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第七十二話わがまま王子の奮闘記『初恋』
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ミシェルは小さく頭を横に振った。
「ダメだ……。
歯止めが効かない」
ミシェルは吐き出すようにそう言うと、
セシリアを立たせ、その胸にセシリアを抱きしめた。
「お前を抱きしめるこの腕が震えているのが、
わかるか?」
セシリアはミシェルの胸の中で小さく首を縦に振った。
「全く……情けないよな」
そう呟いて、ミシェルがセシリアの肩口に顔を埋めた。
「セシリア……お前のことが好きなんだ。
お前は震えるくらいに誰かを好きになったことがあるか?」
そう言ってミシェルは、
泣き出す前の子供のような眼差しを、セシリアに向けた。
そんなミシェルの頬をセシリアの手が包むと、
セシリアが睫毛を震えさせながら瞳を閉じた。
そんなセシリアにぎこちなくミシェルの唇が重ねられる。
きっと大人が自分たちを見たならば、
笑うだろう。
だけどそんな大人たちは忘れてしまったに違いない。
かつて自分にもそんな純粋な思いを持って、
誰かを愛した記憶があったことを。
それは触れるだけで精一杯の幼いキスで、お互いに震えていた。
それでもそれは精一杯の思いを込めたキスで、
お互いの鼓動の高鳴りを感じながら、
恋の甘さと苦さを知った夜だった。
この人以上に誰かを好きになることなんて、
きっとできやしない。
そう思わしめるほどに、この初恋は強烈にミシェルの魂を揺さぶる。
炎にその身を投じる夏虫のように、激しくて残酷な恋。
「セシリア……好きって言って」
セシリアの耳元で、ミシェルが囁いた。
セシリアは答えない。
ただその瞳にありったけの愛しさを込めて、
ミシェルを見つめている。
「けち」
ミシェルは鼻の頭に皺を寄せた。
そして剣呑な眼差しをセシリアに向ける。
「それと一つ言っておくがな、
この私とて、私服を着てお前とデートしたかったぞ?
そりゃあもう、ものすご~くしたかったぞ?」
そう言ってミシェルは、
じっとりとした視線をセシリアに向けた。
セシリアはそんなミシェルの眼差しに、目を瞬かせる。
「そうはいっても、もう閉園の時間だ。これで我慢してやる」
そういってミシェルはプリクラの前に立った。
そんなミシェルにセシリアがぷっと噴出した。
顔を寄せてカメラに向かう。
セシリアがペンを取り何事かを書き込んだ。
『セシリアはミシェル様が好きです』
そのメッセージにミシェルが撃沈した。
そしてその表情と口調を変える。
「セシリア、魔法の時間は終わる。覚悟はいいか?」
ミシェルの問いに、セシリアが頷いた。
「セシリアに着替えを!」
ミシェルの声に別室に待機していた侍女が姿を現して、
セシリアを誘導した。
◇◇◇
純白のローブデコルテにティアラを頂いたセシリアの手を、
ミシェルが取る。
いつの間にかミシェルの身長はセシリアを越えて、
その体格も均整の取れたものとなっていた。
そんなミシェルは、セシリアに合わせてタキシードを身に纏う。
閉館を迎えたおとぎの国の王城から、本物の王子と姫が姿を現すと、
白の隊服に身を包んだミシェルの親衛隊と、黒の隊服に身に纏う黒鳥部隊とが、
最敬礼を持って二人を迎えた。
その前をミシェルはゆっくりと歩む。
そしてイリオスの前まで来ると、鋭い視線をイリオスに向けた。
「イリオス・エルダートン!
護衛の任、ご苦労であったな」
言葉とは裏腹に、その声色には強かな緊張感を孕んでいる。
触れれば切れてしまいそうな、ミシェルはそんな空気を身に纏っている。
「はっ!」
イリオスが軍靴の踵を鳴らし、ミシェルに敬礼をした。
ミシェルはイリオスを一瞥し、セシリアをその身に引き寄せる。
「非公式ではあるが、本日をもってこのセシリア・サイファリアが、
将来我が妃となることが内定した。
そのつもりで今までにも増して、気を引き締めて警護に当たるように」
ミシェルはセシリアの手を取り、車へとエスコートする。
車に乗り込んでからも、キツイ眼差しを窓の外に向け続けるミシェルに、
セシリアが不安そうに覗き込んだ。
ミシェルはそんなセシリアの頬を両手でつまんでむに~っと横に引っ張る。
「ミシェル様~痛いれふぅ」
セシリアが涙目でこちらを見つめている。
「幼馴染だか、従兄だかだなんだかしらないけれどもっ!
