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第六十四話影武者の言い分『じゃじゃ馬』

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イリオスが意識を取り戻して、
ようやくエルダートン家に連絡がつきました。

イリオスの無事を聞きつけたエルダートン公が、
王都にあるエルダートン家の本邸から、
わざわざ隣の別邸に自らが赴いたことには驚きです。

私はイリオスに付き添って、お隣の屋敷に出向きました。
ロイヤルブルーのマキシ丈のワンピースに白のコートを羽織った、
女の子仕様です。

コートと合わせた帽子も被っているので、
失礼には当たらないと思うのですが、

一応隣のイリオスに確認をとってみました。

「襟が曲がっているぞ、
 これでも一応女の子なんだからちゃんとしろ」

駄目出しされてしまいました。
さすが幼馴染は容赦ありません。

明るい屋根の下に、真っ白な塗り壁が映える、
コロニアル様式の屋敷には、
昔は色とりどりの花が植えられて、
私はこの屋敷が随分と好きだったことを覚えています。

しかし今は見るべき花もなく、
クリスマスの飾りつけもされていない、
大きな玄関扉がとても寂しく感じました。

呼び鈴を鳴らしますと、執事が中に案内してくれました。

エントランスの奥に居間があり、そこに置かれたソファーに
初老の男が腰かけていました。

いつかの夜会で出会った、厳めしい初老の男はイリオスの姿をみつけると、
歩み寄ってイリオスを抱きしめました。

私はこの人のことを血も涙もない冷徹な人間なのだと
ばかり思っていたので、少し意外です。

「イリオス……。よくぞ生きて戻った」

その声が微かに震えています。

そのことがこの初老の男が心底イリオスのことを
心配していたことを証明しています。

「勿体ないお言葉です、閣下」

対するイリオスは、この初老の男に対して
まったく緊張を解こうとはしません。

男の手から一歩退き、
堅苦しく敬礼しました。

その瞳からは感情というものが全く消え去り、
悲しいほどに冷たい色をしています。

漆黒の髪と同じ色の瞳、
それはとてもきれいな色をしているのに。

「もとよりこの命は閣下に捧げるためのものでございます」

ほら、やはりこの声にも感情というものが伴っていないのです。

「お前の命は、この老いぼれよりも
 はるかに高価で高貴なもののためにある」

イリオスに語るこの男の瞳に光が宿りました。

「女、イリオスの命を助けたのはお前か?」

威厳に満ちた、とても低い声色で、
いきなりこっちに話を振られてしまいました。

(あわわわわっ……)

いきなり話を振られて、
頭が軽くパニックを起こしています。

「いえ、それほど大袈裟なことでは……」

謙遜と同時に逃げる準備を整えなければ……。
私も精一杯警戒モードです。

「そうです閣下。
 この方は俺の命の恩人です」

間髪を入れずに、こんなとこだけ感情をいれて何をいってるんですかっ!

私はくわっと目を見開いてイリオスを見ました。
目がマジです。

(この人空気を読めない感じの人だったのかーーーーー!)

心の中で私は絶叫しました。

ねえ、ちょっとイリオスさん?
私のことを恩人だと思うのなら、
そこはちゃんとスルーしてくださらなければ……。

なんてったって私の座右の銘は『無難に過ごす』なんですからねっ!
そこのところ、ちゃんと考慮していただかないと。

なんてことを頭の中でグルグル考えても
ちゃんと打合せをしなかった私が明らかに悪いです。

後悔先に立たずとはこのことです。
私はがっくりと肩を落としました。

「サイファリア国王の娘、
 セシリア・サイファリアと言ったか。
 確かいつぞやの夜会でお会いしたな」

(ひぃぃぃぃぃっ! バレている)

背中にかく冷や汗が半端ないです。

「うむ、血筋、容姿ともに問題ないな」

エルダートンが値踏むような視線を、わたしに向けてきます。

(ななななな何の問題ですか? 
 私の血筋と容姿が一体なんの問題に繋がるというのです?)

「エリック王からお前をイリオスの妻にという打診があった」

胃が痛いです。

(お願いっ! 断ってイリオスっ!)

私は白目を剥いて、イリオスに念を送りました。

「彼女さえよければ、俺は喜んで……」

そういってイリオスは、私に向かってにっこりと微笑みました。

万事窮すかっ!
私は覚悟を決めてお腹にきゅっと力を込めました。

そしてイリオスがテンポを置いて言葉を紡ぎます。

「お断りします」

私は目を白黒させて、イリオスを見ました。

「自惚れるなっ! じゃじゃ馬がっ!
 誰がお前なんぞを嫁にもらうかよ!」

イリオスは鼻の頭に皺を寄せて、
そんな憎まれ口を叩いて寄こします。

「は……はあ?」

まあ、結果オーライなんですけど、なんなんだこの敗北感は……。

そんな敗北感に打ちひしがれている私を
イリオスが勝ち誇ったような笑みを浮かべて、
見つめています。

(腹立つ……なんか腹立つっ!)

私は悔しさにかっと顔が赤面するのを感じました。

なぜだかエルダートンはそんな私たちのやり取りに、生温かい視線を
向けてきます。

「そうか……お前たちは幼馴染だったな。
 そして従兄同士でもある」

エルダートンの言葉にイリオスが鋭い視線を向けた。

「それはどういうことですか?」

緊張のために少し声が震えています。

(イリオスは知らなかったんだ)

私は唇を噛みしめました。

「お前の母はセシリアの父エリック王の妹だ」

エルダートンが静かな眼差しをイリオスに向けました。

「この私の血を引くお前は、ライネル公国の正当後継者であるだけでなく、
 サイファリアの王族の血をも引いている。
 いずれこの大陸の全てをその手中に収めるべき器なのだ」

そしてニヤリと笑みを浮かべてイリオスを見ました。

「まずは手始めにそのじゃじゃ馬を飼いならし、手なずけてみよ。
 なかなかの名馬かもしれんぞ?」
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