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第三話 ジルコンの憂鬱

28、手紙 ①

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癒しの森の温泉旅館を出立する朝。
ロゼリアは着替えの他にフラウのローズオイルの瓶、サララの紅の陶器の器、アンジュの赤の染料の小袋をしまう鞄の底から、折りたたまれた手紙を見つける。
引き出すとふんわりと母の好きなラベンダーの香りがする。
ロゼリアはあまり手紙が好きではない。
分厚いラブレターの束を思い出すからだ。
しかもこの手紙は、アデールを離れてからロゼリアが気が付くようにされていた。
こころを穏やかにさせる香りのはずなのに、嫌な予感以外しない。
おそるおそる開いた。



ロゼリアへ

この手紙をようやく見つけましたね。
今はどのあたりですか?
あなたがエールの王子と行くと言い出して本当に驚きました。
思いとどまらせようと一晩中考えましたが、あなたの性格を思い、思いとどまらせることをあきらめました。
それに、冷静に思っても、これは大変良い機会ではないですか?

あなたはたくさん頂いているお手紙の方々と顔合わせをしようともしませんし、姫として王城での毎日に退屈しすぎて押し潰されそうでした。
エールのジルコンさまのご提案ははっきり申し上げまして、母としては渡りに船のようだと思いました。

ロゼリア、この小さなアデールから飛び出し羽を伸ばしてきなさい。
世界情勢をしっかり学びなさい。友人を作りなさい。もまれなさい。
ジルコンさまと行動を伴にして、その人となりを良く見極めなさい。
そして、加えて、あなた自身を知ってもらいなさい。

ジルコンさまは、あんまり知りもしないロゼリアに結婚を申し込むと同時に連れ帰ろうとするところから判断するに、あまり結婚に過剰な期待をされていないとお見受けしました。
あなたがアンジュと名乗り男装をしているという点を除けば、事実として、ジルコンとあなたは婚約中です。
わかっていますか?
ジルコン王子はあなたの婚約者ですよ。


だから、彼が油断している間に(笑)、、ぶつかり合い、助け合い、知り合い、そして本物の愛情が二人の間に生まれることを、わたしは願っています。
あなたがアデールに戻り、ロゼリアとして結婚する時には、愛し合う本当に夫婦になっていることでしょう。
そんな二人の姿が浮かびますよ。

母からのアドバイスはできる限り最後までアンジュ王子として頑張りなさい。
とはいっても、この外国への勉強期間中に、あなたに誰か他に好きな人ができたなら、母はできうる限り応援するつもりです。
心に従い、愛する人を見つけなさい。
17までにご自分で結婚相手を見つけなさいという言葉は撤回していませんよ。
あなたが選んだ人がエールの王子でなくても、です。

その際、アデールのことを考える必要はありませんから。
アデールには王子のアンジュがおりますし、婚約の破棄ぐらいどうとでもできますから。
そろそろ、アンジュもあなたに甘えるところから卒業しなければなりませんからね。
フォルスにはあなたが行くとわたしから伝えておきますね。
フォルスも息子の女気のなさを心配しているところもあるようですから、ちょうど良いでしょう。

セーラ



手紙を読むロゼリアの手がふるふると震える。
どこをどう突っ込めばいいいかわからない突っ込みどころがありまくる手紙である。

「ジルが油断している間に愛をはぐくめというアドバイスなのか?そして他に好きな人ができて結婚が嫌になれば、ロゼリアの悪評でも流して、ジルコン側から婚約を破棄させるつもりなのか??」

母は容赦なくロゼリアの悪評を流すだろう。
誰も貰い手がでてくることのないほど徹底的にされそうである。

泣く子も黙るエールの王をフォレスと呼び捨てにするところも、怖いところである。
最近は諸事情により交流がないが、フォレス王とジルコンが遊びにきたこともあるぐらい、親同士は親友なのだ。



扉をノックする音。
軽く扉が開き、おかっぱの顔が覗く。
アヤである。
よく眠って晴ればれとした顔をしている。

「アンジュさま、そろそろお時間ですが、ご準備のお手伝いは必要ですか?」
「もう行く。ちょっとだけ待って」

ロゼリアは慌てて、手紙を鞄の底にねじりこんだ。
部屋を出ると、騎士のジムが控えていた。
ロゼリアに向かって何かを掴むかのように、節ばった手を広げた。

「?」
ロゼリアには意味がわからない。
「おはようございます。アンジュさま」
「おはよう。えっとジム?」
「ジムです。お荷物をお持ちいたします」
「え、、?ありがとう」

荷物を持ったジムは大層嬉しそうに、ロゼリアの後ろを歩く。
アヤはロゼリアを先導するように少し先を行く。
ジルコン一行で、ロゼリアが館を出るのが最後である。
正確には荷物を持つジムが。
ロゼリアたちは早足に館を出た。

そしてあっと息を飲んだ。



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