消してしまったことに、はじめて申し訳なさを感じた。

「ベラさんもレオさんもお名前はうかがっています。わたしを兄と同様によき友人だと思っていただけると嬉しいのですが」
「まあ!ロゼリアさまは、まるでアンさまにそっくりだと思っておりました!そのご容貌の美しさも、見事な黄金の髪も、声の美しさも。間違って、アンと呼び掛けてしまったらごめんなさい!教室へ行きながらでもお話でもしませんか?」

 ベラは以前は野暮ったい雰囲気があったが、そばかすの散る顔に満面の笑顔を見せる今では、首がりんと伸び全体的にスッキリした印象に変わっている。胸は変わらず豊かではあるがウエストがぐっとしまっている。腰はどっしりと安定感があり、ララの目指しているものはこういう感じなのかなとロゼリアは感じた。そう思ってみれば、ベラは今まで彼女がどうして卑屈になっていたのかわからないぐらい、魅惑的な女性に思えた。
 その横のレオも、以前は壁や影に己を同化させてしまいたい、とでもいうような印象の薄さを漂わせていたが、今はもう人の視線を集めても委縮することはなさそうである。
 しばらく見ないうちに二人はずいぶんと成長しているように思えた。
 ロゼリアも、女として魅力的に成長できるのだろうかと、これまでの人生の中で感じたことのない不安がよぎる。
 ジルコンが振り返り手を差し伸べるぐらいに、魅力的になれるだろうか。

「ロゼリアさま、銀髪の巻き毛のあの男、ウォラスには気を付けて下さい。このところ大人しくしているようですが、女ったらしと評判ですから。それに、彼は、ある意味最低な奴ですから」
 ベラはウォラスににらみつけた。
 そこへ加わったのがエストである。
 頬を上気させてロゼリアを見た。
「アンかと思いました。本当によく似ていらっしゃる。妹君は、本当にお美しい……」
「ちょっと、エスト。余計な賛辞をロゼリアに勝手に贈らないでくれる?ロゼリアはジルコンさまの婚約者なんですから!」
 もう、ベラはロゼリアを呼び捨てである。
 挨拶をかわしたらもう友人であるというのがベラらしい。
「そんなに気にしなくていいよ。ララはああいったけどジルコンは本当は……」

 ロゼリアは名前を呼ばれた。いつもよりも低い声。
 心臓がはねあがった。ジルコンだった。
 振り返ると彼は真後ろに立っていて、ロゼリアを上から見下ろしていた。昨夜に感じた冬の凍てつくような冷やかな目つきは変わらない。
 不意に、今まで聞こえなかった雨脚が強くなったように思えた。
 慣れないヒールのかかとが痛くなった。足指が窮屈で苦しくなって脱ぎ捨てたくなった。高い湿度で大きく三つ編みにした髪のおくれ毛が頬に絡んで気持ち悪かった。
 ジルコンには最高の笑顔を見せたいのに、うまく笑顔が作れない。

「おはよう。ロゼリア。本当に今日から参加することにしたんだね。アンは無事に出立したと連絡を受けたよ。本当に、アンが大事な妹を残していくとは思わなかった」
 その眼に強い悲しみと、アンジュではなくどうしてお前が残ったのだと言いたげな非難が混ざる。

「おはようございます。ジルコンさま。田舎者な故に、不作法不調法をしでかしましたらお赦しください」
「アンジュでそれは慣れている。むしろ、双子であるのにどこまでアンジュと別人なのか、興味があるところだが。別にあなたが何をしでかしたとしてかまわないから、わたしのことは気にしないで、あなたの望むままに授業を受けたらいいよ」

 その言葉の意味は、お前と俺は全く関係ないということだった。

「……興味をもってくださるとは思いもしませんでした」
 無理やり作った渾身のロゼリアの笑顔を真正面から受け、ジルコンは身じろぎをする。
 ジルコンの背中へかぶさるように、彼の友人たちが現れロゼリアとジルコンを取り巻いた。
「ジルコン!君の婚約者を紹介して欲しい!」
 しぶしぶジルコンは紹介する。
 その中には、ノルもバルドもフィンもラドーもいる。
 口々にアンジュ殿とそっくりでいながらとても美しいといわれる。
 そろそろ授業が始まる時間が近づいてきている。
 そのまま雪崩をうつようにして行きかけたロゼリアの横にジルコンはひたりとついた。二人に気を効かせて、取り巻いていた者たちは先に行く。

「ララを女官につけても意味がないんじゃないか?途中参加はしんどいだろう。逃げ帰っても俺は責めないから安心しろ。それよりアデールに戻ってアンジュが来るように働きかけてくれる方が俺はお前に感謝するんだが……」
「……わたしは逃げ帰らない。兄を呼び戻すつもりはない。あなたのアンはもういないんだから」
 誰にも聞かれていない状態だと、ジルコンの言葉は刃を含む。
 使い分けられる二面性。
 アデールの森でであった時のような傲慢さが見えた。
「それはいったいどういう意味だ」



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