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第六話 黒鶏
61、夜月を確保せよ⑤
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馬上のエストの元に友人たち馬を寄せては離れていた。
狩りの待機ポイントはさらに森の奥である。
先頭の森の管理人は、初めは散歩道を通るが、広々とした泉に出るとその先からは、馬がやっと通れる獣道を進んでいく。
エストは森に目を凝らしていた。
時折、鹿やウサギや、鳥が、森の影の中にあった。
その中でも黒い影に目を凝らす。
もしかして、黒鶏はこのまま森の中で影と同化してみつからないのかもしれない。
そんな、暗澹たる気持ちになる。
人でさえも迷い込めば方向を失い、死ぬまでどうどう巡り、彷徨いそうだった。
「いつの間に意気投合したんだ。あいつがエストを援護するってどういうことだよ」
ラドーがエストに声をかけた。
「同じ立場なだけで、別に意気投合しているわけじゃないよ」
これを言うのは何回目だろう。
がさりと頭上の枝が揺れ、ラドーはさっと上を見た。
尻尾の大きなリスが走っていく。
ラドーはほっとして、腰に置いた手を手綱に戻した。
「とにかく、あんまりあいつと仲良くしない方がいいよ」
「……なぜ?」
問い直すと、ラドーは少し驚いた顔をする。
「なぜって、あいつが気に入らないからさ。……特に、ノルとバルドが。これ以上仲良くしていると、お前はあいつと同じになるよ」
ラドーは声をひそめた。
それは警告だった。苦虫をつぶしたような顔で付け加える。
「エストの鶏は見つけたら捕獲するが、あいつの赤い印の鶏はどうなるかわからないから、そのつもりでいた方がいい」
ラドーは前方のノルを見て鼻で笑う。
「あんなに嫌っているのに、狩り装束の差し色の赤が、アデールの赤っていうのが笑えるけどな」
ジルコンの取り巻きたちも、踏み込めば一枚岩ではない。
それぞれ互いに思うところがあるのだ。
そこから40分ほど入ったところが待機ポイントである。
雨季には広い川となるが今は、小石が広がる河原で水は浅い。
視界が開けていて、猟犬に追い込まれ森から飛び出してきた獲物は、川で行く手を遮られ立往生したところを撃ちする作戦である。
彼らは川を渡り、ごつごつした岩場の影や木陰に身を潜ませた。
ジルコンは自ら弓を手にしているので、ノルやラドーもいつでも対応できるようにする。
狩り装束をロゼリアに貸したために来れなかったアヤの代わりに、ロゼリアの護衛はジムである。
ジムがロゼリアに訊く。
「アンさまは狩りをしないようでしたら、俺が弓をひきましょうか?」
ロゼリアは首を振る。
「狩りは彼らにまかせて、僕たちは鶏を確保する。ジムもそのつもりでいて欲しい」
イノシシよりも鶏がこの広場に先に追い立てられていた。
飛んでくるヤツ、地面を飛び上がりながら、かけてくるヤツ、いろいろだった。
転がるように出てきては、誰かの矢に射抜かれている。
遠くで吠え立てる複数の犬の声が聞こえたと思うと、吠え声が急激に近づいてくる。
「くるぞ!」
バルトが言う。
犬を足元に絡まれながら、イノシシが飛び出してきた。
一番目のイノシシの首を狙い、ジルコンは矢を放つ。
首を射抜かれひるんだイノシシに、ジルコンは短剣を抜き、岩場を飛び出して首をかき切って確実に仕留めた。
「お見事です!」
ロサンが叫ぶ。ジルコンは平然と剣についた血を払う。
それをみて、血の気が引いたのはロゼリア。
最初の出会いを思い出したのだ。
ロゼリアは実は狩りは好きではない。
アンジュとして過ごしても、狩りだけは何かと言い訳しては参加しなかったのだ。
身を守るために戦うのと、楽しみのために狩るのとは違う。
顔色の変化に気が付いたのは、ジルコン。
「大丈夫か?増えすぎた動物を調整しなければ我らの生活が脅かされる。嫌ならもっと後ろに下がっていろ」
ロゼリアは口を引き結びうなずいた。
これは、貴族の楽しみのための狩りではない。
パジャンと勝負がかかっていても、本質はそこではないということを、ジルコンはロゼリアに思い出させた。
ジルコンが一頭目を仕留めると、後は自由に狩りが始まる。
森の案内人が、川下の岩場の影でイノシシを処理している間、つぎつぎとイノシシは飛び出してきた。
バルドは矢をいらずに剣を槍のように使って直接対決である。
ノルやフィンやラドーは矢を当てるところまで。
最後のとどめは彼らの護衛が行った。
その間に、白や茶や黒の鳥たちがつぎつぎ飛び出してきて、こちらは矢だけ仕留められていく。
黒い鶏が現れるたびに、エストは息を飲んでいた。
額の白い印と足の銀の輪がないと確信を得る前に、矢は射かけらているようだった。
それに気が付いたアデールの王子は不安げにエストをみた。
一滴も血を浴びていないのに、アデールの王子の顔は真っ青だった。
もう何羽黒い鶏が仕留められたのだろう?
