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第五話 赤のショール
47、朝練 ②
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その仲立ちをするのがアデールに託されている役割なのかもしれないが、ロゼリアには二つの巨大なグループを取り持つような力など何もない。
彼らの間にあるというよりもむしろ、どちらにも認めてもらっていないだけだった。
ラシャールとも話をしていない。
時折視線は感じるが、ラシャールとの接点もラシャールのいつも近くにいるアリジャンという若者に邪魔をされているような気がする。
草原の国の者たちは、同族意識の高い誇り高い民族である。
皆仲良く、という精神はあまり持ち合わせていないのかもしれない。
彼らとは相いれない。
完全に歩み寄るきっかけがない。
一緒に過ごすだけでは不十分なのだ。彼らとの見えない壁を打ち砕くなにかが必要なのかもしれないと思う。
だが、それは何かわからない。
ロゼリアの今の状況を変える方法がロゼリアにわからないのと同様である。
自分ひとりと、巨大な勢力同士と一緒に考えてしまい、その滑稽さに気が付いて走りながら笑えてしまう。
ロゼリアは走る。
ロゼリアの体が悲鳴をあげつつ、歓喜に浮き立っているのがわかる。
全身から吹き出す汗が気持ちがよかった。
行き場のない鬱屈した気持ちも、エネルギーとなって昇華されていくような気がする。
途中でベラを追い抜かす。
「待って、、、」と聞こえるが、待っていられない。
自分を捕まえたいのなら、ベラが追い付くべきだと思った。
スタート地点に戻ったとき、そこには黒髪短髪の運動着のジルコンが、はじめにベラを待っていた石垣に腰を浅くかけ腕を組んで待っていた。
誰かがいるとは思ったが、それがジルコンだとは思わなかった。
「おはよう、アン」
彼は爽やかに挨拶をする。
ロゼリアが用意し石垣に置いていたタオルを投げて寄越した。
ロゼリアはその動きを予測できず、タオルを顔で受けてしまう。
ジルコンはロゼリアが走っている間に軽く準備体操を終えている。
「なんでジルが、こんな朝早くからグランドにいるんだよ?」
「わたしも、体を動かしたいと思ったらいけないか?丁度良いグランドがあるのに。
それに、昨日食堂であんなに大きな声で、あなたは朝に体を動かすと言っていたんだ。それを聞いて、わたしも体を動かしたくなった。ひとりで体を動かすよりも、誰かがいた方がやりやすいだろ?」
「ひとりではないよ。ベラがいる」
「俺が一人で体を動かしたくないといっているんだよ」
ジルコンとロゼリアは、この数日、会話らしい会話を交わしていない。
ジルコンの取り巻きの壁があり、 2メートル以内に近づくのが困難であった。
「せっかく無理に連れてきたのに、相手にしてあげられなくて申し訳ない。だけど、あなただってそうだろ?何か問題があれば俺の部屋に来いといっているのに、あなたは全く来る気配もないし、こうでもしなければ話をする機会もないからな。話をできなかったのはお互い様だったと思って欲しい」
「どういうこと?」
「日中に話ができないのなら、夜に話すこともできたのだと言っているんだ。俺はここに来るまでにあなたと心を許した友人になったと思っていたのに、アデールの君はそうではないらしい」
ジルコンはどこか責めるように憤慨する気配をちらつかせながらロゼリアに言う。
とたんにロゼリアは走り終えたからではない、心臓の高鳴りを感じる。
ジルコンは毎夜待っていたのだ。
ロゼリアからジルコンの部屋に訪れるのを。
そして、ノルやフィンやラドーやエストたちの態度をなんとかして欲しいと訴えられるのを待っていたのだった。
ロゼリアの問題ははっきりしている。
だが、それを何とかするのにロゼリアはジルコンの力を借りるつもりはない。
そのうち、ジルコンは大人気ない態度をとるノルたちをたしなめる機を逸してしまった。
