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第十一話 公爵令嬢メイサ・ルイーズの呟き
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「何やら随分とはりきっていたようだけど、
大丈夫? 疲れてない?」
登校中の車の中で、アルバートが隣に座るシャルロットを気遣う。
「平気よ、これくらい。日常茶飯事ですもの」
シャルロットが何でもないことのように言う。
「おかしなことを言うね、君はこの国の御三家の一つ、アルドレッド家の令嬢だろ?
屋敷には使用人もたくさんいて、何不自由なく育った君がどうして……」
アルバートが不思議そうな顔をする。
「聖書にはね、アルバート、『偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい』という言葉があるわ。
それに『受けるより、与える方が幸せである』ともね。
お父様が口を酸っぱくして言ったものよ。『現場を知りなさい』とね。
だからわたくしは物心ついたころから、アルドレッド家の使用人の皆と同じように
朝早く起きて、朝食の支度を手伝い……」
そして何かを思い出したシャルロットが、クスリと笑いを忍ばせた。
「文字通り『同じ釜の飯を食った』ってわけなの」
シャルロットの眼差しが懐かしさに潤む。
「うちも早くに母親を亡くしたから、どうしても父の補佐をしたくて、
健康管理のためにもお料理は一生懸命勉強したわ。
お料理は父の母、つまりわたくしの祖母が教えてくれたの。
おばあさまは畑で野菜を作るのがとても上手で、
『これ! シャルロット、食材を無駄にしてはいけません』ってよく叱られたものよ。
だから我が家の食卓では、見た目の悪い野菜だって、決して無駄にせず、感謝して頂いたわ」
そしてふっと視線を窓の外に移す。
「うちは父が商いで家を留守にすることが多かったから、
家はわたくしが守らなくっちゃて、どこか気負っていたところがあったのかも知れない。
だけど気が付いたら、主だとか使用人だとかそんなの関係なく、家族になっていた」
アルバートはそんなシャルロットの暖かな繋がりに思いを馳せる。
それはシャルロットが皆に愛を与え続けたことの結果だと思う。
そして今朝、自分もシャルロットのこの
小さな愛のプレゼントを受け取ったのだ。
「野菜スープ、美味しかった。ありがと」
アルバートが自分でも不思議なほどに、素直にそう言うと、
シャルロットが面食らったかのように目を瞬かせていた。
「うん……」
シャルロットは小さく頷いて、何事かを思案しているようだった。
なにか激しく葛藤しているらしく、時々青くなったり、赤くなったり、
百面相を繰り返している。
そうこうしているうちに、車はアモーゼ学園に到着し、
アルバートが先に車から降りた。
「あのねっ! アルバート、これっ!」
シャルロットが盛大に顔を赤面させて、包をアルバートの前に突き出した。
「え?」
アルバートが目を瞬かせる。
「おっ……お弁当! あなたの分」
シャルロットは、まともにアルバートの顔を見ることができない。
「え? なんで僕の分まで?」
アルバートがきょとんとした顔をすると、
シャルロットが泣きそうな顔をする。
「いっ、いらないなら、いいわよ。
変なことを言ったわ、ごめんなさい」
半泣きで包みを引っ込めそうになったシャルロットから、
アルバートが慌てて包みを奪う。
「く……くれるものならもらっておくよ! 当然だろ?」
アルバートもシャルロットに負けず劣らず顔を赤らめて、
しかしひどく大切そうにその包みを抱きしめた。
「べっ別にあなたのために作ったんじゃないんだからねっ!
