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第五十話悪役令嬢は覇王とともに目覚める。

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「寒くはないか? エリオット」

覚醒しきらぬ意識の中で、耳元に囁かれる声がくすぐったい。

「うん……もう少し眠らせて……アリス……」

エリオットはそう言って寝返りを打った。

「エリオット……そろそろ起きないと、犯すぞ?」

少し低い声色で更にゼノアが囁くと、
エリオットを組み敷いた。
キスまであと1mm。
胸に迫る重みに、エリオットの瞼がぱっちりと開いた。
エリオットがベッドの上で固まる。

(アリスじゃ……ない)

そして記憶をたどる。
自分を組み敷くのは、天使の姿をした堕天使だ。

「おはよう……ございます」

目を瞬かせながら、エリオットが
自身を組み敷く堕天使に生真面目に挨拶をした。

「おはよ」

ゼノアがニヤリと笑って、
エリオットの鼻先にキスした瞬間だった。

「おはようございます、若」

ノックもなしに、部屋の扉を開けるものがあった。

「きゃっ」

エリオットが小さく悲鳴を上げて、シーツを被った。

「何事だ、無粋にも程があるぞ、ユキムラ」

ゼノアが不機嫌を丸出しにして、その男を睨みつけた。
褐色の髪にとび色の瞳をした精悍な顔つきをした青年だ。

ユキムラもその光景を目にして、身体を強張らせる。
そして状況が呑み込めたらしく、盛大に赤面し、慌てる。

「これは失敬っ!」

ユキムラがエリオットに気付いて、ひとまずゼノアの部屋を出た。

◇◇◇

エリオットが軽く身支度を済ませたところで、
もう一度ユキムラがゼノアの部屋に入ってきた。

「若、この女性は一体……」

ユキムラが目を瞬かせた。

「控えろ、ユキムラ。
 彼女こそが我が正妃、エリオット・エルダードンだ」

ゼノアが安楽椅子に腰をかけて、尊大に振舞う。

「え? 若、それはっちょっとまずくないですか?」

ユキムラが顔色を変える。

「何が言いたい?」

そんなユキムラに、ゼノアの目つきが剣呑になる。

「そのっ……若は大臣ハマンの娘さんと……あの……」

ユキムラが言いにくそうに口ごもった。

「イザベラにはちゃんと断りを入れたぞ?」

ゼノアがほくそ笑んだ。

「断りって、そりゃまずいですよ。
 ただでさえ、王家は大臣一派とは一触即発の状態なのに」

青くなっているユキムラを横目で見やりながら、
ゼノアは素知らぬフリをする。

「それで、お前は俺になんの用なんだ?」

ゼノアの言葉にユキムラはポンと手を打った。

「あっそうそう、こちらを」

そういってユキムラは白薔薇を一輪、ゼノアに差し出した。
白薔薇は国王からの招集を意味する。

ゼノアはその白薔薇を受け取り、恭しく口付けた。

「身支度を整え次第、
 すぐに参りますと国王陛下にお伝えしろ」

ゼノアの言葉に、ユキムラが跪き、
ゼノアの部屋を出た。

ゼノアはクローゼットの中から、桐の箱を取り出して、
畳紙に包まれた着物を取り出す。

「着替え、手伝うわね」

そういってエリオットが、ゼノアのネグリジェを脱がせた。

「ああ、悪いな」

ネグリジェを脱がせると露わになるゼノアの裸体に、エリオットが赤面する。

「赤くなっちゃって、なに?
 ひょっとして俺の裸にドキドキしてる?」

ゼノアがそんなエリオットに、ニンマリとした笑みを浮かべた。

「そ……そんなんじゃないわよ」

赤面しながら、エリオットがゼノアに赤い襦袢を着せ掛けた。

「おお、サンキュ」

ゼノアは慣れた手つきで、裾と襟を整えて、ひもで結ぶ。
その上に黒の地の鳳凰の縫い取りの施された長着を着つけると、
銀の袴をはいた。

「初めて見る衣装だわ」

興味深げにエリオットがしげしげとその衣装に見入っている。

「そうだろうな。これはサイファリア特有の衣装で、
 着物というらしい。
 なんでも建国の父エルローズはサムライ
 という守護者の末裔だったそうだ。
 それでこの衣装は遥か古の名残というわけで、
 異文化だとは思うけど、まあ、慣れてくれ」

エリオットはゼノアの長い金の髪を梳かし、高く結ってやる。

「これでいいの?」

鏡を見せると、

「ありがと」

そういってゼノアがエリオットの頬にキスを落とした。

そんな何気ないキス一つに感じる胸の動揺を、
エリオットはゼノアに悟られないようにひたすら隠して、平静を装う。

「父王様のところに行くときには、男の恰好をするのね」

エリオットがそう問うと、

「一応俺がこの国の王太子だからな。
 女装では家臣に示しがつかない」

ゼノアが気のない返事をする。

「そうなんだ。じゃあなんで
 いつもは女装しているの?」

ゼノアは白扇を腰に差しながら、答えた。

「ん? セシリアが男装して俺のフリをしているから、
 まあ、その辻褄合わせだな」

そしてゼノアは、懐紙を懐に入れる。
そんなゼノアを姿見の鏡越しに見ながら、エリオットが問う。

「大臣ハマンの娘さんと……っていうのは、
 聞いてもいい?」

エリオットの問いに、ゼノアが顔を上げた。

「気になる?」

そうエリオットの耳元に囁く。

「まあ、それなりに」

エリオットは赤面しながら、小さく呟いた。

「ふ~ん」

ゼノアは少し考えこんだ後に、エリオットを真っすぐに見つめた。

「俺が父上の御前から帰ってきたら、お前に付き合ってほしい所がある」

エリオットは頷いた。

「では、行ってくる」

ゼノアのそう言って微笑む様に、エリオットの胸が跳ねる。

エリオットはゼノアの背を見送る。

少年特有の華奢な体躯とはいえ、
そこに嫌が応にもゼノアの男を意識させられる。

(この胸の高鳴りを、熱量を人は果たして何と呼ぶのだろうか)

エリオットはその感情にあえて気付かないフリをした。


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