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第十一話 水無月の告白
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「そうなの……ですね」
水無月さんは俺の言葉に感慨深げに、相槌を打った。
「久しぶりに、本当に久しぶりに、瑞樹君の近況を知ることができました。
それが私にとってどれほどの救いかっ!
花子さん、なんでもいい。
私に瑞樹君のことを教えてくださいっ!」
そう言って、水無月さんはむんずと両手で俺の手を包み込んだ。
「嫌です」
俺は水無月さんに、にっこりと笑ってそう答えた。
「そういうことは、直接本人に伺ってくださいな。
クソッ!バカッ!ハゲッ!」
俺は語尾に小さく罵りの言葉を呟いた。
そんな俺に、水無月さんが驚いたように目を瞬かせた。
「あら、どうかなさって?」
何食わぬ顔でそう問うてやると、
「ぷっ……くくくっ」
水無月さんが、小さく噴き出した。
「そうですね、あなたの言う通り、
瑞樹君のことは直接本人に聞くことにします。
さてそれよりも……」
そして次の瞬間、
水無月さんは俺の手を取って意気揚々と歩き出した。
急にぐんっと手を引っ張られたもんだから、
俺はちょっと前につんのめった。
「映画のチケットを予約してあるんです。
あなたに喜んで貰おうと、
今話題のとびっきりロマンチックな恋愛映画を選んだのですが……」
水無月さんは言葉を切って、
「どうやら私は完全にジャンルを間違えてしまったようですね」
意味あり気にちらりと俺に視線をくれる。
(ん? そりゃ、一体どういう意味なんだ?)
俺はそんな疑問符を顔面に浮かべて、目を瞬かせた。
「次からはあなたに喜んで貰えるように、
ド派手なアクションものか、コメディーにします」
テンション高めな声色で、水無月さんがそう言った。
そりゃあ、まあ、俺は多分ロマンチックな恋愛映画より、
水無月さんが言うように、
ド派手なアクション映画やコメディー映画のほうが確かに好きなのだが。
しかし水無月さんはジャンルを間違えたという割に、
妙にテンションが高くて、上機嫌だった。
さっきまでの生ける屍状態からは完全に復活し、
スキップせんがごとくの軽やかな足取りである。
「さあ、花子さんポップコーンをどうぞ! 飲み物は何にしますか?
うちの系列の施設ですので、何でも食べ放題ですし、飲み放題ですよ」
売店であれやこれやと勧めてくれる。
色々と買い込んで、席に着くと
「結婚する前にひとつ、
あなたに言っておきたいことがあるんですよ」
いきなり真面目腐った顔で、水無月さんがそう言ったので、
俺は口に含んだオレンジジュースを、思わず吹きそうになった。
「けっ……結婚って……誰と誰が?」
俺も思わず真顔でそう問うてしまった。
「もちろん私とあなたですが。
どうかしましたか?」
水無月さんは、くっそ爽やかな笑顔を俺に向けた。
「先ほどクソ!バカ!ハゲ!とあなたに罵られましたが、
うちは代々ハゲではなく、白髪になる家系ですので、
私は多分ハゲません。ですからどうぞご安心ください」
水無月さんはそういって、
しれっと俺の手を取ってその手の甲に口づけた。
(ひぃぃぃっ! 人生二回目の、
男からの手の接吻を受けてしまった)
やがて館内の照明が落とされて、
上映のブザーが鳴ると、
多分その三秒後くらいに俺の意識は飛んだ。
◇◇◇
「バカ瑞樹……」
私は隣で眠る、超絶美少女の耳元にそう呟いた。
お前は知らないだろう。
この二週間、どれだけ私がお前のことを心配したのか。
お前のことを想って、どれだけ心を乱したのかを。
私はお前に、ひどいことを言った。
それがどれだけお前のことを傷つけてしまったのかと思うと、
いても立ってもいられなくて、
もう、許してもらえないんじゃないか、
もう二度と会えないんじゃないかって、
死にそうになってた。
年相応の大人の矜持とか、
プライドなんて、まったく意味をなさず、
ただお前に餓えて、乾いて……。
その無機質な日々を思い出して、
私は目を閉じる。
代替なんて、意味がない。
人形なんて、欲しくはない。
悔しいけど、どうやら私は、
お前がいなきゃ、駄目みたいだ。
本当はそれを認めるのは、少し怖くて、
少し癪なのだが……
それでも……
「認めるよ、瑞樹……私はお前が好きだ」
刹那、隣で舟を漕ぐ美少女が、
バランスを崩して私の肩に頭を乗せた。
本人が眠っている間に、
そう告げる私は、やっぱり少し狡いのかも知れない。
「水無月さんの……バカ」
美少女がそう小さく呟いたので、
ひどく驚いた。
「瑞樹……起きているのか?」
そう問うてみたけれど、返事はない。
ただ眦に光る雫が、
スクリーンの光を静かに反射させている。
「お前も……泣いていたんだな」
そう呟いて、私は瑞樹の肩を抱き寄せた。
◇◇◇
「ん? ここは……どこだ?」
視界がいきなり明るくなって、
俺は重い瞼を開いた。
「映画館ですよ? 眠り姫」
耳元にやけに甘ったるい美声が落ちる。
「うぉっ!」
俺はいきなり飛び込んできた美形のアップに、思わず身を引いた。
しかし俺は隣の男に抱き寄せられる格好で、
男の胸板に身を埋めているのである。
「これは一体???」
軽くパニックに陥っている俺を、
水無月さんがニヤニヤしながら、見つめている。
「言っておきますが、これはセクハラではありませんよ。
寝ぼけたあなたが、勝手に私に抱き着いてきただけなのですから」
なぜだか俺をからかう水無月さんはとても楽しそうだ。
水無月さんは俺の言葉に感慨深げに、相槌を打った。
「久しぶりに、本当に久しぶりに、瑞樹君の近況を知ることができました。
それが私にとってどれほどの救いかっ!