つ……ついでに作っただけなんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!」
シャルロットは精一杯の虚勢をはって、ふんっ! と顔を背ける。
「か……勘違いなんかするわけないだろう? おかしなことを言うね」
そう言ってアルバートもシャルロットから顔を背けるが、声が上ずっている。
それでもそっぽを向いたままに、アルバートがシャルロットの手を握る。
「ふえっ?」
シャルロットの心臓が口から飛び出そうになる。
「だけど……僕は今……死ぬほど嬉しい……かもしれない」
熱に浮かされたようにポソリと呟いたアルバートの爆弾発言に、
シャルロットの頭が沸騰しそうになる。
「い……いやああああああああ! やめてぇぇぇ」
シャルロットは両耳を塞いで、その場を走り去る。
◇◇◇
「あんの妖怪『天然スケコマシ』がっ!」
人気のない非常階段の下で、シャルロットは大きく息を吐く。
「一体どこであんな高度なテクニックを仕入れたのよ?」
まだ心臓がバクバクいってる。
「ヤバかったわ。わたくし……もう少しで持っていかれるところだった」
シャルロットは軽く頭を振って、理性を取り戻そうと努める。
◇◇◇
「なんですって? アルバート様とシャルロットが同じ車で登校したですって?」
貴族院の会長席で会議の資料を繰っていた、メイサ・ルイーズが驚きに顔を上げた。
この学院の貴族院を束ねる、公爵令嬢だ。
「ええ、そうなんです、メイサ様。
今学院はその話題で持ち切りですわ。
二人が恋仲だという噂はやっぱり本当なのでしょうか?」
メイサの取り巻きである伯爵令嬢が悔し気に眉を吊り上げる。
「え? わたくしが聞いたのは二人は既に両家公認の許嫁であり、
すでに入籍もしており、あとは式を挙げるだけだと」
同じく男爵家の令嬢が、口元に扇を当てて声をひそめる。
二人の報告に、メイサが苦々しい表情を浮かべる。
「まあ、そのような下賤な噂が飛び交っているの?
ですが噂など当てにならないものですわ。
それがもし真実であったとしても、そのようなものはすぐに裏返る。
ちょうどオセロゲームのようにね。
だってこの世はあまりに権力と富と愛欲に塗れているのですもの」
二階に位置するこの貴族院の窓からは、
ちょうど学園のエントランスの入り口が見える。
仲のいいクラスメートを見つけたシャルロットが、
幸せそうな笑みを浮かべて、友人のもとに駆け寄る。
メイサはそんなシャルロットを憎々し気に睨みつける。
「せいぜい、今のうちに調子に乗っておきなさい。シャルロット・アルドレッド、
わたくしがあなたを奈落の底に突き落として差し上げる」
底冷えのするメイサの呟きに、
取り巻きの少女たちが思わず顔を見合わせた。
大丈夫? 疲れてない?」
登校中の車の中で、アルバートが隣に座るシャルロットを気遣う。
「平気よ、これくらい。日常茶飯事ですもの」
シャルロットが何でもないことのように言う。
「おかしなことを言うね、君はこの国の御三家の一つ、アルドレッド家の令嬢だろ?
屋敷には使用人もたくさんいて、何不自由なく育った君がどうして……」
アルバートが不思議そうな顔をする。
「聖書にはね、アルバート、『偉くなりたい者は皆に仕える者になりなさい』という言葉があるわ。
それに『受けるより、与える方が幸せである』ともね。
お父様が口を酸っぱくして言ったものよ。『現場を知りなさい』とね。
だからわたくしは物心ついたころから、アルドレッド家の使用人の皆と同じように
朝早く起きて、朝食の支度を手伝い……」
そして何かを思い出したシャルロットが、クスリと笑いを忍ばせた。
「文字通り『同じ釜の飯を食った』ってわけなの」
シャルロットの眼差しが懐かしさに潤む。
「うちも早くに母親を亡くしたから、どうしても父の補佐をしたくて、
健康管理のためにもお料理は一生懸命勉強したわ。
お料理は父の母、つまりわたくしの祖母が教えてくれたの。
おばあさまは畑で野菜を作るのがとても上手で、
『これ! シャルロット、食材を無駄にしてはいけません』ってよく叱られたものよ。
だから我が家の食卓では、見た目の悪い野菜だって、決して無駄にせず、感謝して頂いたわ」
そしてふっと視線を窓の外に移す。
「うちは父が商いで家を留守にすることが多かったから、
家はわたくしが守らなくっちゃて、どこか気負っていたところがあったのかも知れない。
だけど気が付いたら、主だとか使用人だとかそんなの関係なく、家族になっていた」