私は気に入らないぞ? ようく覚えておくことだな、セシリア」
そしてミシェルはセシリアの顔を覗き込む。
「お前のそんな凶悪に可愛い顔を
無防備に晒していいのは、私だけなんだぞ?」
幼い子供に言い聞かせるようにセシリアに言うと、
セシリアの頬から手を放して、今度はセシリアの手を恋人繋ぎで戒める。
「ん? もう、なんなんですか~」
ほっぺたをつねられたセシリアが、唇を尖らせる。
「嫉妬しているんですぅ~! セシリアさんがあ~んなに可愛い私服姿で、
私じゃないどこぞの野郎とオデェト晒していらっしゃったんで」
ミシェルのジト目に、セシリアが困り顔をする。
「そんなこと言ったって、結局イリオスに遊園地のお城に私を連れてくるように
命令したのはミシェル様なのでしょう?」
セシリアがそう言うと、ミシェルが口を膨らませた。
「そうだけれども……心は割り切れないのっ!」
ふんっ! とミシェルはソッポを向いた。
「今夜は添い寝の刑だ。夜伽を命ずるっ!」
そして心配そうに自分の顔を覗き込むセシリアの額に自身の額を当てた。
「ダメだ……。
歯止めが効かない」
ミシェルは吐き出すようにそう言うと、
セシリアを立たせ、その胸にセシリアを抱きしめた。
「お前を抱きしめるこの腕が震えているのが、
わかるか?」
セシリアはミシェルの胸の中で小さく首を縦に振った。
「全く……情けないよな」
そう呟いて、ミシェルがセシリアの肩口に顔を埋めた。
「セシリア……お前のことが好きなんだ。
お前は震えるくらいに誰かを好きになったことがあるか?」
そう言ってミシェルは、
泣き出す前の子供のような眼差しを、セシリアに向けた。
そんなミシェルの頬をセシリアの手が包むと、
セシリアが睫毛を震えさせながら瞳を閉じた。
そんなセシリアにぎこちなくミシェルの唇が重ねられる。
きっと大人が自分たちを見たならば、
笑うだろう。
だけどそんな大人たちは忘れてしまったに違いない。
かつて自分にもそんな純粋な思いを持って、
誰かを愛した記憶があったことを。
それは触れるだけで精一杯の幼いキスで、お互いに震えていた。
それでもそれは精一杯の思いを込めたキスで、
お互いの鼓動の高鳴りを感じながら、
恋の甘さと苦さを知った夜だった。
この人以上に誰かを好きになることなんて、
きっとできやしない。
そう思わしめるほどに、この初恋は強烈にミシェルの魂を揺さぶる。
炎にその身を投じる夏虫のように、激しくて残酷な恋。
「セシリア……好きって言って」
セシリアの耳元で、ミシェルが囁いた。
セシリアは答えない。
ただその瞳にありったけの愛しさを込めて、
ミシェルを見つめている。
「けち」
ミシェルは鼻の頭に皺を寄せた。
そして剣呑な眼差しをセシリアに向ける。
「それと一つ言っておくがな、
この私とて、私服を着てお前とデートしたかったぞ?
そりゃあもう、ものすご~くしたかったぞ?」
そう言ってミシェルは、
じっとりとした視線をセシリアに向けた。
セシリアはそんなミシェルの眼差しに、目を瞬かせる。
「そうはいっても、もう閉園の時間だ。これで我慢してやる」
そういってミシェルはプリクラの前に立った。
そんなミシェルにセシリアがぷっと噴出した。
顔を寄せてカメラに向かう。
セシリアがペンを取り何事かを書き込んだ。
『セシリアはミシェル様が好きです』
そのメッセージにミシェルが撃沈した。
そしてその表情と口調を変える。
「セシリア、魔法の時間は終わる。覚悟はいいか?」
ミシェルの問いに、セシリアが頷いた。
「セシリアに着替えを!」
ミシェルの声に別室に待機していた侍女が姿を現して、
セシリアを誘導した。
◇◇◇
純白のローブデコルテにティアラを頂いたセシリアの手を、
ミシェルが取る。
いつの間にかミシェルの身長はセシリアを越えて、
その体格も均整の取れたものとなっていた。
そんなミシェルは、セシリアに合わせてタキシードを身に纏う。
閉館を迎えたおとぎの国の王城から、本物の王子と姫が姿を現すと、
白の隊服に身を包んだミシェルの親衛隊と、黒の隊服に身に纏う黒鳥部隊とが、
最敬礼を持って二人を迎えた。
その前をミシェルはゆっくりと歩む。
そしてイリオスの前まで来ると、鋭い視線をイリオスに向けた。
「イリオス・エルダートン!
護衛の任、ご苦労であったな」
言葉とは裏腹に、その声色には強かな緊張感を孕んでいる。
触れれば切れてしまいそうな、ミシェルはそんな空気を身に纏っている。
「はっ!」
イリオスが軍靴の踵を鳴らし、ミシェルに敬礼をした。
ミシェルはイリオスを一瞥し、セシリアをその身に引き寄せる。
「非公式ではあるが、本日をもってこのセシリア・サイファリアが、
将来我が妃となることが内定した。
そのつもりで今までにも増して、気を引き締めて警護に当たるように」
ミシェルはセシリアの手を取り、車へとエスコートする。
車に乗り込んでからも、キツイ眼差しを窓の外に向け続けるミシェルに、
セシリアが不安そうに覗き込んだ。
ミシェルはそんなセシリアの頬を両手でつまんでむに~っと横に引っ張る。
「ミシェル様~痛いれふぅ」
セシリアが涙目でこちらを見つめている。
「幼馴染だか、従兄だかだなんだかしらないけれどもっ!
私は気に入らないぞ? ようく覚えておくことだな、セシリア」
そしてミシェルはセシリアの顔を覗き込む。
「お前のそんな凶悪に可愛い顔を
無防備に晒していいのは、私だけなんだぞ?」
幼い子供に言い聞かせるようにセシリアに言うと、
セシリアの頬から手を放して、今度はセシリアの手を恋人繋ぎで戒める。
「ん? もう、なんなんですか~」
ほっぺたをつねられたセシリアが、唇を尖らせる。
「嫉妬しているんですぅ~! セシリアさんがあ~んなに可愛い私服姿で、
私じゃないどこぞの野郎とオデェト晒していらっしゃったんで」
ミシェルのジト目に、セシリアが困り顔をする。
「そんなこと言ったって、結局イリオスに遊園地のお城に私を連れてくるように
命令したのはミシェル様なのでしょう?」
セシリアがそう言うと、ミシェルが口を膨らませた。
「そうだけれども……心は割り切れないのっ!」
ふんっ! とミシェルはソッポを向いた。
「今夜は添い寝の刑だ。夜伽を命ずるっ!」
そして心配そうに自分の顔を覗き込むセシリアの額に自身の額を当てた。
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