花子さん、なんでもいい。
私に瑞樹君のことを教えてくださいっ!」
そう言って、水無月さんはむんずと両手で俺の手を包み込んだ。
「嫌です」
俺は水無月さんに、にっこりと笑ってそう答えた。
「そういうことは、直接本人に伺ってくださいな。
クソッ!バカッ!ハゲッ!」
俺は語尾に小さく罵りの言葉を呟いた。
そんな俺に、水無月さんが驚いたように目を瞬かせた。
「あら、どうかなさって?」
何食わぬ顔でそう問うてやると、
「ぷっ……くくくっ」
水無月さんが、小さく噴き出した。
「そうですね、あなたの言う通り、
瑞樹君のことは直接本人に聞くことにします。
さてそれよりも……」
そして次の瞬間、
水無月さんは俺の手を取って意気揚々と歩き出した。
急にぐんっと手を引っ張られたもんだから、
俺はちょっと前につんのめった。
「映画のチケットを予約してあるんです。
あなたに喜んで貰おうと、
今話題のとびっきりロマンチックな恋愛映画を選んだのですが……」
水無月さんは言葉を切って、
「どうやら私は完全にジャンルを間違えてしまったようですね」
意味あり気にちらりと俺に視線をくれる。
(ん? そりゃ、一体どういう意味なんだ?)
俺はそんな疑問符を顔面に浮かべて、目を瞬かせた。
「次からはあなたに喜んで貰えるように、
ド派手なアクションものか、コメディーにします」
テンション高めな声色で、水無月さんがそう言った。
そりゃあ、まあ、俺は多分ロマンチックな恋愛映画より、
水無月さんが言うように、
ド派手なアクション映画やコメディー映画のほうが確かに好きなのだが。
しかし水無月さんはジャンルを間違えたという割に、
妙にテンションが高くて、上機嫌だった。
さっきまでの生ける屍状態からは完全に復活し、
スキップせんがごとくの軽やかな足取りである。
「さあ、花子さんポップコーンをどうぞ! 飲み物は何にしますか?
うちの系列の施設ですので、何でも食べ放題ですし、飲み放題ですよ」
売店であれやこれやと勧めてくれる。
色々と買い込んで、席に着くと
「結婚する前にひとつ、
あなたに言っておきたいことがあるんですよ」
いきなり真面目腐った顔で、水無月さんがそう言ったので、
俺は口に含んだオレンジジュースを、思わず吹きそうになった。
「けっ……結婚って……誰と誰が?」
俺も思わず真顔でそう問うてしまった。
「もちろん私とあなたですが。
どうかしましたか?」
水無月さんは、くっそ爽やかな笑顔を俺に向けた。
「先ほどクソ!バカ!ハゲ!とあなたに罵られましたが、
うちは代々ハゲではなく、白髪になる家系ですので、
私は多分ハゲません。ですからどうぞご安心ください」
水無月さんはそういって、
しれっと俺の手を取ってその手の甲に口づけた。
(ひぃぃぃっ! 人生二回目の、
男からの手の接吻を受けてしまった)
やがて館内の照明が落とされて、
上映のブザーが鳴ると、
多分その三秒後くらいに俺の意識は飛んだ。
◇◇◇
「バカ瑞樹……」
私は隣で眠る、超絶美少女の耳元にそう呟いた。
お前は知らないだろう。
この二週間、どれだけ私がお前のことを心配したのか。
お前のことを想って、どれだけ心を乱したのかを。
私はお前に、ひどいことを言った。
それがどれだけお前のことを傷つけてしまったのかと思うと、
いても立ってもいられなくて、
もう、許してもらえないんじゃないか、
もう二度と会えないんじゃないかって、
死にそうになってた。
年相応の大人の矜持とか、
プライドなんて、まったく意味をなさず、
ただお前に餓えて、乾いて……。
その無機質な日々を思い出して、
私は目を閉じる。
代替なんて、意味がない。
人形なんて、欲しくはない。
悔しいけど、どうやら私は、
お前がいなきゃ、駄目みたいだ。
本当はそれを認めるのは、少し怖くて、
少し癪なのだが……
それでも……
「認めるよ、瑞樹……私はお前が好きだ」
刹那、隣で舟を漕ぐ美少女が、
バランスを崩して私の肩に頭を乗せた。
本人が眠っている間に、
そう告げる私は、やっぱり少し狡いのかも知れない。
「水無月さんの……バカ」
美少女がそう小さく呟いたので、
ひどく驚いた。
「瑞樹……起きているのか?」
そう問うてみたけれど、返事はない。
ただ眦に光る雫が、
スクリーンの光を静かに反射させている。
「お前も……泣いていたんだな」
そう呟いて、私は瑞樹の肩を抱き寄せた。
◇◇◇
「ん? ここは……どこだ?」
視界がいきなり明るくなって、
俺は重い瞼を開いた。
「映画館ですよ? 眠り姫」
耳元にやけに甘ったるい美声が落ちる。
「うぉっ!」
俺はいきなり飛び込んできた美形のアップに、思わず身を引いた。
しかし俺は隣の男に抱き寄せられる格好で、
男の胸板に身を埋めているのである。
「これは一体???」
軽くパニックに陥っている俺を、
水無月さんがニヤニヤしながら、見つめている。
「言っておきますが、これはセクハラではありませんよ。
寝ぼけたあなたが、勝手に私に抱き着いてきただけなのですから」
なぜだか俺をからかう水無月さんはとても楽しそうだ。
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