「黒鳥10羽目ですが、夜月はおりません」
エストの護衛が安心させるように言う。
もしかして、もう、このあたりには夜月はおらず、さらに森の奥へ逃げたのかもしれないと、エストは思い込もうとした。ここで、確認もせずに矢の餌食になるぐらいなら、自分の元にもどらなくてもずっとましだと思えた。
王城の、自分のところに戻ろうとしていなければ、その確率は高いと思えるのだ。
そのとき、わあっと声が上がる。
樹冠の上から大きな影が飛び出したのだ。
それも虹色に輝く長い帯をはためかせていた。
「あれは、なんだ!エスト!」
バルドが空を仰ぎ見て叫んだ。
「尾長鶏です。あの尾長は大変珍しいです」
エストが驚いたことに滑空し降りてくる着地地点を読んでバルトは駆けだし、まだ地面につかない尾長鳥を空中で捕まえた。
「エスト!他にもこういうヤツはいるのか?」
手の中で驚いて暴れる鶏をバストはしっかり押さえている。尾はそれまでに地面を引きずっていたのであろう、良く見れば枝やら虫やらを巻き込んで、大事に飼われていた時と比べて随分薄汚れている。
だがバルドは些細なことは気にならない。狩りとは別の興奮に目を輝かせている。
「こういう変わり種は生け捕りにするぞ!コイツらはただの鶏ではない!」
バルドの興奮のさまにその場にいた者全てが呆れるが、一番狩りが好きであるはずのバルドの希望通り、尾長鶏は生け捕り方針が決まったのである。
はじめの狩りが始まって数時間がたっていた。
この狩場ではイノシシも10頭以上仕留めている。
夜月もクロも現れない。
全員に、疲労が現れはじめていた。
その時、ゆらめく長い影が狩場に落ちた。
「尾長だ!」
誰かが空を指し叫んだ。
真黒の身体に長くたなびく長さの異なる赤い尾羽。
その鶏はいったん地面に着地すると、狩り人たちに気が付くと方向を急転換させ元来た方へ走り出した。
再び高く飛びあがった。
「アデールの赤のような尾羽だった!行ってしまったが追いかけて捕まえるか?」
バルドがいう。
岩場の影から飛び出したのはロゼリア。
「尾羽じゃない!あれはクロだ!みつけた!」
足に結んだリボンは半ばほどけ、辛うじてクロの足に絡まっていた。
解けるのも時間の問題だった。リボンがなければ、ただの黒鶏のクロは狩られてしまう。
「待て、アン!一人で行動するな!」
ジルコンの声はロゼリアには届かない。
ロゼリアはクロの後を夢中で追いかけたのだった。
狩りの待機ポイントはさらに森の奥である。
先頭の森の管理人は、初めは散歩道を通るが、広々とした泉に出るとその先からは、馬がやっと通れる獣道を進んでいく。
エストは森に目を凝らしていた。
時折、鹿やウサギや、鳥が、森の影の中にあった。
その中でも黒い影に目を凝らす。
もしかして、黒鶏はこのまま森の中で影と同化してみつからないのかもしれない。
そんな、暗澹たる気持ちになる。
人でさえも迷い込めば方向を失い、死ぬまでどうどう巡り、彷徨いそうだった。
「いつの間に意気投合したんだ。あいつがエストを援護するってどういうことだよ」
ラドーがエストに声をかけた。
「同じ立場なだけで、別に意気投合しているわけじゃないよ」
これを言うのは何回目だろう。
がさりと頭上の枝が揺れ、ラドーはさっと上を見た。
尻尾の大きなリスが走っていく。
ラドーはほっとして、腰に置いた手を手綱に戻した。
「とにかく、あんまりあいつと仲良くしない方がいいよ」
「……なぜ?」
問い直すと、ラドーは少し驚いた顔をする。
「なぜって、あいつが気に入らないからさ。……特に、ノルとバルドが。これ以上仲良くしていると、お前はあいつと同じになるよ」
ラドーは声をひそめた。
それは警告だった。苦虫をつぶしたような顔で付け加える。
「エストの鶏は見つけたら捕獲するが、あいつの赤い印の鶏はどうなるかわからないから、そのつもりでいた方がいい」
ラドーは前方のノルを見て鼻で笑う。
「あんなに嫌っているのに、狩り装束の差し色の赤が、アデールの赤っていうのが笑えるけどな」
ジルコンの取り巻きたちも、踏み込めば一枚岩ではない。
それぞれ互いに思うところがあるのだ。
そこから40分ほど入ったところが待機ポイントである。
雨季には広い川となるが今は、小石が広がる河原で水は浅い。
視界が開けていて、猟犬に追い込まれ森から飛び出してきた獲物は、川で行く手を遮られ立往生したところを撃ちする作戦である。
彼らは川を渡り、ごつごつした岩場の影や木陰に身を潜ませた。
ジルコンは自ら弓を手にしているので、ノルやラドーもいつでも対応できるようにする。
狩り装束をロゼリアに貸したために来れなかったアヤの代わりに、ロゼリアの護衛はジムである。
ジムがロゼリアに訊く。
「アンさまは狩りをしないようでしたら、俺が弓をひきましょうか?」
