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第5夜 鳳の羽
38-1、代替り②
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数日の後に族長は身罷った。
ダイゴが若き族長となり、大鳥領は大きく様変わりしていく。
「成る」ものとそうでない者とで棲み分けていた境界線が表向き見えなくなったのは、長老たちの反対を押し切り、ダイゴがわたしを妻にしたことも関係していたかもしれない。
大鳥の中枢は相変わらず羽のある者たちで独占されていたが、彼らは本来の姿を人目にさらすことはなかったので、生活をしていれば誰が「成る」ことが出来た者なのかそうでないものなのか、はた目からはわからなかっただろう。
織りの上手なもの、力があるものたち。そういう役に立つものたちは城内に居場所を確保していく。
山が晴れる日が多くなるにつれて、一族の血が一滴も流れていない無関係の行商や旅人が大鳥に滞在することも多くなり、どこに耳や眼があるかわからない。
黒羽白羽は全て集められ女たちの手で紡がれ織られた。
そこで織られた布は、まるで羽を纏っているかのような肌触りの好い重さのない天衣となる。
大島の門外不出の特殊な製法の織物として大島を所領の一部としていた新たな領主へ納められ、やがて時の権力者の元へと貢がれていく。
城内へは行商や下働き、孤児子、旅僧侶などありとあらゆる形で、大鳥の羽布の秘密を盗もうとするものが紛れ込んだ。しかしながら、堅牢に守られた秘密を暴くことはできず、処罰された遺体が城壁につるされたのである。
大鳥の織り工場と色とりどりの鳥たちは、城内の奥深く、族長の館の一角で厳格に管理され一族の女たちだけが出入りを許された。
手が器用なもの、織りの模様の細かな設計ができる者など熟練の女たちが生みだす布のなかで、わたしの織る布は特別だった。
ほどなくしてダイゴは二番目の妻を娶った。
妊娠してからは露骨に正妻顔を吹かせはじめた二番目の妻のアヤハは、わたしがどうやってその桜羽布……淡く桃色に発光する美布、をどうやって染めるのかその秘密を知りたがった。時には、夜に自室で休んでいる時に下女を連れて不意に押しかけてきたりした。
「……桜羽布の糸の染め方、大鳥の世継ぎを生んで上げる祝賀としてわたしに教えなさいよ。あんたが我らの一族に差し出せる価値のあるものはそのぐらいしかないでしょう?あんたみんなで沢山作ればそれだけ実入りが増える、この山が豊かになるということよ」
片側にまとめた黒髪は油を丹念に塗り込みダイゴの羽のように美しい。
毒々しい美しさだと思うのだ。
「ダイゴからは誰にも教えなくていいと言われている」
はっとアヤハは鼻を鳴らした。
族長を呼び捨てにできるのはわたしだけだった。
「あの人だって、そうして欲しいと思っているのわからないの?。ああ、でもそうよね。後生大事に自分ひとりで抱える秘密がただの染めのちょっとしたコツに格下げになった途端、あんたにはなんの価値もなくなってしまうからね」
アヤハは産み月を翌月に控えた大きなお腹を誇らしげに押さえて出て行く。
今夜もあの人を迎えなければ、と聞こえよがしに言い残しながら。
ダイゴにはわたしの異色の羽のことはいえなかった。
婆の染料をあれこれ試しているうちに偶然にできた色で、誰にも教えたくないというと、ダイゴはミイナのしたいようにすればいいよ、と言ってくれた。
ダイゴはわたしを妻にしたけれど、最初の妻がわたしだというだけで、アヤハの他にも妻候補は数人いる。
ダイゴが若き族長となり、大鳥領は大きく様変わりしていく。
「成る」ものとそうでない者とで棲み分けていた境界線が表向き見えなくなったのは、長老たちの反対を押し切り、ダイゴがわたしを妻にしたことも関係していたかもしれない。
大鳥の中枢は相変わらず羽のある者たちで独占されていたが、彼らは本来の姿を人目にさらすことはなかったので、生活をしていれば誰が「成る」ことが出来た者なのかそうでないものなのか、はた目からはわからなかっただろう。
織りの上手なもの、力があるものたち。そういう役に立つものたちは城内に居場所を確保していく。
山が晴れる日が多くなるにつれて、一族の血が一滴も流れていない無関係の行商や旅人が大鳥に滞在することも多くなり、どこに耳や眼があるかわからない。
黒羽白羽は全て集められ女たちの手で紡がれ織られた。
そこで織られた布は、まるで羽を纏っているかのような肌触りの好い重さのない天衣となる。
大島の門外不出の特殊な製法の織物として大島を所領の一部としていた新たな領主へ納められ、やがて時の権力者の元へと貢がれていく。
城内へは行商や下働き、孤児子、旅僧侶などありとあらゆる形で、大鳥の羽布の秘密を盗もうとするものが紛れ込んだ。しかしながら、堅牢に守られた秘密を暴くことはできず、処罰された遺体が城壁につるされたのである。
大鳥の織り工場と色とりどりの鳥たちは、城内の奥深く、族長の館の一角で厳格に管理され一族の女たちだけが出入りを許された。
手が器用なもの、織りの模様の細かな設計ができる者など熟練の女たちが生みだす布のなかで、わたしの織る布は特別だった。
ほどなくしてダイゴは二番目の妻を娶った。
妊娠してからは露骨に正妻顔を吹かせはじめた二番目の妻のアヤハは、わたしがどうやってその桜羽布……淡く桃色に発光する美布、をどうやって染めるのかその秘密を知りたがった。時には、夜に自室で休んでいる時に下女を連れて不意に押しかけてきたりした。
「……桜羽布の糸の染め方、大鳥の世継ぎを生んで上げる祝賀としてわたしに教えなさいよ。あんたが我らの一族に差し出せる価値のあるものはそのぐらいしかないでしょう?あんたみんなで沢山作ればそれだけ実入りが増える、この山が豊かになるということよ」
片側にまとめた黒髪は油を丹念に塗り込みダイゴの羽のように美しい。
毒々しい美しさだと思うのだ。
「ダイゴからは誰にも教えなくていいと言われている」
はっとアヤハは鼻を鳴らした。
族長を呼び捨てにできるのはわたしだけだった。
「あの人だって、そうして欲しいと思っているのわからないの?。ああ、でもそうよね。後生大事に自分ひとりで抱える秘密がただの染めのちょっとしたコツに格下げになった途端、あんたにはなんの価値もなくなってしまうからね」
アヤハは産み月を翌月に控えた大きなお腹を誇らしげに押さえて出て行く。
今夜もあの人を迎えなければ、と聞こえよがしに言い残しながら。
ダイゴにはわたしの異色の羽のことはいえなかった。
婆の染料をあれこれ試しているうちに偶然にできた色で、誰にも教えたくないというと、ダイゴはミイナのしたいようにすればいいよ、と言ってくれた。
ダイゴはわたしを妻にしたけれど、最初の妻がわたしだというだけで、アヤハの他にも妻候補は数人いる。
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