上 下
123 / 238
第八話 ふたりの決断

77-1 双子の片割れ

しおりを挟む
 殷賑を極めるエールの王都には、都会へ物見遊山へ来た諸国からの旅人たちが毎日訪れていた。
 彼らは、多様で豊富なものが取引される市場の賑わしさ、洗練された美しい街並みや、緻密に計算され見る者に畏怖さえ感じさせる外観の文化施設、街にいきかう多国籍な人々とその活気に、一様に驚嘆する。

 王都の中に入るまではそう気にならなかった埃避けの茶色のフードを被る二人の娘たちは、足を踏み入れるなり、見るもの全てに目を丸くしていた。
 大通りの両側の歩道に溢れる人々とみっちりと隙間なく屋根をはる露店の数々は、ふたりの娘が急ぎ通り抜けた国々と比べて桁外れに多い。
 そして、どこにいても視界の隅にあるエールの王城は、近づくにつれて威容を明らかにしていく。

「こんなに大きな城って驚きだわ。アデールの城の5倍はありそう」
背の高い方の娘が言う。
「人口の規模が違いますから。エール100万。アデール1万人。賑やかなのも豊かなのも、そして強いというのも数の原理です。はじめから気おされしていてどうするのですか。しっかりしてください」
 背の低い者はしっかりもののようである。

 エールの住人たちはくすりと笑う。
 どこでも良く目にする田舎者の観光客である。
 彼らはふらふら寄り道をしながら、目貫通りを上り、王城の城門まで城を間近に見上げて、それからピクリとも動かず、直立不動で槍をもつ門兵をからかうのは、観光の定番である。
 長身の娘が、向いから歩いてくる娘の姿に目を剥いた。

「サララ、都会は驚きに満ちている。女の命が、断ち切られている!」
「ほんとうに。あれはいただけませんね」

 ふたりはすれ違う娘に眉をひそめた。
 髪が肩までしかない娘たちが意外と目についた。
 賞賛というよりもガツンと頭をなぐられたような衝撃である。

「娘は髪を長くするものというのは、万国共通の価値観だと思っていた。特にアデールの若者は男も髪を伸ばすのが普通だから。なにか宗教的なものなのかなあ」
「そうかもしれませんね。文化的にはアデールと大きく隔たりはしませんが、新たな宗教が興っているのかもしれませんね。確認しておく事項にメモしておきます」

 二人の娘を守るように、二人の男が馬を引きつつ歩く。
 一人はまだ若い男。伸びた背筋が凛として、彼女たちに寄りそう姿は、騎士そのものであった。
 その証拠に、そのマントの後ろに突きだしているのは剣を納める鞘である。
 王都では、警察兵団など国家の安全を守るものや、エール王城勤務の他は、他国であっても貴人の護衛にのみ帯刀が許されている。
 ただし、よほどのことがない限り、剣を抜いての立ち回りはご法度である。

 もう一人は、燃えるような赤毛の男。
 彼は正面から城下を守る護衛兵の見回りが来ても、ぎりぎり肩をかすめないぐらいまでしか避けることはない。
 たとえぶつかっても、赤毛の男の体幹がぶれることがなさそうである。
 たいていは、ぶつかる直前に、赤毛の男の威容に恐れをなし相手が避けるのだが。
 賑わいを楽しむといわけではなく、四方に油断なく視線を配る様子は、彼が用心棒であることがうかがい知れた。
 そのことに気が付いた者が、騎士と用心棒をはべらす貴人とはいったいどこの姫たちなのか確認しようする。
 今の時期、彼らのジルコン王子が、他国の王族の子息子女を集めて大がかりな夏スクールを行っている。
 そのために、いっそう、街は多国籍な人や物があふれている。
 その夏スクールに関係する他国の王族かもしれないと期待する。
 だが、かれらが浮き立ったのはそこまで。
 現在集まっている王子は姫たちは、大変気品に溢れ華やかである。
 それと比べて、埃をかぶる二人の娘たちは、王族や彼らの関係者だとは思えなかったのである。



 その一行は、ウォラス王が招致したアデールからの来賓。
 背の高い方の娘は、アデール国のロゼリア姫に扮したアンジュ王子。
しっかり者は、その従姉でありアンジュ王子の許嫁のサララ。
 付き従う男たちは、王騎士セプターと、赤の傭兵ディーンである。
 ディーンはアデールの王から他国の事情に詳しく世情に通じているということで護衛として雇われたのだった。
 彼らが急ぎエールの王城を目指したのは一通の親書のためである。
 数日前エール国の早馬が親書を携えてアデール国に到着していた。
 その親書の署名はエール国王のフォルスその人。
 内容は、たったの一行だけ。

 アンジュ王子のことで、至急にロゼリア姫にお越しいただきたく強く要請する。

 その手紙を読んだベルゼ王と事情をしる王城内部は震撼する。

 ウォラス王にはあらかじめ、アンジュ王子の正体を知らせてある。
 そのうえで尚且つ、アンジュ王子が扮するロゼリア姫に来て欲しいということなのだ。
 これは一体どういうことなのか。


しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

処理中です...