ロゼリアは首を振る。
「狩りは彼らにまかせて、僕たちは鶏を確保する。ジムもそのつもりでいて欲しい」
イノシシよりも鶏がこの広場に先に追い立てられていた。
飛んでくるヤツ、地面を飛び上がりながら、かけてくるヤツ、いろいろだった。
転がるように出てきては、誰かの矢に射抜かれている。
遠くで吠え立てる複数の犬の声が聞こえたと思うと、吠え声が急激に近づいてくる。
「くるぞ!」
バルトが言う。
犬を足元に絡まれながら、イノシシが飛び出してきた。
一番目のイノシシの首を狙い、ジルコンは矢を放つ。
首を射抜かれひるんだイノシシに、ジルコンは短剣を抜き、岩場を飛び出して首をかき切って確実に仕留めた。
「お見事です!」
ロサンが叫ぶ。ジルコンは平然と剣についた血を払う。
それをみて、血の気が引いたのはロゼリア。
最初の出会いを思い出したのだ。
ロゼリアは実は狩りは好きではない。
アンジュとして過ごしても、狩りだけは何かと言い訳しては参加しなかったのだ。
身を守るために戦うのと、楽しみのために狩るのとは違う。
顔色の変化に気が付いたのは、ジルコン。
「大丈夫か?増えすぎた動物を調整しなければ我らの生活が脅かされる。嫌ならもっと後ろに下がっていろ」
ロゼリアは口を引き結びうなずいた。
これは、貴族の楽しみのための狩りではない。
パジャンと勝負がかかっていても、本質はそこではないということを、ジルコンはロゼリアに思い出させた。
ジルコンが一頭目を仕留めると、後は自由に狩りが始まる。
森の案内人が、川下の岩場の影でイノシシを処理している間、つぎつぎとイノシシは飛び出してきた。
バルドは矢をいらずに剣を槍のように使って直接対決である。
ノルやフィンやラドーは矢を当てるところまで。
最後のとどめは彼らの護衛が行った。
その間に、白や茶や黒の鳥たちがつぎつぎ飛び出してきて、こちらは矢だけ仕留められていく。
黒い鶏が現れるたびに、エストは息を飲んでいた。
額の白い印と足の銀の輪がないと確信を得る前に、矢は射かけらているようだった。
それに気が付いたアデールの王子は不安げにエストをみた。
一滴も血を浴びていないのに、アデールの王子の顔は真っ青だった。
もう何羽黒い鶏が仕留められたのだろう?
「黒鳥10羽目ですが、夜月はおりません」
エストの護衛が安心させるように言う。
もしかして、もう、このあたりには夜月はおらず、さらに森の奥へ逃げたのかもしれないと、エストは思い込もうとした。ここで、確認もせずに矢の餌食になるぐらいなら、自分の元にもどらなくてもずっとましだと思えた。
王城の、自分のところに戻ろうとしていなければ、その確率は高いと思えるのだ。
そのとき、わあっと声が上がる。
樹冠の上から大きな影が飛び出したのだ。
それも虹色に輝く長い帯をはためかせていた。
「あれは、なんだ!エスト!」
バルドが空を仰ぎ見て叫んだ。
「尾長鶏です。あの尾長は大変珍しいです」
エストが驚いたことに滑空し降りてくる着地地点を読んでバルトは駆けだし、まだ地面につかない尾長鳥を空中で捕まえた。
「エスト!他にもこういうヤツはいるのか?」
手の中で驚いて暴れる鶏をバストはしっかり押さえている。尾はそれまでに地面を引きずっていたのであろう、良く見れば枝やら虫やらを巻き込んで、大事に飼われていた時と比べて随分薄汚れている。
だがバルドは些細なことは気にならない。狩りとは別の興奮に目を輝かせている。
「こういう変わり種は生け捕りにするぞ!コイツらはただの鶏ではない!」
バルドの興奮のさまにその場にいた者全てが呆れるが、一番狩りが好きであるはずのバルドの希望通り、尾長鶏は生け捕り方針が決まったのである。
はじめの狩りが始まって数時間がたっていた。
この狩場ではイノシシも10頭以上仕留めている。
夜月もクロも現れない。
全員に、疲労が現れはじめていた。
その時、ゆらめく長い影が狩場に落ちた。
「尾長だ!」
誰かが空を指し叫んだ。
真黒の身体に長くたなびく長さの異なる赤い尾羽。
その鶏はいったん地面に着地すると、狩り人たちに気が付くと方向を急転換させ元来た方へ走り出した。
再び高く飛びあがった。
「アデールの赤のような尾羽だった!行ってしまったが追いかけて捕まえるか?」
バルドがいう。
岩場の影から飛び出したのはロゼリア。
「尾羽じゃない!あれはクロだ!みつけた!」
足に結んだリボンは半ばほどけ、辛うじてクロの足に絡まっていた。
解けるのも時間の問題だった。リボンがなければ、ただの黒鶏のクロは狩られてしまう。
「待て、アン!一人で行動するな!」
ジルコンの声はロゼリアには届かない。
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