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第3夜、憑き物落とし

13、仕事の依頼②

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 全国各地から学生が集まるこの学院には、敷地内に男子寮と女子寮がある。

 新校舎と旧校舎が目抜き通り面しているのと比べ、寮の本来の出入り口は繁華街に面した奥まったところにある。
 同じ学内の敷地内をつっきっていくこともできる。
 ただし校舎と寮の間にはうっそうとした手つかずの森が食い込んだ形で残されている。
 もともとはこの森を切り開き、運動場か博物館を建立する計画であったのが、稀少な植物と動物が繁殖していることがわかり、さらに国の大型箱物事業に対する根強い反対運動が起こり、そのまま開発が頓挫し、森を突っ切る形で遊歩道が整備されて終わってしまっていた。
 
 わき水が出ているために小さな池があり、せせらぎがあり、沢ガニが走る秘境であり清心の学生に許されたオアシスとも言うべきとろで、日中は遊歩道に沿って置かれるベンチで昼食を楽しんだり、授業の合間に足を向けて寝そべったり、涼んだりする学生たちも多い。

 その森を抜けるのならば寮までわずか5分。
 一方、いったん学外へでて、繁華街を抜けてゆけば約15分。
 朝や昼間の時間帯であれば、その遊歩道を突っ切るのが一番の早道である。
 誰かの目が行き届くのは、日の差し込む時間帯まで。

 夜になれば、太陽光発電電灯が常夜灯となり防犯カメラが至るところに設置されているとはいえ、古い森が抱える闇は深く、人の気配が薄くなる。

 わたしは一度も夜にひとりで通ったことはない。
 友人たちと一緒でも、できれば避けたいところである。
 理由は単純で、闇の中に何かが潜んでいるような気がするから。
 つまり、怖くて通れないのだ。
 だから、理事長が持ち込んだ仕事の内容が、この森に関することだと知っても大して驚かなかった。

 理事長の話はこうである。 
 今学期に入り、その森を通った学生たちから大学の管理課に野犬がいるのではないかという通報が複数寄せられたそうである。
 理事長はリストを神坂晴海に手渡した。

「ほとんど女子ばかりって違う意味の犯罪を連想させるでしょう?それも芸教の子ばかりだし。警察にも相談したんだけれど、実際におそわれたとかじゃないから警察も動いてくれなくって。でも状況が不可思議なことが多くて」

「不可思議ですか?もう少し具体的に教えていただけませんか」
 神坂晴海はリストに目を走らせた。

「1番目の子なんて、背後からうなり声がして、怖くて走って逃げたんだけど、飛びかかられた気配でパニックになってつまずき倒れたところ、首筋に何かが噛みついたそうよ。恐怖のあまりに叫んで気を失ったの。気が付けば噛まれたはずの首に怪我はなく、転んだ膝がすりむけていたぐらいだったそうよ。気を失ったのは時間にすればわずか2、3分のことなの。いったいどういうことかわからず、呆然として、おそわれた恐怖にしゃがみ込んでいるところを助けられたの。怪我はなくても何か動物におそわれたに違いないのだから、野犬の駆除は業者に頼んだんだけど、不思議なことに、野犬も、それらしき動物も一帯にはいなくて、どうやら勘違いらしいということになったのよね。そのあと、同じような何かのうなり声を聞いた話だとか、森の中に不審者をみたとか、そんな苦情があったのよ。その数7人。どう、不可思議でしょ?」

「野犬のようなものにかまれ、気を失い、怪我はない。野犬は消えている。それは不可思議ですね。依頼だと思っていいんですね?それで僕にどうしてほしいんですか?」

「原因の究明と、この7人の子の中には、しばらく動けなくて学校を休んでいる子も多いの。だいたい二日、三日寝ていたら回復するようなんだけど、疲労困憊度合いがひどくて、何か森で憑かれたのであれば、祓ってあげて欲しいの。一人一人の分をお支払いするわ。森に原因があるようならば、その原因の駆除を」



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