エールに来るまでに旅をした間に二人の間に築いた気持ちの繋がりは、すれ違いばかりのスクール生活を過ごしたとはいえ、まだ確かに存在しているのだ。
ロゼリアはジルコンの口から出た赤面しそうな言葉に反応する。
「その、アデールの君ってなんだよ?」
くっきりした柳眉をジルコンは上げた。
「なんだ?知らないのか?最近はあなたは女子たちの間でアデールの君って呼ばれているぞ?あなたはその、男にしては、いや男でなくても、見目麗しい部類に入るからな。それに、ひとりでも決してくじけそうにないところであったり、ベラのどこにもなかったやる気の種を植え付けたことなんかも、あっぱれだった。そこが女子たちが、ちらちらとあなたを話題にしたくなるほど、気になるところなんじゃないか?」
そういうジルコンの気持ちに、ロゼリアを尊敬する気持ちが読み取れるような気がした。
「きっと変わらなければならないというのはベラにもわかっていたと思う。だけど直視したくなかっただけ。
だから、気持ちさえそちらに向けば、あとは頑張るのは彼女であって、僕は何もしていないよ」
ロゼリアとジルコンは、あと一周ほど残っているベラを見る。
湯気をあげるカエルのようだと思うが、のろのろとでも走っているところをみると、ベラの変わろうとする気持ちは食堂で表明したように、正真正銘の本物であった。
ジルコンはロゼリアに視線を移す。
すっかり呼吸も汗も落ち着いている。
ベラのことよりも、ロゼリアとの時間が大事だった。
「あなたの相棒はまだ走っているようだし、まだまだ時間もかかりそうだ。待っている間、俺と手合わせをしないか?この前の時、わたしは見ているだけだったから、実のところ、あなたと手合わせしたくて欲求不満でうずうずしている」
この前の時とは、エール国にくる途中の、騎士たちとの手合わせのときのことである。
「欲求不満でうずうずとは、なんか表現がいやらしいな」
ロゼリアはぷはっと笑い、ジルコンも笑う。
だが、その目は笑っていない。
「で、俺とするのかしないのか?」
「朝から来てくれたんだ、もちろんする!」
ふたりは向かいあった。
初めてのジルコンとの手合わせだった。
彼らの間にあるというよりもむしろ、どちらにも認めてもらっていないだけだった。
ラシャールとも話をしていない。
時折視線は感じるが、ラシャールとの接点もラシャールのいつも近くにいるアリジャンという若者に邪魔をされているような気がする。
草原の国の者たちは、同族意識の高い誇り高い民族である。
皆仲良く、という精神はあまり持ち合わせていないのかもしれない。
彼らとは相いれない。
完全に歩み寄るきっかけがない。
一緒に過ごすだけでは不十分なのだ。彼らとの見えない壁を打ち砕くなにかが必要なのかもしれないと思う。
だが、それは何かわからない。
ロゼリアの今の状況を変える方法がロゼリアにわからないのと同様である。
自分ひとりと、巨大な勢力同士と一緒に考えてしまい、その滑稽さに気が付いて走りながら笑えてしまう。
ロゼリアは走る。
ロゼリアの体が悲鳴をあげつつ、歓喜に浮き立っているのがわかる。
全身から吹き出す汗が気持ちがよかった。
行き場のない鬱屈した気持ちも、エネルギーとなって昇華されていくような気がする。
途中でベラを追い抜かす。
「待って、、、」と聞こえるが、待っていられない。
自分を捕まえたいのなら、ベラが追い付くべきだと思った。
スタート地点に戻ったとき、そこには黒髪短髪の運動着のジルコンが、はじめにベラを待っていた石垣に腰を浅くかけ腕を組んで待っていた。
誰かがいるとは思ったが、それがジルコンだとは思わなかった。
「おはよう、アン」
彼は爽やかに挨拶をする。
ロゼリアが用意し石垣に置いていたタオルを投げて寄越した。
ロゼリアはその動きを予測できず、タオルを顔で受けてしまう。
ジルコンはロゼリアが走っている間に軽く準備体操を終えている。
「なんでジルが、こんな朝早くからグランドにいるんだよ?」