アルバートはそんなシャルロットの暖かな繋がりに思いを馳せる。
それはシャルロットが皆に愛を与え続けたことの結果だと思う。
そして今朝、自分もシャルロットのこの
小さな愛のプレゼントを受け取ったのだ。
「野菜スープ、美味しかった。ありがと」
アルバートが自分でも不思議なほどに、素直にそう言うと、
シャルロットが面食らったかのように目を瞬かせていた。
「うん……」
シャルロットは小さく頷いて、何事かを思案しているようだった。
なにか激しく葛藤しているらしく、時々青くなったり、赤くなったり、
百面相を繰り返している。
そうこうしているうちに、車はアモーゼ学園に到着し、
アルバートが先に車から降りた。
「あのねっ! アルバート、これっ!」
シャルロットが盛大に顔を赤面させて、包をアルバートの前に突き出した。
「え?」
アルバートが目を瞬かせる。
「おっ……お弁当! あなたの分」
シャルロットは、まともにアルバートの顔を見ることができない。
「え? なんで僕の分まで?」
アルバートがきょとんとした顔をすると、
シャルロットが泣きそうな顔をする。
「いっ、いらないなら、いいわよ。
変なことを言ったわ、ごめんなさい」
半泣きで包みを引っ込めそうになったシャルロットから、
アルバートが慌てて包みを奪う。
「く……くれるものならもらっておくよ! 当然だろ?」
アルバートもシャルロットに負けず劣らず顔を赤らめて、
しかしひどく大切そうにその包みを抱きしめた。
「べっ別にあなたのために作ったんじゃないんだからねっ!
つ……ついでに作っただけなんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!」
シャルロットは精一杯の虚勢をはって、ふんっ! と顔を背ける。
「か……勘違いなんかするわけないだろう? おかしなことを言うね」
そう言ってアルバートもシャルロットから顔を背けるが、声が上ずっている。
それでもそっぽを向いたままに、アルバートがシャルロットの手を握る。
「ふえっ?」
シャルロットの心臓が口から飛び出そうになる。
「だけど……僕は今……死ぬほど嬉しい……かもしれない」
熱に浮かされたようにポソリと呟いたアルバートの爆弾発言に、
シャルロットの頭が沸騰しそうになる。
「い……いやああああああああ! やめてぇぇぇ」
シャルロットは両耳を塞いで、その場を走り去る。
◇◇◇
「あんの妖怪『天然スケコマシ』がっ!」
人気のない非常階段の下で、シャルロットは大きく息を吐く。
「一体どこであんな高度なテクニックを仕入れたのよ?」
まだ心臓がバクバクいってる。
「ヤバかったわ。わたくし……もう少しで持っていかれるところだった」
シャルロットは軽く頭を振って、理性を取り戻そうと努める。
◇◇◇
「なんですって? アルバート様とシャルロットが同じ車で登校したですって?」
貴族院の会長席で会議の資料を繰っていた、メイサ・ルイーズが驚きに顔を上げた。
この学院の貴族院を束ねる、公爵令嬢だ。
「ええ、そうなんです、メイサ様。
今学院はその話題で持ち切りですわ。
二人が恋仲だという噂はやっぱり本当なのでしょうか?」
メイサの取り巻きである伯爵令嬢が悔し気に眉を吊り上げる。
「え? わたくしが聞いたのは二人は既に両家公認の許嫁であり、
すでに入籍もしており、あとは式を挙げるだけだと」
同じく男爵家の令嬢が、口元に扇を当てて声をひそめる。
二人の報告に、メイサが苦々しい表情を浮かべる。
「まあ、そのような下賤な噂が飛び交っているの?
ですが噂など当てにならないものですわ。
それがもし真実であったとしても、そのようなものはすぐに裏返る。
ちょうどオセロゲームのようにね。
だってこの世はあまりに権力と富と愛欲に塗れているのですもの」
二階に位置するこの貴族院の窓からは、
ちょうど学園のエントランスの入り口が見える。
仲のいいクラスメートを見つけたシャルロットが、
幸せそうな笑みを浮かべて、友人のもとに駆け寄る。
メイサはそんなシャルロットを憎々し気に睨みつける。
「せいぜい、今のうちに調子に乗っておきなさい。シャルロット・アルドレッド、
わたくしがあなたを奈落の底に突き落として差し上げる」
底冷えのするメイサの呟きに、
取り巻きの少女たちが思わず顔を見合わせた。
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