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第十五話 瑞樹の自己申告

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「か……髪の毛のお手入れを……がんばろうと思います」

水無月さんが、何やら上の空で呟いている。

「それは……もういいから。
とりあえずは、まあ、早く怪我を直してください」

そう言って俺は水無月さんの背中を洗う。

「いや……むしろ、一生治るな、俺の右腕……」

ぶつぶつと言っている水無月さんの頭に手刀をかまし、
俺は無言で背中を流してやった。

俺は短パンとTシャツを着ているけど、
湯気やら、汗やらで、びしょ濡れだ。

「瑞樹も……一緒に入る?」

水無月さんに躊躇いがちにそう問われたけれど、

「けっ……結構です」

少し上ずった声でそう言って、
俺は風呂場を後にした。

◇◇◇

脱衣所を出て
扉を閉めた瞬間に、

「はぁ~」

俺はどっと疲れが噴き出して、その場に座りこんだ。

局部にタオルを巻いただけの、
水無月さんのほぼヌードを見てしまった……。

「おっ……おおおおおお俺はっ……!」

(男同士じゃねぇかっ!
一体……なっ……何を俺は動揺しているんだっ!)

俺はその場で頭を抱え込む。

(やばいっ! なんか軽く死にたくなってきた……)

そんな俺の妙なテンションを知ってか知らずか、

「瑞樹~、お風呂空いたよ」

上半身が裸の水無月さんが素肌で
俺を背後から抱きしめたものだから、

俺の心臓が今、エライことになっている。

「みっ……水無月……さんっ!」

そんな俺の表情に気付いた水無月さんが、
びよんっという擬音語とともに、俺から飛びのいた。

「ごっごごごごごめんっ! 瑞樹、つい、うっかり……」

水無月さんの顔面が蒼白になっている。

「やっやっぱり、しばらく俺もここで水無月さんのお世話をすることに
なっちゃったんで、
ルールを決めておきましょう」

やばい、さっきの水無月さんの素肌の感覚に、頭がグルグルしている。


「お触りは……なんか、色々とヤバい気が……します」

そう言って俺は下を向いた。

「ごっごめんっ! なんか私は君に対して失礼なことをしちゃったのだろうか?
もしかして嫌われちゃった感じ?」

水無月さんんが本気で、焦っているのだが……。

「そうじゃなくて……あのっ……自己申告……です」

くっそっ!
みっ水無月さんの顔が……まともに見れない。

「みっ……瑞樹君、それは……あのっ……」

水無月さんの焦点も合っていない。

「いっ嫌だなぁ。ほら前に水無月さんが言っていた、
『万が一妙な気持になったらっ』……ていうヤツ。
万が一ですよ、万が一、まあ、あり得ませんけどね」

はははと笑いながら、俺は涙目になる。

俺は男相手に一体何とち狂ったことを言っているんだ。

しかも水無月さんは俺よりも深刻そうな顔をしている。


「あのっ、触れなかったら、全然大丈夫ですので……」

そう言葉を発すると

「……かまわ……ないよ。
私は……別に……。
相手が瑞樹君だったら、むしろ大歓迎……というか」

(やめろーーーー! 歓迎するなっ! 
頼むから全力で俺を拒否してくれっ! 水無月さんっ!!!)
そしてそこで恋する乙女のように、頬を染めるなっ!!!)

俺は心の中で絶叫する。

「お互い、人間なわけだし、
そりゃあ……妙な気持ちになるときも、当然あるわけで……。
妙な気持になったときには……それはそれで……まあ」

水無月さんは俯きがちに視線をそらしながら、
フローリングに人差し指でのの字を書いている。

「あんたが良くても……俺は……無理だ」

俺は青ざめて、小刻みに震えながら、プルプルと首を横に振った。

「なんで?」

水無月さんが真顔で俺に尋ねた。

「なんか……怖いから」

そう言って俺は涙目になりながら、
超高速で瞬きを繰り返す。

◇◇◇

「バカ瑞樹……」

そう呟いて、私はまた寝返りを打つ。

好きな人が薄い壁一枚を隔てて隣に眠っていることさえ、
すでに我慢の限界だというのに、

あんな顔をして、
とんでもない自己申告をかまされた日には……。

私、水無月涼は身体にこもる熱をひどく持て余している。

そのくせ、心底怯えた表情をして

『あんたが良くても……俺は……無理だ』

などと宣う。

「ふざっけんなっ!!!」

私は頭から布団を被って、怒りを発散させる。

「私はいいって言ってるのに、どうしてここで逃げるかな?」

私は盛大にため息を吐いた。

とはいえ、前回のキスが完全に自分の中でトラウマになっており、
無理やり強行突破っなどという愚行は、私の選択肢にはない。

瑞樹に嫌われるのは困る。

私はあの生ける屍と化した数週間を思い出し、
身震いした。

(あの惨状だけは、なんとしても避けなければ……)

なので、多少自分が無理をしてでも、
瑞樹が心を開いてくれるまで、待つつもりでいたのだ。

私が抱く瑞樹への想いも、
瑞樹が受け止める準備ができるまではと、

ひたすらに押し隠していたというのに。

それをあのバカはなんとも中途半端に……。

しかも最終的には拒否だと?

私はベッドの中で、唇を噛み締めてひたすらに耐える。


もうこうなったら、
なんとしてでも瑞樹をその気にさせなければっ!
すべては瑞樹次第なんだからなっ!
お前が『妙な気持ち』になりさえすればっ!!!
その後のことは、私がすべて責任を取るつもりだ。
その覚悟もあるっっていうのにっ!








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