「わたしも、体を動かしたいと思ったらいけないか?丁度良いグランドがあるのに。
それに、昨日食堂であんなに大きな声で、あなたは朝に体を動かすと言っていたんだ。それを聞いて、わたしも体を動かしたくなった。ひとりで体を動かすよりも、誰かがいた方がやりやすいだろ?」
「ひとりではないよ。ベラがいる」
「俺が一人で体を動かしたくないといっているんだよ」
ジルコンとロゼリアは、この数日、会話らしい会話を交わしていない。
ジルコンの取り巻きの壁があり、 2メートル以内に近づくのが困難であった。
「せっかく無理に連れてきたのに、相手にしてあげられなくて申し訳ない。だけど、あなただってそうだろ?何か問題があれば俺の部屋に来いといっているのに、あなたは全く来る気配もないし、こうでもしなければ話をする機会もないからな。話をできなかったのはお互い様だったと思って欲しい」
「どういうこと?」
「日中に話ができないのなら、夜に話すこともできたのだと言っているんだ。俺はここに来るまでにあなたと心を許した友人になったと思っていたのに、アデールの君はそうではないらしい」
ジルコンはどこか責めるように憤慨する気配をちらつかせながらロゼリアに言う。
とたんにロゼリアは走り終えたからではない、心臓の高鳴りを感じる。
ジルコンは毎夜待っていたのだ。
ロゼリアからジルコンの部屋に訪れるのを。
そして、ノルやフィンやラドーやエストたちの態度をなんとかして欲しいと訴えられるのを待っていたのだった。
ロゼリアの問題ははっきりしている。
だが、それを何とかするのにロゼリアはジルコンの力を借りるつもりはない。
そのうち、ジルコンは大人気ない態度をとるノルたちをたしなめる機を逸してしまった。
エールに来るまでに旅をした間に二人の間に築いた気持ちの繋がりは、すれ違いばかりのスクール生活を過ごしたとはいえ、まだ確かに存在しているのだ。
ロゼリアはジルコンの口から出た赤面しそうな言葉に反応する。
「その、アデールの君ってなんだよ?」
くっきりした柳眉をジルコンは上げた。
「なんだ?知らないのか?最近はあなたは女子たちの間でアデールの君って呼ばれているぞ?あなたはその、男にしては、いや男でなくても、見目麗しい部類に入るからな。それに、ひとりでも決してくじけそうにないところであったり、ベラのどこにもなかったやる気の種を植え付けたことなんかも、あっぱれだった。そこが女子たちが、ちらちらとあなたを話題にしたくなるほど、気になるところなんじゃないか?」
そういうジルコンの気持ちに、ロゼリアを尊敬する気持ちが読み取れるような気がした。
「きっと変わらなければならないというのはベラにもわかっていたと思う。だけど直視したくなかっただけ。
だから、気持ちさえそちらに向けば、あとは頑張るのは彼女であって、僕は何もしていないよ」
ロゼリアとジルコンは、あと一周ほど残っているベラを見る。
湯気をあげるカエルのようだと思うが、のろのろとでも走っているところをみると、ベラの変わろうとする気持ちは食堂で表明したように、正真正銘の本物であった。
ジルコンはロゼリアに視線を移す。
すっかり呼吸も汗も落ち着いている。
ベラのことよりも、ロゼリアとの時間が大事だった。
「あなたの相棒はまだ走っているようだし、まだまだ時間もかかりそうだ。待っている間、俺と手合わせをしないか?この前の時、わたしは見ているだけだったから、実のところ、あなたと手合わせしたくて欲求不満でうずうずしている」
この前の時とは、エール国にくる途中の、騎士たちとの手合わせのときのことである。
「欲求不満でうずうずとは、なんか表現がいやらしいな」
ロゼリアはぷはっと笑い、ジルコンも笑う。
だが、その目は笑っていない。
「で、俺とするのかしないのか?」
「朝から来てくれたんだ、もちろんする!」
ふたりは向かいあった。
初めてのジルコンとの手合わせだった。
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