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第五話 赤のショール

43、球投げ勝負 ⑤

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そもそも、ジルコンの胸に手を置くべきではなかった。
弾んだ心臓の音と筋肉の躍動、その身体の熱さを手のひら全体で感じてしまったのだ。
ロゼリアの真っ赤になり、慌てた様子を見て、ジルコンのしかめた顔がゆうるりと緩み、ジルコンの口元に嬉しそうな笑みがくっきりと浮かぶ。

ふたりの姿をみて、キャーと応援の娘たちから悲鳴が上がる。
非難の悲鳴であり、喜びの悲鳴でもあるようだ。
その外野の騒ぎに、ロゼリアはパニックになる。
非難されるのはわかるが、喜びの声が上がるのが理解できない。
自分は男姿なのだ。
慌ててロゼリアは立ち上がろうとした。

こつん。
軽い衝撃。
ロゼリアの背中に球が当てられる。
ロゼリアは振り返った。
後ろにはラシャールがいて、ロゼリアにぶつけて跳ね返った球を受け止めた。
そして、ロゼリアに当てた軽い球とは違う、鋭い球でジルコンを狙う。
ジルコンはロゼリアに押さえられた形で動けない。
かろうじて顔面で球を受けるのを拳で防ぐ。
ジルコンがはじいた球を受けられる味方チームは誰もいない。
ジルコンもアウトになったのだった。
パジャン側の王子や姫たちが完全勝利にこれ以上ないほど沸く。
エール側からは、ああ、、という落胆のため息が漏れる。

「え、嘘、もう全員アウト?」

ロゼリアが咄嗟によけたとき、その後ろにはバルトがいて、バルトはその球をよけきれなかった。
ロゼリアとジルコンが二人もつれて倒れている間に、最強のバルトがいなくなったエール側は総崩れとなり、なし崩しにアウトになっていったのだった。10試合目の最後の試合だった。

野外の講習という名の勝負は6対4でエールが辛うじて勝ち越したところである。パジャンの身体能力を見せつけられた講習だった。
ロゼリアはジルコンに助け起こされる。
そのロゼリアには黒騎士たちが集まっていた。
埃を払われ頭を叩かれている。

最後に完全敗北を呼び込んでしまったロゼリアだったが、この炎天下にどの試合でも最後まで残り、機敏に頑張ったことは賞賛に値するのだった。
エール側でなく、パジャンの何人かもロゼリアに話しかけている。
ここ最近、固まっていたロゼリアの顔に、笑顔の花が咲く。
ほんの少し、ロゼリアは周囲との固い壁が溶けたような気がしたのである。
それは、エール側だけでなくて、パジャン側ともである。

「よく頑張った、アン」
ジルコンも笑顔である。
「それは、この試合のこと?」
「もちろんそうだ。他にないだろ?」

だが、ロゼリアにはジルコンの言葉には球投げ勝負でがんばった以上の意味を受け取める。
ジルコンがロゼリアと自分の脇を囲む他国の王子たちとの間を取り持つことはないが、ロゼリアの状況に心を痛めていたのは確かだと思う。
だから、パジャンの王子たちに話しかけられているのを見て、傍にいるロゼリアが恥ずかしくなるほどうれしそうな顔をしている。

「エスト、なに加わろうとしているんだよ」
彼らから離れ、そうエストに言ったのは、むっつりと押し黙るノルである。
ノルは最初の試合に出てはじめに当てられてからは外野で過ごし、さらに次の試合からずっと日陰で涼んでいる。
この炎天下で体を動かすなんて、愚の骨頂のように思われた。
肌が焼かれてぼろぼろになるではないか。
エストはノルに牽制され、ロゼリアの健闘を称えようとして行きかけた足をとめた。

「あいつが避けたせいで俺がアウトになったから、最後の試合は無残に負けたんだ。それを頑張ったで賞でももらったように喜んでいるのはおかしくないか?」
不機嫌に言うのは巨体のバルト。彼も日陰で体を休ませている。
身体が熱くてしょうがないのだ。
彼が試合でアウトにした数はおそらく一番多かった。
だが、そのバルトよりもロゼリアが賞賛されているではないか。

「あの顔で、なかなかやるところは見直したよ?根性はあるね」
ラドーは言う。
試合のために体から外した真珠の装身具を汗をきっちりと拭いた後、再び身に付けながら言う。
「田舎者根性だ」
バルトは吐き捨てるように言う。

「でも、あそこまで試合をかき乱すとは思わなかったね」
ウォラスはにっこりと彼らに笑いかける。
ウォラスも1試合でてからはずっと応援組である。
筋肉痛になるのも、日に焼けるのも、球をぶつけられるのも嫌である。
退屈しのぎに楽しみたいだけで、しんどいことはすべてお断りだった。

「あいつに俺の調子をかき乱された」
憎々し気にバルトは言う。
バルトのむかむかした気持ちはしばらくおさまらない。
勝負事で喝采を浴びるのはいつも自分だったのだ。

その声色に片眉をあげてウォラスはバルトを見る。
王子たちの澄ました仮面をはぎ取るような、何か。
既に、ノルやバルトはあの金髪の己の美しさを鼻にかけない田舎の王子に対抗心をむき出しにしているのである。
いずれ何か波乱がおこりそうな、わくわくするような予感をウォラスは感じるのであった。





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